第二十七章「クラン戦」(1)
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「ふぁぁっ……」
窓から差し込む陽光を浴びて、僕は目を覚ました。
身体の形に合せたように沈み込むベッドに名残惜しさを感じながら、身体を起こす。
昨日と同じ、実に爽やかな目覚め……。
「ベルゲングリューン伯! いるのはわかっている!!出てこい!!!」
「出てこーい!!」
(なんだなんだ……)
城の外から複数人による怒鳴り声が聞こえてくる。
ベルゲングリューン市に民衆が集まる前から一揆でも起こったのだろうか。
(ま、とりあえず、風呂だな)
僕はそう判断して、服を脱いで、お風呂に入ることにした。
「はぁ……たまらん」
浴室に大きな窓と天窓が付いているのが最高に気持ちがいいんだよね。
角度が絶妙で、お城の最上階から眼下に広がる景色はイグニアどころかアイトスの方まで一望でき、逆にこちらの窓の様子は外からはわからない。
まるで世界に向かって素っ裸でシャワーを浴びているような開放感だ。
「ふぅ…」
「はぁ、はぁ、ベルゲングリューン伯ゥゥ!!」
「お前が来るまで、オレたちは諦めんぞっ!!!」
あれからずっと絶叫していたのか、男たちは声を枯らしながら、必死に叫んでいる。
(アウローラ、なんか服をお願い)
『ふむ、怒鳴り声の粗野さっぷりからして冒険者の類であろうから、こんな感じが良いであろうな』
アウローラがそう言うと、僕の服が高位の聖職者が着るような詰め襟の、純白の法衣のようなものに変化する。
胸には王女救出の際や若獅子祭でいただいた勲章がついており、純白に金の刺繍が入ったマントには、同じ金の刺繍で龍のエンブレムが描かれている。
(お、珍しいね、アウローラって黒とか灰色とかばっかりだと思ってた)
『民は混沌と破壊を恐れるが、荒くれ者が恐れるのは法と秩序だ。このぐらいが良かろう』
(それはいいけど、サークレットはやりすぎじゃないの?)
僕は姿見を見ながら、頭に付けられた黄金にサファイアがちりばめられた美しい冠を指差した。
ひと目で高名なドワーフの細工職人の作だとわかるそれは、サークレットというよりはむしろ王冠のような……。
(うわ、ってか、小鳥遊の鞘の色まで白になってる! そんなことまでできんの?)
『ふふ、なかなかカッコよかろう』
(たしかにいいけど、後でちゃんと直しといてよ……、これ)
僕は姿見で顔を作りながら、アウローラに言った。
一難去ってまた一難。
次はどんな問題が降り掛かってくるのかと考えながら。
「騒がしいな。何事か」
僕は城の扉を開けて、男たちに尋ねた。
「っ――」
僕の姿を見て、威勢十分だった男たちに一瞬、狼狽の色が見える。
使い込まれた鎧と剣や斧で武装した自分たちに対し、ヴァイリス王国から贈られた勲章
が燦然と輝く、純白の法衣を身にまとった男一人。
(すごいな、言い分を聞く前から完全にこっちが正義みたいじゃん)
『ファッションは正義なのだ。覚えておけ』
アウローラと心の中でガッツポーズを交わしながら、僕は連中を見た。
相当手練の冒険者のようだが、人数が多い。
(ああ、そゆことね……)
魔法情報票をひと目見て、彼らの用向きがわかってしまった。
彼らの魔法情報票の職業欄には、共通して書かれていることがあった。
クラン『暁の明星』……。
ミスティ先輩が所属していたクランだ。
そして、僕のクランに移籍すると表明していたクランでもある。
