王都よりの使者
ソルティオ伯爵が帰り、いつもよりすっきりした顔のドロシーとリナリアが昼餉の支度をしていると、そこへ院長が現れた。
「リナリア様…実は王都より面会者が来ているのですが…」
「私に?!誰かしら?」
「いえ…リナリア様に、というか…その…ルナリア令嬢を出すようにと申されておりまして…それでご相談に…」
「向こうじゃ替え玉にされたのが私だとまだ 伝わって無いのね」
「そりゃ王都まで本当なら一週間か十日は掛かるもの。ボーデン家の連絡手段が異常なだけだよ」
「そっか…私がここへ来てから、まだ5日しか経って無いのか…」
「どうするの?面会」
「うーん…行くしか無いわ。その代わりすぐに兄さん達に知らせて!?院長先生は何も知らない振りをして下さい。私がここに来た当日の対応でお願いします」
「……っわかりました…」
「では、面会室へ行けばよろしいですか?」
「ちょっと待って!」
エプロンを外し、部屋を出かけたリナリアを止めたのはメリッサだった。
「メリッサどうしたの?戻ったんじゃ無かったの?」
「はぁ…外から人が来たって聞いて様子を見に来て良かった…リナリア!そのまま行ってはダメよ!例の逃亡令嬢の面会者なんて怪しいだけだわ!ここは相手の出方を見るためにも少し演技を入れなくちゃ!」
「え…演技?」
「あなたは突然兵に攫われて罪人にされた哀れな伯爵令嬢なのよ?!そんな元気ハツラツじゃ返って怪しまれるわ!」
「そうかな…?」
「うんうん…確かにそう思う。リナリアは何にでも物怖じしなさ過ぎる」
「そう…かな…?」
「当たり前よ!!警戒されたら情報なんて引き出せないし、罪人の身代りが気が強いと扱い難いから従順で気の弱い女と取り替えようなんて話になったらどうするの?!」
「すごいのね…メリッサ。私じゃそこまで思いつかないわ…」
「かつて義妹達のせいであらゆる悪意に晒されて来たもの!今こそその経験が活かせるわ!私に考えがあるの!」
それからしばらくして、南の面会室に地味なワンピーへスの少女が入って行った。
向かいのソファには、短髪の美丈夫と長い髪を緩く結んだ色白の若い男が二人座っていた。
「失礼します…」
少女はおずおずと椅子に座り、伏目がちに二人の様子を伺っている。
「待っていたぞ。我々は王太子殿下の命により公爵家からの依頼で派遣されて来た調査団の者だ。私はエディ、魔導士だ」
「君に聞きたいことがあって来たんだよ。僕はユーリ、よろしくね?!」
「あ…あの、私は…」
「安心して、君がルナリア様では無い事はわかっているからね。僕達はその調査のための来たのさ!」
「ええっ?!ほ…本当ですか!?」
「まずは君の名前を教えて欲しい」
少女は目に涙を溜めて震える声で話し始めた。
「私は…私の名前はリナリア・ボーデン!ボーデン辺境伯爵の末の娘です…」
「なるほど、兵士達が雑な仕事をしたせいで無実の貴族令嬢が捕らわれたという話は本当だったのか」
「わ…私の事を…信じて下さるのですか…?」
「もちろん!僕達は君の味方だよ?!」
「うっ…うぅっ…私…ここへ来てから…何度も違うと訴えたのに…誰も信じてくれなくて…見に覚えのない罪ばかり並べ立てられて……本当に辛くて…」
肩を震わせすすり泣く少女の隣に、ユーリが寄り添うように座りその手を握る。
「怖かったでしょう…ここの院長にはしっかり言っておきますからね。貴方は無実であると…」
「では、ここから出して頂けるのですか?!」
「それについてなのだが…君にとても重要な話があってな…」
「重要な…話…?」
真剣な眼差しを向ける二人を、少女は困惑した瞳でじっと見つめた。
「落ち着いて聞いてくれるかい?これは王侯貴族に関わる重大な事件なんだ」
「そ…それは一体…?」
「君が間違われたルナリア・ローレンという伯爵令嬢は王都で他の貴族に陥れられ、冤罪を掛けられ投獄されてしまった。しかしその真実に気が付いた王族の一人に保護される事となったんだ」
「全ての悪事を明るみに晒すまで公表しない事になり身柄を秘密裏に匿う事になったのだが…身代わりを用意するはずが、間抜けな裁判所の連中が罪人が脱走したと騒ぎ出してな。関わった者達には口止めをした上で説明はしたのだが、既に馬車は出た後で間に合わなかったのだ…」
