第二十一章「若獅子祭」(20)
20
「デュラハンってアレだろ? 廃屋敷でお前とアンナリーザが倒したっていう……」
「倒したっていうか、日の出のおかげで助かったというか……」
ルッ君の問いに、僕が答える。
今は白昼だけど、大広間は屋内な上にデーモンロードが撒き散らす闇の瘴気が立ち込めていて、首なし騎士の活動条件としては十分なようだ。
「でも、どうしてそんなものが……それも二体も……」
「つまりアイツの仕業だったってことだよ」
僕はユキに答える。
「ユリーシャ王女殿下誘拐の首謀者……」
メルのつぶやきに、僕はうなずいた。
「前宰相ベイガンは、ジルベール大公に操られるかそそのかされるかしたんだろう。ユリーシャ王女殿下が幽閉された状態で政敵であるベイガンを首謀者として失脚させれば、その間に宮廷内の実権を掌握でき、その後王女殿下を救出すれば、ジルベール公爵家に逆らえる者は誰もいなくなる」
「それを全然関係のないあんたがあっという間に宰相を捕まえて王女殿下を救出しちゃったもんだから、すべての計画が台無しになったってわけね……」
ユキがしみじみと言った。
「すぐに救出された王女殿下はアルフォンス様を陛下に推挙してさっさと後任に決めてしまわれた。王女殿下と付き合いが深く官僚たちからの人望が厚いアルフォンス宰相閣下の支持勢力は、むしろ前宰相ベイガンの頃よりも強大になってしまった」
「それで息子を若獅子にして婚姻政策を推し進めようとあんたに毒まで盛ったのに、若獅子の称号はまんまとあんたに取られ、あげくの果てに過去の罪やら支配の王笏を悪用していたことまで暴かれちゃって……、そりゃデーモンロードにもなるわ……」
ユキが妙にしみじみと言った。
「な、なんだアレは……!?」
「だから言っただろう?! 今は緊急事態なんだ!!」
ふわふわの髪の毛も制服もぐちゃぐちゃになりながら、ヴェンツェルが大広間にやってきた。
ヴェンツェルを取り押さえようとした衛兵たちがデーモンロードの魔力の波動を受けて動けなくなったのを、無理やりずるずると引きずりながらここまでやってきたらしい。
「ヴェンツェル!!」
「べル! メル! 受け取ってくれ!」
駆け寄ってきたヴェンツェルが僕に小鳥遊を、メルに青釭剣と盾を渡した。
「ヴェンツェル、よーしよしよし」
「わ、何をする! 今はそれどころじゃ……」
僕は衛兵をひきずったままのヴェンツェルの頭をごしごしと撫でた。
「映像魔法を見た人たちの援軍が来る可能性は?」
「残念ながら期待できない。大公の変身は王笏の力を解放したためだ。陛下や王女殿下、帝国元帥閣下などの特別な力を持つ者や君の影響を受けている僕たちはともかく、常人はこの衛兵たちのように、魔力の波動を受けると動けなくなるようだ」
「観客の中には金星冒険者のミスティ先輩たちもいた。あの人たちなら大丈夫そうじゃない?」
僕が言うと、ヴェンツェルは静かに首を振る。
「君の言う通り、すでに名うての冒険者たちが駆けつけていたようだが、城門に強力な闇の結界が張られていた。事前に用意されていたものらしく、解除には何時間もかかるだろう。大公はおそらく、いずれ事を起こすつもりだったのだと推察する」
「僕らでやるしかないってわけか……」
ヴェンツェルはうなずいた。
「ベルゲングリューン伯よ、そちらは頼めそうか?」
「はっ、陛下。なんとかやってみます」
銀色に光る両手剣でデーモンロードの連撃を受け止めるエリオット陛下に、僕は答える。
エリオット陛下の体格は、ベルンハルト帝国元帥のように筋骨隆々ではない。
戦っている時のお顔は精悍な超一流の冒険者そのものだけど、体格は小太りのおっさんにしか見えない。
いったい何をどう修行したら、あんな重そうな両手剣を片手剣のように振り回せるんだろう。
「ははは! ずいぶん謙虚ではないか。そなたは一度、ユリーシャ救出の際にデュラハンを倒したのであろう?」
