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ボーデン邸の乱




「え〜…と、言う訳で、この後この邸は侯爵家の侵略を受けることになります!」


「「「エェーー??」」」


「なので、諸君は決して!いいか?決っっして外に出ないように!!」


「「「エエェェ〜〜〜!!」」」


広間に集められた使用人達は、不満満載の顔を邸の主人に向けていた。


「そんな顔するなよ…」


「奴等は魔導具でも何でも遠慮なく使うだろう、本当に何が起こるかわからないので、私とアルエットが外で食い止めている間、諸君には中で万が一に備えて籠城して欲しい。あと、ミセス・ネリネはどこにいるかな?」


すると小柄な老婆がバジルの前へひょこひょこ出てきた。


「はいはい坊ちゃま、こちらにおりますよ」


「坊ちゃまはもう勘弁して下さいよ…」


「ほほほ、年寄りが思い出に浸っているだけですよ。それより、私をお呼びということは、邸の裏をお任せ下さるという事でしょうか?」


「流石に二人で食い止められるとは思えないからな…彼等にも協力してもらいたい」


「ご安心下さいな!何人たりとも邸には近づけさせません」


「ありがとう!他の皆も、相手は魔導士も混じった厄介な相手だ。アルメリアの魔道具も遠慮なく使うように!では、一時解散!」


主の掛け声と共に一斉に散らばった使用人達は、それぞれの戦の支度に取り掛かる。

メイド達が窓を閉め、フットマン達が1階の窓に戸板を立てていく。

調度品を片付け、地下室から刺又等の武器や縄を運び出し、扉の前に石を詰めた樽を並べ、奥の部屋には医療用具を揃える。

厨房では、できるだけ多めに食事を作り置き、樽に水を確保し、食器や調理器具を床下に閉まう。

それから、二階の窓際に椅子を並べ、いざという時には窓から加勢できるよう、石や瓦礫を集めた。

更に各々得意の得物を磨きながら、敵の襲撃を待っている。


「頼もし過ぎやしないか?!」


「なんで全員どこかしらワクワクしてるんだ?!一応我が家の危機なんだぞ?!」


「すまん、アルエット。私も少しワクワクしてる!」


門を開け放ち、待つこと約2時間。

遠くから、進軍を告げるラッパの音と、人のざわめきが聞こえて来ると、馬に乗ったベランタ侯爵が、魔道士と兵を連れてこちらに向かって来るのが見えた。

厳つい軍装は、この戦いがあくまで貴族の義務を果たそうとしたものだというアピールだろう。

手旗を振りかざし、何か叫んでいる。


「これより!国を欺き私欲をに染まった罪人を捕える!我がベランタ侯爵の名に掛けて、悪しき貴族を引きずり出し、その罪を白日の元に晒さん!」


「なんか言ってるけどよく聞こえないな」


「やっぱりこっちに精鋭隊を寄越したかぁ…まあ、大将が来たからいいか、探す手間が省けた」


「そういや親父は武器どうすんの?」


「うーん…全然決まらなくてな?!実はまだ悩んでる…そういうお前は何にした?」


「とりあえず、鍬の替え用の棒……」


「棒て……」


「これが一番手に馴染むんだよなぁ…胸当ても兜も付けてるし、ひとまず大丈夫かなって…」


「おいっ!聞いているのかっ!ボーデンッ!!」


顔を真っ赤にしたベランタ侯爵が、喚きながら旗をこちらに振り下ろすのが見えた。


「もういいっ!この者共を討ち取れぇぇぇ!!」


うおぉぉーーっ!!と、雄叫びと共に男達が邸に突入してきた。


「来たぞっ!気を引き締めろ!!」


キュルルルルルルルッッ!!!


バジルの合図で、甲高い鳴き声が辺りに響き、巨鳥の影が兵たちの上を掠めると、僅かに怯む者が現れる。

アレクサンダは、武器が乱れた者から容赦なく空へ掻っ攫い、人の多い所へ放り投げていく。


ぎゃぁぁぁ!!!


開戦直後からあちこちで叫び声が上がった。

銃も当たらない上空からの鋭い攻撃が、兵達をバラけさせ、連携は一気に崩された。

バジルは素手のまま、攻撃を躱しながら相手の腕を捻り上げ、足をすくい、放り投げていく。

しかし、未だに武器の選定に迷っていた。


「父さんな、やっぱり一番得意な武器が使いたかったなぁ…」


「あんたの得意って弓とかスリングショットとかだろ?!今更後方に回ろうとすんなよ!!前出ろ!!」


アルエットは棍棒を自在に振り回し、相手の急所へ的確に当てていく。


「いやぁ流石タオの一番弟子!危なげ無くていい」


「早よ武器決めんか!!」


二人が正面で20人程を相手にしている間に、他の者達は裏手に周り、邸の蹂躙に掛かった。


「ふんっ!バカ共が、せいぜい調子に乗っているがいい…」


人質が取れれば良し、仮にそれも見殺しにするなら、それこそ貴族失格の大判を押してやれる…

そう思い、裏庭に差し掛かった所で何かが現れた…


ゴゲェェェエッッ!!!


