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第十二章「士官候補生クエスト」(1)〜(2)


「え……、つまりクビってことですか!?」

「い、いや、その言い方はちょっと、マズいのだがね……」


 冒険者ギルドイグニア第二支部。

 ちょび髭のセザール支部長とソフィアさんが困ったように顔を見合わせた。


「学生とはいえ、伯爵にアルバイトをさせるというのは、冒険者ギルドとしても差し障りがあるのよ」

「我々としても、キミのような使える……いや、有能な若者を失うのは大変な痛手なのだがね……」


 爵位を持つ人物が冒険者ギルドの職員であるというのは珍しくはないそうだけど、いずれも支部長クラスなのだそうだ。

 実際、セザール支部長はなにげに男爵位なのだとか。


 それにしても、ショックだ……。

 落胆を隠せずにいる僕を、ソフィアさんが不思議そうに見る。


「そんなに残念がってくれるのは嬉しいんだけど……、爵位をいただいたんだから、王国からお手当が出るでしょう?」

「ヴァイリス王国って、そういうのほとんどないらしいです。官僚になればまた違うらしいんですけど、貴族の主な財源は領民からの税収なんだそうで……ウチにはもちろん領民なんていないので、ゼロです」

「ジェルディク帝国を含む近隣諸国との和平が300年続いているからね。領土拡大の可能性がない以上、我が国も貴族にあまり気前良くはできないのだよ」


 平和になるということはつまり、それ以上領土が増えないということを意味する。

 貴族たちが互いを蹴落としたがる構図って、こういうところにも一因があるのかな。


「同じ理由で貴族家の増加もない。平民に新しく爵位を与えるということも、私はこれまで聞いたことがないぐらいだ。旧ベルゲングリューン領の復興と、前宰相の反逆による廃嫡という名目があって実現したと言えるだろうね」

「なるほど……」


 支部長の言葉に、僕とソフィアさんは肩を落とした。

 伯爵になって子供たちの遊び場を守れたのは良いけれど、学校では面倒事が増えるし、職は失うし

……何一ついいことが……。


 いや、待て。

 その考え方じゃだめだ。

 これからは、伯爵になったということを最大限に活用するんだ。


「あの、厚かましいご提案なんですが」

「もちろん構わない。言ってくれ」


 支部長が言った。

 この人といい、ソフィアさんといい、伯爵になってからも変わらない感じで接してくれるから、僕はこの職場を気に入っている。


「支部長クラスであれば、爵位があっても問題ないわけですよね?」

「まぁ、有り(てい)に言えばそういうことだね」

「じゃ、僕をアルバイトではなく、『支部長候補』ということで雇ってもらえませんか」

「ほう……」

「えっと、実際に支部長になりたいというわけではなくてですね」

「いや、むしろキミに向いているとは思うが、冒険者としての道を志望しているのだろう?」

「僕だって士官候補生のはしくれですから、冒険者として名を馳せたい思いはあります。でも、剣も魔法の才能もない僕が大成するとは思えません」

「ふふ、それはどうだろう」


 セザール支部長が苦笑する。


「私は冒険者としてのキミが活躍する未来も、楽しみにしているのだがね」

「私もよ」

「ありがとうございます。それでその、将来的に冒険者として活動するにしても、ここでお仕事をさせてもらう経験は、きっと役に立つんじゃないかと」

「それで、支部長候補かね?」

「はい。支部長業務の代行や補佐って今、ソフィアさんが兼任していますよね? ギルドの事務作業との両立は大変そうだし、生意気言って恐縮なんですが、もしよかったら僕がそちらのお手伝いをできたらって」

「な……」


 ソフィアさんがぽかんと口を開いた。

 多忙を極めて人格が変わるソフィアさんを見るのは結構好きなんだけど、ちょっとかわいそうではある。


「最初は色々教えてもらったり、ご迷惑をお掛けしちゃうと思いますし、学校もあるので普段は相変わらずソフィアさんにお任せしちゃうと思うんですけど……、逆に事務作業が忙しい時はそちらも手伝いますし」

