リナリアのご馳走
「おはよう、メリッサ!今日もいい朝ね?!」
「リナリア!おはよう、よく眠れた?!」
修道院に来て三日目。
同室となったメリッサも早起きに慣れていて、二人揃って朝早くから身支度をする。
「それじゃ、またねメリッサ!」
「気をつけて…何かあったら相談してね!?」
「ありがとう!じゃぁ、行ってくるね!」
元気良く北の塔を目指し、食堂を抜けて厨房に向かうと、ドロシーが朝食の支度をしているところだった。
「おはよう!ドロシー、今朝も早いのね?!」
「え!??あ、お…おはよう!?あの、リナリア…昨日の事なんだけど…」
「ああ!ごめんね、驚かせて!でもあれ位言っとけば、もう名前も覚えて貰えてるでしょ!野菜来たらまた洗っとくわ!それまで畑見てくるね!」
そう言ってリナリアは裏口から走って行ってしまった。
「えぇ!??ちょっと!あぁ……行っちゃった……」
残されたドロシーはニンジンを切りながら、食堂の隅に向かって話掛けた…
「なんか…あんまり気にしてないみたいですけどね…?!」
「そんな訳ありません!!どれ程深く傷付いている事か!何の落ち度も無いご令嬢が、兵士に攫われてどんなに恐ろしい思いをした事か!!」
「でも、見たでしょ?元気に畑作ってますよ?」
震える院長を横目に、ドロシーは今度は玉ねぎを切り始めた。
「ドロシーさん…ごめんなさいね、お邪魔しました…今度こそきちんと向き合って謝罪して参ります。」
院長は立ち上がると、リナリアの後を追って行った。
一方リナリアは、昨日より育った野菜達に水をやり、カボチャの摘花と受粉を手早く終わらせ、いくつも芽を出していたレタスを間引いてから、ルーが獲ってきた今朝の収獲物とにらめっこしていた。
「……これは……ウサギ…??」
額に岩のような魔石が食い込み、軟らかなはずの毛皮はバサバサに固まってあちこち剥げているし、爪が長く伸び切って湾曲し、如何にも凶暴な風体をしている。そして何より大きい。普通のウサギの3倍はある。
「またとんでもない物を獲ってきたのねぇ…」
「ワフッ!!」
「仕方ない…毛皮は諦めよう…」
リナリアはさっさと恐ろしいウサギを吊るすと、中身を搔き出し水で洗い、魔石を外した。
「苦しかったでしょうに…」
拳大の魔石はどす黒い紫色で禍々しく、持っているだけでウサギの苦しみが伝わるようだった。
歪んだ頭蓋骨は簡単に割れてしまったので、急いで中身を塩で揉み込み、ハーブと一緒に大きな葉に包んだ。
「ふぅ…後は脚を切り分けて…」
「キャァァァッ!!」
リナリアがナイフで四つの脚を切り分けていると、後ろから誰かが叫んで走って行った。
振り返ると、叫び声とは別の人物が立っていた。
「……あ…貴方は…今……何を…なさって…おいでです……?」
「あ、おはようございます!院長先生!今、家の狼がウサギを獲って来たので捌いておりました!」
肉を捌く手を止めず、にっこりと答える。
「狼が…ウサギを……ですか……」
「昨日はすみませんでした!でも、これで私の名前も覚えて頂けましたよね?!」
「あぁ、そうです!私は貴方に謝らなければ!!」
「私は名前さえ間違えずに呼んで貰えれば構いませんよ!」
「そんな訳にはいきません!私共は許されない罪を犯したのです!」
「あ、それよりも!修道院の裏の森って今は何処が管理してるかご存知ですか?」
「本当に申し訳…え?…管理…ですか…?以前は、敷地の隣に前領主様のお住まいがあって、一体の指揮を取っておりましたが、今は管理などは特に何処も…」
「森に面しているのは、この北側の建物だけの様ですが、この敷地の中は安全なのですか?」
「魔物避けと、森の浅い所に杭が打ってあるので、大きな動物は寄って来られませんので…」
「もしかしたら、壊れてる所があるかも知れませんよ?!家の狼がイノシシも獲ってきましたから」
「イノシシ……?!」
「塩漬けにしてあるので、食材の足しにしましょうか!?あれ?修道女ってお肉食べていいのかしら?」
「殺生は絶っておりますが、肉自体は禁止されておりません。私達も頂く事があります……いえ!ルナリア様!今はそんな事よりも!」
