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申し子、流す


 下番時刻をだいぶ過ぎていたので、空話具で帰隊の連絡をいれて王宮口に付属している警備詰所へ向かった。

 休憩用の広間(ホール)を出ようとしたところで、入口近くに立っていたレオナルド団長と目が合う。


「――――レオさん?」


「ああ、待ってたんだ。詰所まで送ろう」


 ええ? 衛士を送るっておかしくないです?


「明日は休みか?」


「いえ、仕事ですけど」


「……下番時刻が遅いのに、明日も早いのか……。マクディに一言言ってやろう」


「あっ、違います! 来週誕生日があるので四連休にしてもらったんです」


「――――誕生日? ユウリのか?」


 レオナルド団長は立ち止まってあたしの顔を覗き込んだ。


「はい。『宵闇の調べ』で飲む予定なんですけど……あの、レオさんにもその話もしたかったんですけど……会えなくて……」


 そう言うと、団長のこわばっていた顔が緩んでいった。


「本当にすまなかった。だがそうか、よかった。俺も誘ってもらえるっていうことだな?」


「……はい。よかったらですけど……忙しそうだし、無理なら……」


「大丈夫だ。たとえ忙しくてもユウリの誕生日なら予定を開ける。わかっていれば俺が…………いや、なんでもない。――――明日の昼食をいっしょにどうだろうか。領の土産も渡したいんだが」


 素敵な夜会服姿でふんわり微笑まれて、またちょっとぽーっとしてしまった。

 でもちゃんとうなずいたわよ。

 久しぶりにいっしょにお昼を食べられると思えば、明日の午前中もがんばれるってものよね。






「――――美味い」


 前の席に座るレオナルド団長は、不思議そうな顔を驚きに変えて言った。

 昼休み。

 昨夜の約束通りに外の休憩所へ行くとすでに団長が待っていて、テーブルにはおいしそうな串焼きとパンが並んでいた。『(こぼ)()亭』で買ってきてくれたみたい。

 そんな中で豚肉のクノスカシュマメ炒めを出すのもどうかとは思ったんだけど、

 マメの量産体制を整えたいし食べてもらってお願いするしかないのよ!


 最初は香りに不思議な顔をしていたけど、食べたらすっかりお気に召していただけた模様。

 薄切りにしたパンにキャベツの千切りとマヨネーズ少々と乗せてあげたら「毎日食べたい」だそうです。

 フフフ……そうでしょうそうでしょう。お醤油は美味しいのです!


「クセのある匂いだが、食欲がそそられる……。食べているともっと食べたくなるあとをひく味だ。この粒がその豆なのか」


「はい。クノスカシュマメっていうらしいんです。あたしのいた国でよく使われていた調味料に似た香りとコクがあるんですよ」


「クノスカシュマメ……。たしか、領の自生植物リストにあったな」


「メルリアード男爵領でも採れるんですね?」


「ああ。特定の魔獣が嫌がる植物と聞いた気がする。王立研究所で研究すると言っていたか。実物を見ていなかったのだが、なるほど。もしかしたらこの匂いのせいかもしれないな」


「う……。魔獣も嫌がる匂いって……。あまりこの国の方には好まれないでしょうか」


『クークー(美味しい匂いなのー)』


「そんなことはないと思うがな。少なくとも俺はもうすっかり気に入っているぞ」


 そんなわけで、メルリアード男爵お墨付きのクノスカシュマメは、男爵領で栽培してくれることになった。うれしい!

 山に自生しているものを少し採ってきて栽培と研究始めるって。

 それに栽培が軌道に乗るまで好きに採って使っていいって!

 うれし過ぎる!!


「これが好きなだけ食べられるならメルリアード男爵領に移住しようかな……」


「――――移住、か」


 ちょっと困った顔で見られた。


「えっ、ダメでしたか?」


「いや! そうではなく、その――――……。少し待ってくれ」


「? はい」


「今、領の方は調整中でな……」


「調整中、ですか」


「ああ。調整中だ」


 よくわからないけど、調整しているらしい。

 あたしは「わかりました」と答え、団長が買って来てくれたパンに手を伸ばしたところで、空話具がリンと鳴った。


『ユウリ衛士、ユウリ衛士! 応答できる?! こちらマクディ! 至急、警備室に来て!』


 伸ばしていた手を空話具の方へ持っていくと、向かいで団長が目を見開いた。


「こちらユウリ。隊長、どうかしましたか? 休憩中なんですけど」


『後でちゃんと休憩あげるから、いいからー! 来て!!』


 それにしてもマクディ隊長は空話具の応答がひどいわよね。

 空話具の使用中は周りに声が聞こえないけど、警備隊の衛士たちはみんな聞こえてるわけで。あまりに仕事モードじゃなさ過ぎない?

