第三部 第三章「ベルゲングリューンの光と闇」(7)
7
「くっ!! 氷の壁ッ!!」
すさまじい咆哮の後、火竜が吐き出したすさまじい炎の息を、オールバックくんの無詠唱魔法がなんとか食い止めた。
「くぅっ……!!」
彼のとっさの反応のおかげで炎の直撃はなんとか免れたけど、皮膚を突き刺すようなすさまじい熱風に、僕たちは顔をしかめた。
「ありがとう、オールバックくん。直撃したら全員死んでたね」
「いや。……動けるか?」
「ダメみたい。足がすくんで動けない。……ビビっちゃってるのかな、僕」
オールバックくんに苦笑しながら言うと、ヴェンツェルが首を振った。
「いや、これは竜の咆哮によるものだ。常人があれをやられて、立っていられるはずがない」
「これで動けなくなったところを、あのブレスが飛んでくるのか……、むちゃくちゃだな」
少しずつ動けるようになった身体でなんとか火竜から距離を取りながら、キムがうめいた。
僕たちを火竜のブレスから守ってくれたオールバックくんの氷の壁は、あの一発でその氷壁の半分が蒸発していた。
もう一発食らったらとても保たないだろう。
「ヴェンツェルちゃん、弱点とかないのぉ?」
「……今、情報を送る」
ヴェンツェルがジョセフィーヌに答えると、視界の端に魔法情報が表示された。
「炎無効、毒無効、麻痺無効、睡眠無効……、うわ、なにこれ。何も効かないじゃん!」
「弱点は氷……そりゃそうだろ」
ルッ君とキムが魔法情報にツッコんだ。
「だから言っただろう。人生が終わる可能性が高いと」
ヴェンツェルがため息まじりに言った。
意外と冷静だ。
普段のヴェンツェルは何かがあると慌てて駆け込んでくるイメージだったけど、腹が決まるとこんな感じになるんだな。
「ふむ……」
横で黙って聞いていたジルベールが、ノームの魔法金属製の槍斧を片手で担ぎ上げ、その感触を確かめるようにすると、なんと投擲槍のようにそれを火竜に向かってぶん投げた。
ビュッッ、と鋭い風切音を立てて、大きく弧を描いた槍斧の穂先が、火竜の眉間めがけて飛んでいく。
「ア、アホか!! ワイらの力作を、そんな使い捨てみたいに!!!」
「い、いや……、槍斧ってめちゃくちゃ重たいのに、あんな風に投げられるのすごくない?」
「意外と軽かったのだ。質の良い魔法金属なのだろうな」
「どアホ!! それがわかっとるなら、もっと大事に扱ったらんかい!!」
戦列に加わっているノームに叱られながら、僕たちは槍斧が着弾する様を観測する。
ぷすっ。
「い、いや、ぷすって……」
眉間に刺さった槍斧を、巨大なドラゴンはまるで小さなトゲでも刺さったかのように軽く身じろぎさせた。
ビュッッ!!!
「うわっ!!!」
ただそれだけで、眉間に突き刺さった槍斧がこちらに飛んできて、僕の足元に深々と突き刺さった。
「なんで僕なんだよ……、閣下が投げたのに……」
「火竜は他のドラゴンより獰猛な分、知能が低いが……、そうは言ってもドラゴンだ。誰が総大将か、わかっているのだろう」
「総大将はルッ君です!!! ドラゴンさん、こいつですよ!!」
「わっ、バカ、そういうのマジでやめろよ!!」
僕が指差すと、ルッ君が本気で嫌がった。
「あの強靭な鱗では、剣も矢もまともに通さぬだろうな」
それを試すために投げたらしい。
ジルベールが地面に突き立った槍斧を拾おうともせずに言った。
「私も!! ハッ!!!」
ミスティ先輩の真紅のマントの内側が光ったかと思うと、この世で彼女だけの唯一武器、天雷の斧が水平に回転しながら飛んでいき、火竜の首に突き刺さった。
まったくダメージがないのか、火竜は声すら上げない。
「……硬いっていう感じじゃないわね……、ただ、圧倒的に肉厚な感じ」
冷静に分析しながら右手を上げると、シュルシュルと風音を立てて天雷の斧がミスティ先輩の手元に戻った。
「竜殺しって呼ばれるような連中というのは、よほどのバケモノなのだな……」
「動きが遅いのがせめてもの救いですね……」
ヒルダ先輩とメルがそう言うと、ヴェンツェルがまた首を振った。
「いや、たしかに動作は遅いが、一度動くと早いらしい。特にテイルスイングと呼ばれる尻尾による薙ぎ払い攻撃は、熟練の冒険者でも回避は難しい。ブレスによる死因よりも多いと聞く」
「あー、若獅子祭とかクラン戦の時のガーディアンみたいな感じか」
ルッ君の例えがわかりやすかったので、みんながうんうんと頷いた。
攻撃動作に入るまでは遅いけど、一度入ったらものすごく早い感じのやつだ。
あのイメージで動けば、なんとか対応できるかもしれない。
そう思った瞬間。
ブンッッッ!!!!
