二人目の友達
「それじゃメリッサ、行ってくるわ!」
「リナリア…気をつけてね!?」
ボロネーズ修道院の朝の鐘が鳴り、目覚めた二人は着替えを済ませてそれぞれの向かう場所へと別れた。
朝一番は祈りの時間。その後皆で掃除をしてから朝食を取る。
しかしリナリアの行く北の塔では、朝は点呼と院長の説教から始まり、反省文、罰則、個人課題などをそれぞれ行い、割り振られた掃除を終えてようやく食事にありつけるという。
「まぁ大人しく従う気はないけどね!」
リナリアはまだ薄暗い廊下を静かに横切ると、台所を抜けて洗い場の裏戸を開けた。
「私の畑ちゃん!元気だった!?」
草むらをかき分け井戸と畑を往復して水を撒き、ゴミ捨て穴に降りて新しい苗を吟味する。
「今日はナスとトマトと…このたくさんか生えてる芽はレタスよね?そして奥に見つけた、なんと!イチゴの苗!!これを植える場所を作りましょう!」
昨日同様、草を刈っていると後ろからまたルーが顔を出した。
「アフッ!」
口に獲物を咥え尻尾をぶんぶん振ってリナリアに見せに来る。
「おはようルー!すごいじゃない!ヤマバトね?!すぐ火を起こすわ!」
「グルルゥゥ!」
昨日の火鉢もどきの燃えさしに、薪を足し再び火を入れると、その間にヤマバトの羽毛をどんどん毟っていく。残った毛を火で炙り、腹を開いて中身を分けようと手を入れると、指先に固いものが当たった。
「……また魔石…?小さいけど、この鳩も魔獣になりかけてたってこと?ただの偶然かしら…?」
何かの火種の様な不安がよぎるも、今はどうにもならない事を心配している暇はない。
指先ほどの魔石をポケットにしまうと、ハトの解体を続けていく。
中身を抜いたハト肉を水で洗って塩を揉み込むと、厨房からこっそり借りてきた鍋と蒸し籠に、昨日採れたジャガイモと一緒並べていく。
「これなら焦げないから、ちょいちょい見ながら作業できるわね!」
ルーと草刈りの続きに戻り、火を見つつ新しい畑を開いていると、建物の向こうから荷物を引く車の音と、人の話し声が聞こえてきた。
「ルーはここで待っててね?!」
井戸に戻ると、荷車を引いたシスター達が、野菜の籠を降ろしている所だった。
「おはようございます!」
「え??あぁ…おはようございます……」
シスター達は驚いた様子でリナリアを見つめた。
「お野菜ありがとうございます!いつも皆様が運んで下さるのですか?」
「え?えぇ、南側の菜園で収穫した物や仕入れた物を、毎朝運んで参りますのよ…」
「まぁ菜園?!見せて頂くことはできますか??」
「……担当の者が誰かしら作業してるから、声を掛けて貰えれば……」
「ありがとうございます!ぜひ見学させて下さい!あ、籠下ろすの手伝いますね?!」
そう言ってリナリアは野菜籠を抱えるとひょいひょい降ろしていった。
「それじゃ、私達はこれで………」
「ありがとうございました!…さぁ、そろそろ朝ごはんができたかしら?」
空の荷車を引いて行くシスター達に手を振ると、今度は鍋の様子を見に行く。
「火は通ってるわね……?うん!上出来!!ルーも食べよう!?」
柔らかく蒸し上がったハト肉を半分にむしって片方をルーに渡すと、リナリアも豪快にかぶりつく。
噛むたび肉汁が溢れてきて、蛋白な肉質なのに濃厚な旨味が絡んで食べ飽きない。
「うーーーん美味しい!肉がしっかりしてるわ!兄さんが獲ってくるのより味が濃い気がするわね!」
ルーも夢中で骨ごとかじっている。
「ガフッ!ガフッ!!」
「食べたら畑の続き……もしたいけど、また何か言われる前にあの野菜洗っちゃおうかな…」
ルーが森に戻るのを見送ってから、井戸の水を桶にザブザブ出して野菜を放り込んでいく。泥を落とし擦っては皮を剥き、籠がいっぱいになったら厨房へ運び、それを繰り返していると、誰かが洗い場から顔を出した。
「ねぇ、昨日来た新人ってあんたの事?!」
ブロンドの髪を後ろで一つに縛り、エプロンを着けた灰紫色の瞳の女性が、フライ返し持ったままリナリアに向かって歩いてきた。
「私、ドロシー。北の塔で料理番させられてんの!
昨日はやたらキレイな野菜が届いたんで、誰かサボって他所の子でも脅してやらせたのかと思ったけど、どうやら違うみたいね!」
「初めまして、リナリアよ!ちょっと訳ありでここに連れて来られたの」
「アハハッ!訳無く来るヤツなんかここには居ないよ!それよりもその野菜!すごい助かるよ!ご令嬢方じゃまず井戸の使い方すら分かんないからね!初めはみんなここで野菜洗わされんの!」
「そうなの?」
「そうそ!だいたいはまともに出来なくて自分がどれだけ下っ端か思い知らされんだけどね、おかげでいっつも洗い直したり野菜ダメにされたりで二度手間なことが多いんだけど、あなたすごい手際がいいじゃない?!どっかでやってたの?」
「家はみんな普通にしてたよ!?使用人もコックもいたけど、食べるのは自分達なんだからって子供の頃からね!」
「いいね!そういうの。私は親が宮廷の料理番だからって下拵えとか叩き込まれてたんだけどさ、まぁちょっとヤラカシたらここで下積みしろって放り込まれちゃった!」
「そういう経緯のある人もいるのね?!毎日大変じゃない?」
「まぁでも、ここはそんなに大勢って程じゃないしね、大鍋料理のレパートリーさえあればなんとかなるよ」
「そういえば、まだここの人達の顔は見てないわ。まずいかしら?」
「そういや点呼で居なかったね。マリーが迎えに行ってやったのに新人が来なかったってカリカリしてたよ。まだ見逃されてるけど、その内点呼に来ないと罰則付くから気をつけな?!」
「教えてくれてありがとう!」
「こちらこそ!わかんない事があったら聞いてよ、いつも厨房に居るからさ!」
「あ、そうだ!勝手にお塩とお鍋を持ち出しちゃったから謝らないと!」
「塩?別にいいけど、鍋もやたらあるし気に入ったのしか使わないから、でも何に使ったの?」
「夕飯と朝ご飯作ったの」
「え?どこで?」
「外でよ?!」
「ぷっ…ハハハハハハッ!!!イイね!あなたオモシロいわ!気に入った!!ねぇ、友達になりましょ?!」
「嬉しい!こちらこそよろしくね!」
こうして修道院で二人目の友人ができたリナリアであった。