「なんていい子なのっ……!!」


 ソフィアさんが感極まって僕に抱きついてきた。

 よっぽど今の業務で鬱憤(うっぷん)が溜まっているのだろう。


「支部長! 採用!! 即採用!!」

「いや、キミ、しかしだね」

「ここでまつおさんを採用しないなら、私! 今すぐ辞めますからね!」

「わ、わかった!」


 慌てた様子でセザール支部長が答えた。





「セイッ!」

「ギャゥゥッッ!」


 キムの盾に付いた刃が、犬頭鬼(コボルド)のこめかみを貫いた。


「やるじゃねぇか」


 松明(たいまつ)を手にした青銅星(ブロンズスター)冒険者のガンツさんが、後ろからキムに声をかける。


「だが、位置が悪い。この狭い洞窟でおめぇがそこに立ってると、後衛が何もできんからな」

「ああ、なるほど」

「前線に立ってモンスターの憎悪(ヘイト)を集めて攻撃をすべて引き受けるのが壁役(タンク)の役割だが、その敵を倒すのはお前さんの本来の役割じゃない。集団(パーティ)で戦う時は常にそのことを忘れるなよ」

「ハイ! ご指導ありがとうございます!」


 キムが素直にガンツさんに頭を下げる。


「そこのおめぇ、名前はなんだっけ」

「えっと、俺? ルクスです」

「ルクス、おめぇは気配を出しすぎだ。せっかくすばしっこいんだから、連中がタンク(壁役)に気を取られている隙に背後に回れ。うまくやれば親玉や、場合によっては後衛で魔法を使ってくるヤツなんかを一発で倒せて、敵は一気に総崩れだぜ?」

「……それ、めちゃくちゃかっこいいやつじゃないですか!」


 ルッ君がきらきらと目を輝かせた。


「ミヤザワといったか、おめぇはビビって後ろに下がりすぎだ。そこではおめぇの火球魔法(ファイアーボール)が前線には届かん。それに……」


 ガンツさんはニヤッと笑った。


「そんなに下がってちゃ逆に危険だぜ? 敵が奇襲(バックアタック)をかけてきた時に真っ先にやられるからな」

「ひっ!? き、気をつけます!」


 ミヤザワくんが慌てて駆け寄ってくる。


「お嬢さん方二人は……ほとんど言うことがねぇな。今のところ、能力、判断力共に申し分がない。今からでもいっぱしの冒険者としてやっていけると思うぜ」


 さすがメルとアリサだ。


「眼鏡の方のお嬢さんは、メルだったか。その眼鏡を外すとどうなんだ?」

「眼鏡を外したメルもなかなか……」

「バカヤロウ、そうじゃねぇよ」


 呆れた顔でガンツさんが僕を見る。


「どのぐらい見えるのかって話だ」

「……ほとんど見えません」

「だろうな」


 ガンツさんは言った。


「冒険者稼業ってのは命がけだ。ナメてたら死ぬ。今回みてぇなコボルド相手でもな。だから、

それを外して戦うってのはありえねぇ話だ」

「はい」

「だが、今のうちから『目』に頼らねぇ戦い方を意識しておくといいぜ。何かのトラブルでそいつが使えなくなった時でも戦えるようにな」

「わかりました。ありがとうございます」


 メルはガンツさんに頭を下げてから、銀縁(シルバーフレーム)の眼鏡のズレを直した。


「それとな……。お嬢さん方二人は、ちょっとソイツにくっつきすぎだ」


 ガンツさんが僕を指差した。


「総大将を最優先に守るってのはたしかに重要だが、そこまでくっついてちゃ、パーティの火力も支援も本来の力を発揮できんだろう。メルはもう少し前衛寄りに、そっちのお嬢ちゃんは……」

「……」

「……」


 それまで素直に言うことを聞いていたメルが、急に黙り込んだ。

 メルとアリサで牽制し合うように、先にそっちが移動しろと言いたげに視線を交わしながら、どちらも一歩も動かない。

 そんな二人を見て、ガンツさんがやれやれといった風に頭をかいた。


 それにしても……。

 僕は裸の上に革の胸当てを着けただけのハゲ頭のおっさんを見上げる。

 いつも僕に銅貨一枚でも割のいい依頼がないか聞いてくる人とは思えない。

 さすが青銀(ブロンズ)冒険者だ。


「……ガンツさんって、ちゃんとした冒険者だったんですね」

「くっくっく! ありがとよ、『支部長代行』」

「僕にもないんですか、そういうアドバイス」

「じっとしてろ」

「はい……」


 僕とキム、メル、ルッ君、ミヤザワくん、アリサの6人と冒険者のガンツさんは今、ヴァイリス西部に出没した下級モンスター、犬頭鬼(コボルド)の巣にやってきている。

 

