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森の異変




「いやぁ!本当に助かる!こんなに捗ったの久しぶり!」


リナリアはドロシーと一緒に、朝食を作っていた。

主に野菜の下拵えと洗い物。皮を剝いて切った野菜をドロシーに渡し、空いたボールや鍋を洗うだけだったが、ドロシーは感謝しきりだった。


「何度か罰則扱いで調理場に来たヤツ居たけど、返ってジャマでジャマで!後で院長に文句言いに行ってやったくらいよ!そしたらさぁ、「それはあなたに対する罰でもあるのですよ!?」とかなんとか言われて…あれは腹立ったわぁ!」


大鍋が二つ、野菜スープと豆のトマト煮。それから籠いっぱいの焼き立ての黒パンとマッシュポテトにミルクの大瓶がズラリ。

鍋をカウンターのかまどに運び、パン籠と木製の仕切りのついた大皿を並べて置く。


自分で食事を取りに来た順にワンプレートによそってやり、食べ終わったらまた自分で下げさせる。

それだけの事だが、真のお嬢様育ちには、ここに来てまず味わわされる屈辱のひとつらしい。


スープ鍋ををかき回しながら、ドロシーには裏庭で畑を作っている事を話しておいた。

酷く驚いていたが、危なくないなら好きな事をして構わないそうだ。


「その代わり、見つからないようにね!」


「わかってる!バレないようにやるわ!」


それから掃除が終わる頃になると食堂に人が入り始めたので、リナリアはこっそり裏口から外に出た。



「本当に食べなくていいの?」


「うん!今はお腹空いてないし、でもせっかくだからパンとスープだけ分けてもらうわね!」


「昼の下拵えもできてるし、夕方までこっちの用はいいよ!」


「片付けとかお皿洗ったり手伝わなくてもいい?」


「それには別のヤツがあてがわれてるから構わないよ!それより、本当にひとりで大丈夫?何かあったらすぐ呼びな?!」


「ありがとうドロシー!大丈夫よ、それじゃ行ってきます!」


まだ温かいパンとスープの入った小鍋を持って、畑に向かい、小鍋を火の消えた竈もどきに掛けて側にパンを置いておくと、今朝の続きから張り切って始めていった。


思った以上に木の根が張り込んでいて、鍬が弾かれてしまうため、仕方なくツルハシで引きちぎり、手で抜いていくしかない。


「フンッ!!ぬぐぐぐぐ……うぅぅ……うわっ!!!」


引き抜こうとした根っこが固くて全力で引っ張ったら、滑って後ろに転びそうになった。


「とっとっとっ……きゃっ!」


その時、咄嗟に藪から現れたルーが背中を支えてくれて、泥だらけにならずに済んだ。


「ありがとうルー!本当に頼もしいわ!」


「ワフゥッ!!」


振り向くとウサギを咥えたルーと目が合った。


「まぁ!また獲ってきてくれたの?嬉しい!」


「ワフッワフッ!!」


「え?なぁに?」


ルーが何処かへ案内してくれるのでついて行くと、森の入口にウサギが二羽と大きなカモが一羽、そして若いイノシシが一頭山になっていた。


「……これ、全部ルーが獲ってきたの?!すごいわね、でも家にいる時と違うからこんなに捌き切れるかなぁ」


そう言いながらテキパキと3羽のウサギを吊し、腹を開いて中を抜いていく。桶に溜まった臓物を早くもルーが食べようとするので、肝臓だけすかさず回収して水に浸けておく。


「コーネリアスにも残しといてあげてね!?昨日何にもあげられなかったから!」


「ガフッ!」


ルーが食べている間、カモの羽をひたすら毟り羽を麻袋に詰めていった。中も手早く抜いてこれも吊るしておく。

そして本日一番の大物のイノシシ。やたら牙が大きく先端が二つに割れていて、蹄が変形してゴツゴツになり、体の表面の一部が鱗のような岩のような異質なものになっている。


「これは…魔獣化した後ね…ここまで身体が変質したのは初めてみたわ…こんなのよく掴まえられたわね…?!」


縄をかけ太い木の枝に引っ掛けて吊し上げていく。


「重いっっ!ルー手伝って!!!」


やっとの思いで地面から数十cmまで引き上げた。

次に喉元から大きくナイフを当てて切り開くのだが、皮が硬くてなかなか刃が通らない。


「かくなる上は……」


諦めてナイフを哪吒に持ち替え、渾身の力で刃を振り下ろすと、やっと傷が入った。

引き裂くように腹を開くと、中身の建や筋を切って肉からこそぎ落とす。

ドバッと下に落ちる臓物の中に、やはり鈍く光る赤黒い石が出てきた。リナリアの拳ほどもある。


「こんな大きいの…家でも滅多に出ないのに…?」


「クゥ~~~ン……」


ルーに呼ばれてウサギとカモの桶の中を覗くと、そこにも小粒の魔石が四つ、暗褐色に暗い緑と青黒い石が2つ血溜まりに浸かっていた。


「まさか……さっきの獲物も全部魔獣だったの??そんな事が起こるなんて…この森一体どうなってるの……?」


不安がどんどん大きくなる。燻っていた火種が燃え広がるように。これは放っておいたら大変な事になると本能が告げる。


「……と……とりあえず……畑やっちゃおう…」


それはそれとして、朝から進まない畑作りを区切り良いところまで進めてしまいたい。

リナリアはジッとしているのが苦手なので、考え事も手を動かしながらする事が多い。


黙々と土中の根っこを引っこ抜き、出てきた石をどかし、土を耕して堆肥を混ぜる。


喉の乾きと空腹に気がついた時には、もうお日様が真上まで来ていた。

すっかり冷たくなったスープに火を入れ、固くなったパンを浸して口に運んでいると上空から影が差した。


「コーネリアス!!待ってたわ!」


リナリアは大急ぎで手紙を書いた。

兄を通してこの領地の当主である父親に届くように。


コーネリアスは地上に降りて、空になった血塗れの桶と、吊るされた獲物と、既にここに居ない狼の臭いに、ただ呆然としていた。


「ルーってば、やっぱり全部食べちゃったのねぇ…しかたない……」


リナリアは水桶で血抜きしていたレバーと切り取ったウサギ肉をコーネリアスに差し出した。


「これ食べてて、すぐに書いちゃうから!」


リナリアはコーネリアスがウサギを堪能している間に手紙を書き上げた。そして数枚の紙束を巨鳥に託して手を振った。


「よし!後はお父様に任せよう!」


森の事も、修道院の事も、冤罪の事も、後は頼れる父に任せて、リナリアは自分のしたいことに集中する事にした。



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