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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幻想と冒険と青春

幻想と冒険と青春 ~見えぬものには、見えぬまま~

作者: 霧間愁

とある世界。とある島国の、とある地域、とある学校。


 誰も“それ”には、気がついていないようだった。

 私も“それ”に気がついてしまった“切っ掛け”を思い出そうとしても、何かに阻害されているのか、記憶の一部が食い荒らされたのか、思い出せぬままにいる。

 それが()()()()()のは、学校の机に向かっていた時で、授業中、黒板に書かれた文字を書き写していた時だった。

 黒板とノートの目線の往復の最中、机の端に蠢く“それ”に気がついて、「あぁもう」と嫌悪感がわき上がる。

 教科書で机の下に払い落とそうとして、“それ”が拳ほどの大きさに驚いて声をあげてしまった。

 案の定、教師に怒られてしまう。授業中に唐突に奇声をあげれば、それは勿論だ。

 呆気にとられた少しの間、それから起こる笑い声。

 授業が終わり友人たちに「寝ぼけてて」と判りやすい言い訳を言った。

 友人たちは嗤っていた。

 その肩に“それ”がとまっていて、私は笑えなかった。

 きっと、ひきつった笑顔だったに違いない。


‖‖


 この世に、ときめき、というものがあることを知った。


「楽器と一緒だよ、自転車と一緒。アンタ楽器弾ける?」

 私は首を振る。

「あぁ、じゃぁ自転車だ。乗れるようになったら、乗れなかった感覚なんて忘れてしまうのと同じ」

 彼、(くろがね)慎之介はそう言って、腰の刀の柄に手をかけながら腰を落とす。それを真っ直ぐ見ていた。

「ちょっと待ってな。コイツはここいらのガキ大将みたいな存在だから」

 一閃。

 高速で放たれた刃は、目の前の大百足の化け物を縦に真っ二つにしていた。

「あの世でな、アミーゴ」

 いつの間にか納刀した鉄が、貪欲な笑みをうかべていた。


 私は恋をしたのだ。


‖‖


 私はまた悲鳴をあげてしまう。

 廊下に私の声が響く。前後を見渡して誰もいないことに安堵した。

 中庭に植えられた木々が風に揺れる。日はまだ高い。

 外の様相と校舎内の印象とのその隔たりが、私を精神的に追い込んでいた。

 そもそもこの画一的な建築デザインが、鉄筋混凝土(コンクリート)をさらに冷たい印象にさせるのじゃないかな、と私は思っている。

 遠くで聞こえた物音にすら驚いてしまうくらいに、集中していた。

 少し気分転換のために別のことを考えてみよう。

 放課後の学校は少し奇妙だと思う。

 本来、一日の半分以上がこの“静けさ”が占めていて、空間的にはこれが正常にも関わらず、朝から夕までを若者の喧噪で埋め尽くされる。

 私はそうした喧噪が少し苦手だ。

 自分の悲鳴でずれてしまった眼鏡の位置にもどしながら、廊下をまた歩き出した。手にはメモ帳と筆記具。

 私はあれ──授業中に奇声をあげて──から“それ”らを観察することに執心することになっていた。

 授業中に見た“虫モドキ”は、見渡せば至る所にいたからだった。姿形も様々に、室内の天井の四隅、小さな暗がり、柱の陰。

 目の前の“イモムシ”っぽい“それ”も三十センチほどある以外は、本物と変わりがないように思える。メモ帳に簡略した絵と特徴を書き記していく。

 “イモムシモドキ”は時より唐突に痙攣を起こすが、それになんの意味があるのかは判らない。

 そんな風に彼らを観察するようになって、“虫モドキ”以外にも、“猿のようなもの”も見かけるようになった。

 その“猿モドキ”は、“虫モドキ”と違って、感情が豊かで愛嬌があるようにも見えたが、ある時、校内に入り込んだ野良猫を狩っているところを目撃してしまってから、駄目だった。