 ふぅとため息をつく。


「至急帰隊の件了解」


 あたしは横に置いておいた制帽を被った。


「――――レオさん、すみません。警備室に呼ばれました」


「そうか。ではここで待っているから早く片付けて戻ってくるといい」


 シュカはどうする――――? と言いかけて、口をつぐんだ。

 団長様のお膝の上でまったりとごはんを食べさせてもらって、行く気配はみじんもない。


「いってきます……」


 あたしはしぶしぶその場を後にした。

 ああ、こんなことなら串焼きちょっとでも食べておけばよかった……。




 * * *




 毎 日 食 べ た い ――――――――。


(((((とうとう言ったーーーー!!!!)))))




 解散の危機に瀕していた『食堂で獅子の恋を無言(だったり違ったり)で応援する会』だったが、『食堂から休憩所へ場所を移し獅子の恋を無言(だったり違ったり)で応援する会』となり、ひっそりと人数を増やしつつ活動していた。


 たまたま外の休憩所へ行ってみたところ、あの二人と一匹を見かけて外で食べる派に転向した者。近衛団団長が外で食事をしていると聞いて、外で食べる派に転向した者。白狐様が外で休憩していると聞いて、外で食べる派に転向した者。最近食堂の密度が低いのはなぜだろうと理由を探っていくうちに、外の休憩所へたどり着いた者。などなどの青虎棟の文官たちが、新しくできた東屋を昼の居場所にしていた。


 元々この場所は、国王陛下が住んでいる金竜宮で働く人たちを主に想定した休憩所だったのだ。

 その金竜宮で働く人たちだって、国王陛下の獅子の優し気な笑顔など見せられたら、どういうことなのか気になって居座るに決まってる。

 その数は増えていき、外の休憩所は連日満員御礼状態なのだった。


 が、満員過ぎて、主役の二人と一匹が現れない日が出て来た。

 ――――自分たちがいなければ、あの方たちがここで昼食をとれる。が、そうなると自分たちは見れない――――。なんというジレンマ!!


 黒髪の女性衛士が一旦外に出て満員なのを見て、がっかりと戻っていく姿を見ると、心が痛んだ。

 今日も半ば諦めつつも惰性で外の休憩所に向かった会員たちは、納品口を出たところで驚き固まることになる。


 ――――――――団長様がいらっしゃいますよーーー?!

 そこそこの広さがある東屋の中でもひときわ目立つその立派なお体が、いそいそと昼食のセッティングをされております! なんだかかわいらしいです――――!


 休憩所の席もほとんど埋まったころに、待望のもう一人の主役が現れた。


(((((黒髪のお嬢さんと白狐様がキターーー!!)))))


 待ち合わせ昼食デートですね?! 約束するほどの仲ということですね?!

 もうそれだけでパン三斤いけます!!


 黒髪のお嬢さんが作ったらしき料理を、団長様が笑顔で受け取っている。

 幸せな空気はその場を幸せにする。

 ほんわりと浸っていると、会話が聞くとはなしに聞こえてきた。


「……――――美味い。初めて食べる味だ。ユウリの料理はどれも美味いな。毎日食べたい……」


 言った、言いました!!

 ああ、数か月前には「毎日食べたいくらい」って言っていたのに、とうとう言い切るくらいに近づいたのですね――――――――!!


 答えを期待した周り全員が、顔を赤くして下を向いたまま、動きを止めた。

 軽やかな声が、はきはきとそれに答えた。


「――――そうなんですよ。毎日食べても飽きないくらい、本当に美味しいんです!」


(((((安 定 の ス ル ー !!!!)))))


 やっぱりそうなのですね! ヤキモキさせるだけの簡単なお仕事というやつですね! 本当にごちそうさまでした――――!!


 団長が気の毒過ぎるような、でもなんとなくほっとする『食堂から休憩所へ場所を移し獅子の恋を無言(だったり違ったり)で応援する会』の会員たちなのだった。






次話『申し子、上手いこと〆る』

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