ミスティ先輩が引き抜かれたと思って激怒しているのだろう。
「わざわざ負け犬共が遠吠えをするために我が城までやってきたか。ご苦労なことだ」
「き、ききききき貴様ぁぁぁぁl!!!!」
(ちょ、ちょっと待って、僕は何も言ってない……)
『ふふふ、こういう手合いは私に任せておけ』
任せておけって、いきなりブチギレさせとるがな……。
「まぁまぁ、君たち、待ちたまえ」
「リ、リーダー」
冒険者たちの中で一人だけ雰囲気の違う男が、僕の前にやってきた。
真鍮のプレートメイルに、ミスティ先輩リスペクトなんだろうか、真紅のマントを着用している。
「お初にお目にかかります。ベルゲングリューン伯。私は……」
「無礼者の名乗りなどいらぬ」
「は?」
どこぞの貴族の出なのだろう。
自分が名乗れば必ず相手が一歩引くと確信していた男は、意表を突かれたように顔を上げた。
「我が領土に無断で押し入り、あまつさえ私に城から出るよう騒ぎ立てておきながら、その謝罪もなく名乗りから入るなど、そなたの出自も知れようというものよ」
「っ――」
(おいおいおいおい……、リーダーさん顔真っ赤っかになっちゃてるじゃん! あんまり敵を作らないでよ……)
『何を言う、領内に勝手に足を踏み入れた時点で、こやつらは敵よ。ここで気安く応じてしまえば、侮られるだけだぞ』
「あの女が我がクランに与せんと欲すはあの女の意志。私には関わりのないことだ。貴様らに逆恨みされる筋合いはない。わかったなら、早々に立ち去れ。野良犬」
「あ、あの女だと……、ミスティさんをあの女呼ばわりしやがったぞ……!」
「それどころか、コイツ、学生の分際でオレたち暁の明星を野良犬呼ばわりしやがった……」
「やれやれ。その学生の居城に大人げなく乗り込んできたのはそなたらであろう」
「が、学生がこんな城に住んでるわきゃねーだろ!! お前がデタラメすぎんだよ!!」
その後も続く不毛な応酬にうんざりし始めた頃。
暁の明星のメンバーの一人が、そのことに気付いた。
「お、おい、こいつの魔法情報票を見ろ……」
「龍帝ってなんだ……、そんな爵位聞いたことないぞ」
「バカ、そこじゃねぇよ、もっと下を見ろ……」
「「「「「「「「なっ!!!!」」」」」」」」
暁の明星のメンバーたちの肩がわなわなと震えた。
この世で最も見たくないものを見てしまったような、凍りついた表情。
悲鳴を上げた者までいる。
「ふははは、驚いたか。そう、我こそは『混沌と破壊の魔女に愛されし者』!!」
「「「「「「「「そっちじゃねぇよ!!!!!!」」」」」」」」
暁の明星のメンバーが一斉にツッコんだ。
『なぁ……、こやつら全員、次元の狭間に送り込んでもいいか?』
(やめてあげて……)
アウローラが不機嫌になってしまった。
暁の明星の連中が反応したのは、その下、『黒薔薇に愛されし者』という彼らにとって絶望的な称号の方だった。
「そ、そうか……、こいつは色仕掛けでミスティさんをたらしこんで……」
「ふん、色仕掛けを仕掛けてきたのは小娘の方ではないか」
完全にへそを曲げたアウローラのぼやきで、暁の明星の連中の怒りは頂点に達した。
「ク、クラン戦だ!!! クラン戦を申し込むッッ!!!」
「……みたいなことがあったんだよ」
「長ぇよ!!! 情報量が多すぎて入ってこねぇよ!!」
帝国元帥閣下の中庭に戻ってきた僕に、キムがツッコんだ。
「ええと、要約すると、クラン申請に帰ったついでに領地に戻ったらとんでもないお城ができてて、仕方ないからギルドと商店街にして、平日の午前から夕方まで貸し出す代わりに掃除してもらうようにして、暁の明星クランからケンカ売られて、我がクラン、水晶の龍とクラン戦とかいうのをやることに」