 “猿モドキ”は危険、“虫モドキ”は無害という先入観を持たないように、“モドキ”を観察するときは、極力接触をしないように心がけた。

 元々虫や動物が好きだったわけではない。いや、虫は今でも苦手だ。蝶々ですら間近で観察できない。

 ただ“モドキ”は観察し続けてしまう。友人たちがアイドルやファッションに夢中になるような感覚なのだろう。

 ただ見えないモノを追いかけることは奇異の目で見られるため、私はこの趣味趣向を隠匿していた。

 そんな日々の中、“モドキ”の観察帳が三冊目になった頃、私は致命的なミスをした。


「これ、アンタが落としたのか?」

 休み時間に私の座る席の前に一人の男子学生が立っていた。

 教室中、こちらを見ていた。


 事の始まりは、“モドキ”の観察帳の一冊目を学校内に落とした事だった。

 最近の私といえば校内で“モドキ”を見かけると、それを目で追ってしまうのだが、久しく見なかった種類の“それ”を見かけ、『マル秘1』と書かれたノートを持って追いかけたのがいけなかった。

 体育館裏まで追っていたが、そこで人の声が聞こえてきた。人の気配は二人だろう。

 私は焦った。体育館裏、人の声、おそらく二人きり。

 おそらく私の青春には、起こりえないだろうイベントだ。

 そのまま立ち去ればよかったのに、動揺した私は物陰にいったん隠れてしまった。

 隠れてから「た、立ち去らないと」と動転して屈んだままにその場を去るときに、手にしていたノートを置いてきてしまったのだ。

 教室に戻ってきてようやく、学校生活においての致命傷になりかねない自分の過ちに気がついた。

 無情にも、鐘が鳴る。

 その次の授業は気が気ではなかった。本当に肝が冷えた。この世の終わりかと思えた。

 あれを誰かに拾われ見られたらと考えただけで、発狂しそうだった。“それ”らを見えない人からすれば、書かれている内容はただの妄言虚言の類のそれと同じなのだ。黒歴史と呼ばれるものと同じにとらわれてしまう、そう思えっていいのは未来の私だけでいはずだ。

 ただまた声を上げれば、授業中に奇声を発する癖ありという不名誉な評価を受けてしまうかもしれない。

 汗がとまらない。

 授業中、考えはじめてから、汗がとまらなくなっていた。

(授業が終わったら、即、立ち上がって、体育館裏までの最短の道のりで行って、隠れた場所を探して、回収する。最短の道のりは、一組の横の階段を…)

 極力、論理的な思考で段取りを考えてた。

 ただ宙一点を見つめ、小さく唇が動き、汗だくの女子生徒が授業を受けていれば、どんなに鈍感な教師でも心配になるというもの。「保健室に行け」と言われ、私はそれに従った。

 友人の一人が付き添いを買ってでてくれたが、断って私は教室を出た。


 私は扉を閉めた瞬間に、走り出した。

 自分でも驚くくらいの身体能力だった。

 体育館裏にたどり着くと、あるだろうと予測していた場所に、それはなかった。

 教師から「保健室」という単語がでるまで、授業を抜け出す発想が出来ないほど追いつめられていた私は、刹那だけ希望を見いだしていた。

 ノートを見つけ、保健室に向かい、「体調は良くなりました」と授業にもどる未来を想像していた私を責めたくなる。

 どうすれば、という私の問いに、私は言う。

 終わった。

 すべて終わってしまったのだ。


「聞こえてる?」

 (くろがね)に言われて、自分の目を疑う。

 ノートを届けてくれたのが鉄慎之介でなかったらと、私は思う。

 教室に現れた鉄に、一部の女子が色めいた。

 スポーツ万能、軽音楽部で、成績は中の上。学外のライブハウスでもボーカルとして活動していて、何処かのレーベルから声がかかったとか噂されている。ただ顔はいいけど子供っぽい、格好いいけど声がデカくて残念な男子、無駄にうるさいというが女子界隈の評価で、私個人としては学校生活で関わりなることはないだろう、スクールカーストの上位の存在。

