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第一章 「実地訓練」(2)~(6)


「貴方、まだ生きていたのね」メルの一言目は、こうだった。「真っ先に脱落すると思っていたのだけれど」


 4体のゴブリンと同時に交戦しているメルは、僕を一瞥したきり、振り向かずに答える。


「共闘のお誘いならお断りよ。さっきのおチビちゃんにも言ったけど」

 

 ……おチビちゃんはヒドい。にべなく断られたのであろう、ルッ君にちょっと同情した。


「私は一人で戦える。ううん、一人じゃなきゃダメなの」


 メルは自分に言い聞かせるようにそう言った。


「それは、他の奴を巻き添えにしたくないからだね」

「……っ」


 メルは交戦中にも関わらず、僕の方をちら、と見た。


「何も考えずに突入しているようで、君はさっきから、前線が崩れそうなところにばかり展開している。それも、そこにいるゴブリン共を一身に引き付けるように。そんなの、君の戦うスタイルにはまったく向いていない戦法なのにも関わらず」


 敵の攻勢を一手に引き受け、盾になる。いわゆる壁役(タンク)のような戦い方は、むしろキムのような体格と腕力がある奴に向いた攻防一体の戦法だ。

 メルのような技量型、華麗な剣……棍棒さばきとステップによる戦いは、一撃離脱や突入といった、攻撃重視の戦法に向いているはずだ。

 並の才能なら、そんな自分に不向きな戦い方はやろうと思ってできるもんじゃない。それだけ、メルの才能が突出しているということだろう。

 また、同じように最前列にいながら、そこがメルとジルベールのまったく異なる点だった。


「……ずいぶん良く『見て』いるのね。ただゴブリン 1 体に苦戦していたわけじゃなかったってこと?」

「いや、まぁ、普通に苦戦していただけなんだけど」


 僕は思わず笑った。美人に言われてきっとへらへら笑っていることだろうが、交戦中のメルからは見えない。


「で、そこまで見えているなら、聞くまでもないでしょう。共闘はお断り。あなたの戦闘能力でここは危険よ、早く下がりなさい」

「ご忠告どうも。ただ、僕は共闘の申し出をしに来たわけではないよ」

「へぇ。じゃぁ、何?」

「うん、そうだな……」


 僕は少し考えた。彼女になんと言うべきか……。

 いや、考えている場合じゃない。僕は頭に浮かんだ言葉をそのまま口にした。


「僕の『駒』になってくれ。メラニア」

「っ――?!!」


 メルは大きく目を見開いて、僕を振り返った。


「グギャアアアアアッ!!」

「おっと、危ないっ」


 ガキンッ!!と、大きな金属音を立てて、メルの首筋をめがけたゴブリンの短剣を、僕の棍棒が叩き落とした。


「っ、はぁっ!!」


 メルがはっとしてゴブリンに向き直り、武器を失ったゴブリンの喉仏を棍棒で打ち砕いた。


「……礼は言わないわよ。あなたが変なことを言うから」

「はいはい」


 気のせいだろうか、メルの態度が少し柔らかくなった感じがする。


「とりあえず、残りの 3体を片付ける。その後で、あなたの話を聞いてあげる。いいわね」

「ああ、邪魔になるだろうから、後ろに下がっているよ」

「そうして頂戴。それと……」

「ん?」

「『メラニア』って、なに?」

「え、いや、適当なんだけど、……なんていう名前なの?」

「……バカ?」


 メルはゴブリン3体と向き合いながら、くすり、と笑った。


「私の名前はメルティーナよ。まつおさん」


 横顔だけど、笑った顔を初めて見た気がする。悪くない……、いや、かなり良い。



「簡単に書くと、こんな感じかな」

「すげー」

「おお、良くできてるな」


 キャンプに常備されていた羊皮紙とペンで僕が書いた洞窟の地図(マップ)を見て、ルクスとキムが感嘆の声を上げる。


 「さすが、ゴブリン狩りをサボりまくってキョロキョロしていただけのことはある」

 

 キムは一言多かった。

 

 メルを引き連れて、僕とルクス、キムは一旦、入口にあるキャンプに戻って、神官の回復魔法(ヒール)を受け、食事と水を腹に入れた。

 