「やることにって……、まだ申請したばっかなんでしょ?」
「ウン」
「ウンって……」
ユキがやれやれと肩をすくめた。
「そもそも、クラン戦って、どういうものかわかってる?」
「えっと、お互いのアジトを賭けて争う攻城戦だって聞いたんだけど」
「ざっくりと言えばそうだけど、ちょっと違うわよ」
ユキが言った。
「ヴァイリスには、アイトスに。ジェルディク帝国にはリヒタルゼンに。クラン城と呼ばれるお城があるのよ」
「へぇー」
そういえば、アイトスにもリヒタルゼンにも、見たことない紋章旗が掲げられたお城がいくつかあったけど、あれのことかな。
「城持ちクランに勝つと、その城を奪うことができるんだけど、お城を奪うためには、城内にある旗を壊さなきゃいけないの」
「……それ、どこかで聞いたことがあるような……」
「そう、若獅子祭よ。元々若獅子祭は、クラン戦をモチーフにして作られた模擬戦だもの」
ユキがうなずいた。
「ってことはもしかして、若獅子祭であったようなガーディアンが……」
「ばっちりいます。それも三体」
「ひええ……」
「城持ちクランとクラン戦をするってことはね、もうよっぽど戦力に自信があるクランがやることなのよ。最低でも大魔法を使える魔導師が三人は必要ね」
「えー無理じゃん」
「無・理・な・の・よ!!! あんたは勝てるわけのない戦いを受けちゃったの!!」
「そんなぁ……」
「若獅子祭と同じ召喚体だから、死にはしないけど、魔法情報票に敗北の汚名はずっと残るわね」
「くぅ……」
僕はがっくりと肩を落とした。
「そもそも、ミスティ様が勝手に移籍するから、こんな話になったんでしょう?」
「そうよね。なんで私たちがそのために戦わなきゃいけないのかって話よね」
テレーゼとアリサがうんうんとうなずいた。
ミスティ先輩、もう少し女性陣の内部営業頑張ってください……。
「そういえば、ミスティ先輩は?」
「なんか、新しい宝具の情報が入ったとか行って、朝からどこかに行っちゃったわよ」
……ミスティ先輩……。
「だいたい、こないだはつい納得しちゃったけど『知名度』って何? 私は『聖女』なのよ? 黒薔薇に愛されし者があるのに、なぜ聖女に愛されし者がないのよ」
「アリサが愛しているのは僕じゃなくて、僕の作る咖喱だからなんじゃない?」
「聖なる矢!!」
「うわわわっ!!!」
僕の顔の横を青白い魔法の矢がかすめた。
無詠唱だから死ぬほどおっかない。
アリサを怒らせるのは絶対にやめようと心に決めた。
「と・に・か・く! 今回、私たちは一切協力しませんからね!」
「しょ、しょんなぁ……」
アリサとテレサが、当惑するメルとエレイン、ユキ、ジョセフィーヌを抱き込んで、抗議の目を向けた。
「ジョセフィーヌはそっちに行っちゃうの?!」
「ごめんねぇ、まつおちゃん。私、女性陣に入れてもらえたのが嬉しくってぇ」
くっ……、なんということだ。
「ソリマチ隊長でも誘って行ってくればいいじゃない」
「ソリマチ隊長と……クラン戦……」
僕はその光景を思い浮かべた。
城持ちという圧倒的な優位で臨むクラン、暁の明星。
そこに立ちはだかるのは、ベルゲングリューン伯と、ロバのように背が低い馬に跨る、ソリマチ隊長……。
「行けぇい!! 殿の晴れ舞台を飾るんじゃぁああ!!」
「うおおおおおお!!!」
そこに橋を守るガーディアン登場。
