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1.出現邂逅

 



「……な、で、あ、たが……」


“何であんたが”

 私は、確かにそう聞いた。




【交錯勇者 - 1.出現邂逅】


 



「良いよ」

 開けた丘の上、二人の人物が向かい合っている。丘の麓には曇り空でもわかる色とりどりの肌を持ち一部他の生物の特徴を持つ者たちと、一目でヒト属と判断される者たちが入り乱れ戦っていた。

「わかってたことだから」

 丘の上、追い詰められた灯子とうこが笑った。

「だから、良いよ」

 灯子の声に呼応するみたいに、灯子を追い詰めた埜途のとは両手でしっかり握った剣を振るった。

 頬は涙に濡れていた。

「……な、で、あ、たが……」

 掠れ声で、息を洩らすように呟いた。

 灯子は事切れる最期まで、笑みを崩さなかった。


 満足した、と言う風に。







光元みつもと先生も大変ですね。着任早々見回りに借り出されるなんて」

 帰宅する生徒へ帰りの注意を促しつつ、養護教諭の光元灯子が手を振っていると、いっしょに見回りをしていた数学教師の新井あらいが話し掛けて来た。

「えぇ……まぁ、……仕事ですから」

 新井の言葉に灯子は微妙な笑みを浮かべた。


 灯子は今年赴任して来た。そして一学期が始まって半月経った今日、朝の職員会議で急に校内巡回の強化が言い渡されたのだ。

 面倒だと感じようが給料の発生している分、学校敷地内、時間内の雑事であるなら灯子は已む無しと納得した。同時に、今日も帰れそうになくてごめん、と家族に心中で謝罪する。

「まー、毎年のことなんで慣れて置くと良いですよ」

 引き戸の戸を引き開かないことを確かめた新井が言った。

「毎年なんですか?」

 持っている確認表にチェックを入れて灯子が尋ねた。灯子は新任ではなく、とは言えベテランと言う程でも無く、学校も正規としては二校目になる。

 比べるくらい他校を知っている訳でも無いが、特に問題の無さそうな、校風としても偏差値としても普通の高校で新学期、それも年度始め開始半月で見回り強化と言うのはめずらしいのではないだろうか、と灯子は感じていたのだ。

 だのに、まさかの毎年毎回とは。

「毎年です。恒例なんですよ」

「何でまた」

「……」

 教室の鍵を確認し廊下を進みながらとんとん交わされていた会話が、歩みと共に止まった。新井が黙って足を止めてしまったせいだ。半歩進んでいた灯子は、振り返って捉えた新井の様子に首を傾げた。新井は周りを見回して、早足で灯子の横に来ると声を潜めた。

「僕が言ったって、言わないでくださいね」

 新井のただならぬ様子に、灯子は目をしばたたかせて承諾した。


「いなくなったんですよ」

 大仰な前振りで新井が言うには、四年前一人の生徒が消えた、とのことだった。


 四年前、一人の新入生が消えた。素行は悪くなく成績も良いほうで、クラスでも浮いていると言うことも無ければ、友達もいたようだった。しかし、ある日忽然といなくなった。誰にも何も言わず、校舎に荷物も置きっ放しで。

「荷物も、置き忘れたと言うより……」

 荷物は、使われなくなって物置と化した突き当たりの教室に、投げ落として中身をぶち撒けられていた感じだったそうだ。

 上履きの片方といっしょに。

「教室もちょっと荒れてて……乗せていた物が落ちていたりとか重ねて在った机が倒れていたとか」

 さすがに只事では無いのではと生徒の捜索が行われた。靴も在り近所に目撃情報も一切無かった。生徒は家にも帰っておらず、それどころか。

「ウチ、玄関に防犯上の理由でカメラ設置してるでしょう。門のところも。出入りは無かったみたいなんですよ」

 本当に、煙のように消えてしまったのだ。シンデレラの如く片方の上履きを転がせて。

「外部からの侵入者も無くて、かと言って生徒本人の足取りも掴めない。上履き片方脱げてんのに財布も定期入れも携帯すら置いて家出……は、さすがに無いだろうってことで、当時は大騒ぎしたんですよ」