「そんな事よりも院長!!見て下さい!この魔石を!!この大きさは異常です!ひとつふたつならまだしも、この3日間、森で捕らえられた獲物の全てに魔石が入っていました!!これは由々しき事態です!既に父にも相談しております!すぐ調査するよう手配しますが、それまでは私に指揮を取らせて下さい!領主の娘として、全責任を負う覚悟です!」
「リ…リナリア様……?!」
「ここに連れて来られた時はすぐ出て行くつもりでしたが、まさかこんな事が起きていたとは…領主に代わり深く謝罪致します!ここで暮らす皆様を危険な目に遭わせてしまう所でしたから……今回の事、驚きましたが、本当に幸運でした!と言う訳で、もうしばらくご厄介になります。どうぞよろしくお願いします!!」
リナリアは汚れた手を隠すように、院長に深く頭を下げた
「頭を!頭を上げてください!謝るべきは私達でしょう?!」
「なら代わりに、もう少し私の好きにさせて下さいますか?」
「もちろん!必要な物は何でも仰って下さい!部屋も客間に移しましょう!」
「それじゃメリッサと離れちゃうから遠慮します。」
「…リナリア様…貴方は本当に逞しく、かつてのグロリオーサ様にそっくりです……あの方も、自分の事より、いつも周りの幸せを考えて下さっていました…」
「私は私のやりたい事をしてるだけなんですけどね?!」
リナリアがナイフと手を水桶で洗っていると、空から聞き慣れた声が響いた。
「キュルルル!ピュイィィ!!」
「っなんですか??あれは…魔物???」
「あ、大丈夫、家の伝書鳥です!兄に直行しますので、何かあればお預かりしますよ?!」
「なんと……では、お許し頂けるなら領主様への手紙を!すぐ持って参ります!」
院長が駆けて行くのを見送り、コーネリアスを迎える。
「おはよう!コーネリアス、毎日ありがとね!?どれどれ…へぇ!伯母様のお屋敷で今後の作戦会議中ねぇ…でも、それだと領地の問題どうすんだろ?…ん?兄さんが来るの??タオ爺も来てくれるんだ!なら安心ね?!」
コーネリアスは、また空っぽの血で汚れた桶を見つめていた。
「キュルルル………」
「ごめんね、今日はあげられないの。」
そこへ、ルーがゴツゴツした何かを引きずって現れた。
「ギュピィィィッ!!!」
「グルルルルル……」
「はいはい!ケンカしない!」
リナリアが威嚇し合う2頭の間に入りなだめていると、院長が戻ってきた。
「リナリア様こちらを…ひぃぃっっ!!!!」
「あ、院長!大丈夫です!家のルーとコーネリアスです!とても賢いので人は襲いません!!」
「はぁ…はぁ……流石はボーデン伯爵の血筋ですね……グロリオーサ様は黒ヒョウをお飼いでした……」
「写真で見た事があります!大きな猫だと思ってました!」
「南から連れて来られたとか……あぁ…そうです、こちらの手紙を……」
「確かに!じゃコーネリアスよろしくね!」
「キュルル〜〜」
飛んで行くコーネリアスを二人で見送っていると、ドロシーが声をかけに来た。
「院長!もうみんな掃除始めてますよ?!今朝は監視がいないって、喜んでます」
「やれやれ……リナリア様、では私はこれで…」
「いえ、その“様は”やめましょう?ここでは私も修道女です!リナリアとお呼び下さい!」
「しかし…」
「その方が私には合ってます!お願いします院長!」
「では…皆の前ではリナリアと…」
「はい!」
院長と分かれると、ルーも新たな獲物を探しに森に戻ってしまう。そこへ、丁度朝の野菜籠が運ばれて来たので、荷車から降ろすのを手伝い、また井戸で洗っていく。
カブとニンジンの葉を落とし、キャベツの外葉を剥がし、トマトのヘタを取ると、籠に盛って厨房に運びドロシーの隣に立った。
「おまたせ!」
「ありがとう!…ねぇ…リナリア、それなぁに?!!」
ドロシーは、リナリアが野菜と一緒に持ってきた葉包みを見て怪訝な顔をした。
「これ!?私の大好物!ドロシーにも食べて欲しくて持って来たの!」
「…肉…だよね?」
「そう!ウサギよ!?さっき捌いて来たの!ちょっと厨房の脇借りるね?!」
そう言うと、リナリアは包みを広げ、中身を水洗いし、ボールに入れた。
それをドロシーがチラチラ見ている。
(ウサギって言うからモモ肉とかかと思ったら……レバーか…パテにでもするのかな?)
