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申し子、誕生日に


 言葉通り、ヴィオレッタ様……じゃなくて衛士になったので敬称なしね。ヴィオレッタは次の日に宿舎へと移ってきた。

 あたしと同じ広くて不人気と噂のこの棟に入ったけど、きっとお嬢様にはたいした広さではないだろう。

 貴族のご令嬢が一人で困ってないか、売店の場所を教えてあげないと思って訪ねたら、ものすごーく晴れ晴れとのびのびした笑顔で迎えられたわよ。実家でどんだけ肩身が狭かったのかと涙を誘われたわ……。


 そして新人衛士が無事に研修からポストへ入るころ、あたしは四連休――――ではなく、ほぼ退職となった。

 だって元々、エヴァが入った時点で辞めるはずだったのよ。それをもう一人入るまでって長くいたんだもの。ヴィオレッタがポストインすると同時に辞めてもいいわよね。いなくても女性優先ポストは全部埋まるし。


「ユウリぃぃぃ!! 俺を見捨てないで!!」


 とマクディ警備隊長がすがりついてきたけど、だいじょうぶだいじょうぶ。もう新人や女性をいびるような衛士は残ってない。警備の人員の出入りが激しいのも落ち着くと思うわ。

 そしてとうとう異世界スローライフが始まるのよー! あたしは上機嫌でマクディ隊長に手を振って退出した。


 最後の仕事でイベント警備だけは引き受けてあげたので、それまでに部屋を片付けて出て行く準備をするわよ。

 休みに入ってまずは調合液を作りまくり、マヨネーズも作った。しばらく宿屋暮らしになるかもしれない。作りだめしておかないと。


 ついでに自分用のケチャップとソースも作った。

 ソースって初めて作ったわ。野菜と果物と香辛料を煮込めばできるものなのね。あっちにいたころは、市販のものを当然買って食べるものだと思ってたものよ。ダーグルでダグって出てきたレシピを見ながら、手に入るもので作ってみると、これがなかなかよくできた。

 これでしばらくどんな食生活でも乗り越えられそうな気がする。

 あとはお醤油風味のクノスカシュマメを少し手に入れておきたいところね。






 そして誕生日。昼前にレオナルド団長が迎えにきた。

 ランチは二人でって言われてたから、しっかりドレスを着ましたよ。昼用の。水色のノースリーブのドレスにクリーム色の半そでボレロ。ドレスに昼用とか夜用とかわかんないわよね……。まぁとにかく、昼とカジュアルな夜の会にもオーケーと言われたドレスだから、そのまま夜の飲み会までだいじょうぶなはず。


 レオさんとの関係がどういう状態なのかよくわからないままだけど、誕生日に二人でって言われたら「上司部下よりちょっと特別」だと思ってもいいわよね?

 違っていたらあたしが勘違いで恥をかくだけだし。ええ、もういいわよ。そう思っちゃうんだから! 自棄(ヤケ)とも言うわよ!


 そして今日もレオナルド団長は片手にシュカを抱き、片手にあたしの手を繋ぎお城裏の敷地を横断したわ……。途中すれ違った馬丁のルディルが口をぱかっと開けてこっちを見てたわよ……。引きつった笑顔で手を振ったけど、振り返してはもらえなかったわ。びっくりさせてごめんね、ルディル。


 王城前からの[転移]後、すぐに王都ではないのがわかった。

 空気がカラッとして涼しい。少し高台の見晴らしがいい場所から、白い建物が建ち並ぶ賑やかな街並みが見えている。その向こうには海。


「――――ゴディアーニ辺境伯領……?」


「ああ、そうだ。すぐわかったな」


 そう答えたレオナルド団長はうれしそう。


「秋が近いとはいえまだ暑いからな。涼しい所でのんびりするのも悪くないだろ?」


 そう言うと手を取ってエスコートしてくれる。

 アプローチの向こうにある一軒家風の建物はレストランだった。一日に二組しかお客さんをとらないんですって。昼に一組、夜に一組。ということは、今、貸切状態ということか。なんという贅沢。


 メルリアード男爵領のさっぱりとした白ワインの食前酒から始まり、お料理はシンプルな北方の海の幸と山の幸。蒸したホタテやヒラメのバターソテー、デラーニ山脈の牛肉のローストビーフは赤ワインとバターのソースがかかっていた。北方は野菜も美味しいのよ。アスパラはホクホクで柔らかいし、カリフラワーとブロッコリーのスープも塩味だけなのに美味しい。


