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前領主の邸





執務室の壁に隠された、薄暗い地下室へと続く階段を、バート、タオ爺、ジェイの3人が降りていく。


「こんな地下通路、なんで作ったんだろう?」


「こちらは軍事施設、元々は精鋭の訓練や研究を行っていた建物だったそうです。その後、修道院に改築したのだそうで」


「邸と繋げて、いつでも出入り出来るようにってことかな?」


「そんな単純なものかいのぅ?」


薄暗い夕闇が立ち込める廊下に出ると、手分けして資料のある部屋を探すが、どの部屋もガランとしていて、家具ひとつ残されていなかった。


「生活感ゼロって感じだな。10年前に人が住んでいたのかも怪しい…何より、ここには“部屋”しかない。風呂も台所も水場すら…家具も無いがそもそも置かれていた形跡が一切ない。爺さんはここで一体何をしてたんだろう?」


「衣食住は隣の兵舎で住んでしまいますし、本宅にも頻繁にお帰りでした。ここは別の目的で作られたカモフラージュなのですよ。どこかの部屋に肖像画が残されているはずなのですが…」


「あ、こっちの部屋。ここだけ絵が飾られてて不気味だなぁ…」


「この部屋でしたか…御懐かしい…」


「お前さんは大旦那様に会ったことがあるんかいの?」


「はい。何度もこちらに呼ばれ、手解きを受けました」


バートが額縁に手を掛け横にずらすと、そこには広い書庫が現れた。


「ここにも隠し扉?!」


「はい、ボーデン伯爵家で唯一魔力をお持ちだった前領主様がお作りになった研究室です」


バートは、部屋の中央に下げられていたランプに日を灯した。


「ほう、魔石灯か。確かに微力でも魔力の無い者には使えんな」


「大旦那様は実は婿養子で、ボーデンの血筋ではなかったそうです。奥様とも再婚で、旦那様方とも血の繋がりが無かったため、ここで魔力や魔石や魔素について、お一人で研究なさっておいででした。私も魔力の使い方から制御の方法、魔道具の仕組みや魔石の原理まで全て学ばせて頂きました」


「確かに…爺さんの部屋には魔道具もあった。誰も使えないんで今はホコリ被ってるけど…」


「この資料はボーデン家当主様にのみ残された物です。心して調べますよ?!」


「調べちゃダメだろ!」


「万が一の際にはここへ立入る事も、中を好きに見る事もご了承済みです」


「手際がいいのは認めるが、好きに見ちゃマズいのでは……」


「よし、ワシはこの棚を端からいこう。ジェイ様はそっちを頼みましたぞ!」


「では、私はこちらを…」


「しれっと1番多い棚を押し付けていく……」




〜〜〜〜〜




高位貴族の間で、魔物の肉を振る舞う事が流行っているらしい。

あれは一時的に体内の魔力を膨らませる事ができるが、下手に口にすると感情が抑えられなくなり、時に幻覚や妄想に取り憑かれ、正気を保てなくなる代物だ

魔力の残滓を安定させる方法もあるが、まともに調理出来る者がそうそう居るとは考え難い。

いずれ一般の流通を禁止するよう、申告するつもりだ。

またしばらく帰れそうにない。

領地で待っていてくれ。




魔物の乱獲について、国を挙げて規制が掛けられる事になった。我々はその水際だ。気を引き締めて取り締まらねば。特に規制の成立直後は荒れるだろう。

精鋭を集めて置く必要がある。

家の者達にも気を配ってやってくれ。




王都の別邸に高位貴族から、魔物の流通について便宜を図れと脅しめいた訪問が何度かあった。

領地は大丈夫だろうか。家族に危害を加える様なら容赦はいらん。

貴族だろうと王族だろうと、ボーデンを汚す事はできない。

どうか平穏無事でいることを願う。




魔道士庁が本格的な活動を始めたが、やはり魔石の供給が安定せず、魔獣狩りを各領地に求めて来た。

魔物の次は、魔獣とは。悩みは尽きないものだ。

魔石など、厄災の副産物に過ぎない。

近頃ボーデン領の山々でも魔素が安定せず、魔獣被害も増えているようだが、魔獣も恐ろしいが、真の驚異は人間だ。くれぐれも気を付けてくれ。

私も直ぐに戻る。




遂に、自然界の魔素と魔物の関係を突き止めた。

魔物は魔素の濃い土地に住み着き、魔素を吸収することで力を蓄える。

魔素が過剰な土地に魔物を移住させた所、徐々に魔素が安定し、自然の均衡が取れ始めた。

魔物達こそが自然を作り、そして守っていると言える。この国の守護神と言ってもいい。

魔物はただの魔力を持った動物という訳では無かった。

魔物が住む森を荒さなければ、魔獣被害も激減することだろう。

これを貴族院と陛下の前で公開した所、魔物が住む森を、国の保護区に指定させることができた。

ただ、我々への風当たりは更に厳しくなるだろう。

王都の貴族からはかなり睨まれてしまい、正直仕事にならない。王城務めにも嫌気が差して来た所だ。

近く、私も領地へ引き上げようと思う。


愛しいマリー、やっと君とゆっくり過ごせそうだ。

子供達は元気にしているか?

