7.出発
部屋では2人がお茶を飲みながら談笑していた。
「なにか面白いことでも?」
ソファーに腰掛け訊ねると、ロバートさんが俺を見て笑いを堪えるようにして答える。
「今日の君の様子について報告を受けていたんだけどね······っふ」
最後堪えきれずに声を出してしまい『失礼』と付け加えたが、肩は上下に動いていた。
(おい!情報駄々漏れかよ!)
隣を見ると悪びれる様子もなくライアンが言い放つ。
「一人娘の学園生活を心配する叔父上には報告する義務があると僕は思うんだよね~」
(ぐっ······それを言われてしまうと何も言い返せない)
悔しそうにライアンを見る俺に、笑いがおさまった様子のロバートさんが声を掛けた。
「まぁまぁ、落ち着いて。君が居ないのに本題に入るわけにはいかないからね」
ロバートさんは控えていたメイドにお茶の合図をすると、真面目な顔つきに変わり話し始める。
俺も頭を切り替えるよう背筋を延ばし耳を傾けた。
今回は領地内で管理している現場のうち2ヵ所を見ることになるらしい。
午前中は初日に俺が飲んだワインを出荷している地域。午後はそこよりも味の劣化が少し進んでいる地域へ行くそうだ。
「馬車での移動になるが、リョウは馬車揺れは体験したことあるかい?」
以前俺のいた世界を説明する際に馬車ではなく自動車という乗り物があると説明したことがある。揺れもなく、馬車より速いということも。
なので揺れで酔わないか確認したのだろう。
「馬車には乗ったことありませんが乗馬経験はあるので問題ないと思います」
「そうか。それなら問題なさそうだ」
ひとまず安心したロバートさんは話を続ける。
ちなみに、移動に魔方陣を使用しないのか尋ねたら『どこでも設置出来るわけじゃないんだよ』と言われた。
確かに普段使用しているなら表にある馬車は不要だよな······。
「しかし困ったねぇ」
ロバートさんが『う~ん』と悩むように人差し指でこめかみを軽く叩く。
最近気づいたのだが、ロバートさんは何か考えている時よくこのポーズをする。
先日この件を俺に話す前も同じことをしていた。まぁ癖なんだろうな。
「なにか気掛かりなことでも?」
「実は今回行く場所がブランシュ家領地との境目付近なんだよ」
領地の境目だとなにか問題があるのだろうか?
すぐにピンとこない俺にライアンが助け船を出す。
「今日教室で話したじゃないか。ロイ·トールズ·ブランシュ」
「ロイ·トールズ·ブランシュ······あ~、アイツか!」
ロバートさんは俺の後方をチラリと見て紅茶を一口飲んだ。
父親のブランシュ侯爵には連絡を入れてあるので問題はないが、息子は最近よくモンスター狩りをしているらしい。
今日の話を聞いて万が一のことを考えたようだ。
「遭うことはないと思うけど一応······ね」
なるべく面倒に巻き込まれないようにしたいのだと、彼の表情から読み取れた。
「僕も一緒に行くから心配しなくていいよ。何かあっても一応僕も侯爵令息だからね。歴史はこちらの方が古いけど。
ライアンは『任せろ』と言うように胸に手を当て頷いた。
「お前イイやつだな」
今日一緒に過ごして感じた。ライアンは『面白そうだから』と傍観することもあるが、本当に困ってる時は助けてくれる。実際授業中も何度か助けられた。
「ありがとう。僕を誉めてくれるのは嬉しいけど、そのせいで君が叱られるのは·········ごめんね」
「ひぃぃ」
ライアンの謝罪とほぼ同時に、突然後方から小さな悲鳴が聞こえる。
(······まさか)
恐る恐る振り返ると、近くに控えていた新人メイドらしき人がアンの形相に思わず声を出してしまったらしい。
(ヤバい、詰んだ······)
その夜、ソフィアからも報告を受けたアンに呼び出され―――案の定、俺はアンにこっぴどく叱られた······くすん。
――――――
翌日もなんとか授業を終え帰宅し、いよいよ視察当日。
ちゃっかり前日に泊まっていたライアンも一緒に馬車に乗り込み出発する。
「ふわぁぁぁ」
馬車の中は3人だけということもあり、ライアンが大きな欠伸をした。
「着くまで1時間ほどあるから寝て構わないよ」
「じゃあ少しだけ······すみません」
ライアンはそう言って窓枠近くに体を預けると目を閉じた。余程寝不足だったのかすぐに寝息が聞こえる。
ロバートさんが隣に置いてあった資料を手に持ち見始めたので、邪魔をしないよう窓の外に目を向けた。
50分を過ぎた頃、ライアンが目を覚ます。
「んん~」
丸まっていた背中を起こして伸びをする。だいぶスッキリしたようだ。
「そろそろ到着するよ」
資料を見ていたロバートさんは外を確認すると降りる準備を始めた。
「よし!」
両手で顔を叩いて気合いを入れる。帽子を被り、気持ちを令嬢モードへ切り替えていく。
今日は案内人として現場責任者が同行するため馬車を降りた瞬間からボロが出ないよう注意が必要だ。
学園では特に問題はなかったが、試飲もあるようなので素が出ないよう気を引き締める。
そうこうしているうちに目的地へ到着し馬車の扉が開く。
「さあ、行こうか」
ロバートさんが先に馬車を降り、次にライアンが外に出る。
「段差に気をつけて」
振り返ったライアンが差し出した手を取り、地面に足を着けた。




