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申し子、カルチャーショックを受ける


「――ステキなお店」


「そうなんだよ。俺が歌うとか場違い過ぎるんだよなー」


 そう言いつつもハハハと笑っているから、そんなに気にしてないんだろう。

 勧められたカウンターの椅子に座ると、フユトはカウンターの向こうへ回った。


「何飲む? この間のあれ結構稼いだから好きなもの飲んでよ」


「じゃ、お言葉に甘えてワインを。赤でも白でもどっちでもいいんだけど」


 ボトルが二本ずつ目の前に置かれる。


「ワインはこんな感じ。どれがいい?」


 タグを見れば赤はパリーニャ産のカリコリン種と、メルリアード産のロスゼア種。白はレイザンブール産のリーム種と、デライト産のマーダル種。

 迷う。迷うわ。


「――レイザンブール産って、王領で作られているってこと?」


「王都の周りに結構ぶどう畑があるんだよ。城壁の外って出たことない?」


「[転移]で直接他の町に行ったことしかないわ」


「まぁ、普通そうかもしれないなぁ。リーム種は甘くてフルーティだよ」


「ふうん……じゃ、メルリアードの赤を」


「いいね」


 スクリューでコルクの栓を抜き、フユトは二脚のグラスに赤色を注いだ。グラスを持ち上げるだけの乾杯をして、一口。やっぱウマー! 安定の美味しさでございます。なんかもうね、舌に馴染んじゃって安心する味。

 添えられたお皿にはチーズとポクラナッツの実が乗っている。

 いつもならおこぼれをもらおうと膝に乗ってくるシュカは、真っ白ニワトリと遊んでいる。


「改めて自己紹介させて。俺、三垣(みがき)冬人(ふゆと)。今は冒険者やってる」


「あたしは富士川悠里。……あなたの、雪兎(ユキト)のファンでした」


「敬語はなしで? 同じくらいの年でしょ」


「多分ね」


 ふと沈黙が落ちた。


「…………フユトがここにいるってことは、もう『音ってみた』に雪兎の新曲が来ることはないってことよね」


「そう。元から知っている人で新曲が聞けるのはユウリだけってことになる」


 その言い方に、少し笑った。まぁ、そう言われるとうれしいけど。でもさみしいのは確かだ。


「いつからこっちに?」


「半年くらい前。俺、本業はIT土方(どかた)やっててさ。過労死寸前で駅の階段から落ちたところを、爺様に助けてもらったんだよね」


 社畜やってたのと転落事故はいっしょね。

 今はここのオーナーさんの好意でここの二階に住ませてもらって、時々歌ったりしながら冒険者やってるとか。

 すごい異世界満喫してる! うらやましいわよ!


 ガタンと音がして、裏口から入ってきたのはキレイな女の人だった。銀色の髪は薄暗い店内でも輝き、切れ長の目でこちらを見た。少し年上だと思う。でも雰囲気が妖精みたい。


「ごめんなさいね。そろそろ仕込み始めるから邪魔するわね」


「ああ、そんな時間だよね。ユウリ、あちらここのオーナーのミューゼリアさん」


「こんにちは、お邪魔してます。国王近衛団(ロイヤルガード)に所属してます、ユウリです」


「「国王近衛団?!」」


 二人はそろって声を上げた。え、そんなにびっくりする?


「こんな華奢(きゃしゃ)なお嬢さんが? 相変わらず人不足なのね?」


「よくご存じですね」


「聞いてないー。社畜とか言ってたのに、全然違うじゃんー。近衛団とかかっこいいし」


「じゃ、かっこいい社畜で」


「えー? そうだ連れもゴツかったわ。近衛団の人?」


 二人から興味シンシンの目を向けられる。


「あー……。うん、まぁ……。そう言えば、こちらへ来たことがあるって言ってました」


 それを聞いてミューゼリアさんはにっこりと笑った。


「レオナルド様かロックデール様かしら」


「――――はい」


「彼氏って言ったら変な対応だったよね。薬指にしてるのに、彼氏じゃないの?」


 う。それ聞く?

