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8.視察1

馬車を降り、少し歩いて門をくぐる。

その先にあったのはブドウ―――ではなく、ボトルのような形をした木。

高さは5m程で、それがいくつか等間隔に並んでいる。


「これが······ですの」


ワインの木がある。そう認識はしていた。

しかしどこか頭の中ではブドウと似たものを想像していた俺は、あまりの違いにそれ以上言葉が出てこなかった。


(どうやったらこんな形なるんだ?)


地面から半分ぐらいまでは幹が太いのに途中からなぜか細くなり、一番上の注ぎ口のような箇所から数本枝分かれした短い枝。そこに数枚の葉が付いているだけ。なんともおかしな木だ。

立ち止まり、呆けた顔で木を見つめる俺の背中をライアンが手のひらで軽く叩く。


「ほら、急ごう」

ライアンに促され先へ進むと、木の前では既にロバートさんと本日の案内人のバーンが話し込んでいた。

バーンは数年前までモアリス家の執事で、あの厳しいアンが尊敬するほどの人物らしい。

『酒と共に暮らしたい』と早々に弟子に引継ぎ、今は領内のワイン管理責任者として過ごしている。

なんとも俺と気が合いそうな人だ。



挨拶を済ませ、木を観察する。

近くに来るまで気付かなかったが、真ん中から上のあたり―――幹の細い部分に1本だけ枝が生えていた。

その枝先は少し切られていて、赤黒い色をした液が下にある容器にポタポタと落ちる。


この液をろ過させたものが、俺達が口にしているワインだ。

枝は数ヶ月後にはまた伸びる為、木をいくつかのグループに振分けて状態を確認しながら作業しているとバーンは教えてくれた。

(他に方法がなかったとは言っていたが······なんか違う気がする)

作業員達を見ながら、俺は違和感を感じていた。


「はい、これ」


ライアンにカップを手渡され、2人で幹に寄りかかる。

採れたばかりのワインは、ほんのり木の香りがした。

口の中に入れると昨日飲んだ味より少し塩気があるように感じる。海に近いわけでもないのに。


「俺はこっちの塩気が残ってるほうが好きだな」

僅かに残ったワインを見上げながら呟く。

「······塩気なんてないけど?」

唇から空になったカップを外したライアンが不思議そうな顔をする。

(えっ?まさか気のせい?)


再びカップに口をつけ、飲み干す。

やはり僅かに塩分が含まれている。それに―――


その瞬間『チクリ』と胸の辺りが痛んだ。


「······」

「どうかした?」

胸に手を当てる俺に、ライアンが声を掛ける。

「いや······何でもない。ほら、次いくぞ」


その後、俺達は作業員に話を聞いたりしながら現状を確認した。


―――――


「皆、モンスターがいないことを気にしている様子だったね」


一か所目の視察が終わり、今は馬車の中。

バーンも入れた4人で、それぞれ仕入れた情報を報告しあう。


「お、わっ、私のほうも同じだ······ですわ」


「お嬢様。お話は旦那様より伺っておりますので、いつも通りにお話しください」

つい口調が戻ってしまう俺に、バーンが優しい目をして告げる。

どうやら、挨拶した瞬間にバレたようだ。さすが元執事。

『じゃあ、もっと早く言ってくれよ!』という気持ちは心の中に留めた。


「ではお言葉に甘えて······実は、他に気になることがあるんですが」

俺は先ほど味見した時に感じたことについて説明する。

しかし2人もライアンと同じで、塩気なんて感じなかったらしい。

バーンは今までに何度もチェックをしてきたが、そんなことは一度もないと言っていた。俺だけがおかしいのか?


「ん~、リョウだからわかる······とか?」

考え込んだ表情のままライアンが呟いた。

「いや、バーンさんも感じたことないなら俺の気のせいかもしれない」

さすがに3人の意見が同じだと、俺も自信なくなる。


「結論付けるのはまだ早い。次は私達も確認してみよう」


―――そして馬車に揺られ、数時間後。



「またお前か。休日まで俺のストーカーか?」


馬車を降り、振り返るとそこには後ろに友人(配下?)を引き連れたロイ。



うわぁ······やっぱ俺ツイてない。

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