父にお願い
「!!?ドロシー??一体何があったの??」
裏口から飛び出してきたのはドロシーだった。
「リナリア!ねぇリナリア!!お願い!私をあなたの所で雇って!!今ボーデンの当主様が来てるって聞いて、もう今しかないって思って!」
「落ち着いて!何かあったなら力になるから!ゆっくり説明して?!」
リナリアに肩を掴まれ、背中に手を当てられると、ドロシーはやっとまともに息が出来るようなり、ジェイ達に向き直った。
「ハァハァ……失礼しました…私はリナリアの同…僚…?のドロシーと申します…」
「と!も!だ!ち!の、ドロシーよ!とても気があったの!こっちは兄と家で働いてるバートとタオ爺よ!?」
「あ…御当主様じゃなかったのですね……すみません……」
「いえ…代理のジェイ…次男です……」
「それで?何があったか話してくれる?」
一呼吸置いて、ドロシーはぽつぽつ事情を話し始めた。
「あ…うん……実は、私はここには親に入れられてるだけで、親の都合次第で出される事になってるの。…要は反省して頭を冷やして来いって事で……ここを出たら貴族として出仕や婚約もあるだろうし、正直それが嫌でずっとここに居ようと思ってたんだけど…そろそろそうもいかなくなってきてさ…。さっき手紙が来たの…明後日の夕方、父親が面会に来るって…ここに居られるのも限界なんだと思う…」
「そうだったの……」
すると、横で難しい顔をして話を聞いていたタオ爺が、ドロシーに尋ねた。
「ふむ…お前さん、貴族の娘か?」
「まぁね…ソルティオ伯爵の娘なのは間違い無いよ…父親が宮廷料理番だから、料理については厳しく仕込まれてる…でも何かと合わなくて…」
「さっき雇ってくれと言っとったな?!家から逃げたくてボーデン領に来たいという意味か?」
「本当に逃げたきゃ、どこにでも行くさ…ただ、私にはやりたい事ができた!目標があるんだ!そのためにボーデンに雇われたい!それこそ何でもする覚悟でね!」
「ドロシーの目標って…?」
「私の料理を喜んでくれる人のために料理を作りたい!貴族仕えじゃまず叶わない夢さ!」
「だったら普通に食堂とか飯屋でもできるんじゃないか?」
「それこそ、ここで飯番してるのと変わらないさ!私の作った物が誰かの糧になり血肉になっていく、その実感が私は欲しい!リナリアは一から獲物を捌いて料理してくれた!私のために!あんなに嬉しかった一皿はなかった!私もリナリアみたいな料理が作りたい!!」
「……何作ったの…?」
「ウサギのレバーパテ……脳みそ入りのヤツ……」
「アレか?!いや、確かにウマいけど……」
そこでバートも話に入ってきた。
「うーん…雇うのは構いませんよ!?ボーデン家はいつも人手不足みたいな状態ですからね。ただ、お父上がそれを許しますか?家出されて来られても迷惑なだけです。そこはどうなさるおつもりで?」
厳しいが、雇用者側にとって、デメリットを抱えた使用人は雇い辛い。ましてや貴族間で揉め事が起こると分かっているなら尚更だ。
「…私は一応成人してるし、収監者じゃないから院長の容認さえあれば出るのは可能なんだ…後は…雇用主の許可さえあれば…」
「甘いですね!貴方は貴族という鎖の重さが分かっておりません。それこそ簡単に断ち切れるものではありませんよ?」
バートの言葉にドロシーは唇を噛んだ。小娘一人ではどうしようもない壁がそこに立ちはだかっている。
「そんな…どうしたらいいの?私、ドロシーの力になりたいのに!」
「当主自らが望んだ雇用であることを明記した契約書と、第三者の承認があれば貴族の雇用は可能です。後は貴方の保証人がいれば確実でしょう」
「親父は、契約書くらいならいくらでも書いてくれるだろうけどさ…」
「当主印は現在御当主様がお持ちですので、一筆書いて届けさせましょう」
「…半月くらいなら、まだ待って貰えるかも…」
「そうですね、ここから王都までは……半日くらいですかね?!」
「そうだな!気流に乗れれば夕方までには行って戻って来られる!」
「へ?」
「ついでに他に貰える印がないか聞いてみましょう」
そう言ってバートは修道院の中に入り、食堂の隅で手紙を書き始める。
更にジェイが口笛を吹くと、空が一瞬陰り、大きな影が降りてきた。
「キュルルル!ピュイーーー!!」
「っなにコレ??魔物?!!」
驚くドロシーの隣にコーネリアスが舞い降りる。
「俺の相棒、コーネリアスだ!我が家の伝書鳥だよ!」
「うわぁっ!!大きい!…魔物なんて…こんな近くで初めて見た…」
「ちなみに、この程度の事には馴れて頂けませんと、ボーデン領ではやっていけません」
戻って来たバートがコーネリアスに手紙を託すと、ジェイがリボンの束を出す。
「親父達は今、伯母上の邸だよな?!じゃ、緑のリボンだな!」
「色で行き先が分かるの?」
「訓練したからな!今の所5ヶ所だけだが、確実に届けてくれるぞ!?頭が良いんだ、俺の相棒は!」
「飼い主に似なくて良かったですね」
「ちょいちょい貶すのヤメて!?」
やがてコーネリアスが飛び立つと、ドロシーは呆けた様にその姿に見惚れていた。
