第二十一章「若獅子祭」(2)
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「第三十四回若獅子祭開催をここに宣言するッッ!」
エリオット国王陛下が右手を上げると、大歓声と共に壮大なファンファーレが会場全体に鳴り響いた。
「眠れる獅子の子らよ!! 今こそ諸君の猛勇を世に知らしめ、若獅子の栄誉を勝ち取るのだ!!」
「オオオオオオオオオ!!!」
国王陛下の呼びかけに呼応するように、生徒たちが雄叫びをあげた。
出来レース、と真ジルベールは言っていたけど、Bクラス以外のどのクラスも生徒たちからやる気がみなぎっている。
「やっぱり、お祭りだもんね」
それに、僕にはわかる。
皆がなんとなく予感しているのだ。
今年は、とんでもない番狂わせが起こるかもしれないと……。
「「「「映像展開!!!」」」」
詠唱を続けていた魔法講師たちが一斉に術式を展開して、会場いっぱいに投影魔法による映像が表示される。
戦場全体、各組の陣地など、さまざまな角度からの映像が、複数の大画面で表示され、川の音まで聞こえてくる。
「なるほど、戦場での我々の様子はすべて観客の目に晒されるというわけか」
「こりゃ、みっともないマネはできないね」
偽ジルベールに僕が答える。
「それでは全員、配置につけぇいッ!!!」
ボイド教官の声が響き、僕たちは会場の中心で、クラスごとに整列しはじめる。
「やぁ、今の気分はどうだい?」
C組の整列場所に向かおうとした僕に、後ろから声を掛けられた。
振り返らなくてもわかる。
野犬のはらわたのニオイがする、とはよく言ったものだ。
僕は王女殿下の言葉を思い出して、ふっ、と苦笑した。
「おかげさまで最高の気分だよ。おぼっちゃま」
僕は振り返らずにそう言った。
「クックック……、そうだろうね。これから君は末代までの恥をさらして、爆笑王の名をヴァイリス中に轟かせることになるのだから」
もはや敵意を隠そうともしない真ジルベールのその言葉に、僕はヤツを軽く一瞥した。
「おや、支配の王笏は持っていないのか。……そうか、君はパパにそれほど信用されてないんだな」
「ッ――?! なぜ貴様が王笏のことを知っている?!」
「それとも毒を飲ませて安心したか……、どっちにしろ、お前ら親子の底はもう知れた」
「な、なんだと…っ!!」
「せいぜいゴマすり連中と仲良くやってなよ。連中がお前にゴマをするのも今日が最後だろうけどな。……今のうちに、パパにごめんなさいしといた方がいいんじゃないか?」
僕はそう言って、真ジルベールに背中を向けた。
「き、き、貴様ァァァッ!!!」
「そこ、何をやっているッ!! 早く自クラスの配置につけ!!」
今にも掴みかかろうとする真ジルベールを、ボイド教官が一喝した。
アホめ。頭に血が上って今の自分の醜態がどれだけの注目を集めたかわからないのか。
外面がいいのだけが取り柄だったのに。
あ、観客席でミスティ先輩がこっちを見て笑ってる。
「各自腕輪を装着!! 級長は指輪もはめよ!!!」
ボイド教官の指示で、僕たちは腕輪を左腕に一斉にはめた。
僕はそのまま、級長の証である指輪を装着する。
この指輪には2つの魔法付与がかけられている。一つはガーディアンを操作する力。もう1つは、腕輪をはめた自クラスメンバーの様子を遠くから見ることができる力だ。
「それでは……、若獅子戦、はじめっ!!!!」
ボイド教官の号令と共に、次々と腕輪をはめた生徒たちの姿が消えて戦場に転送されていき……。
「うわっ!!」
フワッとした浮遊感と共に、一気に意識が遠のいていくのを感じた。
……。
……。
「おおお、すごい」
「おわー、たまげた!! 召喚魔法言うちょったんはこげな感じなんか!」
一瞬で戦場の自陣城前にテレポートされて、僕たちは互いの顔を見合わせた。
「ここで死んでも実体がないから、実際には死なないってことなんだよな。すげぇ」
「ちょっとルッ君試しに……」
「なんでオレなんだよ!」
「バカなこと言ってないの。こういうやり取りも全部映像魔法でヴァイリス国民に見られてるんだからね!」
キムと僕、ルッ君のいつもの掛け合いを、ユキが慌てて制止する。
「なんだよユキ、いい子ぶっちゃって……」
「コホン、君たち、もう試合は始まっているんだが……」
ヴェンツェルが咳払いをした。
「なんかヴェンツェルもちょっとよそ行きっぽい感じだよね」
「意外といいかっこしいなところがあるのよ」
「ベルゲングリューン伯〜っ!!! 指揮官の貴様がそんなだからこのクラスの秩序がだなぁ……!!」
僕がアリサとこそこそ言ってると、すぐにいつものヴェンツェルに戻った。
「よし、そろそろまじめにやるか」
「最初からまじめにやりなさいよ……」