久々に会えるのが楽しみだ。




魔道士庁の友人から恐ろしい実験の結果を聞いた。

魔物の肉は食べ続けると、魔力量が増加するのだそうだ。

これが魔力至上主義の貴族共に知れたら一大事だ。

陛下にのみ知らせ、関わった魔道士たちには至急箝口令を敷いたが、どこまで隠し通せる事か…

更に悪い事に、隣国での小競り合いが膨れ上がり、国取りから周辺国へも飛び火している。

我が領の国境付近へも、戦火の手が迫っているらしい。

警戒を強めておいてくれ。

仕事ばかり増やして不甲斐ない。

私が戻るまで耐えてくれ。




隣国が融合し国の頂点が変わったため、陛下が呼ばれた。私も近衛騎士として動向せよとの事だ。またしばらく領地を空ける事になる。

君には本当に申し訳ない。

残党に亡命者に密猟者と、気を配らねばならない問題が山積みだ。

君には本当に負担ばかり掛けてしまう。

一月後には戻る。いつもすまない。




魔道士庁の最高責任者が亡くなり、次期責任者にアルメリア伯爵を推薦した。

彼なら例の機密も外には漏らすまい。


密猟者を捕らえたら、即座に尋問し投獄するように。

依頼主の目的次第では厳罰が下されるだろう。

君にも迷惑を掛ける。

子供達にも早く会いたい。

待っていてくれ。




アルメリア伯爵が責任者抜擢を辞退した。

代わりに、彼の長女とバジルの婚約を望むそうだ。

次点の候補者はベランタ伯爵だが、彼がどの程度信頼出来る男か、正直分からない。

アルメリア伯爵を再度説得しようとしたが、そうなると爵位が上がる事になるそうで、それでは我が家への嫁入りが難しくなるからと、長女に止められたそうだ

ここまで娘に甘いとは…




今月だけで密猟が4件あった。

恐らく例の機密が漏れたのだろう。

ベランタ卿に尋ねたがはぐらかされた。

魔道士庁も内情は腐敗しているようだ。

アルメリア伯爵は魔道士庁を抜け、領地でのんびりすると言い出した。

全く、呑気なものだ。バジルと長女の交際も認めて欲しいと言ってきた。

バジルは何と言っているだろう。

なるべく希望を叶えてやりたい。




貴族の間で魔物の素材が高騰し、密猟が後を絶たない。更に魔道士庁で作られた魔道具が不正に取引されているらしい。

相手は高位貴族だ。こちらにも何を仕掛けてくるか分からない。

危険を感じたら直ぐに皆を連れ、東のボロネーズ修道院へに向かってくれ。

君にばかり負担を負わせてしまい申し訳ない。






愛しのマリー

わたしはもうダメかもしれない

帰りの馬車が、おそわれた

おそらく侯爵のてのものだろう

兵が2人ころされ、わたしもふかでをおわされた

バジルのこんやくしきに間にあわず、すまない


君のかおがみたい



〜〜〜〜〜



「…………これって、爺さんの手紙だよな?!」


「ええ、大奥様へ向けた手紙と指示書でしょう」


「これは……当主とかじゃないと読んだら駄目なやつでは?」


「ボーデン家が、当主の座を掛けて血で血を洗う争いを繰り返すタイプの貴族なら、今のジェイ様は真っ先に殺される立場ですね」


「いや!家そんなじゃないし!」


「魔物にそんな効果があるとは…これが世間に知れたら、不埒者の数がドンと増えるこったでしょうな…」


「魔石の乱用も、高位貴族が相手では取り締まることも難しいですね…」


「爺ちゃんにこんな秘密があったなんて…めっちゃ弱気な手紙も入ってたけど…」


「大旦那様がお亡くなりになったのは、リナリア様が5つの時ですからねぇ」


「まぁいいや、高位貴族がボーデンに恨みがあったらしいって事だけでも分かったし、後は明日にして寝よう!!」


「お休みなさいませ。あ、怖いようなら灯りはつけたままになさいますか?」


「消して?!」


「それじゃ休ませてもらいますかのぉ」



星明りの降り注ぐ静かな邸の中、ジェイは寝た振りをしながら、しばらく考え込んでいた。


(爺ちゃん…ごめんな。俺、手紙読んじゃったよ…)







我が愛しのローズマリー


私は君に謝らねばならない事がある。

私は君に長い事嘘をついていた。


私は王命によりボーデン家を監視するため、君に近づいた愚か者だった。

ボーデンは魔物を独占することで私腹を肥やしていると本気で信じていた。

しかし、君と過ごし、ボーデンの教えを知る内に確信した。王家の敵は城の中にこそ潜んでいるのだと。


私が君を見て心を奪われたのは信じて欲しい。

前のご主人を亡くしたばかりの君に、私はずいぶん強引に声を掛けてしまった。

本当に申し訳ない。謝ったくらいで許される事でないのはわかっている。


王太子殿下は話の分かる方で、私の報告を信用して下さり、王位継承後は私を城から出して下さるそうだ。

ボーデン家についても、忠臣として今後も取り立てて下さるとお約束頂けた。

領地を護ることで国を護る。それが辺境伯爵の在り方だそうだ。


君に、私を許してくれとは思わない。

しかし、私は君と残りの人生を歩んで行きたい。


君に会いに帰る。

その時、君の気持ちを聞かせて欲しい。


マルス・ヴァン・ボーデンより




それは誰にも送られる事なく、ひっそりとしまわれていた手紙だった。


(爺ちゃん………贈れなかったんだなぁ……)







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