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申し子、夜会へ


 その晩、レオナルド団長には会えなかった。

 留守だったのでメモを扉に付けておいたんだけど、音沙汰なし。

 領に帰っていて明日の朝こっちに戻ってくるのかもしれない。忙しいって言ってたし。

 明日が休みで帰って来ないのかもしれないけど、今までは休みの前は教えてくれてたわよね。

 ああ、でも……だからっていつも教えなきゃいけないってこともないか……。

 そういえば今までは気にしてなかったから、隣人が夜にいるのかいないのか知らなかった。なのに、用がある時だけいないって気にして拗ねるのは違うわよね……。


 あたしはベッドにごろりと横になり、丸まって寝ているシュカを撫でた。鼻がスピスピ言って熟睡している。うちの神獣に野生はないわ。

 『音ってみた』を見る気分でもなくごろごろと寝返りを打っているうちに、あたしはそのまま寝てしまった。




 次の日、昼休みに近衛団執務室へ行くと、エクレール副団長候補が執務机に向かっていた。


「――――あれっ? 今日はエクレールが団長ポストに就いているの?」


「ああ、ユウリ。お疲れさまです。今、団長も副団長も涼風宴(りょうふうえん)の打ち合わせに行っているので留守番なんですよ。食事も出るって言ってたから、団長が戻るのはもう少し後になると思いますよ」


 涼風宴の話は聞いている。三日後に予定されている、国王陛下主催の大きな舞踏会だ。あたしも初の夜会対応で、午後からマクディ警備隊長に説明を聞きに行くことになっていた。

 手を止めさせてしまったエクレールに挨拶して退室する。


 ――そっか、レオさん、領の方も城の方も忙しいのね。だいじょうぶかな……。

 前に聞いた時は、俺は体が丈夫だからと笑っていたけど、過労死ってホントにあるからね。

 豚肉は疲労回復にいいって聞くから、こういう時に食べてほしかったな。

 魔法鞄に入れておけば悪くなることはないから、炒め豚は今晩か明日会えたら食べてもらおう。

 そう思っていたのに、次の日も次の日も会えなかった。




 レオナルド団長と会えないまま、涼風会の日を迎えた。

 きっと今日は国王陛下の護衛だろうから、顔くらいは見れると思うんだけど……。

 いつもと違う夕方の城内。

 金竜宮内はいつもよりも豪華な花が生けられ、特別な(バナー)が誇らしく垂れ、魔道具のシャンデリアランタンが煌々と辺りを照らしている。さみしいって思っていた気持ちが明るくなる。


 今日のこの夜会は、通常の朝からの勤務後の仕事だった。いわゆる残業ね。

 開会までの二時間、女性用クロークルームで来客の身体検査の係をする。その後は巡回一時間となっている。

 開始後は何かあったら空話具で呼ぶから、立哨して(舞踏会見て)ていいよと言われてるんだけど、ちょっと緩すぎませんか。や、まぁ見るけど。こんな王城の舞踏会が見られるのなんて最初で最後かもしれないもの!


 シュカは強い香水の匂いが苦手なので、金竜口入ってすぐの近衛詰所(このえつめしょ)に置いてきた。この部屋の入り口から顔を出せば、見える場所だ。マクディ警備隊長が詰めているからいっしょにいると思う。


 きらびやかなイブニングドレスの女性とその侍女たちが、女性用クロークルームへ次々と入ってきた。

 二時間も前から来る人はそんなにいないでしょうと思ったら、案外いた。早めに来て、ウェイティングルームで軽食をつまみながら歓談するんですって。


 広々としてソファーなども置いてあるこの場所は、本来は上着や手荷物を預かる場所で、そのための係の者もちゃんといる。だけど一番の役割は、危険なものが持ち込まれないように身体検査をすること。

 入口に魔道具探知のテープが張られているから、あとは手作業で金属探知をするのだ。アクセサリがジャラジャラしてるから、ごく近くでのみ作動する金属探知の短杖(ワンド)を体に沿ってかざすわけよ。


「失礼いたします」


 笑顔で声をかけて、肩から腕へ短杖(ワンド)をかざしながら下げていく。長手袋オペラグローブがあるから腕もしっかりやらないと。それを左右でやって、胸元・腰と降りて、足も左右ともかざす。これドレスのボリュームすごいけどちゃんと感知できるのかしら……。不安に思いながらも背中側も同じようにやっていく。

 それにしても、まさか異世界でまでコレをやるとは思わなかった。

 誘導のフォローに入ってくれていた護衛隊のお姉さんに「手際がいいわね」とほめられて、乾いた笑いが出たわ。


 次から次へとこなし、入ってくる人影が途切れたころ、開始五分前を知らせるベルの音が聞こえた。


「ユウリ、ありがとう。あとは護衛隊が詰めているから、巡回に行っていいわよ」


 護衛隊のお姉さんの笑顔に見送られて、ホールへ出た。

 と、すぐ近くに立っていた招待客の男性が近づいて来る。

 大きな体に夜空色(ミッドナイトブルー)のテールコートをかっちりと着こなし、琥珀色の髪をうしろへ撫でつけて形のいい輪郭をさらけ出している。

 鋭い雰囲気をまとった長身の胸元に、なぜかうちの神獣が抱っこされていた。

 ハリウッド俳優のような顔の、キリリとした深い青色の目がふと緩んだ。


 心臓を射抜かれるとはこのことか――――――――。

 あたしは思考停止したまま固まった。


「――――ユウリ」


 えええええええ?!

 もうその場で顔を両手で覆ってしゃがみこみたかった。

 見惚れてたなんて!!!! よく知ってる人だってちゃんとわかってたのに! 見惚れて頭動かなかったとか!!


「ユウリ、どうした?」


「ど、ど、どちらさまでしょうかっ?!」


 や! レオさんだって、わかってるのに! なんでどちらさま?!


『クー! (れおしゃんだよ!)』


 知ってる!!

 混乱しきりのあたしに、レオナルド団長は困った顔を向けた。


「すまなかった。しばらく会わなかったから忘れられたんだな……」


「ち、ちが……そんなわけないじゃない?!」


 ハハハとレオナルド団長は笑った。


「ああ、敬語なしの方がいい。ずっとそれでいてくれるか」


「うっ……善処します……」


 見慣れない姿に、まだドキドキしている。や、普段もかっこいいのよ。ただ髪を上げて雰囲気が違うから……。ああ、ホント心臓に悪いわ……。


「執務室の方にも来てくれてたらしいな。連絡できず悪かった」


「いえ、大した用ではなかったので。レオさん忙しかったんですよね? だいじょうぶですか?」


「ああ。だいじょうぶだ。――――会えなかったのが一番…………」


 伸ばされた手が頬に触れそうになった時。

 不意に声がかけられた。






次話『申し子、水面下の策略』

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