 なんて答えようか考えながら手元のグラスを撫でていると、フユトはカウンターの中から出て来てとなりに座った。

 ミューゼリアさんは髪を一つにまとめると、野菜を切り始めた。


「――――彼氏かどうかって、どこでわかるものなの?」


「「え?」」


「ええと、元いたところでは『好きです。お付き合いしてください』とかあって、それに応えたら正式に恋人みたいな感じじゃない?」


「ああ、うん。だね。言葉がなくても通じるとか言うヤツもいたけど、わかんないわ」


 思わせぶりな態度をされてその気になっていたのに、『そんなつもりじゃなかった』とか言われて泣いてた子もいた。そんな話を聞くとますます臆病になる。

 ちゃんとした契約というか言葉がないと、どう思ったらいいのかわからないわよ。


「あたしたちって確かなものがないと不安ってことなのかな……? ようするに、自信がないのね……」


「なぁ、もしかして、こういうのって経験値が高いとわかるもんなのかね」


「……くっ……。その可能性は高いと言わざるを得ないわ。と言うかフユトはモテたでしょ?」


「ぜんぜーん。まず出会いがない。帰宅は深夜だし休日は寝てるか曲作りだもん。どこで女子と出会うんだって話でね」


 あははと笑うしかない。あたしも大して変わらない生活してたから!

 話を聞いていたミューゼリアさんが笑いながら、口を開いた。


「ごめんなさいね、他の国から来た人だとわからないわよね。この国では、暗黙の了解というか恋愛のお約束があるのよ」


 みんな知っている上で、そんなに難しいことでも大変なことでもないやり方で気持ちを伝えられるらしい。

 例えば、白いバラは恋人にのみ贈られるので、「白バラあげる」「白バラを差し上げてもよろしいですか?」や直接白いバラを差し出されたら、告白されているということだとか。

 それ、されても気付けないわ。


「――欲しくないのか、相手が好きではないのかわかりづらいでしょう? でも、意思は伝わるわよね。そういう断られてもさほど恰好悪いことにはならないやり方が、この国にはいくつもあるから直接的な言葉が少ないのかもしれないわ」


 あたしとフユトは顔を見合わせた。

 それ覚えないとってこと?


「だから、あなたたちのいた国の、思いを直接伝えるやり方は勇気があると思うわよ」


 この国から見るとそういう見方になるのか。あたしたち軽くカルチャーショックを受けたわよ。

 違う国の人というかそれどころか世界が違うんだもの、付き合うのも大変ってことよね……。




 お店が始まると店内は徐々にお客さんで埋まっていった。

 フユトが歌うようになってから、客入りがいいらしい。そりゃそうよ。あたしのイチオシの作り手さんだからね。


 お客さんに乞われるがままに歌っているのを見ていると、やっぱり途中でひっぱりだされた。コーラスとタンバリン、さらにメインボーカルまでやらされた! シュカと真っ白ニワトリのセッパは踊り子役ね。

 雪兎の曲はどうしたって盛り上がってしまって、こういうしっとりしたお店に合わないってフユトが言うのもわかるけど、みんなが喜んでいるからいいのよ。


 歌っているうちにレオナルド団長が来ていたらしく、気付くとカウンターの席に座ってこちらを見ていた。

 フユトにポンと背中を押されて、席へ戻ると笑顔で迎えられる。


「レオさん、お仕事お疲れさまでした」


「ああ。こちらこそ迎えの栄誉にあずかり大変光栄だ」


 なんかすごい笑顔なんだけど、もしかしてこれも恋愛のお約束の一つにあったりする?

 さっとカウンターの中のミューゼリアさんの方を見ると、パチンとウィンクされたんだけど! え? そうなの? どうなの?

 ぜんぜんわかんないですけど――――?!


 あたしの内心の悲鳴は、目の前の笑顔の二人にはまったく届きそうもないのだった。






次話『* 女主人の推測』

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