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動く者達




王都で一番大きな裁判所。それは城の貴族院に付属している最高裁判所。

そこの最高裁判官にして最高責任者であるバレリー公爵は、執務室の机で頭を抱えていた。


拘置所から罪人の脱走を許し、更に送り出した兵士が、人違いによる冤罪で通りがかりの無関係な貴族令嬢を修道院へ収監させてしまった。そしてその貴族令嬢がよりによってボーデン辺境伯爵の娘であり、伯爵家は大層なお怒りで、その親戚筋であるアルバトロス侯爵夫人が指揮を取り、いずれこの裁判所へ直々に抗議にやって来ると、その事を手紙で知らされ焦っていた所へ更に不穏な手紙が寄こされた。

それには王族の印が押してあった。


曰く


ルナリア・ローレン伯爵令嬢は、何者かの陰謀に巻き込まれ、無実の罪を負わされたため、極秘裏に匿われることになった。協力者の令嬢をルナリアの替え玉として収監させておいたので、周囲に勘付かれないようにすること。後の事は王太子殿下の側近が上手くやるので、これ以上この件には関わらないこと。これは王家の決定で、極秘情報のため、外部には決して漏らしてはならないこと。


そんな事が、つらつらと書かれており、本当に頭痛が止まらなくなった。


(バカ共が!何が極秘裏だ、明確な証拠も揃った上で、陛下の御前での判決が覆る訳無かろう…罪人を匿っただけでも大罪だと言うに、無関係な令嬢を攫っておいて協力者だと?!ふざけるのもいい加減しろ!!)


更に手紙の最後には、この文書は読んだらすぐに燃やすよう指示が書かれていた。


(何を考えているのだ!法の番人に、法に背けと言っているようなものではないか…これはすぐ陛下に報告せねば……)


バレリー公爵はよろよろと立ち上がり、執務室を後にした。




ブレンダム王国の王太子であるラインハルト・ブレンダムは、王家特有のコパーブロンドの髪に青い瞳の美男子で、貴族学校の全女生徒の憧れとされていた。しかし、国の定めた婚約を身勝手な理由で不当に破棄した咎で、現在自室にて謹慎を言い渡されている。

それでも、自室から出られないというだけで、訪問者は毎日の様に訪れていた。


「ラインハルト殿下、ブライアンです。入ってもよろしいですか?」


部屋の扉の前に、ダークブルーの髪と瞳に片眼鏡を掛けた、切れ長の細身の青年が現れた。

ブライアン・バカラ公爵令息。王太子の側近のひとりだ。


「待っていたぞ!入ってくれ、ブライアン。そちらの首尾はどうだ?」


豪奢な部屋の中。軟らかなソファで寛ぐラインハルトにブライアンが礼を取った。


「殿下、失礼します!こちらは順調です。送り込んだ兵士からの報告では、修道院には適当な女を捕らえて連れて行ったそうです。しばらくはごまかせるでしょう。」


「誘拐だのなんだのと騒がれたりしないだろうな!?」


「今、秘密裏に修道院に配下の者を向かわせております。適当に言いくるめられるならそれで良し。駄目なら家族を探して脅すなり、買収するなり致しましょう。」


「流石はバカラ公爵の息子だな!頼んだぞ?!ところで、ルナリアはどうしている?」


「ご安心下さい!我等の元で平穏に過ごされております。裁判の後、拘置所に入れられ深く傷付いておられた様子でしたので、我等でお慰めしております。」


「早く会いに行ってやりたいが、父上がまだお怒りでな…こちらの話を聞いても下さらない!全く…心優しいルナリアを信じないなど、どうかしているだろう?!」


「ルナリア様も、殿下にお会い出来るのを心待ちにされております。」


「それまでもうしばらくの辛抱だ!なにせ辺鄙な田舎までは遠いのだからな。馬でも行き帰りに1〜2週間は掛かるだろう。その間にせめて出掛ける許可くらいは頂きたい…母上に相談してみようかと思っているのだが、まだお会いできないのだ…」


「王妃様はエルダー公爵令嬢がお気に入りでしたから、今回の婚約破棄で酷く取り乱しておいででしたからね…」


「まったく…母上まであの悪女の言いなりとは…この国は本当に大丈夫なのだろうか…」


「殿下、そろそろ時間が…怪しまれる前に御前失礼致します」


「あぁ、いつも呼びつけてすまないな!ルナリアの事は任せたぞ?!」


ブライアンは深く礼を取り、扉を閉めると、眉をしかめて派手な扉を一瞥した。


(あの王太子もいつまで持つか…今頃は王位継承権の剥奪か廃嫡が決まっているだろう…そうすればルナリア嬢は最高位貴族の私の元に来るに違いない…今はせいぜい夢を見させてやるか…)


ブライアンは王宮を後にすると、騎士団の訓練場に向かった。


大勢の騎士達が、剣を振り、馬に跨がり訓練に精を出す中、ひとり木陰で休んでいる者がいた。


「休憩か?アルセイン?!」


赤い髪に緑の瞳が特徴的な美丈夫、アルセイン・グローバーは、伯爵にして騎士団長の父を持ち、剣の名手と呼ばれている。


「今日はもう引き上げるところさ!この後、いつもの場所へ行こうと思って!」


「なら一緒に行こう、抜け駆けは許さんぞ?!」


「残念、一足先にクリスの奴が向かったよ。俺達も急ごう!」


ふたりは馬車に乗ると、王都の郊外に並ぶ別荘地へ向かう。

その中のバカラ公爵が所有する一角には、既に別の馬車が止まっていた。


別荘のテラスではカフェオレ色の髪にクリーム色の瞳の可愛らしい顔立ちの青年が、水色の胸の開いたドレスを着た令嬢と談笑していた。

クリスティアン・ベランタ侯爵令息と、行方不明とされているはずのルナリア元伯爵令嬢。

二人は、ブライアンとアルセインに気がつくと手を振った。


「遅いじゃないか!先にお茶してたよ!」


「二人共、来てくれて嬉しいわ!」


「やぁ、ルナリア!新しいドレスかい?君によく似合ってるよ!」


「退屈してないかい?まだ自由に動けないからね…欲しい物は何でも言ってくれ!」


「うふふ!ありがとう、皆が来てくれるだけで本当にに幸せよ?!他に何もいらないわ!」


「ルナリアは欲がないなぁ、そうだ!今度新しい魔道具をプレゼントするよ!妖精の光のランプだよ!気に入ってくれるといいな!?」


「いいのか?クリス、魔導士長にバレたら大目玉じゃないのか?」


「そんなヘマしないさ!それに、僕が作った物をどうしようと僕の自由だ!」


クリスティアンの父親は、魔力を持つ者を集めた魔導士庁の纏め役で、魔石を加工し、特殊な魔道具を作り出している。

クリスティアンも魔力持ちで、魔石の加工は天才的だという。


「早くラインハルト様も自由になれたらいいのに…」


「優しいなぁルナリアは…」


「困った事があったら、すぐ私達に相談するんだよ?!」


「何かあれば、いつでも駆けつけるぜ!」


「皆、ありがとう!私は本当に幸せ者ね!」


微笑むルナリアは確かに天使の様だが、その瞳は何処までも貪欲で、男を手玉に取る淫らな影を宿していることに、その場の誰も気がついてはいなかった。







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