第二十七章「クラン戦」(8)
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「前線部隊撤退完了!!」
「ソリマチ隊、ただちに展開開始!! 重装騎兵部隊は援護せよ!!」
ヴェンツェルの指揮でソリマチ隊長の部隊が前進する。
ソリマチ隊長たちが引きずっている鋼鉄製の尖った部品は、若獅子祭の時に作った移動式馬防柵の改良品だ。
あの時の馬防柵よりもコンパクトだが、木製ではなく鋼鉄製なので、強度はあの時の比ではない。
馬防柵は野盗対策にもなるので、あの時に作った移動式の馬防柵は、ヴァイリス警備隊や領地の治安維持に悩む貴族たちから発注依頼が殺到していた。
これはリザーディアンたちの鍛造技術が優れていたので、試しにソリマチさんたちと共同開発してみた、いわば新商品の試作品なのだ。
今後のクラン運営のための金策の一つだ。
クラン戦まで日がなかったので三台しか作れなかったが、隘路が多い今回の戦いではこの三台で十分に役に立つはずだ。
「止まれ、止まれぇ!!」
敵の騎兵部隊が鋼鉄製の馬防柵を前に足を止め、本陣への突撃を中断する。
「城攻めで防衛陣を張っている……? ベルゲングリューンという男、何を考えている?」
「ふん、このままでは勝てぬと踏んで悪あがきをしているのだろうよ」
「……だが、悪あがきとはその場しのぎでするものだ。この馬防柵は入念に用意されたものではないか……」
「いずれにしても、無理に攻める必要はないだろう。数の上では我々が有利だ。クラン戦には制限時間があるからな。このまま時間切れまで待っていれば労せずして勝てる」
さすが、熟練の冒険者たちが集まっているだけあって、冷静な判断だ。
こちらの前線部隊は後退し、敵主力部隊は馬防柵を挟んで膠着状態に入った。
『ヴェンツェル、ユリシール殿は?』
『ガンツさんたち冒険者部隊が五人がかりで運搬してくれた。問題ない』
『よかった、ありがとう』
ガンツさんたちも、ユリシール殿の甲冑の中身を見たらぶったまげるに違いない。
ちなみに、鉄仮面卿ことメアリーは最初から正体に気付いていたそうだ。
さすがである。
記事にしちゃだめだよって一応言うと、「当たり前じゃないですか!!」って逆ギレされた。
本当は記事にしたくしてしたくてたまらないんだと思う。
『一応こちらの準備は終わったが……、ベル、仕掛けるか?』
『うーん、ヴェンツェルはどう思う?』
『さすがに手練が多いだけあって、前線への集結が思ったほどではないな。これでは期待していたほどの効果は見込めないだろう』
『そうなんだよね。長期戦に持ち込む気なんだろうな、もう一手、何かが欲しいところなんだけど……』
『すまない、ベル。話は後だ』
ヴェンツェルは通信を切って、前線部隊に向かって指揮棒を振った。
「弓兵部隊の矢が来るぞ!! キム、エタン、トーマス、重装騎士隊は弓に備えろ! 広域魔法防護!!」
「さ、ようやく出番がきたぜ」
キムがトーマスの肩をがしっと掴んで笑う。
「うん、行こう!」
キムが、僕特製の可変盾を強く握ると、ジャキッと小気味のいい音を立てて、軽量の中型盾から大盾へと拡張された。
その瞬間、大盾が魔法金属特有の青白い光を放ち、一気に重量感が増した。
「キムくん、そ、それ……」
「ああ、まつおさんがわざわざ設計して特注したんだってさ。あいつもマメな奴だぜ……」
トーマスや周囲の驚愕の表情に機嫌を良くしたキムが、照れくさそうに言った。
「前の盾をうんこまみれにした償いのつもりなんだろうが……、そんな気、遣わなくていいってのに」
キムはそう言いながら、みんなを引率して最前線に立ちはだかる。
弓兵の矢の嵐が降り注ぐ、敵陣の真っ只中に。
「な、なんだあいつ……」
「いかれてやがる……」
「くっ……、こちらが攻めないからって、ナメやがって……」
「名前すらバカにしてやがる……」
鋼鉄の馬防柵ごしに待機している冒険者部隊が、キムの盾を見てざわついている。
