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 取り引き






「まぁ、まずはお茶でも」


テーブル越しに向かい合ったにこやかなジェイと険しい顔つきのソルティオ伯爵。

その間でバートは慣れた手付きで紅茶を注いでいた。


「いやぁ〜すみませんねぇ!いきなり捕まえちゃって」


「…田舎貴族が!この私に一体何の用だ?!下らない事で時間を奪われるのは我慢ならないのだがね?!」


何処までも上からの物言いをするソルティオ伯爵に今度はバートが口を開いた。


「卿は、宮廷でも指折りの料理人とお聞きしております。特別な調理資格をいくつもお持ちとか。特殊な材料が揃った際には担当される機会が多いのではないでしょうか?」


「それがどうした!?まさか、こんな田舎でその腕を振るえなどと馬鹿な話ではなかろ…」


「あ、それは無いです。宮廷の料理はこちらではあまり好まれませんので」


「貴族の話キッパリぶった切るのやめて?!!ヒヤヒヤするんだけど??」


「味がクドいんですよ……ゴテゴテの香辛料に脂っこい上冷めてるから胃もたれするんですよねぇ……」


「挑発すんな!!話し合いで喧嘩吹っ掛けるとか正気か?!」


「私を愚弄する気かっっ!!??」


「ホラ、怒っちゃった……」


「まぁ落ち着いて下さい」


「どの口が言うの…?」


顔を真っ赤にして拳を握るソルティオ伯爵。

王都ではそれなりの地位にある彼が、ここまで堂々と馬鹿にされた事は無かったのだろう。

まさに顔から湯気を吹き出さんばかりである。


「冗談はさて置き」


「冗談で済まして貰えると思うそのメンタルは一体どこから…?」


「貴殿にはまずこちらを確認して頂きたい」


バートは1枚の紙をテーブルの上に出して見せた。


「なんだ?この紙切れは……ん?!」


言いかけて言葉に詰まるソルティオ伯爵にバートが冷たい視線を向けた。


「これは王宮に運び込まれた魔物肉の記録です。この異常な数字をご覧下さい。魔物は貴重なため特に厳重に管理されておりますので、いつ誰がどのように使用したか細かく記されております。接待や晩餐で使用された物がほとんどで、頻度は平均して月に2度3度。そしてその全ての調理を担当し責任者になっているのがソルティオ伯爵、貴方ですね?」


「それがどうした?宮廷内の食事は全て総調理師長の私の責任だ。ここに書かれている事は全て事実だ!何の問題も見当たらない。これの何処がおかしい?!」


「いや、そもそも数がおかしいだろ!」


「なんだと?!」


「では、ひとつお聞きしますが。魔物肉の調理は今までもこんな短期間で何度も行われるものだったのですか?」


「当たり前…いや……以前は月に1回……それよりも少なかったか?まぁ、良く捕れるようになったというだけでは?」


「いいえ。魔物は数が少ないからこその貴重品です。こんなに捕れるのは異常事態なのですよ」


「比較的よく出る家の領地でさえ、月に一頭出るか出ないかといった所かな?そもそも捕獲にもかなり規制が掛かってるし。こんなに捕れまくったらマズい通り越してヤバいかも?!」


「記録によると、持ち込まれた魔物は主に角持ち等の後天性の物がほとんどでした。これは魔力の結晶である角や爪を適切に処理しないと過剰に魔力を取り込んでしまい、魔力酔いや魔素症を引き起こし兼ねません。故に特殊素材として調理師にも技術が求められます。その最高技術者が正にソルティオ伯爵なのです」