「な、なんじゃこいつ!! く、鍬が、鍬が効かん!!」
「うわああああああああ!」
「ぷっ、うわははははは!! 勝てん! 絶対に勝てんっ!!」
「ちょっと……、まっちゃん大丈夫?」
「勝てないのを確信しておかしくなっちゃったのかしら……」
ユキとメルが何か言ってる。
面白い、いや、面白すぎる。
普段の僕なら絶対に採用している作戦なんだけれども、何をどうやっても勝てる気がしないのが問題だ。
「ね、そのガーディアンって、若獅子祭の時のガーディアンと同じぐらい強いの?」
「さすがに、あんな戦争クラスのシロモノじゃないわよ。知性も低いから決められた場所の拠点防衛しかできないし、一発食らって即死することもない。でも耐久度はバカ高いのと、属性耐性が鬼だから、聖属性・闇属性・無属性の魔法攻撃しか通らない、厄介な存在よ。それが三体」
「な、なるほど……あ、そうそう」
僕はそこで大事なことを思い出して、荷物袋を取り出した。
「テレサ、ちょっと来て」
「お兄様?」
僕はテレサを手招きした。
「はい、これ」
「……これは……鞭ですか?」
僕は深い藍色に光る鞭をテレサに手渡した。
「うん。これ、リザーディアンの鱗で作った鞭」
「リザーディアンの……?」
「ほら、彼らって何十年に一度、脱皮するんだけど、その鱗を乾かして何年もおいておくと、こんな風に変色して、めちゃくちゃ弾力があるのに、鋼鉄のように硬くなるんだって。それで作られる鞭は超高級品なんだそうで、長老から献上されたんだけど、君が使うのが一番いいかなって」
「すごくキレイ……、使ってみてもいいですか?」
「もちろん」
シュルルルルルルッ!!!
パシィィィィィィン――ッ!!!
テレサが鞭をしならせると、まるで鎌首をもたげた大蛇のようにうねって、中庭の石を真っ二つに叩き割った。
「す、すごい……」
「あ、ありがとうございます!! お兄様!! 一生大事にします!!」
テレサが鞭を振り回しながら僕を見た。
目が爛々としている。
やっぱり、鞭を持ったテレサはちょっと怖い。
「お、おい……。馬車の馬がめっちゃビビってるぞ……」
ルッ君がうめいた。
「そんなルッ君にはこれ!」
僕はハードカバーの本を投げた。
「なにこれ?」
「ルッ君の大好きなエロ本じゃないよ」
「わ、わかってるよ!」
「それ、恋愛小説。最初は退屈かもしんないけど、すっげぇいい話だから! それ読むと、女の子の気持ちがちょっとわかるから、空想の世界から戻ってきたくなったら読んでみて」
「うーん……、オレもう空想の世界で嫁を三人作っちゃったからなぁ……責任ってもんが……」
「ま、まぁ、気が向いたらでいいよ……」
誰だ、今「うわぁ……」って言ったやつ。
ルッ君がこれ以上おかしな方向に行ってしまう前に、導いてあげなければ。
「ユキはこれ!」
「へっ、私? 私にもあるの?」
「もちろん」
僕はそう言って、ユキに黒革の鞘に入ったナイフを手渡した。
ユキが鞘からそれを抜き放つと、鎌のような独特の形状の刃がギラリと光った。
「こ、これって……、若獅子祭の時にリョーマが使ってた……」
「そう、カランビットナイフ。ギュンターさんに言って取り寄せてもらったんだ」
「えっ、わざわざ私のために?」
「今回の旅をして思ったんだ。ユキの爪は獣相手にはすごく効果的だけど、これからは山賊とか盗賊、冒険者くずれや獣人みたいな、人型の敵を相手にすることも多くなるのかなって。そういう相手なら、コッチのほうが使いやすいんじゃない?」
