一戦目
「この所、やけに王都周辺からの客が多いな」
「ああ、ボーデン領で何やらあるんじゃないか?何度も行き方を聞かれたからな」
ディール領の門番達は、その日の入出者を確認していた。
その中でもこの数日やたら多いのが、ボーデン領を目指す者達だった。
馬車を乗り継ぎ、馬に乗り、方々から集まって来ているようだ。
「何があるか知らないが、厄介な事じゃないといいんだがなぁ…」
あちこちからぞろぞろ集まる者達に、ひとつ共通する点。
皆一様に何かしらの武器を携えていること。
剣、槍、斧、ナイフ、そして銃……
身持ちの悪そうな柄の悪い者や、一目で憲兵に携わっていたと分かる者、明らかに戦闘を生業としている者まで。
領地間を行き来する乗り合い馬車にも、腕に自信のありそうな男達が何人も乗り込んでいた。
「あんたもボーデンへ行くのかい?」
「あぁ、割のいい仕事が入ったんでな!上手くすりゃ魔物なんかも狩れるらしい」
「なんでも侯爵家が、大捕物をするそうだぞ?路は遠いが、なかなか金になりそうだ」
「旅費まで持ってくれるってんだから、太っ腹なお貴族様もいたもんだなぁ!?」
王都には貴族が多く、臨時の護衛や、催し物等での私兵の急な増員など、個人の兵職でもあぶれる事はない。
希望の職に就けなくても、土木工事や建物の改修など、毎日どこかしらで働き口が有るのが王都の良い所だ。
そのため、出稼ぎや日銭稼ぎの労働者と共に、個人の兵士がとても多い。
その中の100人余りがベランタ侯爵家に雇われ、ボーデン領を目指し動いていた。
更には、犯罪に片足突っ込んだような破落戸にまで声が掛かり、その数合わせておよそ200人。
総勢300人が、ボーデン領を攻めるべく集められていた。
いよいよアルメリア領を抜ける魔導士達の馬車の中で、ベランタ侯爵は一人考え事をしていた。
(全く、頭の悪いガキ共が騒ぎ立ておって…お掛けで貴族院の上に王家にまで目を付けられてしまったではないか…なんとか兵の頭数はかき集めたが、無駄金を遣わせおって…)
ベランタ侯爵はボーデン領の通信伝達手段を良く知っている。
のんびりと構えている息子達とは違い、常に裏で人を集め、ボーデン襲撃の機を伺っていた。
そして宰相の息子の手の者達が攫った娘がリナリア・ボーデンと知ると、即座に兵を動かし、他の貴族の目を掻い潜って王都から抜け出したのであった。
(ボーデンの奴ら、ワシ等が向かっていることは既に知っているだろうが、この数を相手にするとは思ってもおるまい…)
兵達は、アルメリア領とボーデン領を繋ぐ舗装路の外れにある草原に、続々と集まっていた。
早い者は二〜三日前から待機し、事前にベランタ侯爵から遣わされていた私兵達の指示を待っていた。
そしていよいよ、魔導士達の馬車がそこへ合流し、兵達の前に姿を現した。
「諸君、良くぞ集まってくれた!我々はこれより、ボーデン領へ向かい悪しき貴族を討つ!これは、言わば聖戦である!」
ベランタ侯爵が御者台に立ち、声を張り上げた。
「襲撃先は三つ!抵抗する者は殺しても構わん!魔導士達が先導する先で存分に力を発揮してもらおう!」
そこで、侯爵家の私兵と魔導士を中心に3つの陣に分かれた。
一つはベランタ侯爵率いるボーデン伯爵邸を襲撃する一団約50人。
もう一つはブライアン、ルナリアと共に領地を駆け巡り領民を制圧する一団150人。
そして残った者達は、クリスティアン、カルセイン達と共に修道院を制圧し、リナリア・ボーデンを捕らえる。
「こんなに大勢の方が集まって下さったのですね!」
「我らの勝利は約束されたようなものだ!国中に君の真の力を見せつけてやろう!」
「直ぐに終わらせて駆けつけるよ!」
「君には傷ひとつ負わせないと誓おう!」
(ヤレヤレ…こんな大勢を集めてどんな馬鹿騒ぎを起こすつもりだろうか…)
アルメリア領より自宅へ戻ったバジルは、ちょいちょいアレクサンダと共に、空から偵察を行っていた。
(せいぜい20~30人くらいかと思ったら、結構集めたじゃないか!バラバラに動いていた分、正確な人数が分からなかったが、まぁ、最後にはどっかで合流すると見てて正確だったな!とりあえず、姉上達に伝えて増援は要るか聞いてこよう)
街へ入るための一本道の手前、停められた馬車の中でアルメリアとアルバトロス夫人が優雅にお茶をしていた。
そこへアレクサンダが現れ、バジルが状況を説明した。
「ふんっ!そんなこったろうと思ってました!破落戸ばかり集めて、何を企んでいるかなど考えなくともわかります!私の精鋭に既に待機させております!」
「安心なさってあなた。ボーデン領自慢の兵達に街の周辺を守らせております。日頃の訓練の成果が見られる滅多にない機会ですもの、彼等にも良い経験になるかと思いますわ」
(私の出る幕無しか…)
次にアレクサンダが向かったのは、ボロネーズ修道院。
いつもの裏口で、タオ爺とジェイとドロシーが昼食を作っていた。
「あれ?!親父?」
「ジェイ!…何だそのウマそうな物は!!」
竈門の横でジェイがかき回していたのは、バターとチーズがたっぷり入ったマッシュポテトの鍋。
「おお!旦那様、どうですかな連中のその後の動きは?!」
そこへ、ガーリックを効かせた薄切りバゲットを籠に盛ってタオ爺がやって来た。
「思った以上に集まって来たよ、300人位はいそうだったな。今日中にはこちらへ来るだろうね」
バジルはマッシュポテトをバゲットで掬い、食べてはまた掬いしながら話を続けた。
「連中にとってこの戦いは、悪を討つための聖戦だ
。なんとしても勝利しなければ全責任を負わされてしまう、どんな手を使ってでも勝ちに来るぞ?!」
「バートと俺でまずは食い止めてみようかと思ってたけど…手を増やさなきゃ不味いな」
「窮鼠は猫を噛むと言うぞ?油断はするな、こちらも一切手加減せず行きなさい!」
焼き上がったウサギのモモ肉にかぶりつき、差し出されたリス肉の挙げ団子と、豆とトマトのスープも飲み干すと、口の周りを拭い、ジェイの方へ向き直る。
「ジェイ、この度は領主代理ご苦労だった!私は邸と使用人達を守るためここを離れる。妹と修道院を頼んだぞ?!」
そうして満腹になった伯爵は愛鳥に跨り、颯爽と去って行った。
「すごい食べっぷりでしたね…」
「横に皿置くと自動で吸い込まれてく機械みたいだった…」
途中から来ていたバートとドロシーが、空になった皿を手に呆れている。
「挨拶しそびれちゃったけど…今のが伯爵様であってる?」
「はい、ジェイ様のお父上でボーデン領の現当主さまです」
「なんか……リナリアとお兄さんの身内だなぁ〜って思った!」
「しかし増援となると…仕方がない、ここはお嬢様にお頼みするより他無いようじゃな…」