 シュカの席もちゃんと用意されていた。でもレオナルド団長の膝から降りることはなかったわね。


 赤ワインも飲み終わるころ、食後のお茶はこちらでどうぞ。と庭へ案内された。

 青空の下、白い花が屋根を覆う東屋には、ティーセットと焼き菓子が準備されている。


「――――ステキですね……」


「気に入ってもらえたならよかった。実家の力を借りた甲斐があったな」


 悪びれなく笑うので、あたしも笑ってしまった。


「ここは王都からの客も多いらしいぞ」


「きっとそうですよね。お料理もとても美味しかったし。――――ありがとうございます」


 庭には花が咲き乱れている。夏は花が少ないと言われているけど、ここは国の最北端の領。可憐な秋の花が満開だった。


「――――ゴディアーニ辺境伯領もいいですね」


 食の素材は海のものも山のものも文句なしだし、領都は栄えていて住むところもたくさんありそうだ。王都より景色がいいのもいいわ。


 庭を眺めていたあたしに、レオナルド団長は青い箱を差し出した。


「前に注文していたイヤーカフだ。よかったら付けてみてくれ」


 開くと銀色の小ぶりなイヤーカフが入っていた。薄紫色の楕円オーバルガラスがはまっている。

 縁には蔦のような繊細な細工がされており、高級そうなな装飾品に仕上げられていた。


「……キレイですね……。――――どう、ですか……?」


「…………似合っている…………。今日の服とも合っているな。ユウリは涼し気な色がよく似合う」


レオさんが赤くなりながらそんなことを言うから、照れる……。


「うれしいです……。ありがとうございます。大事にしますね。レオさんのは、どんな感じですか?」


「俺のか?」


ジャケットの内ポケットからそのまま無造作に出て来た。

扱いが違い過ぎるわね。

あたしがいただいたものより大きく、装飾もはっきりしたものだった。茶と白のマーブルの魔ガラスと薄紫の魔ガラスが、きりっとした印象の鋭角三角形にカットされてバランスよく配置されていた。

――――レオさんはつけないんですか? とはおそろいを催促するようで聞けなかった。


「ユウリは、もう警備の仕事はないのか?」


「はい。最後に来月の式の警備に入って終わりです」


 最後にこれだけお願い!! と泣きつかれて引き受けたのよ。通常業務の他にイベントがあると人手が足りないの知ってるし。お世話になったから最後にそれくらいはいいわよね。


「そうか。――――では、いっしょにデライト領へ行かないか?」


「デライト領……あっ! 美味しい白ワインの!!」


 きりっとした酸味の爽やかな辛口白を思い出した。

 シュカと出会った日だったっけ。レオさんがいっしょにごはん食べる時に持ってきてくれたんだったわね。

 いただいたあの白ワイン、ホントに好みの味だった。

 レオナルド団長はからりと笑った。


「覚えていたか」


 もちろん覚えていますとも。美味しいものデータは大事ですから!


「はい。だって美味しかったし。行きます! ぜひ! 楽しみ!!」


 最近は涼しい風が吹く時がある。秋の気配を少し感じることもある。もしかしてこっちの世界でもブドウの時期ってことなのでは?

 ブドウ棚が広がる風景を思い浮かべ、もしかしたらヨーロッパの垣根栽培かもと思ったら心が躍った。どんな景色が広がってるんだろう――――?


 すでに心がブドウ産地に飛んでいるあたしに、レオナルド団長は困ったように笑ったのだった。




 夜は『宵闇の調べ』で飲み会。

 ミューゼリアさんとフユトの他に、ミライヤとペリウッド様も来てくれた。って、え、ペリウッド様? たかが平民の誕生日に、貴族様来ちゃいます?

 ちょっと恐縮したのに、そんなのいらなかったわ。

 飲んで歌って踊って挙句に今日は俺のおごりだーって店中歓喜に沸かせて、ホントに弾けちゃってますね?! 

 まぁ、楽しそうで何よりだわと笑うあたしのとなりで、レオさんは頭を抱えていたけどね。






次話『申し子、旅立ち』 第一部完結!

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