「……あ、ありがとう。使ってみるね」
普段口喧嘩ばかりしているせいか、ユキはものすごく照れていた。
「花京院はこれ」
「何これ、食っていいの?」
「ダメだよ! それ絵の具だから! たしかにちょっと美味そうだけど……」
花京院にはお絵かきセットを買ってみた。
「前に士官学校の机に落書きしてたでしょ? あれ、たしかイグニアで最近流行っている漫画の主人公でしょ? アホみたいな顔して、鼻水垂れてるやつ……」
「あー、そうそう」
「上手に描けてるなぁと思ってさ。きっと絵の才能あるんじゃないかって」
「そ、そうか……、あ、ありがとな……」
素直に大喜びするかと思ったら、花京院がおとなしい。
よく見たら、みんなもなぜか顔をうつむかせている。
「あ、あれ、どうしたの? ダメだった?」
「い、いや、知らないんだと思って」
「え、何が?」
「あのイグニアで流行ってる漫画の主人公、あれ……、まつおさんなんだよな」
「え……、あのアホみたいな顔して、鼻水垂らして、学校の机の上にうんこして先生に追いかけ回されてるやつ?」
「ぷくくくっ……そうそう!!」
知らなかったのは僕だけだったのか、花京院が笑い出すと全員がこらえきれなくなったように爆笑した。
「花京院はそれを……机の上に落書きしてたのか……、それを僕は感心していたというのか……」
僕は花京院を追いかけた。
「返せ! 今すぐそのお絵かきセットを返せ!!」
「へへへっ、ありがとな! これでフルカラーのまつおさんを描いてやるからな!」
「く、くそう……」
僕はよろよろとよろめきながら、キムを呼んだ。
「キムはこれ」
「なんだこれ……オレには紙切れ一枚なのか?」
「それを持って、ジェルディクの防具屋に行っといで。ぶったまげるから」
キムが愛用している盾がずいぶんへたって来ているのが気になっていた。
あと、盾を使うようになって気付いたんだけど、キムは剣技も優れているので、状況に応じて大盾と中型盾に切り替えれるような盾が理想なんじゃないかと思っていた。
ジェルディクの防具店で相談してみたら、可変盾を作ってもらえることになったのだ。
たぶん完成している頃のはずだ。
「ま、まじかよ……。っていうか、なんでお前、みんなに贈り物してんの?」
「僕の盾を取りに行くのに協力してくれたのと、閣下、メル、ゾフィアには馬をあげたけど、みんなには何もお礼してなかったから」
「そういうとこ、変に律儀よな、お前って」
キムは照れくさそうにそう言った。
「ヴェンツェル」
「僕にもあるのか?」
「当たり前だろー」
僕はそう言って、黒い革製のチョーカーを見せた。
中央には太陽の形を象った金色の縁に、キラキラと光る宝石がちりばめられている。
「ヴェンツェルって見た目が女の子っぽいから、ちょっとこういうのを付けたらカッコかわいいんじゃないかと思って」
「カッコかわいいってなんだ……、カッコいいじゃダメなのか……」
「それは仕方ないよ。ヴェンツェルが付けたら、どうしてもちょっとかわいくなっちゃうと思うから」
僕はそう言って、ヴェンツェルの後ろに回ってチョーカーを付けてあげる。
「これ自体に魔法付与の効果があって、詠唱が少し早くなるんだってさ。ヴェンツェルの魔法は支援系が多いから、役に立つかな、と思って」
「あ、ありがとう……」
僕がヴェンツェルの首にチョーカーを付ける様子を、なぜか男性陣が顔をそらし、女性陣がまじまじと見つめている。
「……首輪ね」
「首輪ですね……」
「首輪だわ……」
「首輪……」
(首輪ゆーな!!)
