第二十七章「クラン戦」(15)
15
『アリサ、聞こえるよね』
僕はイスカンダルで冒険者達を猛追しながら、魔法伝達を飛ばした。
『今、冒険者部隊がそっちに向かっていて、僕が後ろから奇襲をかけるんだけど、一旦そちらに釘付けにしたい。誰でもいいから、一撃で倒せそうな相手一人だけ精密射撃をして、その後は当てなくていいからなるべく連続して射撃して、奴らの動きを止めることを意識してみて!』
僕がそう言ってからそれほど時間を待たずして、ズダァァァン!!!という轟音と共に、青白い光線が冒険者一名の頭部を貫いた。
『ナイスヘッドショット!! 騎兵を仕留めたのは大きい! 助かる!』
その後に断続的に響く轟音と弾丸に、冒険者たちの進軍速度が一気に遅くなり、遮蔽物に隠れはじめた。
僕はイスカンダルに命じ、連中に接近を悟られないように、ゆっくりと近づかせた。
馬と違って馬蹄がないというのは、こういう時にすごく便利だ。
……神々しい輝きを放つ、純白でものすごく大きな狼だから、振り向いたら一発でバレるけど。
「くそっ、どこから撃っている!?」
「たぶん、あそこの草むら辺りに潜伏しているんじゃないかと……」
「そこの魔導師、あの辺一体に範囲魔法を撃ってくれ!」
「……この状況で頭を出せとおっしゃるので?」
「それ以外どうしろと言うんだ! いいからやれ!!」
「わ、わかりました……」
魔導師が渋々了承して、おそるおそる上げた頭を、アリサの狙撃が見事に貫通させた。
「なっ?!」
「狙撃ポイントが変わっている!! 今すぐ遮蔽角度を変えろ!!」
「属性防御が高い魔術師が一発だと?! ……あの光の色、もしかして聖属性攻撃か!?」
「その可能性はあるぞ。ガーディアンもやられたからな……」
「でも、あんな聖属性魔法は聞いたことがないぞ……」
(アリサ、絶対ノリノリだな……これ……)
一人で怯えているんじゃないかと心配だったけど、恐怖心に支配されていては、あんな絶妙な判断と狙撃なんてできない。
いいように解釈すれば、僕のことをそれだけ信頼してくれているということだ。
「さぁ、駆けろ!! イスカンダル!!」
「がるっ!!」
イスカンダルが音もなく疾走し、遮蔽物に必死に身を隠している冒険者に飛びかかった。
「う、うわあああっ!! な、なんだっ!! て、敵しゅ……ぐああああっ!!!」
いくら金星冒険者と言えども、あのアルサードと名乗った冒険者が「天狼」と呼んだほどの狼が背後から奇襲を仕掛けてくるとは夢にも思わなかったに違いない。
驚愕に目を見開いた姿のまま喉笛を食いちぎられ、イスカンダルはそのままの勢いで隣にいた軽装の上位盗賊を鋭い鉤爪で革鎧ごとズタズタに切り裂いた。
「お、お前は……、ま、まさか、ベルゲングリューン伯?! 総大将が単騎駆けだと?!」
「ごきげんよう」
虫の息の上位盗賊に必死で回復魔法をかけようとしている上位神官の首を、騎乗からの小鳥遊による居合一閃で刎ねながら、僕は冒険者たちのリーダーらしい相手に挨拶をした。
「味方の救援を諦めて、こっちを攻める判断をしたのは貴方かな? なかなかすごいね」
「く、苦渋の決断だ……! 貴様に咎められる筋合いはない!」
「咎めてなんかいないよ。すごいなって褒めたつもりなんだけど」
神経質そうなリーダーの反応に、僕は苦笑する。
「お前達、作戦変更だ!! ベルゲングリューン伯を取り囲め!! コイツを倒せば連中は総崩れな上に、射線にコイツがいれば狙撃手も手が出せん!!」
冒険者たちがリーダーの指示で、素早く僕を包囲し、その距離を狭めてくる。
(ふふ、やっぱり、そう考えるよね)
僕は内心ほくそ笑んだ。
普通の相手なら、たしかにそれが最も有効な手段だろう。
でも、僕が相手なら、それは絶対に選択してはならない戦法だ。
他の能力は人並み以下でも、その能力だけは、僕の右に出る者はいない。
『アリサ、僕が合図した一秒後に、僕が射線にいようとかまわず狙撃して』
僕は魔法伝達を伝達して、冒険者軍団に対峙する。
「あまり我ら金星冒険者をナメるなよ? 単騎でのこのこやってきたことを後悔するがいい!」
「えっと、よくわからないんだけど、金星冒険者っていうのは、あそこで僕の策に見事にハマって無様に焼け死んじゃってる人たちのことかな?」
「き、き、貴様ぁぁぁぁっ!!」
僕はイスカンダルに命じて、逆上して襲いかかってきた戦士の側面に回り込むように移動する。
『狙撃どうぞ!』
ズダァァァァァンッ!!!
