第二十一章「若獅子祭」(4)
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「て、敵しゅ……」
敵襲、と言いかけた戦乙女騎士団の斥候の口元を左手で押さえつけると、草むらまで引きずり込んで一瞬で絶命させる。
完全な暗殺だ。
(もうそんな敵陣深くまで辿り着いているのか……)
ゾフィアが後方に向かって軽く手で合図すると、今まで森の景色の一部だと思っていた場所が動き、西部辺境警備隊の木こりや猟師の混成部隊がゆっくりゾフィアに追従する。
森の死神、だったっけ。
ユキが言っていた言葉を思い出して、僕は思わず生唾を飲み込んだ。
彼女と森で戦う相手が不幸でならない。
「今からこの砦を制圧する。6人は私に続け。残りは森に潜伏して斥候や追撃部隊を始末しろ」
「わかりやしたぜ、姐御」
(と、制圧?! 制圧するの?! あ、姐御って……)
話にまったくついていけなくて少し動揺したけど、やり方は任せると言ったのは僕だ。
作戦はすでに開始されているのだから、指揮官が現場に口出しすべきじゃない。
僕はあえて通信はせずに、動静を見守った。
「砦の前の守備は3人か。フッ、侮られたものだな」
斥候が殺されたことに気づかず、森に囲まれた砦の前で、戦乙女騎士団の兵士が馬を繋いで談笑している。
女性だけの精鋭騎兵、戦乙女騎士団は勇猛果敢で知られる。
日に焼けた、筋骨隆々とした身体と短く刈られた短髪の3人組に対してゾフィアは「侮られたものだ」と言ったけど、ものすごく強そうに見える。
ゾフィアは背中から素早く黒革の合成弓を取り出した。
(う、美しい……)
弓構えから打起こし、引分け、そして集中して弓を放つ会という状態になるまでの、動作のあまりにもの美しさと滑らかさ、そして素早さに僕は息を飲む。
僕の弓の腕前はひどいものだけど、士官学校の弓技講習を受けているから基本はわかる。
ゾフィアの腕は間違いなく達人の域を越えている。
(剣より弓の方が得意だったんだ……)
試合での凄まじい剣技を見て、あれがゾフィアの実力のすべてだと思っていた僕は、彼女の底の深さを改めて実感させられた。
(あれ、なんか変だぞ……)
ゾフィアの構え方に少し違和感を感じて、僕はその原因を探った。
(そうか、弓の右側でつがえているんだ……)
弓技講習で学ぶ弓の構え方だと、矢は弓の左側でつがえている。
王国の弓兵たちも皆、弓の左側で矢をつがえている。
だが、ゾフィアはなぜか、反対の右側から弓を出していた。
(そんなやり方をしてなんの意味が……)
僕の疑問はあっという間に氷解した。
ゾフィアは初弾を放つと、そのまま森の中を音もなく駆けながら二本目の矢をつがえて放ち、そのまま大木の幹を蹴って三角飛びの要領で身体を空中で反転させると、なんと空中で3本目を放った。
(す、す、すげぇ……)
それぞれの矢の連射速度は0コンマ4秒ほどだろうか。
三本すべてが戦乙女騎士団の兵士の喉笛に命中し、音もなく絶命した。
(移動しながら速射するなら、右でつがえたほうが合理的なのか……!)
ゾフィアはそんな戦果を誇るでもなく、手で合図を送ると西部辺境騎士団の兵士が接近する。
「この砦は落とした。3名はここに置いていく。3名は私に続いて次の砦を攻める。私たちが視界から消えたら城を砲撃しろ。一発撃ったらすぐに撤退して森に潜伏しろ。いいな、決して欲張るなよ? 殿から与えられた任務は城を落とすことではない」
「わかりやした、姐御」
(よかった、城は落とさないって、ちゃんとわかってたんだ)
いつも僕の話をちゃんと聞かないゾフィアだけど、こういう時はちゃんと聞いてくれているらしい。
こんなに理解力があるのに、なんで僕がクソ弱いって話になると聞く耳もたないんだ……。
僕は首を傾げながら、偽ジルベールに視界を切り替えた。
「……」
(……本当に本を読んどる……)
ジルベールは馬をつないで木の幹にもたれかかって、静かに本のページをめくっている。
視界の奥には、敵の本陣がよく見える。
……というか、予想以上に近い。
(敵陣のど真ん中で本を読んでるの……?! いったいどんな神経をしてるんだ……)
ドンッッ!!!
ヒュルルルルルルルル!!!!
ズダアアアアアアン――――ッッ!!!!!!
