第十七章「君主(ロード)の猛毒」(3)
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「それで、エタンは今どこに?」
「公儀隠密に命じて、私の馬車に拘禁しておる。……とは言っても、激しいショックを受けておとなしくしておるから、取調べはおろか、身体的な拘束もしておらんがな」
ユリーシャ王女殿下が答えた。
「彼が加害者というのは本当なの?」
「誰が毒を盛ったのか、という質問なら、間違いなく彼だよ」
アリサにそう答えると、腑に落ちないという風に言った。
「でも、あなたが大変だから助けて欲しいって私たちに知らせに来てくれたのも、彼なのよ」
「そっか……」
僕のために懸命に動いてくれたんだな。
「王女殿下は、なぜここに……?」
「ジルベール公爵に不穏な動きがあると公儀隠密から報告を受けたのでな、念の為にそなたの護衛を命じたのだ。……一足遅かったがな」
悔しそうな王女殿下に感謝の意を告げる。
「ということは、やっぱりジルベール公爵がやったってことか?」
「あの下衆めが!!! 断じて許さぬ!!!」
「ゾフィアありがとう。でも少し落ち着いて」
僕は静かに言った。
「私は許せんのだ……。卑劣な手段で偉大なる剣豪の技を失わせた。それも、私の未来の夫となるべき者を……ッ!!」
偉大なる剣豪のところでクラスメイトがズッコケそうになり、未来の夫のところでメルとユリーシャ王女殿下がズッコケそうになった。
「厳密には、今回の犯行はジルベール公爵によるものではないよ」
「なんだと……?!」
ゾフィアに言うと、ユリーシャ王女殿下が驚いたように振り向いた。
「詳しく申せ」
「今回の犯行の首謀者は、ジルベール大公閣下です」
「なっ……?!」
「う、うそでしょ……!?」
ユリーシャ王女殿下とユキが大きく反応した。
「エタンとは短い付き合いですが、彼のことはよくわかっています。和やかな会話をしながら毒を盛るような芸当は、とても彼にはできない。たとえジルベール公爵に何かの弱みを握られていたとしても、必ず途中で表情に出ているはずです」
「それは私もそう思う」
アリサが言った。
「私はたぶん、表情を変えずにそれができると思うから。だからこそ、彼にそれができないというのは、なんとなくわかるわ」
「怖っ!!」
ルッ君がうめいた。
「いや、僕もアリサがそれをできるだろうなということは、なんとなくわかるよ」
僕は言った。
「あら、ひどいこと言うのね」
アリサが軽く拗ねてみせる。
「君の演技力は一流だから。でも、実際にやるかどうかは、また別の話だ」
「そ、そう」
予想外の返答だったのか、アリサの顔が赤くなる。
これも演技だったら、女優になれると思う。
「すまんが話を戻すぞ。なぜジルベール大公の仕業だと思ったのだ?」
「ユリーシャ王女殿下、質問に質問を返すご無礼をお許しください。ジルベール大公閣下が王笏のようなものを持ち歩いているのを見たことはありませんか?」
僕の問いに、ユリーシャ王女殿下はうなずいた。
「ああ。あやつはいつもマントを着用しておるが、臣従儀礼でひざまずく時に腰に下げているのが見えておった。王族の前で王笏をぶら下げるとは不遜な奴だと思ってはいたが……」
「やっぱり」
僕はにやりと笑った。
「それは元々、ジルベール大公閣下……、いやジルベール大公が士官学校の第十三期生徒だった頃に、若獅子の称号を得た春香という生徒の所有物です」
春香さんの墓で知り合ったルシオさんが言っていたことを思い出しながら、僕は断言した。
「彼女は士官学校開校以来、史上初のAクラス以外での若獅子の獲得という快挙を成し遂げながら、その翌日に殺害されました」
「……」
僕の説明を、ユリーシャ王女殿下が静かに聞いている。
「ちょうど時期を同じくして、彼女がかつて壊滅させた盗賊団の残党が脱走しており、犯行に使われたナイフが盗賊団が扱う特徴的なものであったため、犯行はその残党によるものだと断定されました」
「盗賊団を壊滅? 士官候補生がか?」
唖然とした表情の王女殿下に、僕はうなずく。
そう、春香さんは本当にすごい人だったんだよ。
「はい。とても信じがたい話ですが、彼女の人望はとても厚く、市民や冒険者までが、彼女の指揮の下で討伐に協力したのだそうです」
「ふむ……、だが、せっかく捕らえた盗賊団の残党が脱走し、若獅子祭の翌日に殺害したということか」
「はい。ですが、これは僕の挑発に乗ったジルベール公爵が脅迫まがいに漏らしたことですが、彼女は殺害されたにも関わらず、遺体には一切抵抗したような痕跡がなかったのだそうです。盗賊団の残党ごときに遅れを取ることなどありえないほどの剣士であるにも関わらず、です」
