辺境の灯台
王都を出て、東へ約1日程走るとアルメリア伯爵領へ入る。
一番高い山の上には、高い塔がそびえ立っていて、先端には風車と釣り鐘が取り付けられており、この領地のシンボルとなっていた。
そのてっぺんでは、時折何かがチカチカ光っている。
その日の朝方
「西の門より魔道士の一団が領地に入ったとの知らせがありました!」
アルメリア領の中央の時計塔兼物見台の上で、兵士達が領主と話し合っている。
「ご苦労。なら夕刻までにはディール伯爵領へ抜けようとするだろうな。余程の事がない限り連中はここへは留まらない。直ちに監視を付けろ。怪しい動きがあれば直ぐに知らせるように」
「至急向かわせます!」
「私は一度邸に戻る。ディール伯爵領へも信号を送ってくれ」
「わかりました!」
アルメリア領の山の風車塔から、チカチカと光が放たれる。
キラリキラリと、よく磨かれた大きな金属板が、太陽の光を反射して、遥か遠くへ光を届けている。
「アルメリア領より信号あり!魔道士の馬車が通過中、こちらに到着次第、領内にて監視せよと…」
ディール伯爵領は雄大な小麦畑の他、養蜂や織物、焼き物などの特産品が有名で、人口も辺境内では2番目に多い。
商人に観光目的の旅行者も立ち寄る大きな街があり、宿場も賑わっている。
領館にて、領主のディール伯爵は、物見台が受けたアルメリア領からの信号の報告を聞いていた。
「いつもの魔道士達か…余り素行の良い者達ではないが、金払いがいいのと来る頻度が高いのとで放って置いていたが…何をやらかしたかな?」
ディール伯爵は、ふう…と短いため息を吐いて手元の書簡に目をやると、老眼鏡を外し目頭を軽くほぐした。
「監視か…アルメリア領から言って来たということは、十中八九ボーデン伯爵が関わっていることだろう。そうなれば必然的にアルバトロス侯爵が絡んでくる…ここはあちらの指示に従うべきだな。該当する馬車が門を抜け次第、監視をつけなさい。アルバトロス領へも報告を入れておくこと」
「はっ!直ちに」
アルバトロス領へ行くには、ディール伯爵領を横断しなければならない。馬車でも1日半は掛かる広さはある上行楽地もあるため、一行はいつも3日は掛けて街道を抜けていく。
一行はその日の夜更けにようやく宿に到着した。
それから直ぐに付けた監視達も、それぞれの部屋に分かれ一晩中交代で見張り続けている。
そして翌日、恐ろしい会話内容を報告してきた。
深夜に従業員を叩き起こし、半ば強引に部屋を取ったという宿の一部屋にて。
中からは若い男と年輩の男の声が聞こえてきたという。
「いいか?まずは例の修道院で魔石を回収し、ボーデンの小娘を捕らえろ。その後、私が邸に乗り込み、奴の不正の証拠を手に入れるのだ」
「僕の方は平気。シスターも皆協力してくれると思うよ。でも父さんの方は大丈夫なの?不正の証拠なんてあるのかなぁ?」
「魔物の乱獲の黒幕だった事にすればいい。それは私が用意する。必要なのは奴を叩く大義名分。王家に背き国を欺いたとなれば、いくら王の腹心とはいえ処罰は間逃れないからな!」
「その娘にもルナリアの罪を被ってもらわないとだから、余計なことは喋って欲しく無いなぁ。例の魔道具使ってもいい?」
「まぁいい1つ持って行け。お前は近付くなよ?適当な奴に持たせて置けばいい。魔素が吹き出たら直ぐに離れるんだぞ?」
「わかってるよぉ!」
また別の部屋では…
「では、魔素で苦しむ人々の前に私が立って、この杖を使えば…」
「先端の魔道具が作動して魔素が吸収され、人々は救われる!君は聖女になれるというわけさ!」
「魔力を高めるのはその後でもいいだろう?!まずは功績を作り、国民の支持を高める方が確実だ!」
「連れてきた魔道士達に、魔素が吹き出す装置をボーデン領で作動させるから、領民がパニックになった所で聖女様が現れ、人々を救済し、領主の不正を暴く。皆が君に感謝し、平伏すことだろうな」
「それまでは魔素除けを敷いた馬車の中で待機していてくれよ?!」
「わかりましたわ!私、みんなのお役に立てるようがんばります!」
若い娘と男が2人。
酒を飲みながらそんな物騒な会話を交わしていた。
朝早く、ディール伯爵は監視が聞き取った内容を全て紙に書き起こすと、アルバトロス領へ向けて早馬を跳ばした。
(何という連中だ…何年も出入りさせていた我が領が関わっているなどと思われては一大事…一切の情報を引き渡し、こちらは何の関わりも無い事を主張せねば…)
ディール伯爵領には観光名所がいつくかあり、そのうちの一つは見渡す限りの花畑だ。
蜂蜜を取るための蜜源にもなっており、中央には高い展望台が聳えていた。
その頂きがキラリキラリと光って見える。
アルバトロス領へ、重要事項を手短に、光の信号が何より速く知らせてくれる。
この灯台はボーデン伯爵の先々代の頃に、各領主と話し合って設けられたもので、辺境四領内でのみ通用する信号のやり取りができるようになっている。
王都からの貴族や、諸外国からの要人が行き来する際に。または重要な荷物の運搬や、今回のような不審者の出入り、災害の発生など、いち早く知らせ合う事が出来るため、辺境の地では最早なくてはならない存在だ。
「ご報告致します!ディール伯爵領より、魔道士の一団が領地に入ったそうです。監視を付けて警戒中。詳しくは馬を待てと」
領主館に響く兵士の声に、アルバトロス侯爵夫人が立ち上がった。
「よろしい!心して待機せよ!」
「まぁ最短でも2日は掛かるから、のんびり待とうよ」
「おだまりバジルッ!その間にアンタは自分の家に帰って支度なさい!一番いい剣と鎧で迎えてやるくらいの気概見せなさいよ!?」
「痛いっ!姉上、なにもどつかなくても…それに、あの鎧はアルエットに譲ってしまったので、今更私が着るのも…」
「この甲斐性なし!アルメリアですら自分の出来得る限りを尽くそうと奔走していると言うのに!ならせめて自宅くらい守って来なさい!」
「もうアルエットが向かいましたよ…」
「だったら領内の見廻りでも、領民への安全対策でも、やれることは山積みでしょうに!ボヤボヤしないでサッサと自分の陣地へ帰んなさい!このポンコツが!」
こうして、ボーデン伯爵邸へは長男アルエットが、領主館へはバジルが、二人を追ってアルメリアが、それぞれ戦いに向けて動き出すのであった。