「なかなかいいアイディアじゃねぇか」

「でしょう?」


 コボルドの洞窟を進みながら、僕は言った。

 コボルドはゴブリンの頭部が野犬のようになっているモンスターで、ゴブリンより戦闘力は若干高いものの、知能が低い。

 一般にはゴブリンが最弱のモンスターとされているけど、ずる賢いゴブリンが徒党を組むと、熟練の冒険者でも窮地に立たされることがあるのだそうだ。

 一方のコボルドはそういった意味ではゴブリンより脅威性が低く、ギルドでの報酬も安くて不人気だ。

 特に今回のような、市街地を離れたコボルド討伐依頼などは、一番下の階級である銅星(カッパースター)の冒険者ですら見向きもしないことが多い。


 アルバイトを始めた頃から気になっていたのは、こういう「脅威性が低いため報酬が安くて誰も受けない依頼」が意外と多いということだった。

 たとえ脅威性が低くても近隣住民とか困っている人がいるから依頼が出ているわけで、冒険者ギルドとしてそうした依頼を放置していてもいいのかなってずっと考えていた。

 そこで、冒険者資格はないけどそれなりの戦闘能力があり、お小遣いが少ないから安い報酬でもありがたい士官学校の生徒が研修も兼ねて依頼をこなすというのはどうだろうと思いついたのだ。


 支部長代行として業務をこなす傍らでセザール支部長とボイド教官に掛け合ってみたところ、監督となる冒険者が同行する場合に限り、『準冒険者』として一部の依頼を受ける許可をもらうことができた。


 今回の依頼(クエスト)はその試験運用で、記念すべき第一回。

 これがうまくいけば、今後は正式にイグニア第二支部で士官候補生による依頼受託が可能になる。


「まぁ、いい気分転換にはなるわね。教会の仕事を抜け出すいい口実になるし」

「教会のお仕事って大変なの?」

「小さい頃からやってるから、そんなには、ね。でも、とにかく退屈なのよ」


 メルの質問に、アリサが答える。

 普段無口なメルだけど、アリサとはよく話している気がする。


「親の仕事だからお小遣いぐらいしかもらえないし」

「バイトかぁ、オレもやらないとなぁ」


 キムがぼやく。


「でも、学校が終わったら寝ちまうんだよな」

「授業中も寝てるじゃない」

「うっ、つ、疲れてるんだよ」


 メルの容赦ないツッコミに、キムがたじろいだ。


「キムは食べすぎなんだと思うんだよね。それで眠くなるんだよ」

「おまえも授業中によく寝てるじゃないか」


 反論するキムに、僕は答える。


「僕の場合は、授業についていけないからふて寝してるんだ」

「なんかすげぇ恥ずかしいことをすげぇ偉そうに言ってるぞ」


 ルッ君がツッコんだ。

 そんな様子を見て楽しそうに笑っていたアリサだったが、急に表情が真剣になった。


「ちょっと待って。この先、強い気配がある」


 アリサの言葉に、全員が足を止めた。

 細長い道が続いていた洞窟は僕たちが話している間に少しずつ広くなってきていて、側面には無数の鍾乳洞のような突起が突き出ている。

 その突起に囲まれるようになった先に大きな扉があった。


 どうやら気配は、その先から発しているらしい。


「アリサって不死者(アンデッド)じゃなくてもそういうの感知できるんだ?」

「連中ほどハッキリとはわからないけどね。でも、おそらくコボルトが10体以上、あとリーダーかしら、強い反応が一体」

「さて、どうするね、リーダー」


 ガンツさんが僕に尋ねる。


「コボルト相手ならキムラMK2だったか、変な名前だよな。こいつがいれば10体でも20体でも耐えられるだろう。だが、コボルドリーダーとなると、今のお前らでは荷が重いかもしれないぜ? まぁ、それでもやるってんなら……」

