第三十一章「作戦名:ベルゲングリューンの井戸」(5)
5
ピーッ!! ピッピッピピッピピッ!!!
ピピッピピッピ!! ピピッピピッピ!! ピピッピピッピ!! ピピッピピッピ!!
バンッ!! バンバンッ!! バンバンババッババンッ!!
ピピッピピッピ!! バンバンババッバ!!
ピピッピピッピ!! バンバンババッバ!!
ピピッピピッピ!! バンバンババッバ!!
パレードの先頭に立つジョセフィーヌが鳴らすホイッスルと、後続にいる毒島応援団たちの太鼓の音がシンクロして、絶妙なリズムがベルゲングリューン市に響き渡る。
「か、かっこいい……」
「べ、ベル、泣いてるわよ……」
隣で見ていたメルが、びっくりして僕の目尻をハンカチで拭いてくれた。
ジョセフィーヌたちオネエマッチョ軍団は、目がチカチカするような、どぎついショッキングピンクの、羽飾りが豪華な、おそらく女性用と思われる露出度の高い衣装を身に纏っている。
兜のようなものの天辺にはピンク色の羽根が、まるでメスを誘う孔雀の羽ばたきのように広がっていた。
僕が同じ姿をしたら、きっとみんなに笑われるだろう。
でも、こんなジョセフィーヌたちを見て、にこやかに笑う人はいても、からかい半分に笑っている人はおそらく、一人もいない。
濃いアイラインを真っ直ぐに引き、周囲の人々に微笑みかけながら、色鮮やかな紙吹雪を撒き散らし、リズムに合わせて腰をくねらせて踊る彼ら……もしくは彼女らは、見る者たちの心を躍らせ、沸き立たせるすさまじいエネルギーを発していた。
「だって、かっこよすぎない? アレ……」
「うん。ジョセフィーヌもすっごく楽しそう。あは、こっちにウィンクした」
ピピッピピッピ!! バンバンババッバ!!
ピピッピピッピ!! バンバンババッバ!!
最初は何事かとどよめいていた人々も、周りが誘導する必要もなく道を開け、惜しみない拍手と喝采を送っている。
「それにしても、すごい服装ね」
「たしかに……」
女性用らしい衣装は羽飾りや金、銀の装飾でものすごく豪華だけど、ものすごく面積が小さくて、露出度が極端に高い。
普通の男が着たら余裕で乳首がはみでちゃうと思うんだけど、マッチョ軍団の鍛えられた大胸筋で着ると、ちょうどいい感じに隠れていた。
「あんなのをメルが……」
着たら……、と、つい頭に思ったことを口にしかけて、僕はあわてて口を閉じた。
「みたい?」
そんな僕を見て、メルがいたずらっぽく笑った。
あまりみんなといる時には見せない表情だ。
「着て、恥ずかしそうにしているところは、ちょっと見てみたいかも。でも……」
「でも?」
「他の人にも見せるのは、ちょっと嫌かな」
「そ、そう……」
メルがぷい、と僕に背中を向けて、両手で銀縁の眼鏡を押し上げた。
「ギュンター君……、今、私が何を考えているか、わかるかね」
「伯の才幹は、政治家や商人にとどめておけるものではない……ということですか?」
「……ふふ、どうやら君も同じことを考えていたようだね」
「……私はあきらめませんけどね」
アルフォンス宰相閣下とギュンターさんが後ろで話しているのが聞こえる。
いや、そこはあきらめようよ……。
「おおっ、後続のあれはなんだ?! 軍隊?!」
観客が驚きの声を上げた。
ジョセフィーヌ軍団の後ろを、シロツメクサの紋章旗を掲げた重装歩兵部隊が、一糸乱れぬ隊列で行進している。
エタンが当主を務める、ベアール子爵家の紋章だ。
前当主であるエタンの父親は、前ジルベール大公の失脚と、息子がベルゲングリューン家と懇意にしていることですっかり肩の荷を下ろし、さっさと隠居を決め込んだらしい。
