第十八章「決起集会」(1)
ここまで読んでくださっている皆さんへ
いつも読んでくださってありがとうございます。
たくさんの方に読んでもらえるようになってすごく嬉しいです。
2020/11/18に以下の部分を修正しました。
・第十六章「鷹と小鳥」(4)と第十七章「君主の猛毒」(3)の春香に関する描写を変更しました。
(詳しくは各話のあとがきを御覧ください)
・第十六章「鷹と小鳥」(2)の若獅子祭のルールを少し変更しました。
これからもどうかよろしくお願いします!
1
「で?」
「ヒメマスがたくさん釣れたよ。どうやらジルベール大公の毒でも、僕の釣りの才能までは奪えなかったようだな」
「おお、あれめちゃくちゃ美味いんだよな……、あとで焼いて食おうぜ……って、そうじゃねぇよ!」
のんびり釣り竿を垂らしている僕に、キムがルッ君みたいなノリツッコミを炸裂させた。
ほんと、意外と芸が広いんだよね、キムって。
「卿よ、こっちのルアーを使ってみても良いか?」
「うん、いいよ」
「感謝する。釣りに興じるのは初めての経験だが、なかなか面白い」
「でしょ。閣下の性格に合ってると思ったんだ」
「だから、おいって!」
「声が大きいよ、キム。魚がびっくりしちゃうだろ」
「無駄よ、キム」
湖畔に座って素足をばしゃばしゃさせてるユキが、キムに言った。
「さっきから私、さんざん文句言ったんだから。他のクラスは若獅子祭の準備に入っているのに、ウチのクラスがこんなのんびりしていていいのかって」
「いーのいーの。今更じたばたしたって始まらないんだから」
今日は士官学校の休日だ。
若獅子祭開催前の最後の休日ということもあって、他のクラスは休日返上で登校して、昨日各クラスに割り当てられた王国兵士たちと特訓をしているらしい。
「あなたが何を考えているか、わかるわよ」
湖畔のベンチで優雅にジェルディク帝国産のコーヒーの薫りを楽しみながら、アリサが言った。
「若獅子祭まで、ジルベール大公の毒で弱っているフリをするつもりなんでしょ?」
「半分正解かな。お、きたきた!」
僕は釣り竿を軽く振り上げてアワセを入れてから、ゆっくりとリールを巻き上げた。
「またヒメマスではないか。卿はヒメマス釣りの名人だな」
「閣下もすぐ釣れるようになるよ」
いつもクールな偽ジルベールが少しはしゃいでいるのが面白い。
宰相閣下のご指導のおかげで、僕もずいぶん上達したものだ。
「やった! メスだ! イ・ク・ラ! イ・ク・ラ!」
「う、うまいのか?」
キムが思わず身を乗り出した。
キムは食べ物のことになるとテンションが変わる。
学校でもだいたい寝てるか食べてるかだもんな。
「食感も味も最高だよ。一番美味しいイクラって言う人もいるんだぞ」
「ごくっ……」
「でもなぁ……他のクラスの連中はみんな特訓してるって言うしなぁ……、そろそろ終わりにしたほうが……」
「も、もう少しぐらいなら、いいんじゃないか?」
「キム……あんたねぇ……」
ユキが呆れ顔でキムを見る。
「あ、戻ってきた。おーい! こっちこっち!」
僕が手を振ると、森から出てきたゾフィアとメルがそれに応えた。
「けっこう遅かったなぁ。どこまで行ってたんだろってうわっ……!」
「な、なに……あれ……」
こちらに向かっている二人を見て、僕とユキは思わずうめいた。
ゾフィアが巨大な丘バッファローを引きずり、メルは大きな角の鹿を背負っていた。
二人は他にも野ウサギやら鳥やら何やらを腰にぶらさげている。
「ど、ど、どっから狩ってきたのそんなもん! いる? ウチの森にそんなのいる?!