「ミヤザワくんは……、これだぁっ!!」
僕はミヤザワくんに革袋を手渡した。
「わわっ、な、なにこれ……? 重っ!! 小袋がいっぱい入ってて、ヘンな匂いがするけど……」
「ふふふ……それはね、黒色火薬と油だよ。あと本と簡易圧搾機」
「えっ?!」
「調べたんだけど、黒色火薬ってさ、意外と作るのが簡単で、硫黄と木炭と硝石を混ぜ合わせて作るんだよ。本にはその作り方が書いてある」
「い、いや、そういうことじゃなくって……」
「油袋や黒色火薬が入った袋を敵に投げつける。で、その後にミヤザワくんが火球魔法を唱えると……」
「ば、爆炎のミヤザワ……」
「そう!」
キムのつぶやきに、僕は大きくうなずいた。
「炎の魔神ミヤザワ……」
「そう!その通り!」
ルッ君のつぶやきに、僕は大きくうなずいた。
「あ、ありがとう……。でも、そんなので魔法威力を増やすのって……、魔法使いとしてどうなんだろう……」
複雑な表情のミヤザワくんの肩を、僕はぽんぽんと叩いた。
「細かいことを気にしちゃいけない。それに、魔法にはイメージの力が重要なんだってヴェンツェルが言ってた。きっと、自分のファイアーボールで敵が爆死している光景を何度も見ているうちに、ミヤザワくんは本物の爆炎のミヤザワに……」
「や、やだなぁ……やめてよ……あはは……」
ミヤザワくんはそう言いながらも、手元の黒色火薬の入った袋をじっと見つめている。
……これは、絶対使うな。
僕は内心でほくそ笑んだ。
「エレインはね、これ!」
僕は細長い紫色の布袋をエレインに手渡した。
エレインが取り出すと、銀色に輝く筒状の物が出てきた。
「これ、フルート?」
「そう! やっぱり、似合うと思った」
馬車の旅をしていて思ったんだ。
ウチのチームには、音楽がない。
吟遊詩人でもいればいいけど、メンバーにはいない。
一人でも楽器を扱える人がいたら、長旅も楽しくなるんじゃないかなぁって。
「嬉しい、すごく。でも私、吹いたことない」
「誰でも最初はあるさ。ちょっと吹いてみてよ」
「わかった」
エレインの細くて繊細な指がフルートに絡まり、柔らかそうな唇がリッププレートに触れる。
森の女神のように美しい褐色のエルフの唇から今、美しい旋律が……。
「ぴ、ぴろぴろ〜」
僕らは盛大にズッコケそうになるのを全力でこらえた。
「やっぱり、むずかしい」
「……い、いや、すごいわよ。最初から音が出るなんて」
アリサが慌ててフォローする。
「私もそう思う。練習したら、きっと上手になるわよ」
メルも言った。
みんなエレインに優しいんだよね。
「音出るの、おもしろい。練習する。イヴァ、ありがとう」
エレインがにっこり笑った。
「ぴ、ぴろ、ぴろぴろ〜」
一生懸命拭いている姿がめちゃくちゃかわいい。
「次は、アリサ」
「あら、咖喱しか愛せない女にもプレゼントがあるのかしら」
アリサがくすくす笑いながら言った。
笑ってるけど、こいつ、根に持っとる……。
「さっきはごめん。これで機嫌直してくれると嬉しいな」
僕はそう言って、アリサの肩にふわっと外套をかけた。
薄手の布地だけどしっかりしていて暖かく、襟元にファーが付いた、男物の黒い外套。
ファッションご意見番のアウローラに合格点をもらった自信の逸品だ。
「こ、これって……」
「廃屋敷の冒険の時に着てた男物の外套、すっごく似合ってたんだけど、あれ以来着てなかったでしょ」
「う、うん。気に入ってたんだけど、あの時のドタバタで破れちゃったの……」
「うん。そうかなと思って。ほら、この季節でも天気と場所によって夜は結構肌寒い時があるし、回復役はみんなと違って待機することも多いから、冷えるといけないなって」
「……とう」
「ん?」
アリサは僕の肩にとん、と頭を乗せて、小さい声で言った。
「ありがとう……、って言ったの」
その時、メルが「あ……」と小さく声を漏らした。
メルが指差す方向を見て、ユキとゾフィアがあんぐりと口を開けた。
僕の魔法情報票に、称号が追加されていた……。
聖女に愛されし者……。
「チョロい……」