その話を聞いた時、隠居生活に憧れているアルフォンス宰相閣下がうらやましがっていた。
「なんとかパレードに間に合ったよー」
エタンが高台を上ってこちらにやってきた。
「エタン、わざわざありがとうね。伝えてからそんなに日もなかったのに」
「何をおっしゃいますか、ベルゲングリューン卿。子貴族家として、むしろ光栄でございます」
貴族風の挨拶をしながら、エタンがおどけてみせた。
エタンは最近こうやって、ふざけて敬語を使ってくるんだけど、みんなのいる前でやると本当にそう言わせているみたいだからやめてほしい。
「エタンの家は部隊がいてうらやましいな。我がローゼンミュラー家は部隊を持っていないからな」
パレードを興味深く眺めながら、ヴェンツェルが言った。
ちょっと背が低くて見にくそうだから、後でお姫様だっこしてあげよう。
重装歩兵隊の分厚い装甲に観衆は一瞬どよめいたけど、彼らが皆、槍の先にベアール家のトレードマークであるシロツメクサの花束を付け、にこやかに観衆に手を振っているのを見て、大歓声が上がった。
「そういえば、ヴェンツェルの家って大軍師家って言われてるのに、私兵を持ってないんだね」
「大軍師家なればこそだ。ひとたび叛旗を翻すと国を奪われかねんと、当時の国王に私兵を持つことを禁じられた歴史があってな」
「エリオット陛下はそんなこと言わなそうだけどなぁ」
「無論、今は許されているが、その必要もないかと思ってな……」
「そのうち、持っていたほうがいいかもね」
「……ベル?」
ヴェンツェルがノンフレームの眼鏡の上から僕を見上げた。
「いや、他国との戦争がなくても、いつか魔王とか、よくわからないのが攻めてくるかもしれないでしょ」
「ふむ……、他でもない、親貴族家の当主である君から言われたのだから、考えておこう」
その時、観衆からまた大きなどよめきが起こった。
ベアールの重装歩兵隊の後ろに続くのは……。
「お、おいおいおいっ!!! あ、あれはまさか?!」
アルフォンス宰相閣下が興奮したように前に出た。
「しゅ、しゅ、しゅしゅしゅ……」
「シュタールゲリブリュです」
「違うわ!! そんなきたならしい名前ではなく、鋼鉄の咆哮だ!!」
「そうそう、それです」
「き、君が呼んだのかね?! ジェルディク帝国最強の重装騎兵部隊を?! ヴァイリスのパレードに?!」
「なんか、ヴァイリスだけで固めちゃうのも、身内向けっぽくてやだなって。……ダメでした?」
「やだなって……、そ、そんな理由で……、伯はジェルディク軍の中枢を動かせるのですか……」
ギュンターさんがあんぐりと口を開けた。
アルフォンス宰相閣下はよろめいて、あやうく高台から落ちそうになった。
先頭に立って観客に手を振っているのは、愛馬、白鵠に跨るゾフィアと、その後ろに座るテレサ姉妹。
そして、ルドルフ将軍の合図を受けながら、ジェルディク帝国旗を掲げた勇壮な重装騎兵部隊が行進をしている。
「やっぱりかっこいいなぁ。ジェルディク帝国軍は。なんかこう、すごい悪の軍団っぽくて」
「それ、褒めてるの? 言っている意味はなんとなくわかるけど……」
メルが笑った。
「ヴァイリスの軍はなんかこう、白とか銀とかばっかりでやたら正義っぽいというか……だから逆にちょっとうさんくさい感じがするんだよね」
「宰相閣下のおそばでなんちゅうことを言うんだ、君は……」
エタンが小声で僕にツッコんだ。
でも大丈夫。
