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第十章「ヴァイリスの至宝」(6)〜(7)


 キムの盾がぴかぴかになって返ってきた。


「持ち手のこの細工……、これ、ドワーフ職人が作った高級品じゃないのか?」

「キムのこの盾には本当に助けられたからね」


 大喜びするキムにそう答えてから、僕は妙な既視感(デジャヴ)を覚えた。


「あ!! お、お返しとかいらないからね!?」

「何言ってんだ。あたりまえだろ」


 キムがあきれたように僕を見た。


「お前がオレの盾をクソまみれにしなきゃ、そもそもこんなことにはならなかったんだからな」


 そう言いながらも気にいったのか、盾の取っ手のつかみ心地を何度も確かめている。

 ……あ、ニオイをかいでる。

 さすがにもう、うんこのニオイはしないと思うんだけど。

 ……ユリーシャ王女殿下の威信にかけて。


『士官学校生徒および教職員に告ぐ』


「うわっ、なんだ?!」


 突然魔法伝達(テレパシー)が全員に飛んできて、ルッ君が声をあげた。


『士官学校生徒および教職員は、身なりを整え、至急、大講堂に集合せよ』


「私の読書の時間を妨げるとは……無粋なことだ」


 偽ジルベールが読みかけの本を静かに机に伏せた。

 「高潔な騎士の精神と葛藤」という題名だった。

 いつも思うんだけど、こういう本ってどこに売ってるんだろう。


「おっしゃ! 次の魔法講義受けなくていいんだ! ラッキー!」


 ルッ君がそう言って、隣の花京院とハイタッチしている。

 そんなルッ君の制服にも、他のみんな同様、今回のユリーシャ王女救出の功として、金色に輝く勲章が付けられている。

 

(よく考えたらあいつ、肉食ってただけなんだけどな)


 それに引き換え……


「なぁに?」


 僕の視線に気付いて、メルが銀縁(シルバーフレーム)の眼鏡ごしにこちらを見た。

 廃屋敷での冒険以降、なぜかメルは長い銀髪を伸ばしっぱなしではなく、サイドをゆるめに編み込んで、前髪をふわっと垂らしたポニーテールに変えた。

 めちゃくちゃ似合ってる。


「ううん、ごめん。見ちゃってただけ」

「そう」


 メルの魔法情報票(インフォメーション)には、一つ情報が追加されている。


 魔術死霊殺し(レイスキラー)……。


 あの日のキム、メル、ルッ君、ユキたち暖炉班は、あの後かなり大変だったらしい。

 

 うんこの煙に耐えられなくなって発狂寸前になった裏切り者の近衛兵たちは、死にものぐるいで暖炉の仕掛けから脱出しようとした。


 だが、ああいう場所で通せんぼをするのに、キムほどの適任はいない。

 うんこの煙で窒息寸前だったとはいえ、本来の戦闘能力では格上であるはずのエリート兵士である近衛兵たちでさえ、キムが鋭い刃がたくさん付いた大盾をフルに活用した封鎖の前に、なす(すべ)がなかったようだ。


 ただし、一つだけ問題があった。

 力尽きる寸前だった死霊術師(ネクロマンサー)は、その小競り合いでわずかに生じた外気で生命力を取り戻し、持てる力のすべてを結集してレイスたちを召喚したのだ。


 その数、なんと15体。

 キムが必死に封鎖して、ユキがとっさの機転で左側の燭台を取り外し、火打ち石でロウソクを着火したものを槍の要領で振り回してレイスに応戦してメルが戦いやすいように誘導して、ルッ君がただわーわー言いながら逃げ回っている中。