「時間切れまで粘っただけです。本気で死ぬかと思いました」
「今のそなた達はあの頃とは顔つきが違う。自信を持て。それに、そなたは誉れ高き若獅子なのだぞ」
「はっ」
「……一つだけ言っておく。大公の息子と戦った時のアレは使うなよ?」
「へ?」
きょとんとする僕に、エリオット国王陛下……、いや、英雄エリオはやれやれと肩をすくめた。
「お前の強さがレベル1だとすると、あの時のお前の戦いは、レベル50くらいに無理やり引き上げる戦い方だ。どうやったかは知らんが、あんな戦い方を続けていては脳が焼き切れるぞ」
僕はギルサナス戦で感じた脳髄の焼けるような感触を思い出してゾッとした。
レベルというのはよくわからないけど、たしかに戦った後の疲労感は尋常じゃなかった。
(レベル……、レベルか……。わかりやすい考え方だ)
偽ジルベールがさっき言っていた言葉を思い出す。
「侍やニンジャといった上位職業は、当然ながら伸び代の大きさは一般職業の比ではないが、その分成長速度が非常に遅く、同時期に修練を積んだとしても、成長が早く先に数多く技能を習得する一般職業に遅れを取ることが少なくないという」
ましてや、唯一職業である君主をいわんや、か。
つまり、僕がレベル1だとして、レベル2になるのに必要な鍛錬で戦士はレベル20とか30とかになるっていうことだろうか。
(それって、僕がレベル10とかになる頃にはおじいちゃんになっているんじゃ……)
「お前の力の本質はそこではない。他の者に無理して追いつこうとするな。お前はレベル1だからこそ賢く、工夫し、強いのだ。そういう戦い方を今から身につけておけ」
「あのー、今は命がかかっているので、今回だけでもアレを使うというわけには……」
「許さぬ」
英雄エリオは急にエリオット国王陛下の顔と口調で言った。
使い分けずるい。
「命がかかっているのはアレを使っても同じだ。そなたはデュラハンと戦って死ぬかもしれんが、死なんかもしれん。だが、あれほどの立ち回りの後で再び今アレを使えば、私の見立てが正しければ、そなたは確実に死ぬ」
「え……」
「わかったな? 使用を禁じる。これは王命である」
そう言いながら、デーモンロードが吐き出した灼熱の炎の息を、エリオット国王陛下はマントで受ける。
ただ王者の象徴と思われたマントは炎の息を完全に無効化して、吐き終わった直後の無防備なデーモンロードに連撃を繰り出した。
『まつおさんよ……、死ぬでないぞ』
『王女殿下こそ、どうかご無事で』
僕は王女殿下にそう答えてから、みんなの方を向いた。
さて……、どうするか……。
デュラハンたちはすでに魔法陣から半分以上の姿を現し、間もなく現界を終えようとしている。
(ヴェンツェルが取り返してくれた小鳥遊と青釭剣で僕とメルは戦える。キムは盾さえあれば護衛ができるし、ミヤザワくんとアリサは魔法が使えるけど……、1体相手が精一杯だな……。せめてもう2人いれば……)
兵士の中で魔法剣を所持しているのはさっきデーモンロードに斬りかかった近衛兵たちだけのようだ。
……圧倒的に人手が足りない。
そんなことを考えていると、貴賓席でベルンハルト・フォン・キルヒシュラーガー帝国元帥閣下がじっとこちらを見ているのに気がついた。
僕が見たのを確認すると、帝国元帥閣下は厳かに立ち上がった。
(やはり王笏なんてあの人には通用しなかったか……、さすがだな)
他国の要人が参加するわけにはいかず、様子を見ていたといったところだろうか。
ベルンハルト帝国元帥閣下は無言のまま佩剣していた長尺の刀のような武器を抜き取り、鞘ごとこちらに放り投げた。
「おわっ……!」
ずし、と腕に来る重さ。
だけど、見た目よりはずっと軽い。
(武人は剣と目で語るもの……、か。すごいぜ、パパゾフィア)
「ゾフィア、これを! お父上からだよ!」