アルフォンス宰相閣下は今、自国の祭りにジェルディク帝国の軍の中枢部隊を呼びつけたことを、国家としてどう処理すべきか、それとも僕の個人的な主催ということにすべきか、明晰な頭脳をフル回転させてそれどころじゃないだろうから。
そう。これは、僕にとっては牽制でもある。
もちろんヴァイリス王国には最大限の援助をしてもらうつもりだけど、今回の古代迷宮にせよ、このお祭りにせよ、世界の水源のため、ひいては世界平和のためにしていることであって、必ずしもヴァイリス一国の国益のためじゃない。
(宰相閣下はギリギリの選択で、ヴァイリス一国を選ぶだろう)
志は僕と同じでも、宰相という、国家で最高位の官吏であるアルフォンス宰相閣下は必ず「この計画をうまく推進させれば、ヴァイリス王国がアヴァロニア全国家の頂点に立てるのではないか」という考えが、政治家として頭をよぎらないはずがない。
それは商人が利潤を求めるのと同じで、悪いことではない。
でも、そうなってしまうと、それはそれでいずれ、違う形で紛争の種になるだけだ。
それがわからない宰相閣下ではないけれど、国益を担う立場として、そう行動せざるを得ないだろうと、僕は思っている。
だから、そんな宰相閣下の思惑をある程度コントロールするのが、今の僕が一番しなくてはならないことだ。
僕がリップマン子爵にさっさと特許を取らせたり、ギュンターさんがビビっちゃうほどこちらに利益が入る仕組みを作ったのも、それが理由の一つでもあった。
宰相閣下のことは大好きだけど、そんな大好きな宰相閣下のためにも、僕は宰相閣下にとって一筋縄ではいかない存在であり続けなければならないのだ。
「ベル、待たせたな」
「いえ、ちょうどいいタイミングでしたよ。ヒルダ。それに、みんなも」
「うわ、本当にヒルダって呼び捨てにしてるんだ……」
「……そうしないと先輩が返事してくれないんだよ、アリサ」
振り返った僕の前に集まったのは、ヒルダ先輩、ミスティ先輩、トーマス、キム、ルッ君、花京院、ユキ、アリサ、ミヤザワくん、アーデルハイド、オールバックくん、エレイン。
「エレイン、お祭り楽しんでる?」
「うん、すごくたのしい。ベルゲン焼きもおいしい」
「そ、そう……」
普段表情をあまり変えないエレインが満面の笑みでにっこりしたので、僕はそれ以上何も言えなかった。
「俺はさすがに食いすぎて、ちょっと動けねぇ……」
「大食い大会優勝したんだって? 何を貰ったの?」
「アガサ商会のコーンフレーク1年分。寮に入らねぇから、おまえん家に運んでもらった」
「いらないよ!」
「やらねぇよ! お前ん家で俺が食うんだよ!」
キムが苦しそうに言った。
あんなに苦しそうなのに、まだ食い意地が張ってるのがすごい。
「ルッ君が早食いの途中で閣下とアデールが腕を組んでるのを見て心が折れたところは見た」
「……あれがなかったら優勝できたのに……」
「そもそもジルベールとお前だと、ダイヤモンドとはなくそぐらい違うのに、なんで心が折れるんだ?」
「うるせー花京院!! お前も似たようなもんだろ!」
「オレ? それでもオレはうんこレベルぐらいはいってるだろ。うんことはなくそだったらうんこのが強い」
「うんこ、はなくそを笑う……」
「うまいこと言った、みたいな顔してるんじゃないわよ。ぜんぜんうまくないわよ」
僕がぼそっとつぶやくと、ユキから鋭いツッコミが飛んできた。
そんな顔してないもん……。
「アーデルハイド、パレードはどう?」
「……口に出して言いたくはないから、表情で察してもらえるかしら」
