最初の鉄槌
「もう我慢なりません!連中はいくつ罪を重ねれば気が済むと言うのか!!」
「最早、疑う余地はございません!陛下、彼等を罪人として裁くお許しを!」
貴族院の緊急会議室から、普段は冷静な貴族達の叫び声が響く。
日夜増え続けるボーデン伯爵とアルバトロス侯爵からの抗議文書に報告書に交易の凍結宣言、その上今朝はアルメリア伯爵からも領地を閉ざす旨の連絡が入り、裁判所と貴族院は連日上を下への大騒ぎだった。
「まさかここまで愚かだったとは……」
ブレンダム国王も、いい加減重い腰を上げねば国が傾くならマシな方で、下手をしたら転覆も有り得る事態に頭を抱えていた。
「それで?ラインハルトは既に兵に見張らせとるが、他の首謀者はまだ捕まらないのか?」
王が睨んだ先には、バカラ宰相とグローバ騎士団長が座らされていた。
「申し訳ございません…邸にはもう一週間も帰って居ないと…捜索はしておりますが見つからず…」
宰相はしきりに汗を拭きながら頭を下げている。
「宰相、そなたの息子は随分好き勝手をしているようだな!?市井で権力を振りかざし、やりたい放題していると報告書に書かれているぞ?」
「そ…そんな事は…息子には公爵家として恥じない様しっかりとした教育を…」
「しかし、罪人を匿い、横柄な態度で街を練り歩いていることは事実のようだな?!目撃者に被害者も大勢居るとのこと。まぁ、親としての責任を取るのだな…」
「は…はい…」
「次に、グローバ騎士団長じゃが…」
「お言葉ですが陛下!」
「なんじゃ?申してみよ」
グローバ騎士団長は立ち上がり、周りを見渡して声を張り上げた。
「聞けば、我が息子等は、一人の下級貴族の娘に誑かされ、我を失っている様子!なのに何故!ここにその元凶たる令嬢の家門の者が居ないのですかな?既に罪人の判が押された家人が罪を重ねたとあれば、何かしらの責任は取らせねば!誰も納得せぬでしょうなぁ!」
周囲の貴族を煽ろうと大声を出すが、ブレンダム王はそれを白い目で見ていた。
「話を逸らすなグローバ!ローレン子爵は謝罪も賠償も拒むことなく、以前より何度も市井へ下る認を得ようと悩んでおったわ!それを妨害し、己等の都合の良いように事を運ぼうとしたのが、そなた等の息子共じゃ!そもそも裁判所の牢からローレン子爵令嬢を連れ出し、脱獄させたのがお主の息子だと、既に調べは付いておるわ!」
「ぬぅぅ……」
「更にお主が、その息子の愚行をなんとか握り潰そうと、裏で手を回そうとしていた事も明白じゃ…まさか一国の騎士団長がここまで落ちたとは…」
国王は深い溜め息と共に、目の前の書類の束にサインをしていく。
「今を以てブライアン・バカラ、アルセイン・グローバ、クリスティアン・ベランタの3人を罪人とし、ルナリア・ローレン共々身柄を確保次第、裁判を行う!」
「まさか…こんな事になるとは……」
「ぐぬぬ……アルセインめ…グローバの恥晒しが…」
「宰相と騎士団長にも謹慎を言い渡す。一歩足りとも邸から出るなよ!?監視を付け、人と会うことも許さん!衛兵、二人を送って行け。それと…」
どよめく室内に、再び王の大きな溜め息が聞こえた。
「大至急、城の魔導士庁を捜索する!ベランタ魔導士長が長きに渡り国に背いていた証拠が出てきた…奴を第一級犯罪者として拘束せよ!」
王の決断に、皆が一同に礼を取り、速やかに動き出した。
これで自領に罪人が潜伏していようものなら、一大事。
皆、私兵を投じて捜索に乗り出すことだろう。
「魔導士庁へは王家直属の魔導士達を連れて行け。抵抗されては敵わんからな…」
(はぁ…これで少しは国に蔓延る膿が抜けるだろうか…)
