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第九章「廃屋敷の冒険」(7)



「大丈夫かな、沈まないかな」

「さぁ……、でも、ここまでこのボートで運んだんでしょうから、大丈夫じゃないかしら」

「なるほど……」


 汗だくになりながら棺をボートに運んで、僕はオールを漕いだ。

 さすがに、キムはともかく、女の子(アンナリーザ)に漕がせるわけにもいかない。


 棺の中身が気になった僕は急遽予定を変更して、これを冒険者ギルドまで持ち帰ることにした。

 あんな祭壇に祀られていたぐらいだから、ちょっとシャレにならない代物が入っているかもしれない。

 たとえば、もしうっかり上級悪魔(グレーターデーモン)の封印でも解いてしまったら、僕たち全員の即死は免れないだろう。

 

 幸い、今は首都アイトスの冒険者ギルド本部に各国の銀星(シルバースター)以上の冒険者が集結している。

 彼らが見守る中で棺の中身を確認すればとりあえずは安全だろうし、もし高位の魔導師(ウィザード)や賢者クラス、あるいは高レベルの盗賊(シーフ)がいれば、棺を開けることなく中身を確認することすらできるだろう。


「あなたの言ったとおりだった」

「うん?」

「神様がくっちゃべっているのを聴いているより、面白かったわ」

「うちのクラス、おもしろいでしょ」

「うん」


 棺はルッ君か偽ジルベールあたりを連れて運ぶつもりだったけど、アンナリーザが同行を申し出てきた。

 拷問を受けていた兵士の介抱をお願いしたいし、棺は重いしどうかと思ったんだけど、自分ができる救護措置はすべて行ったし、神託があったからと言われれば、断るわけにもいかない。


「ふぅ、子供たちもこれで安心かな」

「……さぁ、それはどうかしら」

「うん?」

「今回の連中が何を企んでいたにせよ、この屋敷一帯が手つかずの状態だったから根城にしていたわけでしょ。その犯罪が重大な事態であればあるほど、ここはヴァイリス王国に封鎖されて、立入禁止になる可能性が高いと思うわよ」

「そっか……、それもそうだね」


 僕はバカか。

 その可能性を考えてなかったな。

 せっかく子供たちが教えてくれたのに、子供たちの遊び場を奪ってしまった。

 湖で魚釣りもしてみたかったな……。


「……あなた、泣いてるの?」

「いやいやいや、何いってんの」


 僕は下を向いてボートを漕いだ。


「……へんなひと」

「ん?」

「ほら、着いたわよ」


 アンナリーザがひょい、とボートから飛び降りて、僕は棺を押し出すようにボートから下ろした。

 棺の先端に結んであるロープでひきずるようにして、馬車の車輪の跡をたどった。


「よかった…いたいた」


 ここにそれがあるかどうかは、半々だった。

 二頭立て馬車が停まっていたのだ。

 それも、かなり高級そうなやつだ。


「おお、馬だ……めちゃくちゃ毛並みがいい」

「ずっとここで待ってたのかしら……、お利口さんね」


 僕とアンナリーザは、しばらく馬車を眺めた。

 黒塗りの車体に瀟洒な金の細工がちりばめられた美しい外装は、こんな薄暗い夜の森で見ても、どこぞの諸侯が使っていてもおかしくないレベルの代物であることは明白だった。

 美しい毛並みが月明かりで反射する二頭の隆々とした漆黒の馬の存在感が、それ以上に馬車のグレードを物語っていた。

  

「これ、そのままネコババできないかな」

「やろうと思えばできそうだと思うけど……どこに置くのよ」

「……だよね。君んとこの教会に置く?」

「あのね、質素倹約清貧がモットーの教会にこんな豪華な馬車が置けるわけないでしょ」

「お金持ちなくせに貧乏なフリをする教会に、貧乏なくせにお金持ちなフリをする貴族か、どっちも大変だなぁ」

「……あのね、うちは本当に貧乏教会なのよ。『聖女』だとか騒がれてるから、お布施は集まるけど」


 教会に寄付されるお布施はほとんどアヴァロニアの教皇庁に持っていかれるのだとアンナリーゼは言った。だから、枢機卿(カーディナル)や大司教クラスじゃない教会はどこも貧乏なのだと。


 そんなことを話していると、重たい棺がようやく荷台の前に到着する。


「ちょっと一人じゃ無理そうだから、お願いしてもいい?」

「こう見えて、力仕事には自信があるのよ」

「こう見えてっていうか、けっこう得意そうに見える」

「あら失礼ね」


 夜風が冷たくなってきたのかアンナリーザは男物の黒い外套(コート)の前を閉じて、軽やかな足取りで荷台に登った。


「はい、どうぞ」

「行くよ、せーのっ! とっ!」


 うっかり上位悪魔(グレーターデーモン)の封印を解いてしまったりしないよう慎重に持ち上げて、僕は棺を荷台に乗せる。


 そのまま、牽引につかったロープを荷台に巻きつけて、しっかりと固定させた。


「これでよしっと」


 僕はそのまま荷台を降りて、馬車の御者台に回り込んだ。


「あなた、馬車を使えるの?」


 隣の御者台にちょこんと座って、アンナリーザが言った。


「いや、触ったことすらない。君は?」

「ないわよ。……どうするの?」

「わかんないけど、とりあえず手綱でこう、クイッとやったら動くんじゃない?」


 クイッ。


「ぶるるる」

「……」

「……」


 僕が手綱を引っ張ると、馬がバカにしたような目でこちらを振り向いたが、それ以上はぴくりとも動かなかった。


「貸して、私がやってみる」


 アンナリーザは僕から手綱をひったくると、その手綱を使って、馬たちの背を軽くぴしっ、と打った。


「ぶるるるっ!!」


 ぱか、ぱか、ぱか……。


「おおおお」


 二頭の馬が、まるでパレードの行進のようにゆったりとした足取りで歩き始めた。


「ずるいぞ! やり方知ってたんじゃないか」

「ふふっ、見様見真似でやってみただけよ」


 そう言いながらも、アンナリーザは得意満面の顔をこちらに向けてきた。

 くそ、かわいいじゃないか。


「あ、そうだ。ソフィアさんに連絡を入れないと」

「そういえば、あなた魔法伝達(テレパシー)が得意だったわね。……ソフィアって誰?」

「冒険者ギルドイグニス第二支部の職員さんで僕の上司。きれいなおねぇさん」

「あら、そう」


 僕はアンナリーザに説明すると、意識を集中してソフィアさんの顔をイメージした。


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