アーデルハイドが恥ずかしそうに言った。
「えーと……、『ルッ君という殿方、お顔はそんなに悪くないのに、どうしてそんなにモテないのかしら』かな……」
「え、ほんとに?」
ルッ君が食いついた。
「そんなわけがないでしょう!! 楽しくてにぎやかで、とっても心が躍りましたわ!! こんなに楽しい気分になったのは初めて。 これでよくって?!」
「よかった」
「よくねぇよ!」
その時、観客たちから一際大きなどよめきが起こった。
「お、おい……、あの旗……」
「龍だ、龍旗だ……」
「ただの龍じゃないぞ……あれは水晶龍の旗……、ベルゲングリューン家の紋章旗だ!」
(ベルゲングリューン家の紋章旗なんて作ってないから、あれはクランの旗なんだけど……まぁ、紋章旗でもあるってことにしちゃうか。かっこいいし)
「リザーディアンだ……、リザーディアンの軍団が行進してる……。あれがベルゲングリューン伯の私兵なのか?」
「ね、ねぇ、さっきのイケメン吟遊詩人さんの歌ってもしかして本当に……」
「か、かっけぇ……、リザーディアンってめちゃくちゃかっけぇんだな……」
黒地に金の刺繍が施された旗の中央に、美しい水晶の龍がとぐろを巻き、大きく口を開けている威容が描かれている紋章旗。
クラン結成の時にミスティ先輩が知り合いのドワーフの職人に頼んで作ってもらった紋章旗を、美しく整列したリザーディアンたちが誇り高く掲げながら行進している。
「……いつの間に、あんなに作ったんですか?」
「リザーディアンのみんなが自分も持ちたいって言うから、いっぱい作っちゃった。……経費にしてよね?」
ミスティ先輩がてへっ、と笑った。
壮麗な水晶龍の紋章旗を掲げるリザーディアンたちの堂々とした行進は、彼らをよく知る僕たちをすら見惚れさせるものだった。
「おお、おっつぁんたちも決まってんじゃん!!」
リザーディアンの左右を固めるソリマチ軍団。
リザーディアン軍団もソリマチ軍団も、僕が普段着ているアウローラの黒に金縁の刺繍が入った軍服のデザインに合わせるように、黒に銀縁、詰め襟の軍服を身に纏っている。
いつまでも農民みたいな格好なのは嫌だって、ソリマチ軍団の若い連中が言ってたのをアウローラの意見を参考に応えた形だ。
「うおおおおおおっ!!! メ、メイドだ!! どちゃくそかわいいメイドがいるぞ!!」
紋章旗を掲げたベルゲングリューン騎士団の後に来たのは、紺のクラシカルメイド姿のアサヒだ。
大きなカゴを片手にさげて、にこにこ笑いながら、カゴの中身を観客にふんわりと投げて配っている。
「うわっ、なんだこれ……?」
「うおおおおおメイドさんの手作りクッキー?!」
「く、くれー!! オレにもくれー!!!!」
アサヒの営業スマイルにやられた男たちが、奪い合うように、小袋に入れられた手作りクッキーに群がった。
「ベルゲングリューン伯……、学生の分際でこんなかわいいメイドさん持ちとは……!!」
「伯は女好きって噂だもんな……。でも……モシャモシャ……う、うめぇ……。こんなクッキーをおすそ分けしてくれるんだから、きっといい奴なんだろうな……」
そんなことを言っている観客が、僕の私室で魔法タバコをふかしている彼女を見たらなんと思うだろうか……。
アサヒが僕の姿を見つけて、営業スマイルから一瞬、普段のニヤっとした笑みに変化した。
そしてカゴを足元に置き、大きく振りかぶって……、投げた。
「おっと」
すさまじい豪速球で飛んできたクッキーの小袋を、僕はなんとかキャッチする。
「いでぇっ!!!」