「それで私が間違われて連れて来られたというわけですか…?」
「本当にすまない…でも、君には更に申し訳ないお願いをしなければならないんだ…」
「お願い…ですか…?」
「君には、このままルナリア令嬢の振りを続けてもらいたい。もちろん、無実の罪であることは周囲にしっかり訂正しておくし、これ以上理不尽な目には遭わせないと約束するよ!王都の事件が解決するまでの僅かな間で構わない。どうか僕達に協力してくれないだろうか?!」
「つまり、私に身代わりを続けろと仰るのですね?!」
「図々しいお願いをしている事はわかっている!だが、もし君をここへ連れてきた連中に気付かれ、君がルナリア令嬢ではないと犯人達に知られたら…君を関係者だと思い、ルナリア令嬢の居場所を知ろうと君を拷問するかも…あるいは脱走の共犯者に仕立て上げられ罪人にされてしまうかも知れない!」
「そうなれば君の家族にまで被害が及んでしまう…それを食い止めるためにも君の協力が必要なんだ…」
「そんな…なんて恐ろしい…一体誰がそんな事を…」
「それは別の仲間が調べている所なんだ。僕達はここへ辿り着くので精一杯でね…」
「頼む!これは王族と公爵家からの要望でもあるんだ…これ以上犠牲者を出さず、君を守り切るためにはこれしか方法が無い!こちらで出来る事は何でもする!どうか我々に協力してくれないか?!」
机に額が付きそうなほど深く頭を下げるエディに少女はにっこり微笑んだ。
「…私はここに残り、ルナリア令嬢の振りを続けるだけで良いのですか?」
「もちろん!それ以上は何も求めません!」
「私は…本当の事を話しても誰にも信じて貰えず、誰にも名前を呼んで貰えなかった事が何よりも辛かったの…もし、私が協力する事で家族や他の方達を守る事が出来るなら、私は喜んでここに残ります!」
「本当か!?」
「ありがとうボーデン伯爵令嬢!この見返りは必ず用意するよ!!」
「そんな物より…私の事は名前で呼んで下さいますか…?その…リナリアと」
「ああ、リナリア嬢!恩に来ます!」
「嬉しい…やっと私の名前を呼んで貰えたわ…」
「必要な物や欲しい物は何でも仰って下さい!我々がご用意致します」
「それなら……」
〜〜〜〜〜〜
それから更にしばらくして。
二人の魔導士と、リナリアと名乗った少女が部屋から出て来た。
ユーリは少女に何かを手渡すとすぐに院長を探しに行き、エディはもう一度深く礼をすると、客間へと戻って行った。
「すごいシナリオを用意してきたな…」
「あそこだけ見たらそーゆー物語の一幕みたいに見えるでしょうね」
面会室の隣から顔を出したのはジェイとリナリアだった。
「素晴らしい演技でしたね。あの二人は完全に貴方を信じましたよ」
「お役に立てた様で何よりだわ!あの人達、ボーデン領の修道院まで来てるクセに、ボーデンと聞いてマズいと思わなかったのかしらね?これがもしそこらの貴族相手だったら大問題よ?!」
「邪魔なボーデン家を陥れるチャンスくらいにしか思って無いでしょうね。」
「リナリアも私も社交界にはほとんど出なかったから、顔でバレることはそうそうないと思うけど…修道院って領主の娘の顔は知らないものなのかしら?」
「来なければそうじゃない?私なんてほとんど来た事無いもの。たぶんキチンと顔合わせして、こまめに視察とかに付いて来てれば放り込まれた時点で心配されたし、家に何かしら連絡が行ったでしょうね。そこは少し反省してるのよ…」
「でもおかげで領地の問題が解決出来そうだから、今回は怪我の功名だな」
「それにしても…本当に凄いのね、メリッサ…」
結局、リナリアはどうやっても諜報には向かず、今朝に続きメリッサが代役を務めたのだった。
「これ、渡された連絡先よ。何かあればここへ早馬を飛ばしてくれって。後、欲しい物は無いか聞かれたから野菜の種と苗って答えといたわ」
「最高よ!メリッサ!!」
「ありがとうございます。早速この住所を調べさせましょう。コーネリアスを頼みます」
「はいよ〜。それじゃ二人共、また後でな」
新たな報告を飛ばすため、バートとジェイが行ってしまう。
「よし、お昼にしよう!今日はピザにしてみたのよ!」
「わぁ!すごく楽しみ!」




