金鹿とジェイ
その日のジェイ・ボーデンは本当にツイていた。
友人の婚約パーティーに呼ばれた帰り道、たまたま立ち寄った森の水場で、普段は滅多にお目にかかる事のできない金鹿に出会ったのだった。
それも雄の大鹿で、見た事もない程立派な角を持っていた。
これを逃す手はない!
大急ぎで繋いでいた馬の所まで戻り、御者兼侍従のバートに知らせると、常備している愛用の弓と矢筒を担いで水場に戻った。
もちろんすでに鹿の姿は消えていたが、辛うじて残っている足跡を辿り、見つけは逃げられ、また探り、森の中を歩き回ってようやく餌場を突き止めた。
早鐘のように打ち続ける心臓の音が遠くなり、辺りが静かになった時、つがえた矢が放たれ、金鹿の心の臓を貫いた。
金鹿は嘶いて走り去ったが、血の跡を辿ると、真っ赤な泡を吹いて倒れているのを見つけた。
ジェイは荷物を降ろすと鹿の前に膝をつき、両手を合わせて感謝の意を表した。
森の恵に、鹿の命に、精一杯の感謝を送る。常に自然と向き合い、敬うようにと教えられ、育てられて来た。辺境伯家の家訓である。
「水場が近くて助かった!」
自分より大きな獲物はとにかく運ぶのが大変である。
「しかし、こんな大きいヤツは初めてですね!」
バートが鹿を吊るしながら興奮気味に言った。
そして、ナイフを取り出すとまずは腹を開き、臓物を取り出すと、お次は丁寧に首を外していく。
ジェイは火を起こし、矢立を取り出して簡潔な手紙を紙片に書き付けるとポケットから小さな笛を取り出し空に向かって思い切り吹いた。
ヒュゥゥーーピュィィーーー………
細く甲高い掠れたような音が森に響くと、しばらくして空から大きな影が二人の上に現れた。
「コーネリアス!!」
呼び声に応える様に、鷲より更に大きな巨鳥が二人の前に降り立った。
頭に小さいが角が生えている事から、魔鷹であることが分かる。
コーネリアスはジェイが雛から育てた相棒で、笛の音のする所なら何処へでも飛んで行く。
家族は皆この笛を持っているが、一番のご主人に呼ばれる事が何より嬉しいらしく、いつも甘えた声を出してくる。
「キュルルル!!」
「来てくれたか!この手紙をリナに頼む!」
「キュルルルル!!」
コーネリアスは、金鹿から抜いた臓物をたっぷり食べてから、領地で待つ妹の所へ飛んで行った。