僕がキムの盾に施した工夫は三つある。
一つは中型盾の上下を拡張した大盾に変形するという機構。
もう一つは、視界確保だ。
大型盾は身体の半分以上を覆うので、敵の姿や動きを視認しづらい。
そこで、盾の上部に無色透明な水晶の龍の鱗を埋め込んだことで、視界が確保できるようにしたのだ。
素材は、リザーディアンの集落で、はじまりの勇者が水晶の龍を殺害した遺留品であるとして長老たちが僕たちに突きつけた水晶の龍の顎の一部を使った。
そしてもう一つの仕掛けは……。
「へっ、よくわからんが、どうやら俺の新型盾に恐れをなしたらしいな」
「「「「「そういうことじゃねぇよ!!!!」」」」」
冒険者部隊が得意満面のキムに食って掛かった。
「『御存知!!』ってなんだ? 御存知じゃねぇし!」
「最強タンクってなんだよ!」
「てめぇ、突撃する時は覚えてろよ!! キムラMK2!!!」
「へっ、そうかそうか。まつおさんばかり目立ってたが、とうとう日陰者の俺の名も冒険者達の間で噂されるようになったってわけか……。最強タンクなんて呼ばれていたとは……」
「「「「「だから、そういうことじゃねぇよ!!!!」」」」」
敵陣営の冒険者達が一斉にツッコんだ。
(ぷぷっ、大成功……)
僕はキム達のやりとりを見て必死に笑いをこらえた。
「……あれ、キムは気付いてないの?」
前線から戻ってきて身体を休めていたユキが言った。
「魔法光の反射の関係で、正面から見ないとわからないんだ」
「……あんたもエグいことするわね……ぷっ……ぷぷっ……」
「そう言いながら、ユキもめちゃくちゃ笑いをこらえてるじゃないか」
僕がキムの盾に施した三つ目の仕掛け……それは、刻印だ。
キムの魔法盾には肉眼では見えない小さな溝が掘ってあって、大盾に変形すると、魔法金属の発する青白い光によって、盾全体にある文字列がハッキリと浮かび上がるようになっている。
「だ、だって『御存知!! 最強タンク、キムラMK2参上!!』って……、ぷぷっ、あはははっ!! もうだめ、おなかいたい……っ」
「ぷぷっ、でも効果テキメンだったでしょ? 壁役はいかに敵の憎悪を自分に集めるかが重要なんだ。血の気の多い冒険者達があんなのを見たら……」
「あとでバレたら、あんたキムに追いかけ回されるわよ……」
「何言ってるんだ、一緒に笑ったユキとメルと閣下も共犯でしょ」
「え、メル? ジルベール?」
ユキが後ろを振り向いて、メルとジルベールが馬から落ちそうなほど笑い転げているのを確認した。
「とりあえず、流れ矢が当たったら大変だから、あんたはもう少し後方に下がってたほうがいいんじゃない?」
こちらに飛んできた矢をカランビットナイフでキン、と弾いて、ユキが言った。
弓兵部隊の一斉射撃のほとんどはキムやトーマス、エタンと彼が率いる重装騎士隊がほぼ完全に防いでいるものの、たまにこちらにも矢が飛来してきている。
「うーん、そうなんだけどねー。アレが気になるんだよね」
僕は高台の上にいる灰色のフードを着た男を指差した。
その風貌からして明らかに魔導師の類なのだが、なぜか杖を持たず、こちらをじっと見据えている。
「なに、アイツ……」
「ヴェンツェルの話だと、召喚魔法師らしい」
「召喚魔法師……、そんなものまで抱えているの。さすが大手クランね……」
「ずっとこちらの様子を窺っていたんだけど、弓兵が動き出してから前に出てきた。そろそろ仕掛けてくると思うんだ」
案の定、僕がそう言うや否や、灰色のローブを身に纏った男は虚空に向かって指二本で、まるで一筆書きで何かを描くように指を3回動かした。
「えーと、下から上に『/』こう書いて、上から下に『\』こうで、右から左に『_』こう書く。次にそこから下に『/』、左から大きく『_』こう書いて、下から上に『\』こう、次に右に『―』こう書いて、そこから上から下に大きく『/』で、下から上に大きく『\』こう書いて、最後に大きく『―』こうか……」