 ちなみに、キャンプに戻るのは減点対象だ。


「ここの奥の様子はわからないけど……、たぶん、そんなに広くはないはずだ。すぐ奥に、敵の陣地があるんだと思う。親玉もきっと、そこにいる」

「その通りよ」


 メルが口を挟む。


「一番前に出た時、奥の様子がちょっとだけ見えた。松明の灯りに照らされて、鎖帷子(チェインメイル)を身に纏ったゴブリンが座って他のゴブリンたちに指示を出していたわ。あの辺りは数が多くて、すぐに引き返したけれど……でも、どうしてあなたにそれがわかったの?」

「音の反響だよ」


 僕は答えた。


「あんなに広い洞窟に見えるのに、至る所でゴブリンと交戦する音が響きまくっていた。ってことは、奥はたぶん、そんなに深くない。にも関わらず、ゴブリン達は統制が取れた動きで奥から続々と出てきている。親玉が近くに控えている証拠だろうって」

「……へぇ」


 メルはそれだけ言った。


「それで、その親玉さえ叩けば、ゴブリン共は統制を失い、制圧するのも簡単だと思うんだよね」

「えっ、制圧?!」ルクスが素っ頓狂な声を上げる。「なになに、これ実地訓練でしょ?

制圧とかしちゃう話なのこれ?!」

「いや、そうじゃないけど、その方がおもしろいじゃん」

「……そうでもしないとお前の減点がヤバいだけだったりしてな」


 ……キムが痛いところを突いてくる。やはりこいつは見た目よりスルドイ奴かもしれない。


「たしかに、下等生物のゴブリンがあれだけ統制とれているのに、私たちがこれだけバラバラなのは、無様という他ないわね」

「そうそう、そういうこと!!」

 

 メルがいいこと言った。


「盾、もう少し大型の方がいいな。ちょっとないか探してみるか……」キムが自分の盾を心もとなさそうに見下ろした。

「メルとキムの二人がいるなら、俺、棍棒だけじゃなくて、弓矢も装備したほうが良さげだよね。後方支援、できるかもしれないし」

 

 ルクスが提案する。


「私に当てないでよ?」

「だ、大丈夫だって! た、たぶん。さっき試しに射ってみたら、ケッコーいい感じに当たってたし!」


 ……良かった。なんだかんだ言って、みんな乗り気なようだ。

 

 よく考えてみれば、ここで選べる武器に「弓」があるってことは、こうした戦い方をすることも想定してのことなんじゃないだろうか。だとすると、僕の判断はきっと、間違ってはいない。


「で」

「で」

「で」


三人が僕の顔を見上げた。え、何?


