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第二十九章「士官学校ギルド」(2)


「ベル」

「は、はい……」

「私の目を見るんだ」

「は、はい……」


 ベルゲングリューン領で合流したヒルダ先輩が、視線を泳がせる僕の顔を覗き込んで、言った。


「……ここにいるのは、なんだ」

「な、仲間です」


 僕は苦し紛れにそう答えた。

 急な冒険要請だったので、いつものメンバーのほとんどが今回の冒険に参加できなかったのだ。

 

「あ、あいつらはこないだカフェテラスで騒いでいた3年生だろう!?」

「は、はい……。ヒマそうにしていたので……」

「うおおおお!!! ベルゲングリューン殿、いや、先生! ベルゲングリューン先生に冒険にお誘いいただけるとは、感激じゃああ!!!」

「だ、団長! せやけど、右手はまだ完全に治っとるんちゃいますさかい、その、あんまり無理したら……」

「そうです団長!! 昨日はめちゃくちゃ腫れ上がってましたし……」

「バカモンが!!! ケガが(こわ)ぁて先生の冒険に行けるかっちゅうんじゃああ!!」

「鉄拳制裁ありがとうございます!!」

「ありがとうございます!!」


 ものすごいテンションではしゃいでいる毒島先輩たちをヒルダ先輩が超ローテンションで見やった。


「……あいつの名前はなんと言うんだ」

毒島(ぶすじま) 力道山(りきどうざん)先輩です」

「いや、無理だな。……無理だ」


 何が無理なんだろう。

 よくわからないけど、毒島(ぶすじま) 力道山(りきどうざん)という名前だけで先輩が何かを否定されたのは間違いない。

 

「それに……、あちらの御仁は何だ?」


 ヒルダ先輩が、毒島先輩よりはやや遠慮がちに言った。


「あの人は、元西方辺境警備隊の隊長、ソリマチさんです。ああ見えて、若獅子祭でもクラン戦でも大活躍してくれているんですよ」

「……それはいい。貴様が言うのだから、きっとそうなんだろう……」


 ヒルダ先輩はたった今眉間に深く刻まれたシワを指でほぐしながらそう言うと、ソリマチ隊長をビシィっと指差して叫んだ。


「だが、あの(くわ)はなんだ!? まさか農具を握って冒険に行くというのか?! 貴様らは古代迷宮をなんだと思っておるのだ!!」

「い、いや、それが、おっつぁんの(くわ)は意外とですね……小回りが効くというか、なんというか……」

「そういうことではない……、そういうことではないのだ……」


 とうとうヒルダ先輩はしゃがみこんでしまった。


「私の冒険は……、私が期待していた心躍らせる冒険の旅は……こんなものじゃなかったのに……、く、鍬……、鍬だと……」


 肩を震わせるヒルダ先輩に何か声を掛けようとすると、ガシャ、ガシャと、地響きさせながら、何かが近付いてきた。


「おーい!! まつおさんよ!! コレを見てくれ!!!」


「こ、今度はなんだ……」


 ヒルダ先輩がげんなりしながら顔を上げる。

 何か巨大なものを抱えた、全身甲冑(フルプレート)を着用するにはあまりに身体の小さい騎士が、意気揚々とこちらに近付いてきた。


「ユリ……、ユリシール殿。……そ、その担いでいるものはなんですか?」

「なんじゃ、見てわからんのか? いいか、驚け……。これこそ最強の両手剣にして伝説の聖剣、エクスカリバーじゃ!!!」

「エ、エ、エクスカリバー?!」

「な、何っ?!」


 ヒルダ先輩がその言葉に大きく反応して、目を見開いた。

 それはそうだろう。

 聖剣エクスカリバーは全冒険者の憧れといってもいい武器だ。


 数千年前からずっとヴァイリス王宮の地下にある大岩に突き刺さっているという、伝説の聖剣エクスカリバー。


 選ばれし者以外には決して引き抜くことが叶わず、引き抜いた者は英雄王としての最高の栄誉と、それだけの過酷な運命を背負う宿命を持つといわれる。知名度とその性能共に、古今東西の物語の中でも文句なしの最強剣だ。


 だが……。


「す、すいませんユリシール殿……、私には、ただの岩の塊にしか見えませんが……」

「何を言っておるのだまつおさんよ。こちらに回ってよく見てみろ」

「え?」


 言われるままに、ユリシール殿が担いでいる岩を回り込んで見てみると……。

 いったい何の魔法金属で作られているのかもわからない、霊峰を流れる川の清流をそのまま閉じ込めたかのような、美しい輝きの両手剣。

 

