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メリッサの特技





「クリスティアン様はお優しい方ですわ!魔物の密猟など、するはずがありません!ここに来たばかりの悲しみに満ちた私に声を掛けてくださり、冷え切った心を温めて下さいましたのよ?!」


「次!」


「クリス様が森に入ったのは、ボーデン伯爵の陰謀を打ち砕くためよ!!秘密がバレそうになったからって、今更隠そうとしたってムダよ!?貴女達は裁かれるべきだわ!」


「…次」


「私は何も喋らない。貴族の風上にも置けないボーデン一族の娘が、いい気になっていられるのも今の内よ!」


「次ぃ…」


「ねえ、貴女。今ここで知ってる事を全部話してくれたら、私からクリスティアン様に貴女だけでも執り成して頂けるよう頼んでみるわ!罪を償えばきっと陛下もお許し下さるわよ!」


「…つぅぎぃ……」


個別に話を聞こうと一人一人呼んでみたが、得られたのは在りもしないボーデン家の罪の糾弾と、夢物語に浮かされた乙女の妄想ばかり。


「リナリア…大丈夫?」


「ドロシー!まさか敵が自領の中で増殖してたとは思わなかったわ…修道院は外との交流が限られてるから、余計気付けなかった……」


「高位貴族が他人を無実の罪で陥れたら、それこそ大問題な気がするけどね」


「金と権力で何でも解決すると思ってんのかしらね?!」


「申し訳ございません、リナリア様……他の塔でも魔道士様に対する称賛や羨望の声が多く、中には…その……」


「個人的な付き合いのあった者もいたようです。」


「北側は森の入口に近いから、怪しまれないように取り入ろうとしたのはわかるけど。他の棟でも好き勝手ちょっかい出してたみたいね。免疫がなくてコロッと騙されちゃった感じかしら?」


「言葉もございません…」


「今日はもうクタクタだわ……早く寝ちゃおう。ドロシーも、明日は家族と会うんでしょう?」


「それより、貰った手紙の方が恐ろしくて寝られないよ!あ、そうだ。院長、この後少しお時間下さい!」


「…いいでしょう。」


「明日もやることが山盛りね。シルヴィアさんももう今日は、休みましょうか」


「では、院長。お先に失礼します」


「ええ、お二人共、お休みなさいませ」


「お休みなさい」


リナリアは皆と別れて東の棟の自室に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。


「はぁ〜〜……どうしたらいいだろう……」


「何があったの?リナリア」


「メリッサ!ごめんね、起こしちゃった?」


「ううん。リナリアが来るのを待ってたの。院長先生が何か調べに来たけど、私はここに来て日が浅いから何も聞けなかったの。でも領主様の家から人が来たとか、領主様が密猟をしてるとか色々噂が流れてて…」