更に出された肉に、ドロシーはギョッとした。
(っ!?…脳ミソか?!…好物って言ってたけど…)
リナリアは丁寧に脳の薄い膜を剥がし、ハーブをまぶして半分は取っておき、半分を蒸し焼きにした。
レバーは生のまま包丁で叩き、そこへ残りの脳も合わせて小鍋に移して弱火に掛ける。
「ミルクとバターもらうね!」
そこへ塩コショウ、ショウガとセロリを少々すりおろし、バターとミルクが全体に馴染んでふつふつしたら火を止めすり鉢に移した。
ポケットからパセリとタイム、ローズマリーを出して刻むとすり鉢に加えて、ひたすらすり混ぜていく。
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ………
ドロシーは隣でスープが沸騰しているのも忘れて、リナリアの手元をずっと見ていた。
(こんなに目が離せない料理なんて…今まであった……?家で教わってる時だって、言われたから忘れないようにしてたってだけで、こんなに夢中になったことあったかな…)
「ドロシー!鍋!!吹いてる!!」
「えっ??!!」
慌てて鍋を火から降ろし、煮崩れたスープの野菜を見て苦笑いする。
「アハハ…やっちまった!」
「ポタージュにしちゃう?ミルク、まだたくさんあるでしょ?!」
「それもいいかも?!」
二人で鍋の中身をこし器に開け、ヘラで潰してミルクとバターを加えて再び弱火に掛けた。
「いい匂い!今度ウサギとかの骨ガラも出汁にしてみようかな?!」
「うん…絶対美味しい……所で…そっちの料理はどうなったの?」
「料理って程じゃないよ!でも滑らかにできたから上出来ね!」
すりこ木についたパテを指ですくって舐めると、リナリアは幸せそうな顔をした。
「う〜〜ん!濃厚!」
「あ!私も!!」
ドロシーも思わず指を出し、パテをすくい取る。
「〜〜〜っ!!おいっしい!!なにコレ!全然臭みがない!ハーブも香味野菜も少ないかな〜なんて思ったのに、むしろレバーの風味を邪魔してない!!あと、この脳ミソの滑らかさが癖になる……」
「こっちもどう?」
差し出された小皿には薄切りになった小さな脳ミソの欠片が乗っていた。
恐る恐る口に入れると、鮮烈なハーブの香りと共に、ウサギの脂と髄の旨味が鼻を抜けていく。
「……美味しい……」
「でしょ!?いつも兄さんと取合いになるの!だから自分の分は自分で獲って来るようにしたのよ?!ドロシーにも食べてもらいたくて!」
「美味しい!本当に!リナリア、ありがとう!私、料理って何かやっとわかった気がする!」
「え?そうなの??だってコレ料理って言えるかもわかんないよ?!」
「そんな事ない!作ってる間、リナリアはすごく楽しそうだった!私、料理なんてあんなに見てて楽しい事無かったもの!それに…私のために作ってくれたって…すごく嬉しかった!」
「大袈裟よぉ。家じゃみんな食べるから、料理長が作り方覚えるか?って教えてくれたの!肉の捌き方も、道具の扱いも、ハーブの調合も、聞けば何でも教えてくれたわ!」
「羨ましいよ…私も…そんな先生が欲しかった……」
「いつでも来て!家は友達は誰でも大歓迎だから!!」
大鍋のポタージュが煮上がる頃、食堂に人が集まり朝食の時間になると、リナリアはまたひとり、裏庭へ出て行くのだった。