僕はベルンハルト帝国元帥閣下から受け取った武器をゾフィアに渡した。
「こ、これは……、小烏丸……。父上が戦場で片時も手放さなかった愛刀を私が……」
ゾフィアが震える手で黒鞘を腰に差し、その刃を抜いた。
太刀と呼ばれる、刀よりもさらに長く重い刀身。
本来、太刀は馬上での戦いを想定して作られたものなので、反りが強いものがほとんどだが、小烏丸というその太刀の上半身にはほとんど反りがなく、まっすぐと伸びた切っ先は、刀としてはめずらしく両刃になっている。
その刀身は、ぞっとするほど美しい。
「鋒両刃造というのだそうだ……。東方の王国セリカで現在の刀が定着するはるか古代は直刀であったため、刺突攻撃が基本であったのだが、やがて切断を目的とする湾曲した形に変化していった。これはその過渡期に作られたとされる宝刀で……、この太刀自体が宝具だ……」
ゾフィアは父親が込めた想いを汲むように、数瞬の間だけ瞑目した。
「扱えそう?」
「正直言って、私が扱うには少々骨が折れそうだ。扱ってみせよという父上のお達しなのだろうが……、北方の蛮族を制圧する時、父上はこれを馬上から片手で振り回していた……」
実際、ベルンハルト帝国元帥閣下はなんでもないように片手で放り投げていたけど、ゾフィアはそれを両手で持つのがやっとという感じだ。
これを片手で振り回すのか……、むちゃくちゃだ。
「さて……、やるか……」
魔法陣から完全に現界したデュラハン2体を見据えて、僕は小鳥遊を抜き放った。
(最初に見た時は恐ろしくて仕方がなかったけど……、いや、今も恐ろしいけど……)
僕は巨躯の首なし騎士を見上げた。
これに「レベル1」のまま戦えとは……、国王陛下も無茶なことをおっしゃる。
だが……、やるしかない。
「ミヤザワくん、デュラハンには魔法が通るからアリサと戦闘準備をお願い! キムは二人の護衛を頼む!」
「わかった!」
「わかったわ!」
「了解!」
「それ以外の生徒は、アルフォンス宰相閣下や貴族たち、貴賓客、近衛兵など、動けない連中をなるべく退避させてくれ! みんな武器も防具もないんだ、無理はしないでね!」
ようやく足のしびれから立ち直った花京院とジョセフィーヌもみんなと合流して、それぞれが動けない人たちの避難に動き始める。
……ただ、偽ジルベールだけは動かなかった。
「閣下?」
偽ジルベールは、ヴェンツェルが引きずっていた衛兵が右手に握っている槍斧をもぎ取ると、僕を見て笑った。
「魔法武器がなくとも、『馬』であれば物理攻撃は通るのであろう?」
「……僕が女子だったらあやうく胸キュンするところだったよ、閣下」
なんて心強いやつなんだ。
「私もやるわよ。もともと私は徒手格闘が専門なんだから」
指をぽきぽきと鳴らしながら、ユキが言った。
半身に構えて、トーン、トンと、独特のフットワークでリズムを取り始める。
「ユキ……、もう服は破かないでね」
「バカ」
「突撃、来るぞっ!!」
キムが叫んだ。
僕たちの身の丈をはるかに超える大きさの黒馬が高らかに前足を上げて嘶いた。
昏く赤い光を宿した瞳をぎらつかせ、鼻からフシュウウウウウ!!と吐いた息が燐のように青白く燃え上がる。
「ベル、まともに受けたらダメよ。私たちには防具がない」
「厄介だ……二体同時に来る気だな……。ミヤザワくん、アリサ、先にくる一体の突撃を弱められる?」
「了解!」
「わかったわ!」
無詠唱で聖なる矢を連続で撃てるアリサは、ミヤザワくんの詠唱にタイミングを合わせる。
大広間の石畳を震わせて、2体の首なし騎士がこちらに向かって騎馬突撃を開始し……。
「火球」
「聖なる矢」
二人の魔法攻撃が先頭の首なし騎士に向かって放たれ、命中しようとしたその瞬間……。
「なっ……!」
「飛んだ――ッ?!」
首なし騎士が手綱を引くと、巨大な黒馬は一際高い嘶きと共に驚くほど高く跳躍し、二人の魔法を回避する。
ザシュ――ッ!!