「ッ!! ごはぁッ!!!!」
「ベルっ!?」「ベルくん!!」「殿っ!!!」「お兄様!!」「イヴァッ!!」
かなり距離を空けていたはずの火竜の巨大な尻尾が、まるでテレサの鞭のように大きくしなって、僕の左半身に向かって飛んできた。
薙ぎ払うと聞いていたので、縦の攻撃を警戒していなかった僕は一瞬対応が遅れ、水晶龍の盾でなんとかガードをしたものの、盾ごと吹き飛ばされて、キムの身体にぶつかった。
「いってぇぇぇぇ!!!!」
「べ、ベル!! 大丈夫ッ?!」
「ああ、メル、大丈夫……。尻尾の一撃より、キムの鎧の尖ったところが、僕の頭に刺さった方がダメージかも……」
「ちょ、ちょっと……出血してるわよ!?」
危険を顧みずにアリサが駆け寄ってきて、僕に回復魔法をかけてくれる。
その無謀な行動に、メルとギルサナスがアリサのガードに回った。
「な、なんか、ごめんな」
キムが自分の鎧を見下ろしながら言った。
めちゃくちゃ痛かった。
あんな鎧が転がってきてズタズタにされたんだと思うと、ゴブリンたちに申し訳ない気持ちになった。
それにしても……。
「あ、左腕が動かない……」
「べ、ベルくん……、う、腕がぷらぷらしてるわよ……」
強烈な痺れが先にきたからか、頭に刺さったキムの鎧がめちゃくちゃ痛かったからか、腕の痛みをまったく感じなかったんだけど、どうやら今の一撃で僕の腕の骨が折れてしまったらしい。
「アリサ、骨折って、回復魔法で治せないんだっけ」
「う、うん……。っていうか、なんでそんなにケロっとしてるの?」
「アドレナリンが出ているからだろう。きっと、後ですごく痛いはずだ」
「ヴェンツェル、嫌なこと言うなよ……」
「殿、大丈夫か? 顔色が、真っ白だ」
「真っ青じゃなくて、真っ白なの? ……やばいな」
骨折のせいか、火竜から発せられる熱気のせいか、額から脂汗が止まらない。
だけど、そうも言っていられない。
「あれ、そういえば、あいつ壁をあんなに派手に壊したのに、火山ガスが全然噴出してこないね」
「あれをよく見て御覧なさい。火竜の皮膚が、火山性ガスをどんどん吸収しているんですわ」
「もしかしたら、アレを燃料にして、あの強烈なブレスを吐いているのかもしれないな」
僕の疑問に、アーデルハイドとギルサナスが答えた。
ギルサナスは僕に答えながら、暗黒魔法の詠唱に取り掛かっている。
「万物の根源に告ぐ……、常闇の深くより混沌を生み出せし……」
「キム、詠唱を妨害してくる可能性が高い。ギルサナスを守って!」
「お、おう!」
心配そうに僕を見ていたキムが、我に返ったようにギルサナスの前に配備する。
案の定、そこに火竜の尻尾がすさまじい速度で飛んできた。
ガギィィィンッ!!!!