「メル殿が初見とは思えぬほど狩りが上手くてな。二人でアルミノ側の森林の奥地まで行ってきたのだ」
「ゾフィアにはとても敵わないわ。獲物を仕留めるのに、まったく音を立てないの」
「そこを理解しているところがすでにメル殿は非凡なのだ。自身が私のように音を立てずに動けぬことを理解し、その場を一切動かぬことで自身の狩りを同様のレベルにまで引き上げたばかりでなく、私の狩りも邪魔しない。初心者になかなかできることではない」
目を閉じて会話だけ聞くと互いを認めあった女子同士のすごく爽やかなやり取りだけど、狩った動物の血にまみれて小動物の死骸をぶらさげたり大型動物を引きずったり担いだりしながらの会話だから、ひと仕事終えてきた海賊の会話にしか見えない。
「どうだ? これだけ集めてくれば足りるだろう?」
「これからゾフィアに解体の仕方も教えてもらうの」
ゾフィアとメルが褒めてくれるのを期待する子犬のように擦り寄ってくる。
……血みどろじゃなきゃかわいいんだけど。
「……十分すぎると思う。ありがとね、ゾフィア。メルもおつかれさま」
「うん」
「お安い御用だ」
二人で「やった!」という風に顔を見合わせると、解体をするために納屋の方にずるずると獲物を運んで行った。
ものすごぅ仲良うなっとる……。
「足りるってなんだ? おまえ、何をするつもりなんだ?」
「メル、どうしちゃったの……」
二人の様子にドン引きしたキムとユキが僕に駆け寄ってきた。
「キムとユキにも色々やってもらうつもりだったんだよー。みんな早朝から準備してくれてるのに、諸君は来るのが遅かったから」
「ふむ、そこの2人はメシ抜きだな」
「お、おい、ジルベール!! そりゃないぜぇ!」
「あんた、そこで優雅にコーヒー飲んでるアンナリーザにはどうして何も言わないのよ! いっやらしい」
「フッ、小娘よ。だから貴様は小娘なのだ。修道女殿は救護係だ。いざという時のために待機しているだけで役割を果たしている」
「ごめんあそばせ」
アリサがコーヒーカップを持ち上げながらユキにウィンクした。
「ぐぬぬぬぬっ!!!」
「まぁまぁ、閣下の冗談だから。ちゃんと二人が食べきれない量を用意してるから」
「アンタの冗談はわかりづらいのよ!」
ユキのツッコミに、偽ジルベールはへらへらと笑った。
本当に釣りが楽しいらしい。普段の偽ジルベールではなかなか見られない顔だ。
ガラガラガラガラガラガラ!!!!!
その時、街道の方から轟音が聞こえてきて、偽ジルベールにさらに何か言おうとしたユキが動きを止めた。
「な、なに? なんの音?!」
ガラガラガラガラガラガラ!!!!!
轟音がどんどん領内に近づいてくる。
「おーい!! 買ってきたゼェー!!」
すさまじい轟音とスピードと共に、花京院が巨大な荷車を引っ張りながら爆走してやってきた。
「おかえり、花京院!」
「ただいま! って、おわっ、やべぇ!! 止まらねぇ!!」
「ちょ、ちょっと!ちょっと!! きゃああああああああ」
爆走してきたのはいいが、止まる時のことは考えてなかったらしい。
すさまじい勢いの花京院と荷車が、湖の方に突っ込んできた。
「花京院! 荷車を置いて横に転がって!! キム! 出番だよ!! アレを止めたら好きなだけメシ食っていいぞ!!」
「まじで?」
キムは慌てて木に立て掛けていた大盾を構えると、荷車の前に立ちふさがった。
「キム、まだだぞ? まだだかんな?」
「いいから早く転がれ、花京院!!!」
不安そうな花京院をキムが叱咤する。
「転がるのって、どっちがいいと思う? 右?左?」
「おいおいおいおい早く早く!! どっちでもいいからぁぁぁ!!」
体勢が整わないまま眼前に迫ってくる花京院と荷車に、キムが激しく動揺する。
「じゃ、じゃぁ右で!!!」
そう言って花京院は左に転がった。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
ガキィィィィィン!!!!!!!