 警察では家出と事件に巻き込まれた可能性両方の線で動いている……らしい。一応、現在も。

「御蔭で、変な噂も立っちゃって」

 新井は溜め息を吐き再び歩き出した。


「噂……ですか」

「ええ。そこの教室にね、姿見が在ったんですけど……物が散乱している中、それだけが無事に立っていて、しかも姿見の前だけ円を描くようにぽっかり空いていたんだそうです。その空いていたところに、例の生徒の荷物と片方の上履きが落ちていたもんだから……」

 ────姿見に吸い込まれて消えたんじゃないかって。語りながらも順調に新井は教室の戸締りを確認して、聴いている灯子は手元の表に二重チェックの印を付けた。


「え、姿見って、鏡ですよね? ……鏡にですか?」

 表から顔を上げ少々怪訝な表情の灯子に、新井は妙に神妙な面持ちで頷いた。

「はい。鏡にです。もうね、心霊ブーム到来ですよ。四月の桜の散るころ、午後四時に姿見の前に立つと吸い込まれるって」

「嘘でしょう?」

「でも、子供が如何にも好きそうじゃないですか。まぁ実際生徒が一人消えている訳ですし」

 で、部活の先輩とも打ち解けてきたころだろう今ぐらいに噂の姿見を見に来る生徒が増えるのだとか。

「下級生に度胸試しとかって言ってやらせる莫迦もいますからね……親睦深めるとかってみんなで肝試しとか。特に今日みたいに天気が悪いとね」

 新井が言いつつ廊下の窓を目線で指す。灯子も釣られるように窓を見た。硝子の向こうは雲が重く垂れ込めていて雨がすぐにでも降りそうだった。

「体育館が使えない運動部は、時間が空きますから」

「あぁ、だから見回り強化」

「ええ。加えて、例の生徒も見付かっていないので。校長なんかぴりぴりしていたでしょう。公にした当初は面白おかしく好き勝手書かれたんですよ……“事件に巻き込まれたか”“青少年のトラブルか”とか……ウチが犯罪の温床と言わんばかりに」

 当時を思い出したのか疲れた顔で新井は遠くを見ていた。

「勿論事実無根です。けど保護者説明会とかね。もう散々でした」

「新井先生はそのとき……」

「ああ、僕はこのとき新任でした。いやー、新任の僕でさえ大変でしたからねぇ。校長とか上の人たちは大変だったでしょうね……あ、あの教室ですよ」

 灯子が新井の指差す先に注視すれば、他の教室と違った扉が目に入った。他が引き戸であるのに対し、その扉は前後に開く開き戸だった。反対側から来た灯子たちは教室を順繰りに見て行く内、知らず近付いていたみたいだ。

「先に見てみますか?」

 この階最後の教室を残して、新井がフザケて問うた。

「えっ」

「って、言っても姿見は無いですよ。随分前に片付けたはず……」

 新井が開き戸に近寄って自身の背後の灯子へ見返って笑ったとき。


「────……っわ……っ?」

 新井が小さい悲鳴を上げて、二人は僅差無く耳を塞いだ。窓から見える隣町の山へ雷が落ちたのだ。


「……っあー。びっくりした。大丈夫ですか、光元先生」

「ええ……驚きました」

 耳から手を外し、共に雷が落ちた方向を見遣る。微かに煙のような筋が認められるけれど、余りにか細く、降り出した雨の中へ紛れ見失った。

「凄い音しましたねぇ……」

 後頭部を掻いて口をへの字に曲げた新井の発言に灯子が「本当に、」同意しようとした。が。


「──────うわぁぁああああっ!」


 瞬間、新井のものとは比較にならない悲鳴が廊下に響いた。灯子たちが目を見開き声のほうへ向いたのと突き当たりの開き戸が勢い良く開け放たれたのは同時刻だった。

「わっ」

 慌てて新井は後ろへ飛び退く。

「っぁああああああぁぁぁぁぁぁああっっっ」

 新井が退いたすぐあと、叫び声と、叫びの主である複数の生徒が開き戸の教室から飛び出して来た。理解の追い付かない灯子たちは、全力疾走で脇を摺り抜ける生徒を目で追いながら首を巡らせる。あっと言う間に生徒らのいなくなった廊下を、灯子と新井は呆然と見詰めた。だけどもこれは束の間だった。

