修道院の調査
ボーデン領で密猟が行われた。
それは領地を治めるボーデン伯爵にとって、非常に腹立たしく、不名誉な事だ。
領内の警備を怠り犯罪を許してしまった証になってしまう上、質の悪い貴族に見つかれば、密猟をしていた黒幕などと濡衣を着せられかねない。
なので、深緑地帯や狩猟場を領内に持つ貴族は、密猟に関する犯罪には敏感で、罰も重く据えていることろが多い。
リナリアはここ数年で修道院に不審者が居なかったかについて、執務室の院長を訪ねることにした。
「院長先生!お聞きしたいことがありまして、お時間よろしいですか?」
「まぁ、リナリア様、ええ何でもお聞き下さいな」
「ここ何年かの間で、不審な人物の侵入や訪問などありませんでしたか?領内での問題に関わることなんです」
「うーん…泥棒などは特にありませんでしたし…橋の前で検問がございますので、記録を確認致しましょう」
院長は棚から出してきた紙束を開きパラパラ捲ってみせた。
「定期的に来られる業者の方は割り印でお通ししておりますので、ここにあるのは個人の面会と、慰問と、後は設備の調整や調査の方が主ですね」
月に数度、滞在中のシスターの家族や関係者が訪れる他、外部から来る講師や指導者、慰問、教会関係者、建造物の修復を行う大工や、修道院が所有している魔道具の点検などが主に記されていた。
「……………この、年に何度もある魔道庁からの訪問は何ですか?」
「魔道具の調整と、不具合がないか確認に来られるのですよ。細かな日用品を含めて、ここは大きな魔石を使った魔物除けも使用しておりますので」
「にしては頻度が高過ぎでは?せいぜい年に一度か二度のはずでしょう?少なくとも、領主館で依頼している魔道具の調整は春先だけのはず……なのに去年だけで18回も来てるなんて、おかしいです!」
「春先というと…毎年、領主ご夫妻がご一緒に来られる時期ですね…」
「ええ、その1回だけです。後は魔物が増えたとか、魔獣被害が多くなった時だけ…それも数年前に一度あったきりです」
「そ…そんな…魔道士の方は間違いなく魔道士庁筆頭侯爵様の紋章をお持ちで、上位の魔道士資格を証明する指輪をお見せ下さいました……」
「……その依頼はどこから…?」
「領主様からと伺いました…」
「残念ながら…我が家は王都の魔道士庁へ依頼は一切出しておりません…領内で使用されている魔道具は母の実家で手配した物ばかりなので、整備は全て母が主導で行っております…」
「そんな……まさか…」
「その魔道士達はここで何をしていたか、分かりますか?」
「魔道具を確認したあと、森への影響を調べるとかで2〜3日滞在されます……」
「…………ここにある5年分の記録によれば、月に一度は必ず訪れているようですが、これより前の記録はどこですか?」
「お待ち下さい…」
院長は、本棚から紐で括られた大量の紐閉じの紙を抱えて来た。
「ここにあるのは12年前の物が一番古いかと…それまでは前領主様が滞在されておりましたので、管理は全てお任せしておりました。私が就任したのが6年前。その時には既に習慣化しておりました…」
「そのようですね……丁度10年前の冬から、月に1~2度訪問があります。( 監視の目が取れた頃合いを見て、潜り込んだので間違いないようね……)」
「リナリア様……これは一体どういう事でしょう…?私達はまた何か大きな罪を…」
「いいえ、大丈夫です!本当に犯罪だとしても、侯爵家に逆らうことはできませんから、シスター達はただ騙された、むしろ被害者の立場です!貴族の問題は貴族にお任せ下さい」
「は…犯罪?!」
「ここだけの話し…修道院の敷地内に密猟者が入り込んでいるようで、それを調査中です」
「なんてことでしょう!!他のシスター達にも怪しい者がいなかったか聞いて参ります!」
「私は、改めて北の塔のシスター達の話を聞きたいです。ここが一番森に近い建物ですから」
「分かりました、すぐ広間に集めます!」
院長はすぐ執務室を出て、北の塔に向かうとシスター長を捕まえ、号令を掛けさせた。