「そうね…メリッサには話してもいいかな…」


リナリアはこの数日で起こったことを、メリッサにも説明した。領地の危機。密猟者。修道院に来る怪しい魔道士達。

メリッサは真剣に聞いていて、ふと、とある提案を持ち掛けてきた。


「ねえ、その調査に私も混ぜてくれないかしら…?」


「メリッサを?!」


「力になれるかもしれないわ。少なくとも、警戒される事は無いと思うの」


「できるなら…お願いしたいわ…私じゃ敵意を向けられるか拒否されるのがいいとこだから……」‼


「なら決まりね!明日、院長先生に断って北の塔へ向かうわ。リナリアは疲れたでしょう?今日はゆっくり休んでね」


「ありがとう。お休みメリッサ…」


リナリアはそのままぐっすり眠ってしまった。

そして次の朝、メリッサは一番に院長の元へ行き、リナリアに協力したいと告げると、無理をしない事と辛かったらすぐ止める事を条件に許可を得た。


「大丈夫よリナリア。今日は私が情報を探ってみるわ!」


「ありがとう…なら私はとびきりの朝ご飯を作るからね!!今朝は一緒に食べましょう!」


そう言ってメリッサと別れたリナリアは、いつもの裏口に向かい、ドロシーや兄達と合流した。


「おはよう。みんな早いね」


「おはようございます、リナリア様。今朝は残っていた肉を全て使ってシチューにしました」


「棒パンも焼けてる!バートって本当に何でもできるのね」


「不得意な事もございますよ」


「想像がつかないわ」


「おはようございますお嬢様!いやはや、昨夜はとんだ事が次から次へわかりましてな」


タオ爺は大きなイタチを捌きながら、ジェイにコツを教えているところだった。


「ほれ、刃を立てては傷がつく!横からスーーっと削ぐ様に刃を当てると、滑らかに剥げるもんじゃ!」


「うぅ…やってるのに…なんでキレイに切れないんだ…」


「こういうのは慣れと回数ですよ」


「俺はもう獲ってくる専門でいい………」


「それだと私の負担が増えるので、頑張って下さい」


「やる気が更に削られていく………」


リナリアは、ジェイが泣き言を言っている隣で、間引き野菜と、森で拾ったクルミを炒めてサラダを作った。

残ったクルミはすり鉢で潰し、ハチミツを加えてナッツバターにしておく。

そしてドロシーやメリッサを待ちながら、畑を広げるのだった。




「私……いきなりこんな所へ放り込まれて、本当に心細くて…でも、魔道士様達がここへもいらして下さっているとお聞きして…私も…お会いできるかしら…」


「クリスティアン様にお伝えしておくわ!優しくて話し相手になって下さる方をお連れ下さいって。あなたの事は私から紹介致しますわ」


「ありがとうございます!本当に心強いですわ!でも、修道女となった身ですもの…相手の方にご迷惑では…?」


「大丈夫!そんな事を気になさる方達ではありませんのよ?私とクリスティアン様も、例え結ばれない運命でも、お互い深く愛し合っておりますの…」


レオノーラ、リシュリー、フィレンティア、その他数人の美人で元高位貴族だったと思われる女性達が、クリスティアンという侯爵令息と密会を繰り返していた。


「身分の壁を乗り越えて、遠く離れたお互いを想い合うなんて…なんと健気で美しい愛の形でしょう…それこそ真実の愛ですわ!私、感動致しました!」


「ありがとう!エミリオ様は私の事をいつも想ってくださるの。だからこうしてこの地でも耐えることができるのよ!」


「お互い望まぬ運命に引き裂かれても、ヘイリー様と私は心で繋がっておりますもの!」


エミリオ、ヘイリー、シュナイダー、エディエギルズ、グラディクト、ユリウス、その他数名の魔道士が特定の修道女達と親密な関係にある事も分かった。


「私にも何かお手伝い出来ることはありませんか?微力ではありますが協力させて下さい!」


「あなた、魔力持ち?魔石の磨き方はご存知かしら?だったら極秘の仕事を頼みたいの。この素の魔石を磨いて欲しいのよ!属性は何でもいいからなるべく多く欲しいの。魔道士様達にお渡しするのよ!」


魔道士達は毎度贈り物と共に大量の魔石を持ち込み、魔力持ちの修道女を選んで無償で魔石の研磨と属性の付与をさせていた事も判明した。


「ざっとこんなトコかしら?」


棒パンにたっぷりシチューを浸すと、メリッサはにっこり口に運んだ。


「…これが本当の“朝飯前”ってやつかしら……」


「たったこれだけの時間で…すごいね、君!」


「美味しい!ここの食事も良かったけど、やっぱりお肉は最高ね!家に居た時はなかなか食べさせて貰えなかったから、この美味しさが余計に染みるわ!」


メリッサはメリッサで、何種類もの肉がゴロゴロ入ったシチューにご満悦であった。


「何てこと無かったわ…人の心の動きやすさに少し驚いたけど」


「メリッサにこんな特技があったなんて!」


「私の特技じゃないわ…ちょっと義妹のマネをしただけよ。こんなに上手くいくなんて思っても無かった…」


「人を手の平の上で転がすとは正に…ありがとうございますメリッサ様」


「魔石まで持ち込まれてたとは…驚いたのぉ…」


魔石の研磨は魔力持ちの特権でもある。魔獣から取り出された素の魔石に魔力を流し込みながら磨くと、魔石が持つ本来の性質が高まり、風の魔石、火の魔石、水の魔石など、何らかの属性に特化したエネルギーを蓄えることができる。磨き上げられた魔石は輝きが増し、周囲の魔素や持ち主の魔力を吸収しながらその効果を発揮する事ができる。それを特殊な回路を組み込んだ魔道具に装填して使うのだ。