 大きなものが多数引っ繰り返る音と「たすけてっ……」微かな呻き声が聞こえて来たのだ。はっとして二人が教室の中へ視線を向けると信じられないものが目に飛び込んで来た。

 物が散らかり壊れ崩れた暗い室内で男子生徒が二人、得体の知れない何者かに襲われている光景だった。


「……たすけ……」

 苦しそうに助けを絞り出しているのは、踏み付けられている生徒。

 首を悠々と片手で握られぶら下がる生徒からはヒューッヒューッと息が喉から洩れている音がする。

 背は高いけれど細身で巨漢とは絶対に言えない不審人物に、決して小柄ではない生徒が一人は軽々と吊るし上げられ一人は踏まれ押さえ付けられている。

「ふん……ヤツら(・・・)に似ているくせに脆弱の極みだな」

 外套を身に付け目深にフードを被っている不審者は鼻で笑うと、生徒の首を握る手と踏む片足に力を入れる。

「っあぁあぁああっ……」

 生徒の発した苦悶の声と何かが軋む音に灯子は我に返った。

「……やめなさいっ!」

 一片の躊躇いも無く灯子は不審人物へ早足で向かって行った。状況の把握出来ずいる灯子にも、現状が非常に危ないと言うのはわかっていた。だとしても、生徒が危険に晒されているのだ。恐怖以上に憤りや、一刻も早く助けねば、なんて感情が勝った。

 無謀にも突っ込んで行こうとする灯子に、「光元先生!」新井も慌てて付いて行こうとする。

 ところが阻止された。

「新井先生っ?」

 ふん、と鼻を鳴らした不審者が、首を掴んでいた生徒を放り投げたのだ。生徒を受け止めた新井は後方に吹っ飛ばされ壁に激突した。衝撃が強かったのか打ち所が悪かったのか「ぅ……」小さく呻いて動かなくなってしまった。

「……弱いなぁ」

 ぼそりと、不審者が呟く。新井の安否に駆け寄るべきか悩んだ灯子は、けれども未だ不審者に踏み付けられている生徒を優先した。

「あなた、その足を退けなさい!」

 灯子は不審者へ睨み怒鳴った。相手がどこの誰で何なのかより生徒の安全確保が先だった。不審者は灯子の怖気付くこと立ち向かう姿にはっと笑い。

「この声……女か? 弱いくせに、私に命令するのか」

 足に力をますます込める。生徒が更に悶絶した。灯子は急いで「退きなさい!」生徒を踏む不審者の足に抱き付いて退かそうとした。灯子が力一杯動かそうとしているのに、不審者の足はビクともしない。

「鬱陶しい」

 不審者は舌打ちし、虫を蹴るような気軽さで足にしがみ付く灯子を払う。不審者の軽妙さとは裏腹に払われた灯子は物凄い勢いで転がされ、倒れている机に背が当たって止まった。

 強かに打った痛みで霞んだ意識を、頭を振って保とうとする灯子の前に、不審者が歩み寄って来た。灯子は不審者を見上げ目を瞠った。

 部屋の中はもともと日当たりの悪い場所であったけれど、天気の悪さも相俟って見通しが悪かった。辛うじて何が在って誰がいてどうしているか見えると言った程度で、細部までは視認不可能だった。

 けれど不審者が出入り口により近付いた御蔭で、廊下から点す明かりに不審者の容貌を直視出来た。


「────」

 不審者の姿は、一言で、奇妙だった。


 足が、脛から鳥の形状で爪先は鉤爪になっていた。昔無駄に雑学好きの弟が見せてくれた図鑑の猛禽類────ミサゴだったろうか、の足を思い出した。

 個性的なブーツにしては、境目に暗い中でも一体化した滑らかな部分が補足出来る。

 どうりで痛いはずだと胸元を手繰る。足の鉤爪で裂けたらしい。ぴりぴり痛むところから、皮膚にも達して切れているのだろう。不審者の足が乗っていた生徒の背中は大丈夫だろうか、と脳裏にちょっと過った。

 フードの下、窺える顔立ちは思いの外幼く可愛らしく、外套の隙間からちらりと覗けた体は、露出が多くぴったりした布地で豊満なラインを強調した女性のものだった。男子を二人労せず捕縛していた不審者が男でなく女だったのだ。これだけでも驚きだけれど、何より驚いたのは肌の色だ。