「遅れたものは罰則!!」
厳しい掛け声が響き、バタバタと少女達が集まって来た。
「院長、後は私にお任せ下さい!」
「リナリアさ…ん、こちらはシスターシルヴィアです。北側のシスター長ですので、わからない事は何でもお聞き下さい」
「ありがとうございます、シルヴィアさんよろしくお願いします」
「では私は別の棟へ話を聞きに行って参ります」
院長が下がると、場の緊張がやや解けた気がした。
「それで?聞きたい事とは?」
リナリアは、少しキツめなシルヴィアの問いと、不満に満ちた室内の事は気にせず答えた。
「では、手短かに!毎月ここへ来る魔道士が、森に入り込んで密猟を繰り返しているようなので、何か見た、聞いた方は申し出て下さい!」
「ふざけないで!」
最初に怒鳴って来たのは、栗色の髪にに水色の瞳のシスターだった。
「彼女はレオノーラです」
すかさずシルヴィアの紹介が入る。
「クリスティアン様が密猟なんてするわけないわ!いい加減な事言わないで!」
「クリスティアン様って?」
「魔道士庁長筆頭侯爵様のご子息です。ここへは魔道具の点検だと言って何度もおいでになっています」
「侯爵家の方を疑うなんて、これだから田舎貴族は無知で厚かましい!」
今度は小麦色の髪に青い瞳のシスターが叫ぶ。
「こちらはオリビア、二人共クリスティアン様がいらした時いつも会っていた者たちです」
「魔道士庁がここへ来る時は何人くらいでした?」
「だいたい7~8人から10人くらいでしたね。全員魔道士庁のバッジと指輪をお持ちでした」
「何か持って来ていました?あるいは、持って行っていたとか…」
「いつも私達にお菓子や本や花束など差し入れて下さいましたわ!ここの暮らしで悩みや困り事などないかと気を遣って下さいました!」
モカブラウンの髪にグリーンの瞳のシスターが静かに、しかし怒気のある声で答えた。
「こちらはマーガレットです」
「う〜ん……だったら、北の塔のシスターの分だけじゃないはず。かなりの量のプレゼントを運び込んでいた事でしょう。毎回そんな大量に色々持ってきてたなら、かなり大きい箱を持ち込んでも怪しまれないわね……」
「エミリオ様が密猟なんてするはずないわ!!」
「あなた!始めにあった方ね?!」
「マリアンヌよ!!エミリオ様は私の話を親身になって聞いて下さった方だわ!それを貶そうって言うなら許さないから!」
「エミリオ様も魔道士で、ビーノ伯爵家のご長男です」
「……ここまでシスター達が骨抜きになってたら、多少の違和感に気付けなくてもおかしくはない…か…」
「それでなんだけど。私、いつも厨房にいるんで、ゴミ捨ての時たまに見るんだけどさ、暗い色のローブを着た男達が毎回数人、森の方に出入りしてるのよ。一度何してるのか聞いてみたら、魔獣除けの効果がどこまで届いてるか確かめてるって言ってたけど、なんか怪しくて…」
「それだ!ありがとう、さすがドロシー!」
「本当に密猟だとしたら、欲しいとこだけ剥ぎ取って箱に入れちまえば、気付かれないと思う」
「ちょっと!ドロシー、何言い出すのよ!?」
「だから言ったじゃない、修道院でシスターに馴れ馴れしく声掛けてくる男なんて、何企んでるかわからないって!」
「ドロシーまで疑うの?ヘイリー様は本当に私に優しくして下さっただけだわ!」
「シュナイダー様だって!!」
他のシスター達も声を荒らげて抗議しだした。
「まぁ、ここは女の園だからね。外から来た男連中にちょっと優しくされて甘い事言われれば、コロッと落ちちゃうのよ」
「シルヴィアさんやドロシーも声かけられたの?」
「まぁね、私は貴族に興味無いし、甘ったるい台詞は苦手だから貰える物だけ貰って適当に流してたけど」
「私は…貴族の男性が苦手ですので……」
「せめて二人が冷静で良かったわ。相手は魔道士庁か…思ったより深刻な事態になってたわね…」
リナリアは溜息をつき、父に向けた手紙の内容を考えるのだった。
国を巻き込む事態になるやも知れない…せめて領地の平和だけでも守らねば。
そう心に決めるリナリアであった。