もうひとつのクッキーの小袋が、ルッ君の顔面に命中した。
「いてて……、狙うならちゃんと狙えよ……」
そう言いながら小袋を拾い上げて、ルッ君が僕に手渡そうとする。
「違うよ、ルッ君。それは君にくれたんだよ」
「へ?」
「前にアサヒが言ってただろ? 『後で焼き菓子食わせてやっからよ』って」
僕がそう言うと、ルッ君が目をうるうるさせた。
「いいの? 本当にもらっていいの? オ、オレ、女の子から手作りのお菓子もらうの、人生で初めてなんだけど……」
「よかったね、ルッ君」
震える手で小袋を開けるルッ君を、男性陣は生暖かい目で見守り、女性陣は痛々しさに目をそらした。
シャバ僧のこともちゃんと気にかけるアサヒ。
百点満点だ。
もう少しお給料アップしてあげよう。
「あ、ぷぷっ!! ベルゲンくんだ! 爆笑伯爵ベルゲンくんがいるぞー!」
アサヒの後ろを、着ぐるみのベルゲンくんがスキップしながら行進をしている。
アクターを雇って着させるって言ってたけど、あの妙にイラっとする動きでわかる。
……中に入ってるのはメアリーだ。
「呼んだ覚えないんだけど……、しれっと混じったんだな……」
「あれ、マンガの宣伝に利用するつもりなのよ、きっと……」
「……僕もそう思う」
「ぷっ……、でもほんと、アンタにそっくりよね」
「どこが!!!!!!!!!」
普段ツッコまれてばかりのユキに全力でツッコんだ。
「あなたって、嘘つくのが下手っていうか、ちょっと気まずいなって時に、唇をくいってとがらせるでしょ?」
「え、そうなの?」
アリサの言葉に、僕は顔を上げた。
「くすっ、してるしてる!」
「してるわよー」
「貴様とはまだ付き合いが浅いが、私もそれはわかるぞ」
メルとミスティ先輩、ヒルダ先輩がアリサに同意する。
「ベルゲンくんはね、そういう時のあなたの顔にちょっと似てて、そこがかわいいのよ」
「わかるー!」
ミスティ先輩がうんうんとうなずいた。
わ、わからん……。
僕はふだん、あんな腹の立つ顔をしているんだろうか……。
「せめて、もう少しイケメンにしてくれたっていいのに……」
「ベルゲンくん、かわいい。すき」
「そ、そう……」
エレインににっこりそう言われてしまうと、もう何も言い返せなくなるのだった。
「「「「きゃーっ!! ベルゲンくーん!!」」」」
「くす、ほら、女性には人気みたいよ?」
メルが言った。
「ぎゃはは、あいかわらずのアホ面だなぁ!!」
「おい! パレード中に脱糞すんなよー!!」
「……男の反応がひどすぎない?」
「まぁ、ベルゲンくんは話がおもしれーからな、女はキャラ好きで、男はだいたい話が好きって感じだな」
花京院が言った。
実際、マンガは男女共に、イグニア新聞に新社屋が建つぐらいのすごい売れ行きらしいけど、人形などのグッズは女性にしか売れないらしい。
……花京院はお気に入りらしく、キーホルダー人形をいつもカバンにぶら下げてるけど。
「おおっ、ベルゲンくんすげぇ!! ブレイクダンスをはじめたぞ!!」
観客の歓声ですっかりいい気分になったのか、踊っていたベルゲンくん(の中のメアリー)が唐突にブレイクダンスを披露しはじめた。
……意外と芸達者である。
「おおっ、バク転をしはじめたぞ!!」
花京院が小等生のように叫んだ。
ブレイクダンスで調子に乗ったベルゲンくんが、後ろに飛びながら手を着いて着地して、さらにまた後ろに飛んで、というのを三回繰り返し……。
「やるのかー?! そこからバク宙をやるのかぁー?!」
花京院と観客が固唾を飲んで見守る中、ベルゲンくんが後ろに一回転して……。