「撤退しよう」

「そうだろうな、やるってんならフォーメーションを……えっ、撤退?」


 ガンツさんが目を丸くしてこちらを見る。

 撤退を宣言した僕だけでなく、その宣言をすんなり受け入れて後退をはじめる僕たちに驚いているようだ。


「……いや、賢明な判断だとは思うけどよ……、おまえさん方、もっと若者らしいチャレンジ精神みてぇなやつがだな……」

「たしか持ってきたと思うんだけど……、あったあった」


 後ろからぶつぶつ言いながらついてきているガンツさんをよそに、僕は道具袋からロープを取り出した。


 それを洞窟側面にある鍾乳洞のような突起に結びつけると、反対側の側面対角にある突起に巻きつけ、さらにそれを対角に巻きつけ、それを何度も繰り返して、荒い網の目を作った。


「これでよし、と。キムはここで構えててね」

「あいよ」

「ルッ君とメルはロープの向こう側に行って。二人とも器用だから、ロープに引っかからずに動き回れるよね」

「うん、このぐらいなら問題ない」

「わかったわ」

「ミヤザワくん、あそこの扉をファイアーボールでぶち壊してくれない?」

「わかった」

「お、おい……」


 ガンツさんが動揺している中、みんながテキパキと行動しはじめる。


「作戦は簡単。ミヤザワくんのファイアーボールで扉が吹きとんだら、ルッ君は向こうのリーダーに石でも投げて中にいるコボルトをおちょくりまくって、このロープの網を飛び越える。メルはルッ君の援護をして、もし作戦が失敗したらルッ君を連れて撤退。うまくいったらそのまま潜伏して、コボルトリーダーが現れたら背後から仕留めて。キムはとにかく網の外にコボルドを出さないのが仕事。アリサは万が一負傷者が出たらその治療を優先、それまではミヤザワくんと遊撃して」


『『『了解!』』』


「ファイアーボール!!」


 威力を抑制しないミヤザワくんの火球魔法(ファイアーボール)が轟音と共に炸裂し、分厚い扉を吹き飛ばした。


 コボルトたちが驚きの声をあげて動揺している間隙を縫って、ルッ君が投石をする。


「やったぞ! リーダーみたいな奴に当たった! わわっ、めっちゃ怒ってる! 一斉にこっちに来るぞ!!」


 普段空気が読めないルッ君だけど、こういう時のタイミングは完璧だ。


『『『ガウウアアアアッ!!』』』


 コボルトの集団がものすごい勢いでルッ君をめがけて追いかけてくる。

 ルッ君は連中をギリギリまで引きつけるように逃走速度をうまく調整しながら、ロープの手前までやってきた。


「おらよっと!」


 ルッ君が逃走しながら、振り向きざまにもう1つ石を投げると、それがゴブリンリーダーの鼻に命中した。


「器用だなぁ」


 逆上したコボルドたちはロープを飛び越えたルッ君を追いかけようとして……。


「アグッァァッッ!!」


 荒い網の目状に張られたロープに足を取られ、コボルトの集団がドミノ倒しのように次々と倒れていく。


「わはははは! 一網打尽じゃー!!」


 僕は無防備になった先頭のコボルトを、さっきそのへんで拾った木の棒でぶっ叩いた。

「棒……。腰に剣を差してるのに、棒……」


 ガンツさんがドン引きした顔でこっちを見ている。

 そうこうしているうちに、ロープを乗り越えようとしたコボルドをキムが盾で吹き飛ばし、体勢を立て直しつつあるコボルトから優先してルッ君がロープの網の中で器用にステップしながら撃破。ロープに引っかからなかったコボルドにミヤザワくんとアリサの魔法が炸裂する。


 そして……。


「コボルトリーダー、討ち取った」


 青白い剣閃を放ったメルが納刀して、銀縁(シルバーフレーム)の眼鏡をくいっと持ち上げるのとほぼ同時に、ひときわ大柄で豪華な鎧を身に纏ったコボルトリーダーの首が胴体を離れた。


 かくして、試験運用の士官候補生クエストは大成功で終わった。


 この取り組みがまたたく間に士官候補生と地域住民の間で大人気となり、冒険者ギルドイグニア第二支部が大賑わいになってソフィアさんの顔がますますひきつることになるとは、この時はまだ、思いもしなかったのだった。


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