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ローレン伯爵




「本日はお呼びとあり、ここに馳せ参じました。侯爵夫人に置かれましては…」


「口上はその辺で、掛けて頂戴。急な呼び立てに応じて貰えて良かったわ」 


アルバトロス邸の応接室のソファには、アルバトロス夫人と、昨日早馬にて呼び付けられたローレン伯爵がテーブルを挟んで向かい合っていた。


「こちらこそ…娘についてお話があるとお聞きしましたので…」


「ええ、ローレン卿の二番目のお嬢さんについてです。今…どちらに居るのかご存知かしら?」


「お恥ずかしながら…修道院の預かりとなった…と…」


「単刀直入に申しましょう。3日前、私の姪リナリア・ボーデンが王都の兵に拉致され、修道院に送られました。その時、“ルナリア”という名の貴族令嬢と間違われたと報告が来ております。裁判所からは修道院へ送られた貴族子女はこのひと月で一人だけ。ルナリア・ローレン伯爵令嬢のみ。そして裁判所から何者かと共に姿を消したのもルナリア令嬢のみ!私共も急ぎ行方を探って居る所です。何かご存知なら、隠し立てなさらずお話下さいな」


夫人は一息に話し切ると、優雅にティーカップを口に運んだ。

青褪めたローレン伯爵は、震える手で膝を押さえていたが、やがて床に手を付き、侯爵夫人の足元に平伏した。


「申し訳御座いません!しかし、娘の居場所が不明なのは私共もでして、手は尽くしておりますが見つからず、なんとお詫び申したら良いか…」


「大方そんな所だと思っておりましたが、法のみならず両親さえ裏切るとはね…」


「実はのような手紙が我が家に送られて来まして…」


そう言ってローレン伯爵は一通の手紙を差し出した。



ーーー

ローレン伯爵へ


ルナリア令嬢はこの度、貴族の争いに巻き込まれ冤罪を掛けられた。身の安全の守るため王族並び高位貴族の間で匿うことが決まったので心配はいらない。全て片付いた後、必ずお帰しするので安心して欲しい。

未来の聖女のため、どうか今は我々を信じて頂きたい。

いずれ貴殿も昇爵させる故、待っているように。



ーーー


差出人の名は無く、代わりに王家の紋章が押されていた。


「呆れたこと。こんな判子ひとつで王家からの正式な書状になると本気で思っているのかしら?」


「…娘の事は…もう、庇い切れません…余りに罪を重ね過ぎている…せっかくの温情まで切り捨てるなど、今後どんな処罰が下されようと受け止める覚悟です…」


「はぁ…若者の過ちでは済まない所まで来たのね。おまけに聖女ですって?一体どうしてこんな事になってしまったの?」


「お話します…全てを…」


俯いたローレン伯爵は、力なく語り始めた。



ルナリア・ローレンは王都郊外の領地を持つ、ローレン伯爵家の次女に産まれた。

とにかく可愛らしいので皆に好かれ、家族とも仲が良かった。


最初に事件が起きたのは5歳の頃。

魔道具の1つである攻撃用の発火装置を暴発させたことがあった。装置を持っていたのはベランタ侯爵の子息。幼なじみのルナリアに見せるため、家から持ち出したそうだ。

領地に隣接する貴族邸のひとつがベランタ侯爵家だった事もあり、節目節目の挨拶に赴く際、娘達も同行させている内に仲良くなったのだという。

お茶会の席で起きたので大騒ぎにはなったが、怪我人も無く、元は侯爵家に保管されていた魔道具を侯爵子息が勝手に持ち出した物だった事もあり、お咎め等は受けなかったという。


しかし、暴発とは言え魔道士でもかなりの魔力を要する魔道具を発動させた事から、高い魔力量を期待され、翌年にはベランタ侯爵の紹介で魔力制御のための魔道学の家庭教師が付いた。

そしてその授業にはベランタ侯爵子息のクリスティアンと、その従者のグローバ騎士団長の長男アルセインも同行するようになったという。

歳の近い者同士の方が伸びるだろうという配慮であったが、これが大きな間違いだったのかも知れないとローレン伯爵は後に後悔したという。


やがてルナリアは、魔道学の先生が来るからと淑女教育や領地についての学問を疎かにする様になり、姉と距離を置くようになった。そして家族にも少しずつ傲慢な態度を取るようになった。

