アルメリア伯爵
その日は曇りがちで、あまり良い天気では無かったが、アルメリア伯爵は朝から上機嫌だった。
ショーン・アルメリア伯爵。
元魔導士庁所属で、その最高責任者候補にして娘可愛さにその座を蹴った変わり者。
「だって娘が辺境伯家の者と結婚したいって言うんだもの。貴族って家格が合わないと色々面倒くさいし、昇爵したら王族の駒にでもされかねないし、城務めもそろそろ嫌気が刺してきた所だったから、引き下がろうと思って!」
彼の家族に対する溺愛っぷりは有名だった。
アルメリア伯爵家に子供は二人。
姉のアルメリアと弟のグラス。
とても仲の良い姉弟だが、血の繋がりは半分しかない。
アルメリア伯爵夫人ユーフォルビアは、以前の名をユーフォルビア・ブルメール・ストレリチアという。
娘はアルメリア・ブルメール・ストレリチア。
ストレリチア公国のブルメール公爵家の第ニ公女だった。
ストレリチア公国は、五つのストレリチアを冠する貴族により運営されているが、その内のブルメール家で後継者争いが起こり、ユーフォルビアの最初の夫が殺されてしまった。
命の危機を悟ったユーフォルビアは、身の回りの物をまとめ、数人の使用人と、産まれたばかりの娘を連れて亡命を決意し、一番近かったブレンダム王国との国境沿い、ボーデン領へ向かった。
もちろん追手もあったが、襲われた馬車の窮地を救ったのが、偶然通り掛かった当時のボーデン伯爵と、たまたま居合わせたアルメリア伯爵だった。
ボーデン伯爵は親子の事情を聞くと、彼女等を快く受け入れ、別宅に匿ってくれた。
そこへ、事ある毎にやって来ては、話をしたり贈り物を置いて行ったのがショーンだった。
「貴方は私の運命の人だ!!どうか私と結婚して下さい!!」
一年後、そう叫んで玉砕した。
ユーフォルビアも彼を憎からず想っていたが、ずっと悩み続けていた。
自分が亡命者であること、バツイチ子持ちであること、他国のごたごたに巻き込んでしまうこと、そして
「この子の名前と被るんですよね…」
一時は伯爵家を捨てるとまで言い出したが、それだと公女とは結婚できないとボーデン伯爵に説得され、それはなんとか思い留まったが、彼は諦めなかった。
ユーフォルビアとアルメリアのために何日もボーデン領へ泊まり込み、2人の元へ通い続けて更に一年後。
「この子もいずれ結婚して、名前も変わることでしょうしね?!」
不意の承諾にショーンの頭の中は真っ白になったそうだ。
そしてすっかり懐いたアルメリアを肩車したまま、歓喜に泣き崩れ、使用人達に支えられながらユーフォルビアを抱き締めたという。
その後、母国の実家の内情も落ち着き、無事結婚の許しを得たユーフォルビアは、正式にブレンダム王国アルメリア伯爵へと嫁ぐ事が出来た。
そうしてアルメリアは、アルメリア・アルメリア伯爵令嬢となったのだ。
ショーンはアルメリア伯爵家を継いだ後も、夫人も娘もベタベタに甘やかす家族至上主義者としてその名を馳せ、息子のグラスが産まれた時の喜びようときたら、1ヶ月も領内に籠もって妻を労いつつ、娘を膝に乗せて、産まれたばかりの息子の顔をひたすら眺めて過ごしたという程だった。
アルメリア伯爵が、朝方バルコニーでくつろいでいると、空からいきなり巨鳥が現れ、娘が目の前に飛び降りてきた。
「アルメリア!?どうしたんだ?お前が前触れも無く家に帰って来るなんて…まさか…夫婦の間に何かあったんじゃ……」
「急な帰省をお許し下さいお父様」
「いやいやいや!いいんだよ、アルメリア!なんならずっといてもいいんだよ!」
「実は大切な相談があって参りました。どうかご助言下さい」
「よーーしパパが何でも聞いてやるぞ!?離婚か?制裁か?何でも言ってみなさい!」
「実は…」
アルメリアはボーデン領内で起こった出来事を、浮かれる父に話した。
「…私ではこの魔道具の魔力を抜く事しかできませんでした…何せ見た事も無い魔道具ですの。お父様なら何かご存知ではないかと思いまして…」