ブレンダム王は山積みにされた報告書にズラリと押されているボーデンの印を見た。
(マルスよ…本当にすまない…)
ブレンダム国王の城の西の塔。灰色の石造りのツルリとした建物にはドアが無い。
許可のある者だけが、魔力を流すと隠された入り口が開く仕組みだ。
王室魔導士達が魔力を注ぎ、全ての扉を開くと兵達が一気になだれ込む。
しかし、中に居たのは若く未熟な魔導士ばかりで、実力者は一人もいなかった。
中の一人に問い詰めると、恒例の魔石採集に出掛けたとあっさり答えた。
城門の見張りに尋ねると、確かに魔導士庁の馬車が出て行ったと記録も取っていて、ついでに家紋の無い白い馬車が同行していたと話してくれた。
「いつもの魔石集めでしょう?毎月必ず行かれますからね。でも白い馬車は初めて見ましたが、乗っていたのがベランタ侯爵令息でしたので、お通ししました」
いつもの事で不審な点は無かったと答える兵士達。
「逃げられたか…しかし、目的地も決まっているようだな。後はこの際、当事者に任せてみるか…?」
王は城の窓から、遥かボーデン領の方角を見つめていた。
ブレンダム国王の先祖は、元々大陸の戦争に敗れ、国を追われた小国群の民の集まりだったという。
戦火の最中、戦敗者を受け入れる余裕のある国は無く、流れ着いたのが人の住めない大陸の端、魔の森だった。
魔素に晒された土地では碌な作物は育たず、魔獣や魔物に怯え暮らす中、魔素に侵され弱い者から次々命を落していった。
ーーーそんな苦しむ民の前に突如現れたのが、神の力を受け継ぐ聖女だったという。
聖女が大地に祈りを捧げると、魔素が払われ、土が蘇り、魔物は寄り付かなくなった。
人々は聖女の御業に驚き、そして深く感謝した。
聖女が大地!を癒すと、少しずつ土地を拓き、やがて小さな国が出来ると、彼女を奉り国の象徴にしようとしたが、いつの間にかどこかへ消えてしまった。
きっと今もどこかで苦しむ人々を救っているのだろう。ーーー
これがブレンダム国王に伝わる民間の伝説の大まかな筋である。
しかし、事実は少し違った。
当時、あちこちで戦争が起こっていたのも事実だが、大陸では魔素を溜め込み、魔力を持つことが出来る、いわゆる魔力持ちの迫害が問題となっていた。
魔女狩りなども行われ、捕らえられた魔力持ち達は、魔の森に棄てられるようになった。
しかし、その魔の森を拓き、悠然と生活していていた一族がいた。
どこからやって来たのかも分からず、どうやって土地の魔素を抜いているのかさえ謎だが、魔物と魔獣を見分けて手懐け、畑を起こし、水を引き、送られてくる魔力持ちや逃げて来た戦敗者達を引き入れ、土地を広げ村を起こし、街を作り、気がつけばひとつの国を起こしていた。
国境の国々は、魔素の浸出や魔獣の脅威に晒される事が無くなり、和平の条約を共に結ぶ事を承諾し、今に至る。
それがブレンダム国王の始まりだった。
初代の王は、この土地に流されて来た魔力持ちの少年だった者で、自分を守り、育ててくれた祖の一族に深い感謝を込めて、始めは国の象徴として取り立てようとしたが、政治や権力に興味の無い彼らは、森沿いの土地を受け取り、魔の森から国を守り続けたという。
その一族は、古い言葉で始まりという意味のボーデンと呼ばれ、それが今のボーデン家の先祖である。
(神聖化するあまり聖女などと表したのだろうが…逆に事実がねじ曲がってしまったのは初代国王の最大の失敗だろうな…)
王家の古い書物にはこんな言葉が残されている。
ー ボーデンに魔法は効かない、それこそが彼等 ー
(ひとまずボーデン家とアルバトロス家に急ぎ報せを送らねば…さてどうなるかな…?)