「げっ……!?」
何が起こったのかわからないといった表情で、眉間を貫かれた戦士が事切れた。
「どうしたんだ? 僕を倒すんじゃなかったのか? 金星冒険者」
動揺した一瞬の隙をついて、僕は槍斧を構えていた冒険者を背中から斬りつけた。
『狙撃OK!』
ズダァァァァァンッ!!!
「バカ……な……っ」
アリサの次の標的は、なんと冒険者のリーダーだった。
『アリサ天才! 最高!』
魔法伝達の精度・速度だけは、僕の右に出るものはいない。
いつでも合図を送ることができる僕を相手に、狙撃の射線上で戦うことは何の有利にもならないのだ。
理性の柱を失った冒険者たちは一気に総崩れとなり、狙撃の恐怖とイスカンダルによる一撃離脱戦法で何もできないまま、一気に壊滅したのだった……。
「ふぅ……おまたせ」
僕はイスカンダルから降りて、高台奥の草むらに匍匐姿勢で潜伏していたアリサに微笑んだ。
「白馬の王子様じゃなくて、白狼の王子様ってわけね」
アリサが匍匐姿勢のままこちらを向いて、にっこりと笑った。
美しい螺旋銃を構え、男物の黒い外套に身を包んだ姿は、聖女というよりはまるで帝国猟兵のようだ。
「……私、勘違いして浮かれたりしないからね」
「うん?」
いたずらっぽく笑うアリサに、僕は小首を傾げた。
「あなたが私を救うために単身やってきたのは、色々計算づくなんでしょ?」
「まぁ、そうだね」
僕はにっこり笑いながら、アリサの隣に仰向けで寝そべった。
「それより、よかったら回復魔法をかけてくれないかな。顔がヒリヒリして泣きそうなんだ」
「ムードもへったくれもないお言葉どうもありがとう……って、なにこれ……、ひどい火傷じゃない」
アリサが仰向けになった僕の顔を覗き込んで、驚いた表情を向けた。
「それでなくても時間ギリギリだったんだけどさ、途中にヤバい人がいて、ちょっとね」
地獄の業火の中でじっと待ち構えていて、遺体ごと串刺しにしようとしたアルサードという男のことを思い出して、僕の背筋をゾクッと悪寒が走った。
……よくあの場を切り抜けたもんだと思う。
「そもそも、どうやって、あの炎の中をここまでやってこれたの?」
「そうそう! 聞いてよ! メッコリン先生すごいんだよ!」
僕はアリサの膝の上に頭を乗せて、回復魔法をかけてもらいながら、メッコリン先生の活躍や送り出してくれたみんなのこと、馬に乗せてくれた閣下、アルサードとの戦い、イスカンダルの登場などを話して聞かせた。
「そう……。そんなことがあったのね」
アリサはそう言って、なぜか回復魔法をかける手を止めた。
「ア、アリサ? なんで回復魔法止めちゃったの?」
「だって、つまりこの火傷って、あなたが私のためにつけてくれた傷跡ってことでしょ? なんか治しちゃうのもったいないなーって」
「え、い、いや、何言ってんの?」
くすくす笑うアリサに、僕は慌てて顔を上げた。
「治すの、やめちゃおっか?」
「い、いやいやいやいや!! 治してよ!! めっちゃヒリヒリして泣きそうなんだから! だ、ダメ!! なでなでしないで!! ほんと、ちょっと触るだけで……ひぃぃぃぃっ!!」
「あはははは! ごめんごめん、冗談だから」
「じょ、冗談って、今めっちゃ火傷いじったじゃん!!」
「はいはい、けが人は大人しくしていてくださいねー」
アリサが子供のようにけらけらと笑いながら、膝枕をした僕に回復魔法をかける。
ほんと、色々な表情を見せてくれる女の子だな。
僕の顔がすごく熱いのは、きっと、火傷をしているだけではないと思う。