鋭い嘴をガチガチ鳴らしながら、目をギラギラ光らせた大鶏の群れが行く手を阻む。先頭のボスらしき鶏の頭には真っ赤な魔石が輝いていた。

兵達が驚いて止まると、鶏は羽根を広げて威嚇しながら尖った爪で飛び掛かって来た。

剣を振って追い払おうにも、素早く小回りの利く鶏

にはなかなか当たらない。


「くそっ!何だコイツら?」


「邪魔だどけっ!」


1人の兵士が先頭の一羽に斬りかかった途端、横から何かに突き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


ブルルッヒヒィィンッッ!!


鶏に次いで突撃してきたのは、5頭の赤毛のポニーだった。

ただの可愛らしい小馬ではない。

筋骨隆々で勇ましく、額に小さなオレンジ色の石を嵌めたそれも魔物の仲間とわかる。

そんなものが鋼の蹄を高らかに打ち鳴らし、全速力で突進してくれば、人間など容易く吹き飛ばされてしまう。

後ろに回ろうものなら、容赦ない蹴りを喰らうこととなり、なかなか厄介な相手だ。

馬を避けると、鶏が顔を目掛けて飛び掛かる。

振り払おうとすればその隙に馬の猛攻を受ける。

動物ながらとても良い連携が取れていた。


「クソっ!なんなんだ一体?」


なんとか乱闘から逃れると、今度は恐ろしい顔つきの犬が唸り声を上げてこちらを伺っていた。


グルルル……


さっきのポニーとほぼ同じ大きさの、狼に似た灰色の番犬達が7頭、怒りに毛を逆立てて待ち構えていた。


ガウッガウッガウッ!!


「ギャァァァッッ!!!」


鎧など物ともせず、腕ごと食い千切らんばかりの力で噛みつかれては、さすがの兵士も剣を握ってはいられない。

取り落とした剣を拾おうと手を伸ばすが、いつの間にか見失ってしまった。

どこに行ったかと見渡せば、いつの間にか現れた大烏たちが、せっせと武器を拾い集めていた。

中には戦い中の兵士の腰から、直接ナイフや予備の剣を失敬しているものまでいる。

重い剣を数羽で協力しながら持ち上げて、建物から離れた池の側に積んでいく。


なんとか逃れた兵士の一人が、それを拾いに池に近づくと、池の水がうねりを上げて盛り上がったと思うと、水の中から巨大なワニが飛び出した。


グオォォォ………


「ヒィィィッッ!!」


間一髪、飛び退り、食われずには済んだが、その兵はもう戦意を完全に失い、へたり込んでしまった。

そうした者を犬達が次々見つけては、首根っこを捕まえ、裏の小屋へと引き摺っていく。


「はいはい、ご苦労様!」


小屋の中には小柄な老婆が1人。

連れてこられた兵士達を丁寧に縛り上げ、転がしていった。


「いい子ね?!死なせてはいけませんよ?ちょっと脅かすくらいにしておあげなさい?!」


そう言いながら、代わる代わる一休みに来る動物達に水を飲ませ、背中や喉を撫でてやり、にこやかに送り出していく。


とうとうベランタ侯爵家の兵士は、精鋭数人と魔道士が残るのみとなった。


「お…おのれ……かくなる上は…お前達!アレを使え!」


ベランタ侯爵が叫ぶと、魔道士達はそれぞれ箱を取り出し、卵型の張り子の様な物を取り出して構えた。


「なんだろう?」


「マズイな、恐らくアレが連中の最終兵器だ!おーーい!邸の窓を全て閉じろ!全員急いで魔素除けの置いてある部屋の側へ行っていなさい!!」


バジルが邸の者達に向かって叫ぶ。


「ネリネさんも、小屋の戸を閉めてこれを使って下さい!」


アルエットは、懐から手の平程の魔道具を老婆に手渡した。


「母上が作った魔素除けです、魔物達は多少魔素が濃くても問題ありませんが、人間は直ぐに影響が出ますから…」


老婆はにっこりと魔道具を受け取り、兵士を残らず詰め込むと、小屋の戸を閉した。


何やらぶつぶつと詠唱が続き、やがて卵が光出すとそれが兵士に渡され、こちらへ投げつけられる。


「あっ!」


パンッと軽い音がして卵が破裂すると、ズンっと重い圧の壁が通り過ぎる様な感覚の後に、兵士達が次々と倒れ出した。


「…アルエット…いい機会だからよく見ておきなさい…これが魔素の恐ろしさだ…」


二人の足元に、バタバタと兵士達が折り重なるように倒れていった。









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