プロローグ
「何がどうなってるのかしら?」
リナリア・ボーデンは質素な馬車の中で呟いた。
隣領の祝い事に招かれた兄が、帰りがけの道中で金鹿を見つけ、半日かけて追い詰めようやく仕留めたと連絡を寄越してきたので、大急ぎで道具を荷馬車に詰め込み、留守を他の兄弟に任せて走ってきたというのに。
(みんな心配してるでしょうね…道具は無事届けてもらえたかしら…にしてもこの馬車はどこに向かっているのかしらね…?)
突然現れた王都の兵士達に囲まれて、荷馬車から引きずり降ろされ、あれよあれよという間に別の馬車に詰め込まれ、訳も聞かされず何処かへ運ばれて行く。
青空の広がる穏やかな昼下り。ゴトゴトと揺れる馬車の中には、シンプルなドレスに見を包んだ泣きそうな顔の少女がひとりと、田舎娘丸出しのエプロンスカートに薄汚れたブーツのリナリアが乗っていた。
「ねえ、私リナリア・ボーデン。あなたの名前は?」
リナリアが尋ねると、少女はビクッと肩を震わせおどおどと応えた。
「あ…あの…わ…たし…メリッサ…ハウアー…」
「ハウアーって、ハウアー子爵の?」
「あ…えと…いいえ…もう家名はなくて……その…ただのメリッサ…よ…」
「どういう事?」
「……捨てられたのよ…私は…もう…ハウアーを名乗ることはできないの…」
「…ごめんなさい…悪いこと聞いちゃって…」
「いいのよ…あそこに連れて行かれる人達なんて、皆そんなものでしょうし…」
「え?皆って?この馬車がどこに行くのかあなた知ってるの?!」
「え?」
「え??」
「あ…あなた何も知らずにあの場所に行くの?」
「あの場所って…?」
「…ボロネーズ修道院よ…名前くらい聞いた事あるでしょう…?」
ボロネーズ修道院。
辺境の更に奥、魔の森の境に建てられた元要塞跡地に造られた別名“永遠の監獄”。入ったら二度と出られない貴族令嬢の墓場と呼ばれ、そこに送られた令嬢は死を選ぶよりも辛い目に遭うと言われている…
(っていうか、うちの領地じゃない?!)
こうして、何がなんだか分からないまま、リナリアはもと来た道を知らない馬車に乗って更に奥まで進んでいく事となったのだった。