 ……メルはその15体のレイスを無傷で葬ったらしい。

 彼女が魔術死霊殺し(レイスキラー)じゃなければ、誰がそうだというのだ。


「遅れるわよ?」

「あ、今行く」


 ぼーっとしていた僕は先に行くメルを慌てて追いかけた。


「その髪型、すごい似合ってる」

「ありがと」





 大講堂には他の生徒たちが全員集合していた。

 またCクラスが一番遅かった。……恥ずかしい。


 ……ちなみに一番遅かったのは花京院とジョセフィーヌだ。

 ジョセフィーヌが士官学校の講師で一番抱かれたいのは誰かという話をしていて、花京院が講師と生徒がそういう関係になっても校則的にアリなのかどうかという話をしていた。


 そんな二人の声がデカいから、僕たちは下を向いて「こいつらと僕たちはまったく関係ありません」というアピールをしていた。


「おはよう、まつおさん」

「お、アリサ、おはよ」


 アンナリーザが僕に挨拶をして、B組の生徒たちがギョッとした目でこちらを見る。


「アリサ……」

 

 メルが小さく呟くのが聞こえた。


「いつの間に仲良くなってんのよ……いやらしい」


 ユキの大声が聞こえた。


「諸君、静粛に!!」


 いつの間にか大講堂の教壇にはボイド教官が立っていた。

 相変わらず、学長らしい人はいない。

 もしかして、ボイド教官が学長なんだろうか。


「これから、我らがヴァイリス王国の方々がお見えになられる!! 全員、誇り高きヴァイリス士官候補生

であるという自覚の下、節度を持った態度で望むように!!」


 厳しい顔をしたボイド教官がカイゼル髭を震わせてそこまで言うと、少しいたずらっぽい顔をして付け加えた。


「……ようするに、私語をやめて静かにしてろってことだ。わかったな」


「ボイド教官の言うことって、わかりやすくていいよな」

「しーっ! お前全然わかってないじゃないかよ」


 ルッ君が花京院を小声でツッコんだ。


 その時、大講堂の反対側の大扉が勢いよく開き、白銀の甲冑に身を包んだ騎士たちが大きなラッパを持って入場した。

 歩調が一切乱れることなく行進した騎士たちが大講堂の中央部で整列すると、そのうちの一人が大扉に向かって直立不動の姿勢を取った後に敬礼して、大きく声を張り上げた。


「ヴァイリス王国宰相 アルフォンス・フォン・アイヒベルガー閣下のご入場!!」

「さ、宰相閣下?!」


 ユキの驚きの声が、大講堂全体に響き渡るラッパの音でかき消えた。

 勇壮なファンファーレと共に、近衛騎士たちを引率して白髪の上級貴族が入場する。


 (前宰相はベイガンっていう人だっけ。ユリーシャ王女殿下誘拐の首謀者であることが発覚して、この人が新しい宰相になったんだな)


 肩章がついた豪華な礼服を身に纏い、見事なまでに真っ白な髪をオールバックにしていて、丁寧になでつけた口髭がぴん、と上を向いている。金縁の片眼鏡(モノクル)をかけ、左手を後ろ手に組み、右手にステッキを持って、背筋をまっすぐにして入場する様は、まさにノーブルというにふさわしい。


 士官学校とはいっても、事実上冒険者養成学校である僕たちは、このあいだの謁見の時のような特別な場合を除いて、特にこういう場での礼儀作法を教わる機会はない。

 ……にも関わらず、アルフォンス宰相閣下の姿を見た途端、生徒たちは一斉に中央を向いて直立不動の姿勢を取りヴァイリス王国式の敬礼をした。……花京院だけちょっと遅れた。


 見た目よりもお若いのか、しっかりとした足取りで教壇を上り、場所を譲るボイド教官に軽くうなずくと、アルフォンス宰相閣下はおごそかに口を開いた。


「これより、先の旧ベルゲングリューン伯爵領でのユリーシャ王女殿下誘拐事件において、王女殿下救出に特に功績があったものに褒賞を与える!!」


 アルフォンス宰相閣下がよく通るバリトンボイスでそう宣言すると、再び騎士隊によるファンファーレが大講堂に鳴り響いた。


「ヴァイリス士官学校生徒1年!! 『爆笑王』まつおさん!! 前に!!」

「……は?」

 極限までに張り詰めていた大講堂に、どっ、と笑いが起こった。


「せ、静粛に! 宰相閣下の御前であるぞ!!!」


 そういうボイド教官も笑ってるじゃないか……。


「まつおさん、返事」

 