「アンタは」「お前は」「あなたは」

「何をするんだ?」「するの?」




「ルッ君、あいつ弓で射てる?」

「あいよっ! やってみる!」


 僕が杖で指した方向に、ルッ君が弓を向ける。


 僕は悩んだ挙句、ロクに扱えない棍棒を捨てて杖を選んだ。

 とは言っても、もちろん魔法詠唱なんてできるわけでもない。杖が一番、「あっち」とか「そっち」とか指示を出しやすいのだ。本当にそれだけだ。


 ゴブリンが「ギャッ!!」と悲鳴を上げて、喉元を押さえて崩れ落ちる。

 そこを左肩を負傷していたクラスメイトが棍棒でとどめを刺した。


「わ、悪いっ! 助かった!」

「キャンプに戻ってその傷、治療してきて。で、その後合流してくれるかな? 洞窟を制圧したい」

「制圧?! わ、わかった」

 僕の呼びかけに、負傷したクラスメイトが応じる。

 これで6人。あと7人ぐらいは欲しいかな。


「まつおさん、次はどうする?」

「キムはそのまま前進して、メルはえっと……、適当でいいや」

「適当って、そんな適当な」ルッ君が口を挟む。

「わかった」メルが返答。

「わかったのかよ!」


 ルッ君はツッコミ役としてもなかなか優秀なようだ。


「ほら、あそこにいる2人、わかる? なかなかいいコンビだ」


 僕は杖で右端を指した。

 二人の筋骨隆々な青年がゴブリン5匹と戦っている。

 二人ともキムと同じぐらい大柄だ。背中合わせになって、ゴブリン達と対峙している。

 キムと違うところがあるとすれば、その戦い方だ。


「うおりゃああああ!!!」

「かかってきなさいっ、ムおらぁぁぁ!!」


 攻撃一辺倒。相手の攻撃が当たろうと当たるまいと気にせず、ゴブリンに突撃して強烈な

一撃を放つ。

 当然ながら、二人とも満身創痍だ。

 だが、どれも軽傷で、これだけの激戦にも関わらず重大なダメージは二人とも受けてい

ない。それもそのはずで、あまりにも捨て身の攻撃にゴブリン達の腰が引けてしまってい

る。

 キムの攻防一体の戦い方とは違って、その戦闘スタイルに知性はまったく感じられない

が、これはこれで合理的な戦闘スタイルということなのだろう。


「彼らが必要だ」

 僕は 3 人にそう告げた。



「やあやあ、頑張っているね、諸君」


 僕がにこにこ笑いながら二人に近づくと、二人は揃って指を指してきた。


「あっ! まぎらわしい名前のやつ!」

「アラやだ、まつおさんじゃない!」


 片方の失礼極まりない言い方ともう片方の特徴のありすぎる言い方で、思い出した。

 この二人は講堂でメルの近くにいた連中だ。


「くそっ、呼び捨てにしたいのに、さん付けしかできねぇ名前とはっ!!」

「なんて恐ろしいオトコなの……っ、でも、そこがス・テ・キ」

「え……、『まつお』って呼べばいいだけなんじゃないの?」


 メルが小声で呟くのが聞こえた。あまりのアホさにちょっと引いているようだ。


「ちょっとさ、二人に手を貸してほしいんだけど」

「いや、今、こいつらと戦ってるからさ」

「ンもう、しょうがないわねっ」

「ああ、うん、終わってからでいいんだけど……えっ」


 左の男から右手を、右の男(?)から左手をポン、と差し出されて、僕はたぶん、目を丸くしているんだと思う。


「今は片手しか無理だわ、ごめん」

「やさしく扱ってねっ」

「い、いや、手を貸してってそういう意味では……」

 これにはルッ君とキムも言葉を失っていた。


「なぁ、キム、このアホ二人はなんていう名前なの?」

「……左のモヒカンのアホが花京院、右のスキンヘッドのアホがジョセフィーヌだ」


 ア、アホだ……、名前からしてアホだ。

 僕は頭がクラクラするのをこらえて、二人をどうやって説得しようか必死に思案をめぐ

らせた。



「フッ、ハッ!! ほう、するとけいは私の麾下に属したいというのだな?」

 

 無駄に長い金髪をサラッとかき上げながら、ジルベールが言った。


「いや、そこをどいて欲しいんだけど……」


 僕がそう言うと、ジルベールは指を振りながらチッチッチ、と口を鳴らした。


「なに、恥ずかしがることはない。このジルベール、身分は違えど臣下に対しては厚遇を

約束しよう」

「いや、そんなボロボロの身体でそんなこと言われても」


 足をぷるぷると震わせながら、棍棒を壁に突き立ててかろうじて立っている状態。

 なんと言えばいいのだろう。「華麗な白鳥が水面下では必死にもがいている」というのを

全身で体現している感じだ。


「とりあえず、『閣下』は一旦撤退して。後はこちらで引き受けるから」


 半分皮肉で「閣下」と呼んでみると、ジルベールの顔がぱぁっと明るくなった。こいつの

あだ名は閣下で決まりだな。

「ふむ、確かに、勇気ある撤退も将たる器に求められる処と言えよう。よかろう、この場

は卿らに任せる」

「了解!」


 足元をぷるぷるさせながら、それでも上半身は悠然と、ジルベールは入口へと戻っていっ

た。


「お前の言った通りだな、アイツは……、ダメだな」

 

 キムがそっとささやいた。


「だろ?」

「うははは! C組って、なんか変な奴ばっかだよな!」

「貴方が言わないで欲しいわ」


 メルが花京院にツッコんだ。


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