「うぅ…うぅぅぅ〜〜〜…………」
「お父様…?」
頭を抱えたアルメリア伯爵は、やがて拳をテーブル叩きつけた。
「おおおのれぇぇ!王都のゴミ貴族共が…私のかわいい孫娘を…リナリアをよくも…よくも侮辱した上にこの仕打ち…ショーン・アルメリアを敵に回した事、とくと思い知らせてやらねばな!!」
「落ち着きになって、お父様。お茶でもいかが?」
「はぁ…はぁ…すまない…少し頭に血が上り過ぎた…さて、それでその魔道具というのは?」
「こちらですわ、既に停止しているのですが…」
「ふぅむ…」
アルメリア伯爵はアゴをさすりながら、不気味な魔道具をじっと見つめた。
「アルメリアや、この魔石にはかなり濃い魔素が大量に溜め込まれていたと思うのだか、どうだった?」
「はい、まるで中に無理矢理圧縮されていたように吹き出して来て、手持ちの魔石に吸い取るのが精一杯で、それでも一番大きな石を2つも消費してしまいました」
「うーん…これはね、私がまだ魔導士庁にいた頃に作られた物に非常によく似ているんだ…」
今から20年程前の事。
魔導士庁で人工魔石の研究中に、大量の魔素を圧縮し、閉じ込めることが出来る魔石が、偶然出来上がったという。
そこで魔導士達の意見が分かれた。
過剰な魔素を大気や大地から吸収し、魔素に侵された土地を蘇らせ、人々の暮らしに役立てようと考える者達と、強力な武器として他国に売り出すか、人工的に魔物を生産し、魔石の安定供給を図ろうと画策した者達。
何度も話し合ったが、妥協点すら浮かばず、ギスギスした空気に嫌気が差した頃、ある事件が起こった。
研究室で人工魔石が割れて大量魔素が吹き出し、大勢の魔導士達が過剰な魔素に晒されてしまい、重度の魔素症に掛かったという。
その内の一人が、運悪く背骨の中で魔素が結晶化してしまい、魔素が抜け、結晶が消えた後も傷付いた神経が治らず、生涯歩く事ができなくなったそうだ。
「それで当時の責任者がそれは危険な物だと判断し、製造方法を秘匿し、資料は全て厳重に保管されることになったんだ。万が一魔導士庁以外の誰かに使用されたり、外にその存在が知れたら、魔導士庁全員が重い罰を受けるものと誓約させられてな…」
「お父様はご存知なのですか?その人工魔石のレシピを…」
「そりゃぁ作った張本人だからな。まぁ私だけじゃないが…あれは私とリオンとマルスの3人で作った物なんだ」
「マルスというのは前ボーデン卿ですわね?リオンというのは…?」
「ベランタ侯爵のことだよ。当時は伯爵だったが…魔導士庁の現最高責任者だ。もし、この魔道具に奴が関わっていたとしたら…大変な事になるだろうな…」
アルメリア伯爵は眉間にぐっとシワを寄せ、割れた魔石を見つめていた。
「魔石についてはわかりましたが…では、この装置は一体何なのでしょうか…?」
「そうだな…確信は無いが、古い魔獣除けに似ているな」
「こんなに複雑な回路を使った魔獣除けですか?」
「今使われているのは簡易化に成功した回路なんだよ。手探りで開発していた頃はもっと重くて複雑だった。しかし、何かしら手が加えてあるな?!どういった効果が出る物か調べてみよう!」
「ありがとうございます!お父様」
「お前も少し休んで行きなさい。」
「お言葉に甘えさせて頂来ますね」
「それから、我がアルメリア家もボーデンの同盟だ。制裁には手を貸すから、バジル君に一言添えておこう。私にも暴れされろと伝えてくれ」
アルメリア領は穀倉地帯の一部に掛かり、広大な麦畑と畜産が主な収入源になっていた。
王都までは邸から5日は掛かるが、隣接するボーデン、ディール、ガウラ、アルバトロスの領地ならロバに引かせた荷車でも1日で辿り着ける上、道がなだらかで安全なので、国に命じられた納品分以外はほとんどこの辺境地内で回している。
「こちらはいくら籠城しても痛くも痒くもない!王都への輸入品にもめっちゃ関税掛けてやる!それが嫌なら早く解決しろと貴族院に連絡しておこう!」
「お父様…イキイキなさって…」