 メルが笑いをこらえながら、小さい声で僕に言った。


「っ! ハッ!!」


 全校生徒の視線を感じながら、僕は緊張した足取りで整列する騎士隊の間を通り、教壇に立つアルフォンス宰相閣下の前でひざまずいた。


「ユリーシャ王女殿下の格別なはからいにより、ユリウス国王陛下の許可の下、貴公に旧ベルゲングリューン領を与えるものとする!」

「へっ?」


 僕は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。


(まつおさんッ)

「つ、謹んで拝領つかまつります!!」


 ボイド教官の小声の叱責で我に返って、僕はなんとか返答する。


「加えて、旧ベルゲングリューン領を授与されたことを以て、ユリオス国王陛下の御名の下、貴公にベルゲングリューンの伯爵位を授けるものとする!」

「ええええええええええええええええええええ」


 ……振り向かなくても誰かわかる。ユキだ。

 宰相閣下のお言葉にも関わらず、大講堂に大きなどよめきが起こった。


 ちょっと正直、状況がよくわからない。

 伯爵って、貴族ってことだよね?

 男爵、子爵、伯爵の伯爵だよね?


 一般庶民から、男爵と子爵抜かしちゃっていいの!?

 オンボロ屋敷しかないのに伯爵??

 

 名ばかりの爵位ってことなんだろうけど、それって本当に受けちゃって大丈夫なの?


 だめだ、時間がない。

 考える時間が圧倒的に足りない。


(まつおさんッ、返事だッ、まつおさんッ)



「は、はっ……、謹んで拝命つかまつりまするぅ!!」


 ほとんど半泣きになりながら、僕はそう返答した。


「……よろしい。これからは、『まつおさん・フォン・ベルゲングリューン伯爵』を名乗るがよい」


 まつおさん・フォン・ベルゲングリューン伯……。

 むちゃくちゃかっこいいんだか、むちゃくちゃかっこ悪いんだか、よくわからん名前だ。


 ユリーシャ王女殿下の言っていた『(わたくし)にすべて任せておくがよい』って、こういうことだったのか……。


 僕は貧血でその場にぶっ倒れそうになるのを必死でこらえながら、ユリーシャ王女のいたずらっぽい微笑みを思い出した。


 たしかに、あの屋敷と周辺一帯が僕の領土ということになれば、王国の警備隊によって封鎖されることもなく、子供たちは自由に遊べるだろう。


 あの子達の喜ぶ顔が目に浮かぶ。

 そういう意味では、たしかに願ってもない話だ。


 でも、伯爵って……。

 剣も魔法もロクに使えず、仲間に頼ってばかりで一般庶民の僕が……。


「コホン……、ちなみに」


 アルフォンス宰相閣下が僕にだけ聞こえるように、小さな声で言った。


「授与の際に『爆笑王』を必ず付けるようにお命じになったのは、ユリーシャ王女殿下だ」


 そう言うと、ほんの一瞬。

 ほんの一瞬だけ、厳かな表情の宰相閣下が口元を緩めた。


 

 ヴァイリス士官学校一年生。

 「爆笑王」まつおさん・フォン・ベルゲングリューン伯としての人生は、こうして始まったのである。


11月3日に序章を書いてから6日間。

空いた時間のすべてを使ってなんとか書ききりました。

もしこれが文庫本になったら、ここまでが1巻のイメージで考えています。


いかがでしたでしょうか。

爆笑王と呼ばれた劣等生と、その仲間たちが繰り広げる物語を、これからも楽しんでもらえたら嬉しいです。

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