「ッ――!!!」
あまりもの痛覚に、一瞬視界が真っ白になった。
跳躍から一気に僕の懐に入った首なし騎士の両手剣が、僕の肩口をざっくりと切り裂いた。
若獅子祭の召喚体で感じた痛覚とはまた違う、現実の痛み……。
決してやり直しのきかない、「死」への恐怖。
「まっちゃんっ!!」
「ベルっ!!」
「殿っ!!!!」
「っ!!!」
みんなの悲痛な叫び声を感じながら、僕は歯を食いしばって痛覚を抑制して、崩れる体勢に逆らわずに後方に吹き飛びながら、渾身の力を振り絞って小鳥遊を振るった。
シュパァァァッ、という確かな切れ味と共に、首なし騎士の黒馬の首に渾身の斬撃が命中する。
頸動脈を切断された黒馬からシャワーのように鮮血が噴き出した。
鮮血といっても、赤い血ではない。
屍肉からにじみ出るような、黒い血。
(この程度じゃ倒れないのかよ……っ……)
普通の馬であれば確実に致命傷なはずの傷を負いながら、黒馬はそのまま首なし騎士を乗せたまま僕の横を通り過ぎ、距離を取った。
「ベルくん! 今すぐ回復魔法を……」
「ダメだ! もう一体を攻撃して!すぐにもう一体が来る!
慌てて駆け寄ろうとするアリサに僕は叫んだ。
回復魔法を詠唱する時間はないし、前に出たらアリサが自身が危険だ。
それでなくても人員が足りない。
首なし騎士2体相手に、アリサが攻撃に回らないとジリ貧になってしまう。
それがわからないアリサじゃないはずなんだけど、今のアリサはいつもより冷静さを欠いている。
廃屋敷で遭遇した首なし騎士がトラウマになっているのだ。
「で、『ベルくん』っていったい……」
「なによ、いいでしょ! みんなあだ名で呼んでるんだから!」
緊張したテンションで怒ったようにそう言ってから、アリサはくすりと笑った。
よし、いつものアリサに戻った。
「来るぞ!!」
もう一体の首なし騎士も僕を目掛けてやってくる。
(まいったな……、肩の傷が思ったより深手で、とっさの回避が間に合いそうにない……)
そんな僕を察知して、メルが僕の前に移動する。
「メル! ダメだ! その盾で正面からデュラハンの攻撃を受け止めちゃ!!」
「で、でも、あなたがっ!!」
何が何でも僕を守ろうとするメルを押しのけようとしたその時。
「ッエエエエエエエィ!!!!」
騎馬突撃をする首なし騎士と僕たちの前に偽ジルベールが立ちはだかり、大広間に響く雄叫びと共に、渾身の力を込めて槍斧の斧刃を横薙ぎに振り抜いた。
槍斧の斧刃が黒馬の眉間に深々と突き刺さる。
致命攻撃の感触。
「何……っ!!」
だが、黒馬は眉間に斧刃が突き刺さったままひるまずに前進し、偽ジルベールの膂力と黒馬の圧力に負けた槍斧の柄が、半ばからバキッ、と音を立てて折れた。
「まだまだっ!!!」
それを見たユキが右側面から首なし騎士に飛びかかる。
左手一本で両手剣を握るデュラハンの手綱を握る右手側なら安全だと思ったのだろうが……。
「ユキっ! あぶないっ!!」
デュラハンは突然手綱を握ったまま曲芸師のように跳躍して鞍から下半身を離し、上半身を左回転させながら両手剣でユキの首を刎ねようとした。
「あたしを……、ナメるなぁああっ!!」
ユキは疾走するスピードをそのままにスライディングのような体勢で低く跳躍して、その斬撃をかわすのと同時に、黒馬の右の後脚の膝の真正面に体重の乗った渾身の飛び蹴りを叩き込んだ。
ゴキリ、という関節が折れるような嫌な音を立てて、黒馬の動きが止まる。
その隙に、ユキは着地姿勢のまま後ろに飛んで距離を取った。
「す、すっげ! ユキすっげ!」
あらためてユキの徒手格闘のすごさを思い知らされて、僕は思わず称賛した。
「アンデッドだかなんだか知らないけど、『骨』は大事みたいね」
明らかに動きが鈍くなった黒馬の様子を見て、ユキは言った。
「ま、まぁ、骨だけの『骸骨戦士』ってアンデッドもいるぐらいだからなぁ」
偽ジルベールとユキのおかげでようやく攻略の糸口のようなものは見えたけど、状況が圧倒的に不利なのには変わりない。
何より、ユキのあの攻撃もほとんど捨て身に近い。
あの曲芸みたいな斬撃を思い出しただけで、背筋がゾクゾクする。
動きが多少鈍くなったとはいえ、痛覚がないのか、漆黒の巨馬は後脚を引きずりながら平然と走っている。
「再突撃、くるぞ!!」
キムの声で僕は向き直る。
最初に突撃した馬が助走を付けて、すさまじい勢いでこちらに向かってくる。
(また僕狙いかよ! 一番弱いってバレてんのかな……)
手綱から手を離し、誓いを立てる騎士のように両手剣を両手で天高く掲げながら僕とすれ違ったかと思うと、その剣をくるん、と回転させ、左手で逆手に握り、そのまま後方にいる僕の首を狙って振り払った。
「うわっ、あぶねっ!」
僕はその斬撃を、すんでのとこで後ろに倒れ込んでかわすと、馬首をめぐらせ、今度はそのまま両手剣を倒れた僕に突き立ててくる。
「ちょっ、ちょっ!!」
横にごろごろ転がってそれを危機一髪で回避する。
そんな僕の脳裏に、ふと、ある疑問が浮かんだ。
(なぜ手綱を握らなかったんだ……、両手を使うから……でもコイツは左手で……あっ、しまった!!)