「ぐぅぅぅっ……!!!」
「おおっ、止めたっ!!!!」
キムは苦痛に歯を食いしばり、体ごと後ろにノックバックしながらも、火竜のテイルスイングを正面から受け止め切った。
「さすが、僕がプロデュースした盾!!」
「そこは『さすがキム』って言えよ!!」
「わ! キム!! 『返し』が来る!!」
「くっ!!!」
振り払ったタメを使って、火竜の尻尾が反対側から極太の大剣のように振り下ろされる。
キムはそれを、大盾を屋根に隠れるようにして受け止めた。
「んぐぅぅっ……」
「キ、キム?!」
「だ、大丈夫だ……」
キムがぷるぷると腕を震わせながら立ち上がった。
「僕は一発で腕が折れたのに、キムだけ無傷なんてズルいな……。僕も肉ガッツ食いしたほうがいいのかな」
「あんたは思いっきり油断してたからでしょ!! ここで冒険終わるかも、とか言ってたんだから、余裕かましてるんじゃないわよ!」
いつものツッコミかと思ってへらへら笑ってユキを見たら、涙目になっていた。
そんな顔しないでよ……。
「キム、本当に大丈夫?」
「ああ……。だけどよ、こんな攻撃、そう何回も受け止め切れんぞ……」
「フッ、これで終わらせてやるさ」
詠唱を終えたギルサナスがキムにそう言うや否や、ノーム王国の天井付近から無数の暗黒剣が出現し、ヒュンヒュンと音を立てて火竜にめがけて雨あられのように降り注いだ。
「グゥオオオオオオオオッ!!!」
「おおっ、効いてる効いてる!!!!」
花京院が叫んだ。
そういえば、ヴェンツェルの魔法情報に、出血耐性はなかった。
「なるほど、魔法は普通に通るんだね」
「だが……、ダメージはほとんど通っていないようだ……」
ギルサナスが悔しそうに言う。
どうやら渾身の威力を込めて放った攻撃だったようだ。
「アーデルハイド」
「ええ、わかっていますわ」
アーデルハイドはすでに魔法術式を終えていた。
彼女の魔法は無詠唱ではない。
だけど、そんなのはハンデにならないぐらい、ものすごく詠唱が早い。
そして彼女の最も得意とするのは……、並列魔法。
「氷撃魔法ッ!!!」
虚空に浮かび上がった無数の魔法陣から、次々と氷の塊が火竜をめがけて撃ち出される。
「すごい……、魔法学院で見た時より魔法陣の数が増えてる……」
「私も遊んでいたわけではありませんのよ?」
感嘆したミヤザワくんの言葉に、アーデルハイドが得意げに言った。
「おおっ、効いてる効いてる!!!」
花京院が叫んだ。
さっきからそればっかりだな。
「グォォアアアアッ!!!」
火竜にとっては暗黒魔法以上に嫌な攻撃だったらしく、表皮からシュウウウウッ、と大量の水蒸気を噴き出しながら、雄叫びを上げる。
「ブレス、来るわっ!!!」
「氷の壁ッ!!」
メルの言葉に合わせて、オールバックくんがすぐさま防護魔法を展開する。
だが……。
火竜はさっきと違って、カエルを丸呑みにしたヘビのように喉の下を膨らませて大きく口を開けた。
「ダメだっ!! さっきのブレスより強烈なのがくるぞ!!」
ヴェンツェルが叫ぶ。
「一枚じゃダメだ、皆、急いで後ろに下がれ!!」
「ゴブリン部隊、全軍すみやかに後退せよ!!」
「ノームのみんなも下がって!! なるべくこっちに寄って!!」
オールバックくんが叫んだのに合わせて、イングリドと僕がそれぞれ号令する。
「氷の壁ッ!! 氷の壁ッ!! 氷の壁ッ!!」
オールバックくんが、魔法学院で僕にやったように、無詠唱で氷の壁を次々に僕たちの前方に展開させた。
(オールバックくんを連れてきて正解だったな……)
味方になってこれほど心強い存在は、なかなかいない。
たとえばこれが戦争だったら、ほとんどの大魔法を防ぐことができるのだから、なるほど、『バルテレミーの盾』として彼の一族が名門貴族なのも頷ける。
「オオオオォォォォォォォッ!!!」
鼓膜をつんざくような咆哮と共に、目を灼かれそうなほどまぶしい煉獄の炎が、ノーム王国全体を水平に薙ぎ払うように火竜の口から吐き出される。
「あつっ、あっつ!!!!」
「ひぃぃぃぃぃっ!!!」
最前列にいるキムが熱風に悲鳴を上げ、ミヤザワくんは慌てて、ローブのポケットにしまい込んでいた火薬袋を片っ端から投げ捨てると、それが次々に引火して爆発した。
