リナリアとメリッサ(1)
東の辺境と呼ばれるボーデン領の田舎道を、荷馬車が何処かへ急ぐように走っていた。
その少し先から別の馬車がやって来たので、道を譲ろうとすると、馬車はいきなり道の真ん中で停止した。
「そこの馬車!止まれ!」
突然現れた兵士達に道を塞がれ、リナリアを乗せた馬車は慌てて馬を止めた。
「何事ですか?」
御者の老人が尋ねると、兵士はものも言わずいきなり荷馬車の幌を剥がし、中に乗っていたリナリアの腕を掴んで引きずり下ろした。
「何するの!?」
「無駄な抵抗はやめろ!これは国の決定である!逆らえば投獄するぞ!」
「乱暴はおやめ下され!一体何だと言うのです?!お嬢様をお離し下さい!」
老人が叫ぶも、兵士達に一切聞き入れる様子は無い。
「愚かな…この女には自分の犯した罪を償わせねばならん!下手に匿おうとするならお前も捕らえるぞ!」
「訳がわからない!罪ってなんの事?」
「とぼけるのもいい加減にしろ!!さっさと馬車に乗れ!!」
兵士に無理矢理乗せられたのは鉄格子の嵌った簡素な馬車だった。
「お嬢様!!」
「タオ爺!私は大丈夫!それより兄に荷物を!」
「こんな時にですかい?!」
「私の事より、金鹿!金鹿をお願い!!」
「いや…しかし…」
「あれ一頭でどれだけの価値があるか知ってるでしょ!!?時間がないわ!すぐに行って!スーいい子でね?!タオ爺の言うことをよく聞くのよ!ルーが後から追ってくるわ!きっと見つけてくれるから、心配しないで!!」
やっとそれだけ言い残す間に、馬車の戸は閉まり、走り出してしまった。
「エライことになっちまった…」
残された老人と黒馬は、呆然と去り行く馬車を見つめる事しかできなかった。
〜〜〜〜〜
「…その…金鹿ってそんなに大事なの…?」
メリッサは、リナリアが馬車に乗せられた経緯を聞いて混乱していた。もっと他に聞きたい事が沢山あるのに、つい先に口から出た疑問がそれだった。
「大事!!あの毛皮一頭分でひと冬の燃料代が賄えるくらい高価なの!おまけに今年は暖冬気味っていうし!もし家畜小屋の改築費にまで回せれば冬場の卵の生産率がぐんと上がるのよ!角は磨いて加工してもいいけど、そのまま飾りに欲しがる人も多いからしばらく温存かしら?肉だって高級品なのよ!半月も熟成させれば軽く炙るだけでほっぺが落ちる程美味しんだから!でもその代わりすごく繊細だから皮を剥ぐのも慎重にやらなきゃいけなくて、少しでも傷が付くとその分価値が下がっちゃうのよ…真ん中の兄さん割と大雑把だからちょっと心配なのよねぇ…でもタオ爺が向かってくれたはずだし、なんとかなってるといいんだけど…」
「そ…そうなんだ……じゃなくて!!私が聞かされてた話と全然違うからすごく驚いてるんだけど…」
「聞かされてた話?」
「あなたの話よ…?!婚約者のいる侯爵令息に言い寄って、相手の婚約者に散々嫌がらせしてたって…建国祭のパーティーで遂にやらかして、その罪で勘当されて修道院送りになったって…」
「やらかしたって…何を…?」
「さぁ…そこまで詳しくは…」
「そう…でもその話、誰か別の人のものなんでしょうね…」
「え?」
「だって、私滅多に領地から出ないもの。ましてや王都なんて、15歳のデビュタントからだから、かれこれ4年半は行ってないわ」
「ええ!!!?」