 鉄が私の中の事態をややこしくしていた。

 私の座る席に前に立って、差し出されたノートを見た瞬間に私は全てを悟った。

「見た?」

「え?あぁ、よく書けてるなぁと思って」

 見てんじゃねぇか、と心の中で絶叫した。

(おおお、落ち着け)

 私は出来るだけ笑顔に努める。

「あ、ありがとう」

 そう言ってノートを受け取ろうとする。そして、これからの学校生活に絶望してた。

(やはり終わったのだ、そう、何もかもが終わったのだ)

 ぼんやりとした未来への絶望しながらノートを掴んだと思ったら、鉄がそれをかわした。

「え?」

「放課後、ちょっと時間ある? 話あるんだけど」

 教室内は相変わらず色めいてた。

 客観的に見れば、おそらく色恋な場面だのかもしれない、ただノートは人質で私に拒否権がないという事実が分かっているなら、これは脅迫場面だ。

 決して桃色で花びらが舞い散るような甘っちょろい雰囲気ではない。

 錆色の血風吹き荒れる戦場にただ無力な学生カッコ女カッコトジが、選択肢のない状態であるだけなのだ。待つ未来は死のみ。

「ア、ハイ」

 そんな状況でも逃げ道のない私の返事は、一つしかなかった。


 鉄が去ったあと、女子に囲まれた。

 質問責めにされたが釈明をすると、納得する者しない者、祝福する者、好敵手宣言してくる者、様々だった。

 放課後になるとやはり女子に囲まれた。

 違う組の知人友人も集まっている。そして、その全員がなぜか満面笑顔。

 そして手洗いに向かおうとすると、数人笑顔のまま着いてくる。

(ん?)

 「これ呼び出し現場まで着いてくるのでは?」という私の予想はその通りで、彼女たちはしずしずと着いてくる。

 振り返り「どうしたの?」と尋ねても優しい笑顔というのか慈悲慈愛に満ちた顔でゆっくりと顔をふるだけ。

 うぜぇ、うぜぇよ、友人たち。

 悪ノリは理解した。が、それに屈する私ではないことを忘れているのか?

 私は「そっか」と笑顔で応えると、段々とそれでいて自然に歩く速度を早めていく。

 「逃げたぞ!」「見失うなよ、追え!」と親愛なる友人たちが声を背中に受けたが、面白エピソードとして一生弄られる可能性があるのだ。

 そんなもん逃げるに決まっているだろう。


 呼び出された体育館裏の地面に着地すると、鉄は驚きもせずに私を一瞥する。肩で息をしていることや上からやってきたことを一切気にせずそのまま、「マル秘1」を私に差し出してきた。

「アンタって意外と巨乳よな」

 言われて私は無言のまま胸を押さえた。

「あ、違う、ごめん、違うんだ」

 鉄から差し出されたノートを回収しようとして、言葉だけでそれを阻止するとは、「鉄慎之介コイツやりおる」と、思い睨んだ。

「いや、まぁ、いいや。頼みたいことがあるんだよね」

「頼みたいこと?」

「一時間ばかり、ここで一人で待ってくれん」

「なんで?」

「あぁ、えっとアンタが見てるもの……“モドキ”って意外と危険なんだよね。無害のもいるけど」

「あ、うん?」

 なぜだろう話の雲行きがよろしくない気がする。

「まぁ無理にはとは言わないよ」

 そう言われて私は訳も分からいままだったが、鉄に従うほかなかった。

 了承してノートを受け取る。

「いやー、助かる。ホントに助かる」

 笑顔の鉄はうるさい位に礼を言ってきた。

 「んじゃ、俺は隠れてるから」と鉄は笑顔でその場を離れていく。

「え?」

 私は呆気ない展開に頭がついていかない。

 ノートは返却されず、鉄の友人が現れて「ドッキリ」という名の茶化しが行われると思い詰めていた。それだけに、拍子抜けしたが、目の前に一匹の“虫モドキ”が現れ、何処から現れた“猿モドキ”に殺される。

