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憂いと備え





「キュルルルルルクゥーーー!!!」


アレキサンダがアルバトロス邸へ戻ると、丁度昼食の真っ最中だった。


「お帰り、相棒!」


バジルが肉を放ってやると、上手くクチバシで受け止め一呑みにした。


「ずいぶんな量の手紙だな。こっちはバートの報告書、こっちはリナリアだ!おや?これは姉上に。見慣れない字ですね、女性からのようですよ」


「早速返事が来たようね。楽しみだわ」


夫人は手紙を受け取ると、嬉しそうにデザートをつついた。

バジルが報告書を捲くると、隣のアルエットが、そしてロビンスが、順繰りに読んで行き同じタイミングで顔を顰めていった。


「……何て事だ……リナリアが誘拐されたおかげでとんでもない事件が浮き彫りになったぞ……」


「長年の悩みの種がまさか足元で芽を出していたとは…魔道士庁と侯爵家か…散々嫌な思いをさせられてきたがここまでするとは…」


「あんなにしつこかった侯爵家が最近やたら大人しいと思ったら。我が家もずいぶんコケにされたものだねぇ」


「我が領地を穢した罪………どう償って頂こうかしら。ね、貴方?」


「これは最早貴族同士の問題ではありません、国家を巻き込む重大事件だ!」


憤る面々を他所に、夫人は優雅に手紙を読んで微笑んでいた。そして大切にポケットに仕舞うと紅茶を飲んで皆に向き直った。


「さて、食事が終わったらマーロウは例のドレス店をもう一度訪ねていらっしゃい。バジルは王都は久々なのだから王城へ挨拶がてらここ数年で魔物や魔獣の素材がどれだけ納品されていたか確認して。私はバレリー裁判長とこの後話をして参ります。アルエットとロビンスは魔物肉や魔石の卸先になっている商団を訪ねて市場の現在の状態を確認して。リストは渡します。アルメリアは申し訳無いけれど留守を頼むわね。緊急時にはコマドリを飛ばしなさい」


「お任せ下さい!母上」


「しっかり調べて来るよ」


「うう……久々過ぎて人の顔を覚えているかどうか…」


「しっかりなさい!バジル、現当主は貴方なのよ!?さぁ!やる事は山積みよ?いいわね皆、では解散!」


夫人の号令で皆がそれぞれ引っ込むと、馬車が彼方此方に向かって侯爵邸の門から出て行った。




「奥様、なんだか楽しそうですね」


夫人に付いてきたソニアが尋ねると、ポケットの手紙を読み返していた夫人が顔を上げた。


「そうね、今回唯一の楽しみだわ。例のお嬢さんが貴族籍を捨ててボーデン領へ平民として雇われたいそうよ。途中で貴族院に寄って頂戴、書類と口添え書きを出してくるわ」


「畏まりました」



その頃別の馬車では


「あぁ……町中の馬車ってこんなに遅いんだな…」


「仕方ないよ、家の周りが何にも無さ過ぎるんだよ。それよりいいの?ジェイ兄さんの事、爺ちゃんの邸の鍵は本来兄さんだけが受け継ぐ訳なんでしょう?」


「別にいいんじゃないか?父さんも何も言ってこなかったしさ。必要な情報も見つけてくれたし、俺は構わないよ」


「これで継承問題の凄い家ならジェイ兄さんは真っ先に殺されてるね!」


「ハッハッハ!お前、そーゆー本とか読み過ぎだろう?」


「そうだねぇ、家の長なら兄さん達くらいお人好しで寛容な人間の方が向いてるのかもね…」


「なんだ?お前は違うのか?」


「う〜ん…僕だと相手が侯爵でも公爵でもやり返しちゃいそうだからなぁ。あと、金儲けに走りそうで領地の経営が冒険と博打ばっかりになりそうだからちょっと向いて無いと思うなぁ」