「……さっきから何言ってんの?」
ユキが怪訝そうに僕の顔を見上げた。
「あの召喚魔法師の手の動きを真似したんだ」
「……それ、何か意味があるの?」
「さぁ……。でも、これ、なんの形だろうと思って」
僕は召喚魔法師の手順通りに指を動かしてみながら考える。
三角形と三角形が重なったような星形のような形……。
「あ、そうか! 一筆書きで六芒星の形を描いてるんだ!」
「ちょ、ちょっと! そんなこと言ってる場合じゃないわよ!! 来たわ!!」
召喚魔法師が指をかざした虚空に青白い魔法陣が浮かび上がり、その瞬間、遠目でもわかるような巨大な魔物が姿を現した。
いや、魔物というよりは……魔獣のような……。
「あ、あれは……地獄の番犬ッ?!」
「ヘルハウンド?! ケルベロスの頭が1つみたいなやつ?」
ケルベロスは魔王の居城を守ると言われている、三つの頭を持つ魔犬だ。
ヴァイリス市民にとっては馴染みがある名前だけど、ほとんど伝説上の魔物で、『いい子にしてないとケルベロスに食われちまうよ!』みたいな使い方をされる。
「そうよ! ケルベロスほどじゃないけど、相当強いわ。しかも……三体もいる! 速い! もう来るわよ!!」
「うわっ、っていうかあいつら、僕を狙ってない?!」
「だから下がってなさいって言ったのに! バカ!」
「そんなこと言われても、何が来るか見ておかないとわかんないじゃん!」
僕とユキがギャーギャー言ってる間に、巨大な魔犬三体が高台から一斉に飛び立った。
そのへんの馬ぐらいありそうな体躯は黒い体毛で覆われていて、咆哮は上げず、それが逆に不気味だ。
ハッ、ハッ、と息を吐きながら、自陣営の冒険者たちを器用にかきわけ、鋼鉄製の馬防柵をなんなく飛び越えると、キムたちの盾の上に飛び乗った。
「うわっ……、くそっ!!」
「うそだろ……キムが……押し切られてる……」
「すまん、そっちに行くぞ!!」
盾ごと押し倒されたキムやその他の防衛隊に構わず、ヘルハウンドたちが一気にこちらに迫ってくる。
「ベル、気をつけて!!」
メルの鋭い声が響いた。
「ユキ、即答頼む! 息攻撃はある? 属性は?」
「火炎の息を吐いてくる!」
「ゾフィア、閣下、メル、加勢を頼む! 後衛職は下がって! ブレスの巻き添えを食らわないように! 残りの人たちはギュンターさんを守って! 奴らを絶対に近づけないで!」
僕は急いで指示を出し、鞘にある小鳥遊の柄に手を掛けた。
刀身は、まだ抜かない。
ミスティ先輩との戦いから、僕は鞘をギリギリまで抜かない戦法の研究をしていた。
ヘルハウンドのような敏速な敵に攻撃をかわさせないためには、なるべく鞘を見せないように深く構え……。
(だめだっ、速いっ!!)
「殿っ!!」
「ベルッ!!」
一気に飛び込んできた一体のヘルハウンドに、僕は攻撃をあきらめ、左腕をかざした。
地獄の番犬が僕の腕に喰らい付こうとするその瞬間、左手に水晶龍の盾が出現し、その瞬間、まばゆい閃光が放たれる。
「ギャウッ!!!!」
視界を奪われたヘルハウンドがたじろいだ隙に、僕は足を踏み込んで小鳥遊を振り抜いた。
シュパァァァッ――!!
首から胴体にかけて、斬撃がキレイに入った確かな感触。
だが……。
「グルルルルゥゥッ!!!」
「殿ッ、気をつけろ!! こやつは相当、身体が分厚い!!」
「みたいだね……」
もう一体と交戦しているゾフィアと背中合わせになりながら、僕が答える。
致命的なダメージを与えたと思われた斬撃だったが、思ったほどのダメージとならず、鮮血が噴き出るようなこともない。
「卿、これは長期戦は避けられんぞ。離脱できるタイミングがあれば卿だけ離れ、全体の指揮を続行したほうが良いのではないか」
「うん、それができるといいんだけどね……」
「ベル、ジルベール、それもちょっと厳しそうよ。……敵の大魔法が来る」
(大魔法……? さっきのオールバックくんの反撃に懲りてないのか……?)