 と、異変はすぐに起こった。“虫モドキ”がぞくぞくと体育館裏に集まりだしていた。


「なにこれ?」


 猿モドキも集まってきて虫モドキを喰らい始めた。それでも虫モドキの集まる速度に勝てず、逆に虫モドキの群生に呑み込まれていく。

 大きな虫モドキ、大百足の化け物がぞろりと私の前に現れた。何処から現れたんだろう、と疑問に思いながら私はその百足の前にゆっくりと近づく。何故か恐怖は感じない。

 ちりちりと頭の中の何かが焼けているように、何も感じていない。

 百足の口がかちかちと音を鳴らしていた。

「えぇ!」

 大きな声が聞こえる。鉄が百足と私の間に割ってはいった。

「ちょっと、アンタ()()()じゃないのかよ」

「かんけいしゃ?」

 ぼんやりとしていた頭でなんとか言葉を紡いだ。

「本当に憑き物に憑かれただけかよ」

 鉄はいつの間にか持っていた日本刀を抜きはなって、襲ってくる大百足の足を数本斬り飛ばした。

 百足が身体を捩り、悲鳴が聞こえるようだった。

「だぁーもう!カチカチ、かちかちウルセェよ、蟲がぁ!」

 と一際大きい声で鉄が言った。大百足は体育館の壁に身体半分よじ登ってく。戦術的な有利を生かそうとするようだ。

「でも、なんでアンタ見えるんだろうな?」

 その圧巻な状況に臆することなく鉄は、ぽつりと私を見ずに言った。

「え?」

 背中しか見えないはずなのに鉄は不服げな様子だと分かった。何かの予想と違ったのが悔しいらしい。そんな鉄には、お構いなしに大百足は自分の必殺の間合いを作り上げていく。


「──式抜刀術、壱の型」 

 と、呟いてから「あ、そか」と鉄は言って、振り返って嗤った。


「楽器と一緒だよ、自転車と一緒。アンタ楽器弾ける?」

 私は首を振る。

「あぁ、じゃぁ自転車だ。乗れるようになったら、乗れなかった感覚なんて忘れてしまうのと同じ」

 鉄慎之介はそう言って、腰の刀の柄に手を握りこみ腰をさらに落とす。それを真っ直ぐ見ていた。

「ちょっと待ってな。コイツはここいらのガキ大将みたいな存在だから」

 一閃。

 高速で放たれた刃は、目の前の大百足の化け物を縦に真っ二つにしていた。

「あの世でな、アミーゴ」

 いつの間にか納刀した鉄が、貪欲な笑みをうかべている。


 視界の端で“虫モドキ”が散り散りに逃げていく。幾匹かの“猿モドキ”が補食せんと追いかけ回し始めている。

「いやーごめん」

 私の前で手を合わせて謝る鉄。

「本当に申し訳ないです」

 何か重要な勘違いをしていた鉄は、「事情は詳しく言えないんだ」と言い張りながら謝り倒してきた。

「言えないなら、謝らなくてもいいと思う」

「いや、それは、そうかもしれないけど!そういうのは、違うじゃん、人情にも義理にも反するやん」

 「あー、これは板挟みだわ」と天を仰いで嘆いているが、その所作と言動に段々と私は可笑しくなっていく。

「え?なに?なんで、笑ってんの?コワい怖い、気が触れた?」

 と言われて私は拳を鉄の頬にいれる。

「いってぇ」

 と、鉄は怒りながら「あ、すいません、調子のりました。ごめんさい」と土下座をしようとする。

──あー、声デカ

 それを止めながら我ながら間抜けな感想しかなかった。この優位性を利用して事情を聞こうとして、私はその機会を失うことになる。

 土下座をしそうになっているタイミングで、私の友人たちがぞろぞろと現れたからだ。

 私はその場からさっさと逃げることにした。

 ただ鉄を土下座させた処を複数人に見られ、鉄慎之介の恋人、もしくは飼い主とあだ名されたことを、ここに記しておきたい。


 こうして私は鉄慎之介という人に恋をしたのだ。

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