ガウラ子爵領
ディール領より連絡を受けて2日目。
アルメリア・ボーデンは、愛馬アンヴァルの引く馬車に乗り、アルメリア領の南側の隣領へと向かっていた。
ガウラ子爵領。
岩山に囲まれた最も不便な辺境の地。
荒野の真ん中に僅かな畑と小さな村があるのみ、住人も変わり者ばかり。
村の中には怪しげな建物がいくつも並び、時折煙や蒸気が噴き出している。
爆発音もここでは日常茶飯事。
領主のベンジャミン・ガウラは強い魔力の持ち主で、とても気難しい。
社交界にも滅多に現れず、名ばかり貴族と影で呼ばれたりしている。
邸もいつも門が閉じていて、来客も稀。
門番すらいない邸の門扉の前に、アルメリアの馬車が止まった。
「ご無沙汰しております、先生。アルメリア・ボーデンですわ」
門に取り付けられた鉄の箱に話し掛けると、鈍い金属音と共に扉がゆっくり開き始めた。
『アルメリアか!?』
今度は鉄の箱から声が響いてくる。
「突然のご訪問お許し下さい!緊急事態です」
『なぁにぃ!?緊急事態だと?!よし、入れ!!』
ガリガリと割れるような音と共に響く声が終わると、扉はひとりでに開き始めた。
アルメリアは馬車を邸に着けると、玄関先に吊るされた紐を引く。
すると暫くして、中からドスドスと乱暴な足音が聞こえてきた。
「アルメリアぁっ!!久しいな我が愛弟子よ!領地の方はどうだ?また試してもらいたい物も山程あるが…まぁいい、お前さんの目的はコイツだろ?!ホラ、持っていけ!」
無精髭にボサボサ頭、汚れたグローブとゴーグルを掛けた背の低い親父が、品も無くガハガハと大口を開けて笑う。
差し出されたトランクを受け取り、アルメリアが頭を下げた。
「いつもありがとうございます、先生…」
「水臭い事言うな!?なんかあったんだろ?遠慮無く使ってくれや!いつも言ってるようにな、俺の魔力は貴族のクソ共の好きにはさせねぇ!魔力なんざ便利に使うようなモンじゃねぇ!いざって時に役立てるくらいで丁度良いんだ!!お前さんはそれを弁えてる!だからこそ気軽に渡せるんだ」
ベンジャミン・ガウラ。
高位魔力の持ち主にして、ブレンダム王国一の変人。
魔導士の椅子を蹴り、辺境にて僅かな同士と共に、魔石や魔力を使わない新しい道具の研究に明け暮れている。
それでも魔力持ちの魔力は、使わなければ体内に凝ってしまう。
そこで、いつも溜まった魔力をありったけ注いで特別な魔石を生み出している。
大量の魔素を吸収し、中に凝縮させる魔石。
膨大な魔力と、繊細なコントロール要するが、彼にとっては週一で行う、自分が死なないためのルーティン。
大体一回で2〜3個作って放って置く。
そのための素の魔石を調達しているのが、唯一魔石の作り方を教わりに来ていた弟子のアルメリアであった。
本来彼女は魔力持ち。
辺境では魔素の影響を受けやすいので、常に周囲の魔素を吸収してくれるベンジャミンの魔石は、生活に必要不可欠なのだ。
それを自分で作れるようになるため、若い頃にアルメリアは彼の弟子となった。
「以前頂いた物を全て使ってしまったので、助かりますわ。私では大きな物はまだ作れなくて…」
「なんだ?特大の奴も入れてやっただろう!?それも使っちまったのか?!」
「ええ、2つとも…それ程危険な状況でした…」
「ヨォシ!それならちょっと待っとれよ?!」
ベンジャミンはまたドスドスと部屋の中に入って行く。
邸の中は、整頓されたホールと客間を抜けると、乱雑に物が詰め込まれた部屋の戸が、いくつも半開きになっていた。
見たことも無い機材や道具に目移りしつつ、突き当りまで進むと、そこが魔道具や魔力に関する作業部屋になっている。
「どこだったかな?」
ガラガラと積み上げられた箱を押し退け、忙しなく動いていたベンジャミンの体がいきなり立ち上がる。
「あった!!コレだ!!」
そう言って、ベンジャミンはアルメリアに薄青い親指程の魔石を差し出した。