その時、すさまじい轟音が鳴り響いたかと思うと、巨大な鋼鉄の球が飛来して、D組の城の屋根を直撃した。
飛び散った破片やブロックが落下して、のんびり編成準備をしていた戦乙女騎士団とD組生徒たちが慌てふためいた。
「敵襲!! 敵襲ッッ!!!!」
「全軍、急ぎ砦を奪還しろ!!! これ以上奴らに砲撃を許すな!!!」
「待って!! 本陣を空けてはダメよ!!」
血気にはやる戦乙女騎士団の団長らしき女性に抗議している生徒がいる。
D組級長、アデールだ。
「ええい、それでは半騎を残す!! お前達は何をしている!! さっさと向かえ!!」
アデールの指示を聞いて、戦乙女騎士団の団長が苛立たしげに指示内容を修正した。
「ふむ、始まったか」
偽ジルベールはそれだけ言うと、再び読書を再開する。
(マイペースなやっちゃなぁ……)
ほどなくして、砦に向かった戦乙女騎士団が戻ってきた。
「砦内はもぬけの空です!! 誰もいません!!」
「まだその辺にいるはずだ!! 周囲をくまなく捜索しろ!!」
騎士団長が鋭い声で指示を飛ばしたその時……。
ドンッッ!!!
ヒュルルルルルルルル!!!!
ズダアアアアアアン――――ッッ!!!!!!
「なん……だと……」
別の塔からの砲撃がD組の城に直撃した。
先程よりも甚大なダメージを受けたらしく、城壁の一部が崩落し、内部の様子が露わになっている。
「砦に兵を回せ!! 守備を固めれば奴らは何もできん!! 本陣の半数は侵攻の準備を始めよ!」
「待ってください!」
アデールが騎士団長に叫んだ。
「敵軍は明らかにこちらの先手を取っています。おそらく陽動でこちらの防備を分散させて本陣を急襲するつもりでしょう」
アデールの言葉に、騎士団長はやれやれと肩をすくめる。
「本陣を急襲してどうなる? 城内はガーディアンが守っているのだぞ? 砦を落とさねば旗は奪えん」
「そ、それはそうですが……」
「戦場での判断は我々のほうが上だ。素人は黙っていたまえ」
苛立ちを隠しきれずに、騎士団長がそういい捨てた。
「ふん、300年の和平にあぐらをかいた兵など、素人と何が変わると言うのだ」
偽ジルベールが読書をしながらひとりごちた。
「D組級長アデール、か……」
偽ジルベールは本を置いて、指揮官としての無力感と屈辱に打ち震えるD組級長を見据えていた。
「わわ、姐御、そっちは罠だらけになっちょうけん、気ぃつけてごせな」
「問題ない。森の中で私に偽装は通用せん」
西部辺境警備隊の猟師たちが無数に仕掛けた罠の数々を、ゾフィアは事も無げにかいくぐった。
「すげぇ……、全部見えちょるみたいに罠を避けとる……」
「見えているんだよ。貴公らの方こそ、森での動きをよく理解している。森の民はさすがに違うな」
「いやぁ、姐御に比べりゃ、オレたちなんて形無しだぁ……」
そんなゾフィアたちを、戦乙女騎士団の騎兵が猛追する。
「こっちの森に入っていったぞ!! 追え、追うんだ!!」
「ふふふ……。馬を降りずに森に入るとは愚か者どもめ。私の森からは誰も生きては返さんぞ……」
森の死神の耳元でささやくような小さなつぶやきに、僕は背筋がゾクっとするのを感じた。
「森に入った部隊の消息が途絶えました!!」
「砦の守備兵が断続的に狙撃を受けています!!もう10人やられました!」
「斥候部隊が全滅!!」
偽ジルベールの視点に切り替えると、本を読んでいる彼のすぐ近くで、戦乙女騎士団の団長に次々と被害報告が入っていた。
「くっ!! これはゲリラ戦法だ!! 少数でいたらやられるぞ!! 全軍で森を制圧するんだ!!」
「それでは敵の思うツボです!!」
「アデール殿、我が軍がここまでコケにされて黙っているわけには行かぬ!! 我々は森に入るぞ!!」
アデールの制止を振り切って、戦乙女騎士団の全軍がC組を隔てた森に突入する。
「……やってくれるわね……まつおさん……」
「大丈夫ですよ、アデールさん」
長髪のD組生徒がアデールの肩に手を置いた。
「当家は由緒ある騎士の名門。麗しき姫君を守ることこそ我が本懐。騎士の誇りにかけて、あなたのことはこの私が必ずお守りします」
アデールは男が馴れ馴れしく肩に手をのせた瞬間、不快そうに眉をひそめたが、何も言わなかった。
今アデールの護衛をしているのは、彼を含めた男子生徒7人だけ。
彼女が彼女らしく振る舞うには、あまりにも心許なかった。
「ふむ、そろそろ頃合いか」
偽ジルベールは本をぱたりと閉じると馬に飛び乗り、戦乙女騎士団から奪い取った槍斧を右手と腰で支えると、本陣めがけて一気に駆け降りた。
(えっ……、その高さから馬で飛び降りるの?!)