……いや、先程の大魔法からずいぶん時間が経っている。
知的生命体と戦闘する時には、絶対に考えていなければならないことがある。
それは、交戦時間が長くなれば長くなるほど、必ず何か対策をしてくるということだ。
「オールバックくん! いる?!」
「ヘルハウンドと戦闘中に会話とは器用なことだな。ああ、状況は把握している。ただ、敵が何をしてくるかはわからない」
「君の弱点はナニ? あっ、火炎息が来るぞ!! みんな、僕の側に集まって!!」
アウローラのマントは息攻撃への耐性がある。
僕はマントを広げてヘルハウンドが吐き出した炎の息を受け止め、交戦中のゾフィア、メル、ジルベールがその中に入る。
「……会話、続けたほうがいいのか?」
「聞いてる! 落ち着いて話を続けて!」
遠慮がちに尋ねるオールバックくんに、僕は答えた。
「まず、無属性魔法だな。他の魔導師が魔法防壁で防ぐのと変わらない。属性防御と違って無効化までには至らないということだ。反射も使えない。……ちなみに、君の隕石群召喚魔法は無属性な上に、無数の隕石が飛んでくるので対象が多すぎるので反射どころではないし、仮に反射できたとしても対象は詠唱者ではなく、宇宙という……」
「落ち着いて話をしすぎだから!! 大魔法来るから!! 無属性の大魔法って他にはあるの?」
「あるにはあるが、ほとんどが失われた魔法だ。単体魔法でいくつかあるぐらいだな。つまり私の弱点は……」
「ユキ、近くにいるよね?!」
「いる! ギュンターさんたちにブレスが届きそうだったから援護してた! 何? クロ―に持ち替えて加勢するよ!」
「こいつらの耐性って何?! 回答2秒で!」
「え、えっと、炎と雷!!」
『っ!! メッコリン先生! ジルヴィア姉さん、いる?!』
『今日はベルちゃんにいっぱい頼ってもらってお姉ちゃん幸せ。 右側から柵を越えようとした一団にお仕置きしてきたところよ。どうしたの?』
『っ、矢が刺さった……』
僕は思わず息を飲んだ。
『っ?! メッコリン先生、大丈夫なの?! すぐに治療を……』
『だ、大丈夫だ……。……その、ケツに刺さったんだ……』
『で、でも先生、大丈夫ですか? これ、右のお尻と左のお尻の肉をまっすぐに貫通しているんじゃありません……?』
『だ、大丈夫です、ジルヴィア先生。大丈夫ですからローブをめくらないでください……。出血もあまりありませんし、たぶん、抜かずにそのままにしていたほうがいいんじゃないかと……』
『どんだけ柔らかいケツしてんですか、メッコリン先生……』
『ぷっ……、ダ、ダメでしょう、ベルちゃん、そんなことメッコリン先生に言ったら……ぷぷっ』
『貴女が一番笑っているじゃないですか……。ローブをめくらないでください』
お尻に響くのか、メッコリン先生が力なくツッコんだ。
『それ、早めに処置して、鏃を切ってから引き抜くんですよ。放置したり、無理して一気に引き抜いたら穴が広がって、いろんなところからうんこが出るようになりますからね!』
『ぷぷっ!!』
『もう二人とも俺のケツのことは放っておいてくれ!! ジルヴィア先生! ぴろぴろローブをめくらないで!!』
くだらないことを話しているうちに、魔法陣の色がどんどん濃くなっていく。
『ああっ、もう間に合わない!! 先生たち、炎と雷属性、どっちの防護が得意ですか?!』
『私は攻撃魔法專門だから、全部苦手よ』
『私は魔法付与專門だから、全部苦手だ』
『それをさっさと聞きたかったのに! ケツメッコリン!』
『ケ、ケツメッコリン……』
僕はもう一人のアテに連絡を入れた。
『ユ、ユリシール殿! ユリシール殿はいらっしゃいますか?!』
『話は聞こえておった。安心せい、私はあらゆる全属性の防護魔法が使える』
聞こえておったって……。
普通はそれ、聞こえないんですよ、王女殿下。
『さすがです! こちらまで来てもらえますか? 雷魔法の防護をお願いします!!』
『ああ。大船に乗ったつもりでそこにいるがよい』
ユリシール殿は自信満々にそう言って、通信を切った。
『オールバックくん、炎魔法の防護をお願い! もうすぐ雷魔法の防護担当も来る!』
『……なるほど、敵は双属性で来るということか……!! たしかにそれなら私の属性変更でも防ぎきれんが……しかし、そんな芸当が……』
『今は他を考えている時間はない! 無属性の大魔法は考えにくいし、仮にそうなら防ぎようがない。そうでないなら、ヘルハウンドに効果がない属性を使ってくるはずだ! それに賭ける!』
そこまでオールバックくんに伝えてから、僕は周りを見渡した。
ユリシール殿はどこにいるのだろうか……。
ガシャ……ガシャ……。
最前線の重装歩兵部隊の方から、ずっしりとした足音が聞こえる。
どうやら、矢が効かないことをいいことに、前線部隊に混じってファイアーボールを連打していたらしい。
ああ……。
ユリシール殿……それでは……。
それでは間に合いません……。