狂戦士の渾身の斧を盾で受け止めたような凄まじい音が領内に響き渡る。
バコーン!!!と樽が割れるような音を立てて、木製の荷車が崩壊する。
「すごいな……、これを止められるんだ」
「はあはあはあはあ……っ、し、死ぬかと思った……」
「……こんな死に方だけはしたくないわ」
ユキがぼそっとつぶやいて、アリサがうなずいた。
偽ジルベールは口元を押さえて笑っている。
「お前と知り合ってから、オレ、ろくなことに盾を使ってない気がするわ」
「……たしかに。で、でも、ほら、全部すごい役に立ってるじゃん」
フォローする僕を、この数秒で汗まみれになったキムがうらみがましい目で見た。
「絶対、食いまくってやるからな」
「わ、わかった。わかったから」
「うおおおお!!! オレの荷車がぁぁ!!!」
無残に砕け散った荷車の破片を拾い上げて、花京院が叫んだ。
「い、いや、それ……僕の荷車なんだけど……」
げんなりしながらツッコんだ僕の横で、アリサがその近くに散らばった大量の荷袋の中身を確認していた。
「野菜に、お肉に、香辛料、油……、あと……貝?」
「……お願いしたやつより、量多くない?」
「いや、それがよ……」
花京院がぽりぽりと頭をかいた。
「途中でクソしたくなっちゃって、拭くもんがねぇから注文を書いてもらった羊皮紙を使っちまったんだよ」
「……」
「……」
「……」
ドン引きするキム、ユキ、アリサの三人。
「……ちゃんと、手は洗った?」
「子供の頃からジョセフィーヌにうるさく言われてっからな。そこらへんはシッカリしてるぜ、オレ」
花京院がグッと親指を立てる。
ジョセフィーヌはかーちゃんかよ。
「それで、まぁ、あるもん全部買っときゃ大丈夫かなって。わはは」
わははで済む出費かどうかわからないけど、頭がクラクラするからこれ以上考えるのはやめよう。
「う、うん。ありがとう。それじゃ、納屋から他の荷車を持ってきて、メルたちが解体している肉とこの食材を厨房の料理人さんたちに運んでくれる?」
「あいよっ!」
「料理人? 料理人ってどういうこと?」
ユキの問いに答える前に、当の料理人さんたちがやってきた。
「おう、爆笑王! やっと食材が来たのかい」
「釣れた魚も持っていくわよ。あら、これ全部あんたたち二人で釣ったのかい? やるじゃないか」
「スープの仕込みは終わったんだが、鍋が足りねぇから、ちょっとご近所さん回って借りてくるわ」
「さっき勇ましいネェちゃんが丘バッファーローを狩ってきたって言ってたんだが、本当なのか?」
口々に聞いてくる料理人に応答していると、キムたちの声が聞こえてくる。
「おい、オレあの人知ってるぞ。『肉ギルド』のジェイコブさんじゃないか」
「あっちは食堂のおかみさんじゃない……」
「そうそう、イグニア市内の飲食店からヘルプで来てもらったんだよ」
冒険者ギルドの支部長代理のお仕事のおかげで、ずいぶん顔が広くなったんだ。
今日のことを話したら、ほとんどの人が人件費だけで引き受けてくれた。
「お待たせぇん!! みんなを連れてきたわヨォん!!」
ジョセフィーヌの野太い嬌声が響いた。
その後ろをぞろぞろと、C組の他の生徒たちが集まってきた。
「おおー、ここがベルゲングリューン伯領か」
「いらっしゃい。なかなかいいところでしょ? ここにこういう感じでテーブルを並べるのお願いしてもいい?」
「ねーねーまつおさん。今度から私たちも遊びに来てもいいかな?」
「もちろん。さ、こっち来て他のみんなと肉を焼いたり野菜を切るのを手伝ってくれない?」
「今日は何して笑かしてくれるんだ?」
「まだお楽しみ。君たちは屋敷の方に行って、料理人さんたちの手伝いをお願いしていい?」
Cクラスの面々に挨拶がてら指示を出していると、手持ち無沙汰のユキが駆け寄ってきた。
「まっちゃん、私も料理人さんたちを手伝ってこようか?」
ユキの言葉に、ジョセフィーヌのいつも上機嫌で朗らかな顔がサッと無表情になった。
「ユ、ユキちゃんには別のお仕事があるんじゃないかしラ……、ね、ねぇ?まつおさん」
「はは、そうだね。えっと、その、そうだ!薪!納屋の裏に斧があるから、薪を割って欲しいんだよね」
「……あんたたち、覚えてなさいよ……」
ユキお手製のおにぎりを食べておなかを壊した経験のあるジョセフィーヌと僕の反応に、ユキがぶりぶり怒りながら納屋に向かっていった。
さあ、今日は忙しくなるぞ!