「なっ!?」
虚空に響く馬の嘶きに空を見上げたアデールは思わず絶句する。
「D組級長アデールよ。その首、このジルベールが貰い受ける!!」
アデールの周囲の生徒が偽ジルベールを認識するより早く、彼が集団に突進させた馬で一人を轢くと、突き出した槍斧がもう一人の男子生徒の胴を貫き、引き抜いた勢いを利用して、槍の先端についた斧部分の刃で隣でうろたえる3人目の生徒の首を刎ねる。
「弱すぎるっ!! 我々の隣の教室は幼児教室であったのか?」
「て、てめぇっ!!!」
「馬だ!馬を狙え!!」
槍を持った生徒が偽ジルベールの乗る馬に槍を突き立てようとするが、彼は馬首をそらせて槍の進行方向に槍斧を突き立ててその攻撃を阻止。勢いを止められてつんのめった生徒の首を腰に指した長剣で貫いた。
かと思うと、その長剣を刺したままにして、逆手で突き刺した槍斧を引き抜いて、それを馬を狙うよう指示した生徒に槍投げの要領で投擲し、その胴体を貫通させて木に縫い付けた。
(つ、強ぇぇぇぇぇ!! めちゃくちゃ強ぇぇぇ!!)
強いとは思っていたけど、馬に乗った偽ジルベールの強さは尋常ではなかった。
アホみたいな構えで棍棒振り回してゴブリンを倒していた奴と同一人物とは、とても思えない。
騎馬が彼の本領だったのか。
あっという間に7人の護衛のうち5人を葬った偽ジルベールは、優雅に馬から降りると長剣を引き抜き、血を払って鞘に納め、残った生徒など眼中にないとばかりに背を向け、木に刺さった槍斧をのんびりとした様子で引き抜いた。
「ナ、ナメやがって!!!」
残された生徒のうち一人が、侮られたと感じて激昂したのか、背後から斬りかかろうとする音が聞こえる。
「貴公はすでに葬ったはずだが……、召喚体だと気付くのが遅れるのだろうか。ふむ」
斬りかかろうとした生徒の駆け出していた音がぴたり、と止まる。
引き抜いた槍斧の血も払い、偽ジルベールが悠然と振り返ると、いつの間に投げていたのか、男子生徒の首には投擲用ナイフが深々と突き刺さっていた。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!!!!」
残る一人……アデールの肩に手をのせていた長髪の生徒が腰を抜かして何歩も後ずさり、アデールを残したまま、奇声を上げて逃げ去っていく。
「……やれやれ、由緒ある騎士の名門、ではなかったのか?」
興が失せた、とばかりに、逃げ出した長髪の生徒を追いかけもせず、偽ジルベールはただ一人残されたアデールの前に近づいた。
「C組は貴方みたいなバケモノがたくさんいるのかしら? それとも貴方が特別なのかしら」
偽ジルベールはその問いには答えず、ただ告げた。
「我が伴侶となることを前提として、私と交際する気はないか。アデールよ」
(……はい?)
僕は思わず心の中でつぶやいた。
アデールもそんな顔をしている。
「貴様はとても美しい」
「女を評価するのに美醜以外の基準はないのかしら? あなたも他の男達と同じなのね」
がっかりした、という風に肩をすくめるアデール。
だが、偽ジルベールは怯みもせずに、言った。
「当然だ。私はまだ貴様のことを何も知らん。我が友が貴様を認めるが故に最も警戒し、私に城など無視して最速で首を取りに行かせるほどの器量があるということ以外には、美しさしか知らん」
「美しいだけで交際を求めるの? お飾りのような女がお好み?」
「見た目が美しい女は貴様以外にもたくさんいる。むしろ貴様の見た目は好みが分かれよう」
「あはは……、失礼な男ね」
「私が美しいと思ったのは貴様の有り様だ。気高い理想を持ちながら、理想に逃げることは決してしない」
偽ジルベールの言葉に、アデールが軽く首を傾げた。
汗で額にはりついた赤髪をかきわけると、意志の強い鳶色の瞳が露わになる。
「……どうして、そう思うのかしら?」
「戦乙女騎士団長の判断を愚策と知りながら、あえて強引に指揮権を行使しなかった。貴様の性格からして遠慮したわけではあるまい。忠言の末に半壊でもすれば与し易くなろうと判断したのであろう」
「……驚いた。どこから見てたの……」
「先程の似非騎士が貴様の肩に手を置いた時、貴様は不快に思いながらそれを払おうとはしなかった。貴様さえ生き残っていれば勝機ありと考えていたのだろう」
「……」
「賢い女は嫌われる。お前は男から嫌われる女だ」
「そうでしょうね。女に何かを言われたら矜持が傷つけられちゃうみたい」
「そうではない」
偽ジルベールはきっぱりと言った。
「並の男ではお前の賢さは理解できまい。男に限らず、人は未知のものを恐れる。男は皆、お前の知能を恐れているのだ」
「……」
「返答を聞こう。私と交際する気はあるか?」
「質問を質問で返して申し訳ないのだけど……、交際を申し込む相手の首を刎ねるわけ?」
「我が生涯の主君と決めた男に頼まれたことだ。許せ」
「ふふ……、いいわ。試してあげる」
アデールはにっこり笑って、ジルベールに我が身を差し出すように両手を開いた。
(キャー!!!!!! 閣下かっこいいいいいい!!!!)
遠見の魔法を解除した僕は、ジョセフィーヌのようにじたばたとその場で悶絶してしまった。
D組級長、アデールが若獅子戦の舞台から下りた。