「魔石の研磨は危険な仕事です、量をこなそうとすれば魔力切れを起こして倒れてしまうかも知れませんし、調節を誤ると弾けてしまうため怪我を負うリスクもあります。それを修道院に秘密裏に持ち込こむなど犯罪ですよ」


「魔力持ちの貴族は、貴族学校でまずそのコントロールを学ばされるの。魔力持ちの貴族が持て囃される大きな理由の1つでもあるわ。魔力が高ければ高い程大きくて強い魔石の研磨が可能だから…」


「ほぉ…魔力無しには本当に縁の無い話じゃな…」


「家じゃバートがたまに魔獣除けの交換用の魔石を磨くだけで、魔力研磨できる人が極端に少ないしな」


「何にせよ、危険な仕事を人に押し付け、甘い言葉で騙し、搾取している事には変わりません。魔石が高価なのは、魔石磨きにこそ対価が求められているからです。それを魔道士が行うなど許されません。見つかり次第資格の停止か悪くて剥奪。早い所尻尾を掴んで引きずり出してやらねば…」


「凄い…どんどん話が大きくなって、私の冤罪騒動なんてもはや霞の彼方ね」


皆が鍋を囲みながら話し込んでいると、後ろからドロシーがパン籠を手に現れた。


「ちょっと!パンまで焼かれたら私のする事なくなっちゃうじゃない!」


「おはようドロシー!そんなの気にしないで、一緒に食べようよ!」


「料理人としてなんとなくプライドがあるのよね…何もしないで食べるだけって事に抵抗があるって言うか…」


そう言いながらドロシーは大盛りのシチューを受け取った。


「明日はご家族が来るんでしょう?だったらたくさん食べて力をつけなきゃ!」


和やかな野外の空を大きな影が横切り、皆が一斉に上を見上げた。


「あれはコーネリアス?」


「コーネリアスと…あれは……親父のアレキサンダだ!!」


「ピュイーーーーーピュルルルルー」


「キュルルルルーーーー」


一緒に飛んで来たコーネリアスは、親鳥を空で誘導してきてくれたのだろう。二羽はこちらへ徐々に近付いて降りてきた。皆の視界が鳥の翼に占領された。


「本当だ!大きさが全然違う!」


「あれは魔物なのですか?」


メリッサは初めて見る巨鳥に目を見張った。


「我が家の大切な伝書鳥よ。コーネリアスと大きいのがお父様のアレキサンダ」


「追加の手紙でしょうかね。丁度良かった。こちらの報告書も纏めて持って行って頂きましょう」


人程あるコーネリアスと、その3倍はあるアレキサンダ。羽を閉じてもとてつもない大きさになる。

バートはアレキサンダの首から手紙を受け取り、新たな分厚い紙の束をくくりつけた。


「ドロシーさん、ついでにあなたの処遇に関しても希望があれば追加でお伝えしますが?」


「なら!この手紙もお願い!侯爵夫人への…せめてもの御礼状…貴族院宛の籍を抜くための書類も同封させてもらったの…上手く書けてるか自信ないけど……」


「お預かりしましょう」


「あ…あの…リナリアのお兄さん…」


「どうした?」


「この子…触ってもいい…?」


「ピュルルル!」


「いいって」


「はい!私も!私も触りたいです!」


ドロシーとメリッサにモフモフされながら、アレキサンダはアナグマの肉を丸呑みにした。そしてコーネリアスの毛づくろいをしてやると、再び空へ戻って行った。


「彼なら2〜3時間で王都へ着きますよ」


「はっっや!!」


「本来人運ぶ用だし、目立つからあんまり使えないけどな」


「今、人って言った…?」


「わぁ!私、乗ってみたいわ!」


「チャレンジャーが増えた!」





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