「い…如何にも。魔物調理で私の右に出る者はいないと言ってもいいだろう!」


「その料理長が、密猟の可能性に気付かず、持ち込まれた材料を右から左へ料理して出していただけというのでは面目が立たないと思いませんか?」


「なに?」


「今度は上げて落としてきた……」


「単刀直入に申し上げます。卿には我々に協力して頂きたい」


「協力だと?」


「散々言った後に虫が良すぎないか不安になる展開……」


「この次に魔物が持ち込まれたら、すぐに我々に知らせて頂きたいのです。その際に持ち込んだ人物と出処をそれとなく探って下さい」


「ハッ!そんな事をして、私になんの得があると?」


その途端、ドスン!!とテーブルが揺れた。

バート達の要求を鼻で笑い飛ばそうとしたソルティオ伯爵の前に大きな布の塊が置かれる。


「こちらが報酬になります」


「なんだ?これは?……」


「どうぞ、ご覧になって下さい」


ソルティオ伯爵は恐る恐る布を捲り、中を覗いて目を見開いた。


「これは…魔物肉…いや…更に上位種の物か…?」


「流石は宮廷総料理長ですね。魔力の気配だけで分かってしまわれるようで」


「何これ?」


「金鹿の腰肉サーロインです」


「き…き…金鹿の!?……それも腰の肉だと……こんな…こんな……」


「如何です?我々は密猟された魔物の行方が知りたいのです。出来たらそのまま黒幕を引き摺り出して裁きを下したい。ご協力願えませんか?」


「見事な飴と鞭……」


「しかし…この金鹿こそ密猟ではないのかね?!」


「ご安心を。森から出て街道まで降りてきた魔物はむしろ駆除の対象となりますので、国に報告と申請も出した上で持ち込みました。時期外れではあるものの極上の味わいでしたよ?!」


「……仕方ない…宮廷の食材に密猟が関わっていたとなったら一大事。それを暴けるなら喜んで協力致そう!しかし、直ぐと言ってもここまで馬でも3日は掛かるぞ?」


「凄い掌返しの反応」


「ご安心を。王宮からならアルバトロス邸まで馬車でも1時間も掛かりません。ご報告はそちらにお願いします」


「アルバトロス?!侯爵邸だと?」


「叔母の家なので」


「わかった…これでもう文句は無いな?!私はこの肉と共に帰らせて貰うぞ?」


「あ、あとひとつだけ!」


腰を上げ掛けた伯爵にジェイが真面目な顔で向き直ると、深々頭を下げた。


「伯爵、娘さんの事ですが…我々が責任持って大切にお預かり致しますので、どうかお許し頂きたい…」


「娘…?そうか、ボーデン!ドロシーを雇ったのはお前達か!?」


「正確には家の末の妹です。とても仲良くして頂いております」


「…いずれは弟子の貴族家に嫁がせる手筈が、何処までも邪魔をしおって……貴族でなくなる事がどういう事か、これから身を持って知るだろう…」


「その覚悟を聞いた上で、我々も協力させて頂きました」


「あの手際の良さはそういう事か…」


伯爵はゆっくり瞬きをすると静かに告げた。


「あれは…私の手にも負えないお転婆だが…兄妹の中でも一番筋が良い…。田舎にくれてやるのは惜しいが…せいぜい精進しろと伝えてくれ……」


それだけ言うと、伯爵は肉と共に修道院を出ると、馬車に乗り王都へと帰って行った。






「あー良かった!根が悪い人じゃ無さそうな辺り本当に助かった!」

 

「貴族と言えど職人ですからね。プライドの置所が他の貴族連中とは違うのですよ」


「ドロシーの事も…色々言ってたみたいだけど最後にあのセリフが聞けて良かった」


「親子揃って余り素直じゃないようですね」


「驚いた時の顔がそっくり過ぎて笑いそうになった…そういや、ここで肉なんか渡して大丈夫なのか?一週間も馬車の中じゃ傷まないかな?」


「ご安心下さい。アフターケアも万全です」





ソルティオ伯爵が馬車に戻ると、そこに乗ってきた四頭立ての旅用馬車は無く、背の低い厳つい頑丈な箱馬車に墨を流したような黒馬が二頭繋がれていた。


「なんだ?!これは??」


「お戻りですか旦那様!先程ボーデン伯爵の使いだと言う者がやって来てこの馬車を……」


「な…なんだと…?」


中は布張りの壁にクッションがこれでもかと詰め込まれていた。


「ぎょ……御者はどうした?」


「こちらに!ただいまこの馬車を走らせるための指導を受けて参りました!さぁ、どうぞお乗り下さい!」


活き活きと答える御者に促され、伯爵と侍従が乗り込むと、高らかな鞭の音と馬の嘶きが響き渡り、助走も無く馬車が動き出す。


「さぁ行け!アルヴァク!アルスヴィズ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁー!っ!っっ!!」


馬車は王都へと続く道を突っ走り、その日の夕方には貴族街のソルティオ伯爵邸へと帰り着いたのだった。








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