 肌の色が、紫掛かった黒だった。所謂人の肌色ではなく、完全な原色の色。黄色か金色か、細かい模様が走っている。髪の色はフードで見えないけど、瞳孔はかろうじて白目と区別出来るベージュだった。


 人体に有り得ない色彩に、コスプレした不審者? と唖然とした灯子だが、不審者は不審者で固まっていた。虚を衝かれた、と言う風に、目を丸くして。

 しばらくしてから不審者の女は思わず、と言った感じで零した一言は

「何で……」

 次いで怒号に変わった。

「何で、“勇者様”がいるんだよっ!」


 灯子には、訳がわからなかった。

「何でだ!“勇者様”は死んだはずだ! あの戦争で!」

 どうして目の前の不審者が喚き散らしているのか。

「あっちの“異人”に殺された! 私はこの目でしっかり見たんだ!」

 不審者には先程まで灯子たちに見せていた余裕など、微塵も残っていなかった。

「“勇者様”は死んだのに!」

 不審者は錯乱したように頭を押さえ、意味不明な発言を繰り返している。突如豹変した不審者に動揺しつつも、灯子は徐々に冷静さを取り戻し始めていた。

 灯子たちから不審者がきちんと見えていなかったように、不審者からも灯子の顔貌は見えなかったのだろう。光源の在る廊下を背にしていたのだから、逆光でわからなかったのかもしれない。

 灯子が見えたみたいに、灯子の顔も、見えたのだ。

 灯子を見て、混乱したのだ。

 灯子には原因が判然としないが。


「……フーッ……フーッ……」

 息荒く肩を上下させ、自らの顔へ爪を立て両手で覆う不審者。指の間から覗き見えた瞳は見開かれている。

 やがて、ぽつりと不審者がちた。

「……そうだよ」

「……?」

「偽物、だ」

 ぐるりんっと首を回し、灯子へ視点を合わせた。ただし、焦点は灯子に合っていないようだ。

「そうだよ……ヤツら、卑怯だから……。きっとヤツらが……」

 ぶつぶつ独り言を洩らし、どこか虚ろな、狂気を含んだ双眸で一心に見据えて、不審者は灯子に躙り寄って来る。不審者が進む分だけ、灯子も後退った。

「ヤツら……どこまで、どこまで私たちを……“勇者様”を莫迦にして」

 しかし払われ倒れた机にぶつかって止まった身。元よりそれ程後退出来はしなかった。

 ガタッと背の机が鳴る。倒れた机は他の折り重なる形で崩れている机に阻まれて、動くことは無かった。

 後背の机に一時気を逸らした灯子に影が差す。不審者は灯子の目前に立っていた。

 これ以上下がれないと知りながら身動みじろぐ灯子に不審者は屈んだ。

「……本当によく出来てるなぁ……そっくり……」

 目線の高さを合わせて不審者はまじまじと灯子を凝視している。

「本当にそっくり……何で死んじゃったんだろう……」

「……」

「ごめんねぇ……守れなくて、“勇者様”」

 僅かに、見入っていた眼の狂気が薄れ、悲哀の色が浮かんだ。灯子は察した。話す内容はまったく不可解さけれど、不審者が大切な誰かを亡くしたのだろうことを。

「────」

 灯子も、大切な人を亡くしているから。

「……だから……」

 不審者が再度立ち上がった。右手を横に突き出す。

世界を越えてまで(・・・・・・・・)“勇者様”を殺して尚、辱めるアイツらをゆるさない。────まずは、この偽物を壊してやる」

 突き出した手のひらに風が集まって円状に渦を巻いている。不審者が握るように手を閉じると、風は小さく細い竜巻になった。竜巻は、不審者が振り被ると連動してまるで鞭の如くしなる。