ユキのツッコミを背中に受けながら、僕は言った。
「閣下! ゾフィア!」
「うむ」
「いつもお側に」
「二人に80の兵を与える。城を落とさなくていいし、旗もいらん。撹乱、陽動、あらゆる手を使って構わん。西方に向かい、D組級長アデールの首だけを刎ねよ!!」
「は、刎ねよって……」
「ごめん、ちょっと言ってみたくて」
僕がみんなにおどけて言うと、クラスにどっと笑いが起こった。
「承知した」
「お任せを!」
ゾフィアと偽ジルベールはうなずいて、踵を返した。
「……」
「どうしたの、ヴェンツェル」
「昨日から、君のことをずっと見ていた」
「キャー!! みんな聞いた?!」
ジョセフィーヌが絶叫する。
「そ、そういう意味ではない!!」
ヴェンツェルが頬を赤くしてジョセフィーヌに言った。
「そこで顔を赤くするから余計ややこしくなるんだよ……」
このままでは話が先に進まないと思ったのか、ヴェンツェルは僕のツッコミを無視して話を強引に始めた。
「君の行動や指示はどれも不可解で突拍子もないものばかりだった。だが、私以外の級友たちは皆、それを疑義に思うことなく、君についてきていた。最初は愚かだからなのだと思っていたが、途中からそうではないと気付いた」
「わはは! ルクスはけっこう愚かなところ、あるよな」
「花京院にだけは言われたくないよ!」
「固い信頼の絆なのか、とも思った。だが、そうでもないと気付いた」
ヴェンツェルはノンフレームの眼鏡をくい、と押し上げて言った。
「期待だ。君なら何か面白いことをしてくれるんじゃないかっていう期待が、このクラスの原動力になっている」
「へぇ……、よくわかってんじゃん」
キムが言った。
「信頼や絆なんていう暑苦しい言葉は、コイツには似合わない」
「い、いや、少しは信頼してよ……」
僕が思わずキムにツッコんだ。
「ならば、私も君に期待しよう。私は例の場所で待機している」
「わかった。護衛を必要なだけ連れて行って。ヴェンツェルには指示はいらないよね? 自分がベストだと思うタイミングでアレを使って」
「任せてくれ」
ヴェンツェルは西部辺境警備隊員数名を引き連れて、自陣東南方向に向かった。
「さて、と。ルッ君」
「はいよ!」
ルッ君が元気よく応じる。
「今回の若獅子祭で一番余裕かましているのはどのクラスだと思う?」
「そりゃ、A組じゃないの?」
「ハイ、ブッブー!!」
僕は口をタコみたいにとがらせたアホみたいな顔を作ってルッ君に言った。
「……なんかはらたつな……その顔……」
「A組はたしかにエリート集団で兵士も精鋭揃いだろうけど、この34年間で一度しか負けたことがないから絶対負けられないっていうプレッシャーがものすごくある。意外と余裕かましていられないのがA組だ」
「ああ、そう言われれば、たしかに」
「じゃ、どこ?」
「B組?」
「はい、正解」
僕はうなずいた。
「下級貴族中心のB組はA組の言いなりで最初から勝つ気がない。川向いで僕たちと隣接しているから、A組の尖兵として、さっさとこちらを全軍で攻めてくるだろう」
「なるほど」
「ただ、厄介なのは、やる気がないくせに貴族だからコネが使える。兵士たちはA組に次いで精鋭の兵団を連れてくるだろう」
「ああ、そうかもなぁ」
僕の説明に、ルッ君が他人事のように相槌を打った。
他人事すぎて鼻くそでもほじりそうなリアクションだ。
「そこでだ、ルッ君」
「うん?」
鼻くそをほじりそうな顔のまま、ルッ君が尋ねた。
「単騎でB組の拠点に向かい、城を落とすんだ」
「うん?」
鼻くそをほじりそうな顔のまま、ルッ君が聞き返した。
「単騎でB組の拠点に向かい、城を落とすんだ」
「……あの、一応聞くんだけど、単騎って、一人って意味だよな?」
「うん」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!! 何言っちゃってんの!!」
「連中は、川向いの僕らは渡河に時間がかかると思って本陣は手薄なはずだ。今ならまだ間に合う」
「オレ、ダメだったじゃん!! どんなに頑張っても32秒で、お前の懐中時計もらえなかったじゃん!!!」
悲痛な声で訴えるルッ君に、僕は懐中時計を放り投げた。
「ルッ君は本番に強いから、大丈夫。ルッ君なら絶対やれる」
僕はにっこりと笑った。
「でも川はどうやって渡るんだ? あんな広い川、オレでもさすがに飛び越えらんないぞ……」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた……」
「な、なんだよ……」
僕の得意満面の顔に、ルッ君が少し後ずさる。
「川の水は昨日からせき止めてある。今だけなら、川を歩いて渡れるよ」