 また、両手剣と言ってもその剣の幅は狭く優美で驚くほど軽く、盾や騎乗で片手で振り回すこともできるという。

 

 その聖剣が。

 そんな伝説の聖剣が……。


 ……岩に突き刺さったままになっていた。


「あ、あんた聖剣を岩ごと引き抜いたんかいッッッ!!!!」


 僕が思わずヴァイリスの至宝にツッコミを入れた。

 あんなにクールな表情を崩すことがなかったヒルダ先輩は、口をあんぐりと開けたまま、肩をわなわなと震わせている。


「すぐにお城に戻してきなさい!」

「な、なんでじゃ!」

「選ばれし者が現れたらどうするんです!!」

「その時に渡せば良いではないか! それにな、見てみろ!」


 ユリシール殿は巨大な岩の塊を恐るべき速度でぶんぶんと振り回した。


「普通、このような巨大な棍棒は、柄が頑丈でなければならん。つまり、柄の重量も相当なものになるゆえ、このような速度で振り回すことは不可能なのだ」


 そう言いながら、ユリシール殿が、ふん、ふんと聖剣エクスカリバー……の刺さった岩の塊を振り回した。


「だが、これを見よ! エクスカリバーは驚くほど軽いが、こんな巨大な岩を振り回しても決して折れん!! しかもな? 決してすっぽ抜けることがない!! なにしろ、引っこ抜きたくても抜けぬのだからな!!! わははははは!!!」

「私の冒険……、私の冒険が……」

「せ、先輩、しっかり……」


 フラフラと倒れそうになるヒルダ先輩を思わず僕が抱きとめる。


「騒がしい三年生に、(くわ)を握った御老体に……」

「きょ、今日のところは帰りましょう。ヒルダ先輩」

「で、できるわけがないだろう! 貴様、あんな上機嫌の王女殿下に帰れと言えるのか……?」


 ヒルダ先輩が小声で僕に抗議した。


「えっ、ご、ご存知だったのですか?」

「何を言っている。魔法情報票(インフォーメーション)に思いっきり書いてあるではないか」

「あ……」


 そういえば、そうだった。

 ……クラン戦の時の敵軍は、ユリシール殿の魔法情報票(インフォーメーション)を見なかったのだろうか?

 それとも、見ちゃったけど、見なかったことにしたのだろうか……。


「おうおう、爆笑王! 今日はまた、えれぇベッピンさんを連れてきたじゃねぇか!」


 そんな時に、間が悪くガンツさんが近付いてきた。


「しぃーっ!! ガンツさん! この人は生徒会長ですよ! あなたの雇用主です!! クライアント!! オーナー!! しかも、今たぶん、色々あってチョ―不機嫌!!」

「げっ……」


 ガンツさんが慌ててヒルダ先輩から後ずさった。


「おおお!! かような岩を振り回すとは!! さすがベルゲングリューン先生のご友人だけあって、ユリシール殿はすさまじい豪傑じゃああ!!」

「わははは!! そうであろう! そうであろう!」


 毒島先輩の体育会系のノリが、どうやら王女殿下は嫌いではないらしい。

 そんな中、魔法情報票(インフォメーション)を見て顔面蒼白になった取り巻きの一人が、毒島先輩に耳打ちをした。 


「だ、団長、ま、まずいでっせ……、その方は、その御方は……」

「バカモン!! この方がどのような御仁だろうと関係あるかい!! 四の五の言わずに稀代の豪傑に応援じゃあああ!!」

「鉄拳制裁ありがとうございますぅ!!!」

「チェヤース!!! ユ、ユ、ユ、ユリシールッッ!!!」

「「チェヤース!!! ユ、ユ、ユ、ユリシールッッ!!!」」


 新しいバリエーションの応援エールが、ベルゲングリューン領に響き渡る。


「わっはっは!!! ヴァイリスの若ぇ衆は元気があってええのう!! それ、チェヤース!! ユ、ユ、ユ、ユリシールッッ!!!」


 ノリノリのソリマチさんまで鍬を振り回してユリシール殿を応援し、ユリシール殿は上機嫌で聖剣付きの岩を振り回した。


「……これは……、今日は、生きて帰れぬやもしれぬな……」


 ヒルデガルド生徒会長が、ぽつりとつぶやいた。


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