不味いとは思っていたが、授業は侯爵の勧めでもあり、更に侯爵令息に騎士団長の息子まで参加していた手前止めさせる事も出来ず、甘やかしたままとうとう貴族学校へ入学させてしまったという。


ルナリアは家からは通わず宿舎を選び、徐々に休みにも滅多に帰らなくなった。

学校では、クリスティアンの友人であったバカラ公爵の嫡男と、彼等が仕えるラインハルト・ブレンダム第一王子と出会い、ほとんどをその5人で過ごしているようだった。

可愛らしい容姿に加え、高位貴族と仲の良いルナリアは、他の生徒に居丈高な態度を取ることもままあり、気に入らない生徒がいると、その友人や婚約者を奪ったり、イジメや嫌がらせをされたと教師に訴え、悪評を流し次々に追いやっていたらしい。


学校にさえ入れてしまえば何とかなると思っていたが、状況は更に悪化し、悪い噂が絶えず、妹の醜聞に耐えられなくなった姉は自主的に学校を退学し、領地経営を学び始めた。


そしてルナリアが3年生になった頃。クリスティアンが突然、自身の許嫁と婚約を破棄すると言い出し、その原因がルナリアであったと聞かされたローレン夫人が心労で倒れたという。

度の過ぎた嫌がらせをルナリアにしたという理由らしいが、調査もなく真相は明かされず、令嬢は泣く泣く全てを捨てて領地へ引き籠もったと聞いた。


その後もルナリアは高位貴族子息等を侍らせ、好き勝手していたらしい。

同性の友人は無く、授業はサボりがちで成績も下の方だった。


ローレン伯爵は何度か爵位を弟に譲渡し、夫人と娘等を連れて領地へ戻ろうとしたが、その都度、侯爵や更には公爵家から思い留まるよう忠告が来るので、ひたすら周辺へ頭を下げながら社交界から離れてひっそり生きていくしかなかったそうだ。


そして今回の騒動である。

身分も教養も不相応。立太子したばかりで、ただ親しいだけの令嬢を求めた王子も王子であり、それを止めもせずに喜んでいる側近や友人もどうかしている。


ローレン伯爵は、今度こそ爵位の譲渡を認めてもらおうとしたが、またしても待ったがかかった上あのような手紙まで送られて来て、どうする事も出来ず悩んでいた所だと言う。



「どうか…どうかお力をお貸し下さい!私はどうなっても構いません。ですが…妻と上の娘だけは平穏に過させてやりたいのです…」


「そうね…ひとついいかしら?未来の聖女とは一体どういう意味でしょう?」


「この国の聖女伝説はご存知の事と思います。ルナリアはこの国の聖女になりたいと何度か言っておりまして、魔力を高めようと方法を探っているようでした…その事では無いかと…」


ブレンダム王国の聖女伝説。

魔素が濃く生き物すら僅かだったこの土地に聖女が現れ、強い魔力で大地を清め人々を導いた。王族には入らず、生涯聖女として国に仕え、王国に繁栄をもたらしたと伝わっている。

おとぎ話かと思われているが、史実に基づいた出来事でもあり、聖女と呼ばれた女性が実在した事が記録にも残されている。

そのため、この国では高い魔力を持った女性をしばしば聖女と呼ぶ事があるのだ。


「修練も積まずどうやって魔力を上げようというのかしらね?バカバカしい…それで良く聖女になりたい等と言ったものですね…」


「仰る通りで御座います…」


「まぁ良いでしょう。貴方は邸に戻り待機なさい。そしてもし、また手紙や連絡が来るようなら直様私の元へ知らせなさい。ルナリア令嬢を此方で裁かせて頂けるならそれ以上は望みません。私の方からも貴族院へ爵位の譲渡については話を通しておきます。くれぐれもここで話した事は全て内密に。さぁ、お立ちなさいローレン卿、奥方が心配していますよ?!直ぐに戻って差し上げなさい」


夫人は深々頭を下げるローレン卿を見送ると、隣の部屋で待機していた弟を含む男衆を呼びつけた。


「さぁ皆!ご令嬢探しですよ。範囲はおそらく王都内。片っ端から調べて頂戴!!」








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