「なぜそんな何十年も前に起きた事件の詳細を奴が知っておるのだ」
「王女殿下、とりあえず今はまだ、その疑問は置いておいてください」
「わかった」
僕はここまで話すと、深呼吸をした。
パズルのピースを合わせるように、説明する順番を整理する。
「ところで、春香さんにはある特徴がありました。一つは、彼女は手練の剣士でありながら、なぜか片手に王笏のようなものを持っていたということ」
「っ……!!」
「もう1つは彼女の人望の高さです。市民や冒険者を従えて盗賊団を討伐し、若獅子祭で平民ばかりのクラスを勝利に導いた」
「……」
「彼女の級友だった人に会って話を聞きました。『彼女に指示をされると身体が勝手に動く』のだと。それがちっとも嫌ではなくて、『彼女の願いをなんとか叶えてやりたいという気持ちになる』と」
「ま、まさか……」
「ここからは完全に僕の憶測になるのですが……」
「か、かまわんから、早く申せ!」
興奮した様子のユリーシャ王女に、僕は自分の中で、何日もかけて辿り着いた考えを語った。
「彼女が持っていた王笏は、おそらく宝具だったのだと思います。自分の意志を周囲の人に伝播させ、付き従わせることができるような……」
「そ、それは……『支配の王笏』だ……」
ユリーシャ王女が震える声で言った。
「300年以上前、ジェルディク帝国との激しい大戦のさなかに消失したとされる、ヴァイリス王家に伝わる宝具だ……」
やはり、そういう代物だったか……。
「いくら春香さんが凄腕の剣士でも、普通の方法で一介の士官候補生が宝具なんて入手できる
わけがありません。ですが、ヴァイリス士官学校では、入手できる可能性が一つだけあります」
「魔法宝物庫……」
黙って聞いていたメルがつぶやいた。
「そう。ヴァイリス士官学校では入学して間もなく適性考査があり、『意思』を持った魔法宝物庫がそれぞれの生徒の適性に合わせた武具を出現させて、授与します」
メルに粉々に粉砕された扇子を思い出して少し悲しくなりながら、僕は続ける。
「ひどい成績だった僕に与えられたのはしょうもない竹の扇子1つでしたが、授与される物の中には宝具も含まれる……」
最初僕は、春香さんが与えられたのはメルが持っている青釭剣だと思い込んでいた。
だが、同じ魔法金属の鎧を愛用している金星冒険者のアルバートさんに聞いて、そうではないことを知った。
アルバートさんは学生の頃から春香さんの武勇伝に憧れて、彼女の青釭剣を作ったドワーフの鍛冶職人に魔法金属の鎧を作ってもらったのだそうだ。
つまり、春香さんの剣は授与されたものではなかったのだ。
「若獅子の称号が欲しければ、若獅子祭の前に抹殺してしまえばよかった。でも、そうじゃなかったんです」
僕は言葉を続ける。
「若獅子祭で彼女が王笏を振りかざし、クラスメイトばかりでなく、上級貴族ばかりのAクラス相手なら絶対に手を抜くはずの王国の兵士までもが熱狂して彼女に付き従うのを見て、当時Aクラスの生徒だったジルベール大公は王笏の効力に気付いてしまった。それが王位を得ることよりも価値があり、殺してでも奪い取る価値さえある宝具であることに……」
「な、なんということだ……」
ユリーシャ王女殿下は戦慄したように肩を震わせた。
「彼女は盗賊たちの殺害に抵抗しなかったんじゃない。ジルベール大公に奪われた王笏によって抵抗できなくされたんです」
「ひどい……」
アリサがつぶやいた。
「ここまでは僕の勝手な推測です。証拠があるわけではありません。ただ、これだけは言えます」
僕は周囲のみんなを見渡してから、王女殿下に言った。
「春香さんが殺害されて間もなく、犯人とされた盗賊団の残党は見つかりました。抵抗したので殺害したとのことでしたが、その残党を発見し、殺害したのはたった一人の士官学校生徒でした」
「まさか……」
「ジルベール大公です」
「……」
「そんなジルベール大公は、王でもないのに、なぜか常に王笏を持ち歩いている」
僕はそこまで言うと、ユリーシャ王女殿下にひざまずいた。
「ユリーシャ王女殿下。エタンに罪はありません。彼はジルベール大公に支配されただけです」
ここと、第十六章「鷹と小鳥」(4)での春香さんについての描写部分を少し変えました。
英雄を書くために、女の子をひどい目に合わせるのはどうなんだと作中に書いておきながら、過去の話とは言え、真ジルベールを悪く書くために自分がそうしている矛盾に気付いたので。
そういう部分で安易な方向に逃げずに書ける作家を目指したいです。