「いいか?アルメリア、コイツは俺が半分悪ふざけで作ったような物でな、封を切れば魔素だけじゃねぇ、生き物の持つ魔力まで根こそぎ吸い付くす代物だ。人でも動物でも、魔力の無い状態にしちまう。本当なら世に出さん方がいいんだが、今回は特大魔石が2つも入用になったんだろ?万が一に備えてお前さんに渡しておく!」
「先生…またそんな物作ったんですか?」
「そう言うなって!?投げたら大爆発起こすのよりいいだろう?」
「アレもまだ使ってませんよ?!」
「まぁいい、使ったら感想聞かせてくれや!」
「…使わず済む事を祈ります…」
そうしてアルメリアは、ガハガハと豪快な笑い声に見送られ、魔石の詰まったトランクを抱えて再び馬車を走らせるのであった。
アンヴァルの引いた馬車が、アルバトロス領へ着いたのはそれから2時間後。
「ただいま戻りましたわ、あなた」
「あぁ…おかえりアルメリア。今、姉上が荒れに荒れてグレイブの素振りを始めたから、ちょっと近付かない方が良いかも知れないよ…?!さっきディール伯爵から使いの馬が来てね、そろそろ例の団体がここに向かってるそうなんだ。私はそろそろ自分の邸に帰るから、アルメリアはゆっくり帰っておいで」
庭先から聞こえる、リズミカルに藁を巻いた丸太を切り刻む音と、怨嗟を込めたような掛け声。
それらをなるべく見ないようにしながら、バジルは荷物を背負ってアレクサンダに跨った。
「家の事は頼みましたわ!それと、これを…」
アルメリアは、ガウラ子爵からもらった魔石を2つ、布に包みバジルに渡した。
「領地に戻ったら私も共に戦います!リナリアをの事は頼みましたよ?!」
「心配しないで、私達の娘は必ず守るよ!」
そう言ってバジルは空に消えていった。
「あの臆病者、サッサと先に行ったわね!」
いつの間にかアルメリアの隣にアルバトロス夫人が、グレイブを片手に立っていた。
「私達も用意しましょう!この領内では連中を泳がせてやらなきゃだから、暴れられないもの。向こうに着いたら目に物見せてくれるわ!」
「そんなに酷い内容の報告だったのですか?」
アルバトロス夫人は黙ってアルメリアに紙束を寄越し、盛大に溜息をついた。
「ボーデン家を犯罪者にでっち上げて、リナリアに馬鹿共の罪をおっ被せようって所まではわかってたけど、アルメリア領とディール領に屯してた破落戸まで雇ってボーデンへ向かわせたそうよ、まったく!」
「そう…私の娘を犯罪者にねぇ…まぁ、そんな杜撰な計画、上手くいく訳ありませんわ」
アルメリアはいつものにっこり顔で、握った跡の付いた報告書のシワを伸ばした。
「それに、私も今回は全力で戦うつもりです!お義姉様も、遺恨の無いように存分に奮って下さいませ!!」
「ええ!久々に腕が鳴るわ!」
その日の昼頃、魔導士の一団はアルバトロス領へ到着したが、街には人がほとんど居らず、どの店も扉が閉まっているので、留まることもできず、仕方なく足早に過ぎる事しかできなかったという。
「領民達にはなんと言って協力してもらったんですか?」
「凶悪な犯罪者が通過するから、誰も外に出るなと言っておいたわ!討伐隊が出動するから絶対に関わるなと言ったら、どこも皆素直に聞いてくれたわよ」
「さすが良主ですわね!こちらの領内には血の気の多い方が多いですから、街に入られる前に決着を着けねばなりませんの。これはお義姉様にもお渡ししておきますわ」
「ガウラの魔石ね?!辺境貴族の必需品だけど、こんな大きなものまで作れるの?」
「なんでも、細かい魔石をこねくり回してたらくっついて一つになったから作ったとか…」
「相変わらずメチャクチャね…まぁいいわ、これで魔道具で向かって来られても怖くないわ!ソニア、それでは留守を頼みましたよ!?」
「お気を付け下さいませ」
ソニアに見送られ、2人もボーデン領へと馬車を疾走らせるのだった。