ゴンッ……。
「う、打ったァァァ!!! 腰を打ったァァァァッ!!!!」
勢いが足りず、思いっきりケツから着地して、観客からドッと笑い声が上がった。
オーバーリアクションでお尻をさするものだから、ますます笑いがヒートアップする。
「くっくっ……、もう、これは、ベルゲングリューンランドのマスコットキャラ確定だな」
会場の反応を呆然として見ている僕の肩を、キムがニヤニヤと笑いながらぽんぽん、と叩いた。
「そろそろ、ジルベールの出番だろ? 俺たちも支度しなきゃだな」
「キム、お腹はもう大丈夫?」
「ああ、一時はどうなるかと思ったけど、もうすっかり消化しちまったぜ……」
キムがお腹をさすりながら言った。
……どんな胃袋をしているんだ。
「うおおおっ……、なんかデケェ馬に乗ってる奴がいる……!」
「めっちゃ強そう……ってか……、水晶龍の紋章旗がかっけぇ……」
ベルゲンくんの後ろから、愛馬「鬼鹿毛」に乗ったジルベールが、一際大きな旗を持って登場する。
いや、厳密には、それは旗ではない。
大きな紋章旗が取り付けられたそれは……斧槍だ。
ジルベールは観客たちの前で馬首をめぐらせると、その旗の付いた斧槍をくるくると回転させはじめた。
「す、すげぇ……、あんな重そうなハルバードを軽々と……」
ジルベールが振り回す斧槍によって紋章旗が雄大にはためく様は、とても勇壮で、見る者を勇気づけるような迫力があった。
そして、その後ろには……。
「な、なんだあの馬車……」
観客の一人がうめいた。
黒塗りの車体に瀟洒な金の細工がちりばめられた美しい外装の、あまりにも巨大な馬車。
車輪のサイズは分厚く、馬車の外側も主要部分が頑丈な鋼鉄で作られていて、まるで馬車自体が一つの要塞のようだ。
だが、観客たちを驚かせたのはそれだけではない。
耳をつんざくような大きな嘶きを上げているのは、六体の巨大な黒馬。
まるでデュラハンが乗っている馬のように大きな馬が六体で、その巨大な馬車を引いているのだ。
「あれだよ! あれが噂の『ベルゲングリューンの幽霊馬車』だよ!」
「あれか! ジェルディク北部の山賊をあれで全員轢き殺したっていう……」
……ずいぶんと話に尾ひれがついているみたいだけど、そう、水晶龍の盾を手に入れるための旅で手に入れた、僕たちの馬車だ。
しばらくは今回の古代迷宮にかかりっきりで、みんなで遠征できることもないだろうから、パレードに使うことにしたのだ。
「しかし……、君はさっきヴァイリスの兵を正義っぽいと言っていたが……、それでいくと、ウチの兵はなんというか、完全に悪じゃないか?」
「た、たしかに……」
ヴェンツェルの言葉に、エタンがうなずいた。
「悪どころじゃないわよ……もう、これは魔王軍よ、魔王軍」
ユキがうめいた。
観客も気づく人たちが出始めて、ざわめきが大きくなる。
「お、おい、あれってまさか……」
「あ、ああ、間違いない。若獅子祭で見た……」
馬車がちょうど、僕たちのいる高台の前を通り、周囲の注目が御者台にいる彼に集まりだした途端、パレードの行進と音楽が、ぴたりと止まった。
御者台の上で、彼はゆっくりと立ち上がって、華麗な動作で御者台から飛び降りる。
漆黒のマントが翻り、まるで血のような真紅の裏地が覗いた。
漆黒の鎧と、顔の右半面を覆う漆黒の仮面。
左手に握られた盾には、山羊のような角を生やした骸骨の意匠が施されている。
ギルサナス。
暗黒騎士ギルサナス・フォン・ジルベールが、馬車の前で、ゆっくりと暗黒剣を引き抜いた。