「チョロいわね……」
「チョロいわ……」
テレサ、メル、ユキがつぶやいた。
「ジョセフィーヌは僕、正直何が嬉しいかわからなかったんだけど……、勝手に似合うと思うのを選んでみました」
僕はそう言って、紫の花束を手渡した。
フリルのようにふわふわした花びらを持つ、紫色のエレガントな花を中心に、水色や青色の小花を組み合わせた、力強さや優雅さ、可愛らしさを兼ね備えた花束。
「まぁ! リシアンサスじゃなぁ〜い! 素敵〜!! これを私にくれるの?! いいの? 勘違いしちゃうわヨ?!」
「勘違いはしないで!」
お尻を触りに来たジョセフィーヌからささっと距離を空けた。
「ンフフ〜。大事にするわよ。ありがと、まつおちゃん」
「うん。それと、これも」
僕は長方形の小さな箱を贈った。
「きゃー、何かしらん……、おわっ、万年筆ゥ?!」
急に男らしい低音ボイスでジョセフィーヌが叫んだ。
「ジョセフィーヌって、普段の口調と文章が全然違うでしょ? しかもめちゃくちゃ文字がキレイで、文章も上手だから、きっと文才があるのかなーと思って」
「やだぁーもうー、まつおちゃんたら、ワタシのこと知りすぎちゃって……。あ・り・が・と」
ジョセフィーヌがキャップを開けたままの万年筆に頬ずりをして、ペン先が鼻に刺さって悶絶した。
「と、言うわけで、馬をプレゼントした閣下、メル、ゾフィアには大きいプレゼントはないんだけど……はい」
僕はジルベールに黄色い花束を手渡した。
黄色い薔薇と、ガーベラに、白い小花にグリーンの色合わせをした明るい花束だ。
「い、いや、卿よ……、ありがたいが、男から花束をもらうというのは、いささか面妖ではないか……?」
めずらしく動揺した様子でジルベールが言った。
「い、いや、アデールにだよ。これからみんなヴァイリスに帰るんだし、閣下からあげたら喜ぶんじゃない?」
「な、なるほど……。私はこういうことには気が利かんからな。助かる」
ジルベールは無表情でそう答えた。
こういう時のジルベールは高確率で照れている。
「で、メルにはこの花」
僕はメルに白い花束を手渡した。
「わぁ……いいなぁ」
テレサがつぶやいた。
大輪の白い薔薇とユリのそばで白いガーベラが可愛らしく咲き、その周囲をコデマリが囲んでいる。
気品があって華やかで美しい、メルにぴったりのブーケだ。
「すごくきれい……本当にもらっていいの?」
「もちろん。ユリはまだ蕾だけど、これから開花したらすっごく豪華になるんだってさ」
「……ありがとう。……すごく嬉しい」
ユリのように白い肌をかぁーっと紅潮させて、メルが言った。
深く考えずに贈ってしまったけど、クラスメイトに花束を贈るのって、ものすごく気恥ずかしい。
「ゾフィアはこっち」
僕はゾフィアに、蒼い花束を渡した。
「と、殿……こ、これは……、こんな薔薇は見たことがないぞ……」
薔薇にブルースター、アジサイやデルフィニウムといった花々が、ゾフィアの髪の色であるアイスブルーを中心として、様々な蒼のグラデーションを醸し出している。
「自然界に蒼い薔薇って存在しないんだって。これはね、なんだっけな、ブリザード……? プリザード? なんとかって言って、水魔法と風魔法の組み合わせで花の水分を抜いて、特殊な調合をして作る、錬金術だったか何か……とにかくちょっとすごいやつだから、水をあげちゃだめなんだって。でもすごく長持ちするからね」
「殿……っ、殿は、こんながさつな私も女として扱ってくれるのだな……。 殿はどれだけ私を泣かせれば気が済むのだ……」
蒼い花束をぎゅっと抱きしめながら、ゾフィアが言った。
それにしてもお花って、みんなめちゃくちゃ喜んでくれるんだな。
ここまで喜んでくれるのなら、枯れちゃう前にまた新しいのをプレゼントしよう。
さてと。
あとはミスティ先輩なんだけど……。
たしか朝から出掛けてたんだっけ……。
その時、中庭の奥の樹木の間から、パキッと枝が折れるような音が聞こえた。
「あっ……」
僕たちが振り向くと、しまった、という表情をしたミスティ先輩がいた。




