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第十七章「君主(ロード)の猛毒」(1)


「……というわけで、ジルベール公爵とは全面対決することになっちゃったんだ」

「うん。Aクラスはずっとその話題でもちきりだよ。ジルベール公爵はずっとご機嫌斜めさ」


 ベルゲングリューン伯爵領の中庭で、僕はエタンとお茶を飲みながら談笑していた。

 彼とはすっかり打ち解けて、こうして暇を見つけては交流を続けるようにしている。


「君は、やっぱりすごいね」

「アイツにケンカを売ったから?」

「違うけど、うん。それ1つとっても、僕にはとてもマネできない」


 エタンが自嘲気味に笑う。


「それは仕方ないでしょ。エタンは僕と違ってアイツとうまくやっていくしかないんだから」

「そうかな。君が僕の立場だったら、きっとうまく切り抜けそうな気がするけど」


 エタンがそう言って、くすくす笑った。


「買いかぶりすぎだよ。僕がエタンの立場だったらストレスでハゲてると思うよ。……もしかして、もうハゲちゃってるんじゃない?」

「ハ、ハゲてないよ」

「ホントかな、そのおかっぱ頭の髪をかき分けると……」

「わ、こ、こら! 髪型がむちゃくちゃになるだろ!」


 僕たちの笑い声がベルゲングリューン領の森林に響き渡る。


「こうしてココにお邪魔できるのも、当分はお預けかな」


 エタンが少し寂しそうに言った。

 エタンはAクラスの生徒だ。

 若獅子祭を控えて出入りをしていると、まるでAクラスかCクラスのスパイみたいだし、きっと彼は頼めばその役割を引き受けてくれるだろうけど、僕は彼をそんな風に利用するつもりはなかった。

 

「まぁ、すぐに片が付くさ」


 僕はそう言って、カップに入ったジェルディク帝国産のコーヒーに口を付けた。


「ごめん……」

「えっ?」


 エタンが急にうつむいたので、僕はカップを持ったまま、エタンの方を向いた。

 それから、コーヒーの味がいつもと違うことに気付き……。


 パリィィン!!


 自分がカップを落とした音がぼんやりとした中で聞こえてきて……。

 急に視界が真っ暗になった。




 ユキが笑っている。

 いつものユキの天真爛漫な笑顔とはちょっと違う、いたずらっぽい微笑み。

 

「まっちゃん、早くこっちに来てよ、こっち」


 ベッドに座ったユキが手招きしている。

 裸の身体に薄い絹のシーツを巻いただけの姿。

 シーツの間からは、近接格闘術の達人とはとても思えない、やわらかそうな太ももが覗いている。

 薄絹からこぼれ落ちそうな胸が大きな谷間を作って、彼女の息遣いに合わせて上下に揺れ動いている。


「……いや、ちがう。それどころじゃないんだ」

「何が違うの?」

「今は考えなくちゃいけないことがたくさんあって」

「そんなのいいからぁ、早くこっちにきて?」


 シーツを片手で押さえて、ユキが右手で手招きする。

 認めるのは悔しいけど、素晴らしい光景だと思う。


「これさ、どうせ夢なんでしょ?」

「……あんた、身もフタもないこと言うわね」


 セクシーユキがとたんに素のユキの顔になって、あきれるように言った。

 いや、素のユキがその格好をしているのも、正直ちょっとアリなんだよね。

 でも、いつものユキになって安心して、僕はベッドに近づいて、ユキの隣に腰掛けた。


「この夢の続きを見たいのは山々なんだ。だから、もしよかったらまた来て欲しいんだけどさ」

「ばっかじゃないの。そんな都合よく出てくるわけないでしょ」

「まぁ、そうだよね。でもまぁ、せっかく来てくれたから、ちょっと相談に乗ってよ」


 僕がそう言うと、夢の中のユキがドン引きした顔でこちらを見た。


「エタンがさ、あんなことするわけないんだ」

「でも、実際あやまってたじゃない。『ごめん』って」

「そうだね」

「きっと、ジル様に脅迫されてたんじゃないの? 『言うことを聞かないとパパに言いつけてお前の親を左遷するぞー』とか」

「ありえる話だし、アイツならやりかねない。でも、僕は違うと思う」

「……どうして?」

「うますぎるから」

「うまい?」

「エタンの演技がさ、上手すぎたんだよ。エタンの性格なら、僕に毒を盛れって言われたら、あんな自然に笑ったり会話したりできないと思うんだ。汗一つかかずにウソをつき通すなんて、彼には無理だと思う」

「アンタがお人好しすぎたのよ。彼もしたたかな王宮貴族の一員だったってことでしょ」


 ユキが僕の腕に頭をもたせかけながらそう言った。

 首筋から鎖骨、胸元までの美しいラインが目に飛び込んできて、僕は夢の中で息を呑む。


「なるほど。僕が安易な思考に逃げようとすると、エロい妄想が発生するのか」

「……このひどい扱い、現実世界の私に教えてあげたいわ……」


 夢の中でユキがエロいしぐさで誘惑してくるということは、僕が考えるのが楽な方に向かおうとしているということだ。つまり、心の中で、僕はこれが正解じゃないと思っている。


「エタンは強制的に僕に毒を盛った。でも会話は普通で罪の意識もなかった。となると催眠……」

「エタンがジル様に催眠術にかけられてたってこと?」

「いや、やっぱり違う」


 魔法講習で学んだ。

 (まぶた)を閉じる瞬間は暗闇と同じで瞳孔が大きく開く。

 催眠術師はその瞬間に暗示をかける。

 だから、催眠術をかけられたかどうかは、瞳を見ればすぐにわかる……。


「催眠ではなく、もっと……、自ら望んでそうしたくなるような……」


 そこまで考えて、僕は夢の中でハッと息を飲む。


「そうか! 王笏(おうしゃく)だ!!」

「ふふ、やるじゃん、まっちゃん」


 ユキはそう言うと、僕の首に手を回して頬に軽くキスをした。

 ユキの身体をくるんでいた絹のシーツがはらりとほどけて……。


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