ミヤザワくん、よく気がついたね……。
それポケットに入れたままだと一人だけ爆死してるとこだ。
「あ、あぶねぇぇぇぇぇっ!!!!」
ルッ君がうめいた。
オールバックくんが急いで展開した四枚の氷の壁はドラゴンの炎で跡形もなく消失し、最初のブレスでほとんど溶けかけていた一番手前の氷の壁が、ギリギリのところで火竜の強烈なブレスを食い止めてくれたのだ。
「べ、ベルくん、まだ何か思いつかないの?!」
「え、何を?」
ミスティ先輩のことを、僕は思わずぽかんと見上げた。
「な、何をって、いつもこういう時、何か思いつくでしょ!」
「い、いや、そう言われても……」
僕は何かを思いつくどころか、何かを考えようともしていなかったことに気づいた。
骨折のダメージなのか、熱風にやられたのか、脂汗が止まらず、頭がぼーっとする。
「テレサ、あの竜を調教できない?」
「……お兄様、私をなんだと思っているんですか……」
「はは、やっぱりそうだよね」
僕は苦笑した。
地獄の番犬すら調教してしまうテレサなら、もしかしたらと思ったんだけど。
「ドラゴンテイマーという伝説の獣使いがかつて存在したらしいですけど、幼竜の段階からしつけていたそうです。おそらく、あんな完全体の成竜はドラゴンテイマーでも無理だと思います」
「ブッチャーみたいなもんか。あ、そういえばブッチャーは?」
「おなかがすいたみたいで、僕の足を軽くかじって消えちゃった」
「そ、そう……」
なんてマイペースな奴なんだ。
「あ、ダメだ、死ぬわ俺たち」
花京院が言った。
「花京院、アンタなんてこと言うの!」
僕が骨を折ってから、なんだか余裕が感じられないユキが花京院を叱った。
「い、いやだってよ……、まつおさんの顔見てみろよ。完全にアホの顔だぞ。ベルゲンくんの顔だ」
花京院にアホって言われると腹が立つのはなんでだろう。
「うーん、そう言われてもなぁ……。召喚魔法を使おうにも、僕の魔法は呼びっぱなしで元の場所に返してあげられないから、ここで呼んじゃうと一生地底で暮らすことに……」
どう考えても太刀打ちできる相手じゃないから、召喚して助っ人を呼ぶことは最初に考えた。
たとえば、あの規格外の「天下無双」ロドリゲス教官とかなら、火竜相手でもメッコメコにできるかもしれない。
「なんだお前ら、こんな火トカゲも相手にできんのか。気合が足りんのだ。グラウンド1万周だな」
とか言ってボコボコにする光景が目に浮かぶ。
でも、僕たちはメッコリン先生のおかげで小型化できるからいいけど、今ここで呼ばれた人はトンネルを通れないのだ。
いや、でも、もうそんなこと言ってられないから、呼んじゃおっかな。
外に出られるようにノームたちに拡張工事をしてもらっている間、ロドリゲス教官にはくそまずい苦茶でも飲んでトンネルで何ヶ月か暮らしてもらって……。
……火竜から生き延びても、ロドリゲス教官に殺されそうだ。
「ん、いや、待てよ……」
トンネルを通れるような小柄な体型で。
竜殺しのエキスパートで。
僕がよく知っている人。
「あ……勝った」
「「「え?」」」
僕のつぶやきに、アリサやメルが顔を上げた。
「……なんで思いつかなかったんだろ。いるじゃないか! 背が低くて、こんなドラゴン退治にこれ以上ないという適任者が!!」
僕はキムに護衛を任せて、小鳥遊を地面に突き立て、自由が利く右手で六芒星を描いた。
額を伝う脂汗が目に入るけど、その刺激で目を閉じそうになるのを必死に耐えながら僕は意識を集中させる。
僕が召喚するのは、そう、あの人だ。
あの人しかいない。
ユリーシャ王女殿下救出の後に連行された酒場で出会い、その後、ベルゲングリューンランドで再開した、ドワーフの戦士。
100匹竜殺しのギム。
この状況を解決するのに、彼以上の適任がいるだろうか。
(ああ、これでなんとか打開できる……。生き延びることができる……。オールバックくんの氷の壁で時間を稼いでもらって、あとは、ギムさんに……)
そこまで考えたところで、僕はふっ、と意識が急速に遠のいていくのを感じた。
(そ、そんな……、も、もう少しなのに……、もう少し……なのに……っ)