「…すごい…すごくカッコいい…」
「コーネリアスのことですからね?!」
「わかってるけど!?家の従者辛辣過ぎない?!」
「ううん…リナリアのお兄さんもすごいと思う!あんなに大きな鳥を手懐けられるなんて!伝書鳥なんて情報の要でしょ?!普通じゃできないわ!」
「………ちょっとジーンと来た…あんまりにも周りが冷たすぎて…よし、万が一親父の一筆が間に合わなかったら、俺が雇用書を書いて承認者になるよ!」
「うわ…兄さんチョロ過ぎ…」
「ドン引きのチョロさですね…」
「ま、ひとまず連絡が付くまでに飯にでもしようかいの!腹が減ってきた。さっきのヘビが美味そうだったからカラッと揚げて食ってみますかい?!」
「ヤッタァ!タオ爺の唐揚げだ!!」
「金鹿の肉も、切り落とした所は長く保たないから持ってきたぞ」
「焼いて焼いて〜!楽しみにしてたんだから!」
「厨房を少しお借りできますか?ドロシーさん…ドロシーさん?!」
ドロシーはジェイの一言を聞いた途端、目を見開き、震えながら固まってしまっていた。
「い…今、なんて言った…?」
「え?ヘビの唐揚げ?ドロシーも食べようよ!」
「違う!」
「あ!ヘビは嫌いだった?」
「そうじゃない!!今、金鹿って言った??」
ジェイの肩を掴み、揺さぶる勢いでドロシーが迫ってくる。
「枝肉を成型した際の切り落とし部分ですが、お持ちしました」
「クズ肉になっとるが、量はそこそこあるぞい?」
「ドロシーも一緒に食べようよ!」
「旨いぞ〜!?」
「あんたら一体何者なんだよぉーー!!!」
叫ぶドロシーなだめ、4人は朝飯の支度に取り掛かる。
「ヘビは骨が多いからの、こうして肉ごと背骨から外して抜いていくんじゃ。面倒だがこうせんと食いにくくて仕方ないからの!したら、ぶつ切りにして下味を付けてやるんじゃ」
「はい!私、手伝う!」
リナリアとタオ爺が、外でヘビの下拵えをしている間に、バートとドロシーは厨房で金鹿肉を前にしていた。
「ご存知でしょうが、金鹿は先天性の魔物の一種で、肉にも魔力が宿っています。腐りにくく、旨味が濃いのもそのせいだと言われております」
「は…はい!」
「金鹿を魔力持ちの方が口にすると、魔力が高まり、 多幸感や興奮状態がしばらく続くそうです」
「はい…」
「元々の肉質は軟らかく、草食なので臭みもなく、牧草や木の実の様な香りがするのが特徴です。故に強いハーブは返って風味を殺してしまうため、ローズマリーやオレガノ、コショウ程度で充分美味しく仕上がります」
「ひ…火加減は……???」
「薄切りですから、軽く炙って焼き目を付けてから弱火で両面十秒ずつ、肉が反らないように気をつけて」
「っはいぃっ!!!」
「…ドロシーさん…貴方は、手際は良いですが緊張し過ぎです。もっと気楽に、でないとボーデン家のコックとはやっていけませんよ?!」
「金鹿目の前にして無茶言うなよ!!?」
「ふぅ……確かに珍しいですがね、伯爵家では冬の風物詩のようなものですよ?!毎年誰かしらが獲ってきますから」
「……王様よりすごいんじゃない…?」
「その王族に献上される品々が通るのも、この領地ですからね。輸入品などには常に目を通しておりますよ?外交と検問が辺境伯の役目ですので」
「リナリアの肝が座ってる訳だ…そこらの貴族令嬢が敵うわけない…格が違う…」
その頃、外ではリナリアがタオ爺とヘビを揚げていた。
「うわぁ!カリカリスパイシー!タオ爺の特製唐揚げヘビもおいしーー」
「芋も茹だったぞー、パンとスープももらってきた!」
ぞろぞろ集まり、屋外で丸太に腰掛け、5人の食事が始まった。
「んーーー!!金鹿美味しい!」
「この時期のものにしては脂が乗っていますね」
「パサついてもないし、美味いな!」
「いかがですか?ドロシーさん。…ドロシーさん?」
ドロシーは動かなかった。フォークをくわえたまま、小刻みに震えながら焦点が揺れている。
「ドロシー!大丈夫?」
「……っハァ!ハァ…あぁ…うん!金鹿ってすごく美味しいのね……美味しい…んだけど、なんだか一瞬、体中がこう…ぶわってなって、頭が真っ白になって…気分がふわふわして……」
「なるほど!ドロシーさんは魔力持ちなのですね?!」
「持ってるったって、なんにも使えない程度だけど…」
「微弱な方ですら、たった一口でこの反応です。この肉が高値で取引される訳がお分かりになったでしょう?」
「流石、一皿金貨20枚するだけの価値があるんだ……」
「「金貨20枚っ!!!???」」
「末端価格ですとそのくらいしますよ」
「枝肉だって一本金貨10枚なのに!!」
「それこそ人件費やら他の材料費やらかかるからのぉ」
「なるほど…合法麻薬みたいなもんか…」
「でも私、一度もなったことないよ?!」
「俺も、旨い肉くらいにしか思ってなかった…」
「それはお二人の魔力が皆無だからです!」
「はっきり言い切った…」
「まぁそれが普通じゃよ、ワシも魔力は欠片も持っとらん」
それから皆でヘビの唐揚げを取り合ったり、金鹿の脂で炒めた芋を取り合ったりと、賑やかな朝は過ぎていくのだった。