「…まぁお前の商才は本物だろうから心配はしないが…もう少ししたら自分の商団を持つって言ってたろう?親父も楽しみにしてたぞ!?」


「うん、染め物と織物を特産品に加えたくてね。今色々試してるとこなんだ!完成したら直ぐに量産して流通ルートを確保したいんだよねぇ」


「そういう領地の発展に関してはお前に任せるよ」





「マーロウ様!ああ!丁度良い所へ!ささ、こちらへお早く。お声は控えて下さいまし…」



ビバリー子爵の経営する貴族向けのオーダードレス店[ビオラ・パオラ]にて。マーロウは店の戸を開く前に中へ引き込まれ、夫人に店奥の部屋へと連れて行かれた。


「マダム?一体どうしたのですか?」


「シッ!以前お話した例のご令嬢ですわ。今バカラ公爵のご子息とお見えですの。仕上がり間近のドレスを譲れとお客様を脅しておりますの」


「相手の方も貴族ですか?」


「ディール伯爵のご令嬢ですわ…来月の誕生日パーティーで着るドレスの最終調整にお越し下さいましたのに…」


「酷いな!?あれはバカラ公爵家のブライアンですね…奴は何も言わないのか?」


「それが…金は出すから言うことを聞けといった事を申されておりまして…」


「分かった、僕が出て行ってみよう」


衣装部屋の中へ入るとドレスとリボンとフリルに囲まれて二人の令嬢が向かい合っていた。


「〜ですから、これは私が先月からオーダーで作って頂いているドレスなのです!どうかお許し下さい!」


「分からない人だな、だからその倍の値でこちらが買うと言っているのだ。店の者も、早くこちらに渡してくれないか?」


「ですが、これはこちらのお客様のオーダー品ですので…どうか別のドレスからお選び頂けないでしょうか?」


「でも、私はそのドレスがとても気に入ってしまったの!貴方が他のドレスを選べばよろしいのではなくて?」


「同じデザインで新しくでお作りする事もできますので…」


「それじゃずっと先になってしまうわ。私は今欲しいのよ。ねぇ貴方、こんなドレス一着のために公爵家のご子息様の機嫌を損ねるなんてバカなマネなさらない方がいいのではなくて?」


「そんな…」


その時、泣きそうな令嬢の後ろからマーロウが顔を出した。


「ああ!レディ、悲しまないで。横から失礼。ご機嫌麗しゅうバカラ公爵子息殿?先程から随分揉めておいでのようでしたので、声を掛けさせて頂きました」


マーロウはわざとらしい程恭しくお辞儀をすると、泣いていた令嬢に向き直った。


「お嬢さん、あのドレスは貴方のオーダー品でお間違え無いのですね?」


「は…はい…あれは母から頂いたルビーを基調にデザインした特別なドレスなのです…」


「あの胸元のルビーですね?!素晴らしいデザインだ…しかし、あちらの女性が寄越せと言っていると…」


声をひそませ相手に聞こえない様にマーロウが令嬢と話をしていると、ブライアン達は苛ついたように声を荒らげた。


「おい、誰だが知らんが邪魔をするな!何をしている!公爵家の私が命じているのだ。そのドレスをさっさとこちらに寄越せ!!」


「失礼、ではドレスはお渡ししますので、こちらのルビーはお返し願いますでしょうか?これはこちらのレディが持ち込まれた物です。ドレスの値段にも含まれておりません。それで宜しければドレスはお持ち下さい」


「そんなぁ!私、そのルビーが気に入ったのに…ブライアン様ぁ…」


「伯爵家の母君から贈られた由緒ある宝石です。せっかくのドレスなら真新しい物をご用意されては如何でしょう?」


「まぁ仕方ない、伯爵程度ならせいぜいあの程度の宝石しか持てんのだろうからな。君にはもっと素晴らしい宝石を見つけてやろう。」


「まぁ!ではこの後ジュエリーのお店にも行きましょう!」


「それでは、我々はこれで失礼致します」


マーロウは令嬢の肩を抱き寄せると、マダムの待つ奥の部屋まで下がった。


「どうしてドレスを渡してしまったの!!?」


「申し訳ありません、ご令嬢!身勝手に横から現れた上この始末。しかし貴族の世界では些細な事でも家の傷となります。ここは耐えて下さい!その代わり、僕にこの償いをさせて頂きたい…お母君のルビーで最高のドレスを仕立てましょう」


「もう時間が無いわ…パーティーは来月よ?!」


「ご心配無く!マダム、侯爵家のお針子15人いればドレス一着だと、どのくらいでできるかな?」


「そうですわね…既に型は取れておりますので、一週間…いえ、侯爵家のお針子ともあれば3日と掛からないでしょう…」


「3日?!それに…今、侯爵と仰ったのですか??」


「名乗り遅れました、私はマーロウ・アルバトロス。アルバトロス家の次男でごさいます」


「失礼致しました!!私はディール伯爵の娘のカルミアと申します!母の宝石をお守り下さりありがとうございます!!」


「いえ、僕は宝石しか守れなかった…」


「いいえ!あれは亡くなった伯母様が、私の16の誕生日にと母に託して下さった物なのだそうで、私の大切な宝物ですの!本当にありがとうございました!!」


そこへマダムが戻って来た。


「さ、どうぞお嬢様。これは本当に素晴らしいルビーですわ!この価値が分からない連中の事はお忘れなさい。これだけでも取り返せたのはマーロウ様のおかげですわ」


「なんの、お力になれたなら光栄です。では私はこれで失礼します。マダム、また連中が来たら直ぐ教えて下さい」


「任せておいて!」


マーロウはそのまま馬車に乗り、店に戻ると直ぐに人を遣わせ宝石店へ向かったという公爵家の馬車を追わせた。


「いやぁ…とんでもない連中だったな。しばらく泳がせて情報を集めよう。まぁ、あれだけ目立つなら見張りも楽だろう……」



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