致命的な判断ミスをしてしまったことを確信して、僕の全身に戦慄が走る。
死を予感した脳が勝手に、走馬灯のように廃屋敷の帰りのことを思い出す。
朝陽を浴びて身体が消滅する直前、首なし騎士は腰のベルトから手斧を……!!
「っ――!!!」
僕がその意図を悟った時にはすでに、首なし騎士は黒馬から僕をめがけて跳躍していた。その右手には、僕の脳天をめがけ、すさまじい勢いで振り下ろされる手斧が……。
(この光景はいくらなんでも怖すぎるだろう……、倒れたところを首のない騎士が馬から飛び降りて斧で斬りかかってくるとか……、夢で見ちゃいそうだ……。あ、死んだら夢は見ないか……)
もう一体の首なし騎士の攻撃を受けて、近くにいたメルとゾフィアもこちらには間に合わない。
(王様のあほっ!うんこたれ! レベル1のまま戦ったから、僕の人生ここで終わっちゃったじゃないか)
せめて最期の瞬間だけは、この恐ろしすぎる光景を見届けずに逝きたい……。
僕はそう思って、斧が自分の頭に命中する直前に目を閉じた。
目を閉じても首なし騎士の恐ろしい映像が浮かんでくるので、メルとユキとアリサとゾフィアと冒険者ギルドのソフィアさんと冒険者で2年生のミスティ先輩となぜかヴェンツェルが僕に向かって微笑んでいる姿をイメージする。
げぇっ、なぜかボイド教官とガンツさんも微笑んでる。
ちがうちがう消去消去。上書きだ、上書き……。
あ、ジョセフィーヌを入れないと死後の世界までやってきて拗ねそうだから、ジョセフィーヌも入れてあげようかな。
でも、そうすると花京院も入れないとかかわいそうな気が……。
いや、花京院を入れたらボイド教官とかガンツさんを外した意味があんまりなくなってくるじゃないか。
カァァァァァァァン!!!!
「っ――?!」
甲高い金属音と、いつまで経ってもやってこない痛みに、僕はおそるおそる目を開けた。
……。
最初は、首なし騎士が同士討ちをしているのかと思った。
漆黒の鎧に漆黒のマントを身にまとう首なし騎士が渾身の力で振り下ろす斧を盾で受け止める、同じく漆黒の騎士。
その全身からは紫色の剣気が漂っている。
首なし騎士とは違って、そこには頭部があった。
美しい金髪がさらさらと流れる、端正な顔立ち。
だが、その右目の周囲は、漆黒の仮面で覆われている……。
「ギルサナス!!!!」
僕の呼びかけに、ギルサナスは振り向かずに言った。
「こんなところで死んでもらっては困るよ。まつおさん」
暗黒剣による電光石火の連撃で、首なし騎士を後退させながら、ギルサナスは言った。
「卒業したら、僕の目を取り返しに行ってくれるんだろう?」
ギルサナス・フォン・ジルベールはそう言うと、失われていない方の目で僕にウィンクした。