 そうして、自在に操れる竜巻を、不審者は灯子目掛けて振り下ろさんとした。

「壊してやる……! “勇者様”の偽物め!」

「────!」

 不審者が竜巻の鞭を振り下ろす刹那、灯子は不審者の後ろで黒い靄と、空間が円形に歪むのを捉えた。

 その中心に腕が出たところも。


「……がっ……!」

 結果として、灯子に竜巻の鞭が当たることは無かった。

 防がれたのだ。

 不審者の肘から下が盛大に吹き飛んだことで。

「あっ……ぁあああああぁぁぁっ!」

 不審者は痛みに絶叫し失った右腕を庇うも、血は止まらず滴っている。

 灯子は、返り血を浴びることも無かった。

 灯子と不審者の間に、人が立ちはだかったからだ。正確には腰を落とし、灯子を守るみたいに不審者と向かい合っている。


「まったく……何でやっと帰ってまで、こんなことになってるんだ」

 不審者が己の腕を吹き飛ばした人間の声に、弾かれたように顔を向けた。

 途端、不審者の形相が今までに無い般若と化した。

「貴っ……様ぁあああっ!」

 不審者が咆哮した。灯子からは後ろ姿しか見えないため、誰が灯子の楯となっているのか窺い知ることは叶わない。

 もっとも、知ったところで灯子の知る人物では無いだろうが。灯子から見ても断定可能なのは、灯子を背に不審者と相対するのが不審者同様薄汚れた外套を身に付けた男、それも比較的若そうな男だと言うことだけだ。

 闖入者も加え、次から次へと起こる怒濤の急展開に見守るしか無い灯子を余所に、不審者と闖入者の話は進行していた。

「お前がいると言うことは、やっぱりヤツらの仕業なんだな! 我らを捕まえ弄び、殺し、土地を奪うだけでは飽き足らず、別の世界でも“勇者様”の尊厳まで踏み躙って! どこまで汚いんだ!」

「……生憎、俺には意味がさっぱりなんだが?」

「フザケるな! 今すぐ八つ裂きに……くそっ! 血が足りない!」

 始め今度は残った左手を再び横に突き出した。だけれども立ち眩みか、ふらっと体を揺らすと片手で顔を押さえる。迷いは一瞬。

「待て……!」

 不審者は、身を翻した。一直線、窓へと闖入者は後を追おうとする。

 だが突然闖入者が膝を突く。慌てて灯子は闖入者へ手を伸ばす。

「大丈夫ですかっ?」

 俯く闖入者の肩を抱いて、覗き込んだ。やはり、闖入者は若い男で、灯子に覚えは無かった。

「どこか具合が悪いんですか?」

 闖入者は眉を寄せ耐えているみたいだった。額に汗が浮かんでいる。灯子はとっさにハンドタオルを出し汗を拭う。

 このとき、初めてまともに灯子と闖入者は視線が合った。

 闖入者は逃亡した不審者と同じように瞠目した。

「何で……」

「?」

 さっきからずっと同じ反応をされている灯子だけれど、あの不審者にもこの闖入者にも灯子自体に記憶が無いためいったい何を驚かれているのか、わからなかった。

「何で、って、」

 私の科白だ、と灯子は考えるより先に口走っていた。怪我を負っているだろう捕らえられていた生徒たちと倒れている新井が気懸かりだけれど、明らかに具合の悪そうな闖入者も放置出来ない。心成しか、闖入者の顔色が悪くなった気がする。肩を抱き座らせ寄り掛からせる。

 救援を呼ぼうにも携帯端末は運悪く職員室だ。だけどこれだけ大騒ぎだったのだから、職員室が一階でここが四階であろうと、職員で一人くらい異変に感付いても良いころだ。

「誰かー! いないの! 誰かー!」

 精一杯灯子は発声して助けを呼ぶ。灯子が何度目か声を張り上げると肩に凭れた重みが増した。

「えっ、ちょっと、大丈夫っ?」

 闖入者は目を閉じてほぼ灯子に体重を預けている。無反応から意識を手放し掛けていると気が付いて焦る灯子に、遠くから近付く声が響いて来た。

「あ、……こっちです!」

 駆けて来る数名の職員へ闖入者の肩を抱くほうとは逆の手を振って応える。

 懸け付けて吃驚する職員へ救急車を要請しようとしたのと、闖入者の囁きが耳に入ったのは同時だった。


「……な、で、あ、たが……」

“何であんたが”

 灯子は、確かにそう聞いた。



 

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ゲンシツウ─あざろぐ。
aza/あざのブログ。

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