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申し子、歌う


 結局、あたしの左手の薬指には守りの指輪がはめられている。


 どの色が好きだ? と聞かれるがままに指さしたのは、北方の海の色に似た青い石だった。ブルーダイヤモンドですって。団長即決でした。

 値段は付いてないし聞きもしないで決めちゃうのよね……。これが貴族様のやり方ってやつなの? コワイ……。


 守りの指輪は本来は左手の小指らしいんだけど、サイズが合わなかったのよね。

 身分証明具と同じで、付ける人のサイズに合わせて大きさが変わるんだけど、内側に聖句が彫ってあるとかで、最小サイズ以上は小さくならないんだって。


 だから合わない人は薬指や中指に付けているって聞いて、レオナルド団長が左手の薬指にはめ直してくれましたよ。

 もうどうしたらいいのか…………。


 この国ではきっと意味なんてないんだろうけど、左手の薬指って特別なのよ――――……。






 外へ出ると、どこからか弦をかき鳴らす音が聞こえていた。

 前も街でギターに似た音を聞いたっけ。やっぱり音楽があるといいわよね。


「何か曲が聞こえますね」


「これはリュートの音だろうか。吟遊詩人が街角で歌っているんだろう。見に行ってみるか?」


「行きたいです! あたしがいた国にもこういう弦楽器がありました。すごく似てます」


「ユウリは音楽が好きなのか?」


「そうですね。とても身近だったんですよ。いつでも聞けたし、楽器ができる人もたくさんいたんですよね」


 あたしがよく見る動画サイトの『音ってみた』にもいろんな作り手さんがいて、たくさんの曲がアップされている。

 今、聞こえているのはその中の曲に似ている気がした。

 近づくにしたがって、曲がはっきりする。

 ――――――――いや、これ、似てるとかじゃない! 雪兎(ゆきと)の曲だ!


「変わった曲だな。だが、悪くない」


 広場の人だかりの中に、その人はいた。

 黒目黒髪の青年がアコースティックギターを弾きながら歌っている。あたしの大好きな曲。思わず胸が詰まる。


 なのに、シュカが『クー!』と言って飛び出していったので、それどころじゃなくなった。


「「シュカ!」」


 シュカは素早く飛び跳ねながら、人山を通り抜けてギターの青年の前まで行ってしまう。

 そこには真っ白なニワトリがいて、シュカが襲い掛かった――――わけではなかった。ピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。ニワトリの方も羽をばっさばっさとしながらジャンプしている。


「シュカの知り合いかしら……」


「神獣が二体――――。しかも主は黒髪黒目か」


 そうだった、シュカは神獣だったわ。あのトサカまでも真っ白なニワトリも神獣なのね。

 そして彼は間違いなく同郷の人です。

 団長のつぶやきに、心の中で答える。


 ギターを持っていた青年はまっすぐにあたしを見ていた。と、ニッと笑って手招きした。

 周りの人が間を空けてくれたので、そこを通って行く。


「キミ、タンバリン叩けるよね?」


 そりゃ叩けるけど。みんなでカラオケ屋行ったらマラカスといっしょに絶対に借りるし、振って叩いて盛り上げるわよね。

 あたしの答えを待たずに渡されたのは、三日月型のタンバリン。


「適当に叩いてくれる? 手拍子感覚でいいから。こっちの人はタンバリン知らないからさ」


「ええ?!」


 突然の申し出にびっくりして見返すと、「だいじょうぶだいじょうぶ」と笑い返される。


「こういうのはいきあたりばったりのライブ感がいいんだって。名前は?」


「ユウリだけど」


「俺はフユト。じゃ、ユウリいくよ。ワン、トゥー!」


 かき鳴らされるのは、よく知る雪兎の曲だった。合わせて叩きながら人の輪を見ると、みんなも笑顔で、手を叩いている。


 その向こう、頭一つ抜けているレオナルド団長の顔が見えた。

 驚いたような顔。目が合った途端に、ふっと笑顔になった。それだけで安心して、緊張もほどけていく。

 怖いっていう人もいるけど、全然怖くないわよね。初めて会った時からずっと優しい。


 やっぱりあたし、レオさんが好きだなぁ……。


 なんか幸せな気分で、コーラスまで歌ってしまったわ。

 だって知ってる曲だし。好きだし。驚いていたフユトもブレイク前に目で合図なんかしてくれて、かっこよく決まったわよ。

 演奏するあたしたちの前では、神獣たちが跳んで踊って大盛り上がりで曲は終了した。


 ギターケースにはたくさんのコインが投げ入れられ、そして笑顔と拍手。


「ユウリ、ありがと! 俺の曲知ってたんだ?」


 首をかしげるフユトは、人好きのする感じのいい笑顔を浮かべた。

 ああ、やっぱり雪兎本人なんだ。声はちょっと違う感じがしたんだけど、歌い方がそっくりだった。

 長めの後ろの髪を一つに結んでいて、吟遊詩人という言葉がはまっている。

 動画では写真やイラストだけが映っていたから、本人を見るのは初めてだわ。


「うん、『音ってみた』よく見る。雪兎の曲好きなの」


「うれしいなぁ。もしかして、マヨネーズの君だったりする?」


 マヨネーズの君って!! そうだけど、なんかあんまりかっこよくないわよ?!

 あたしは苦笑しながら、うなずいた。


「……秘密にしてくれる?」


 了解。と答えたフユトは、散っていく観客の方をちらりと見た。


「――――今日はお邪魔になりそうだから、今度お礼におごらせてよ。話もしたいし?」


「そうね、話はしたいかも。情報交換とか」


「そうなんだよ。情報交換といこう」


『クークー!(セッパとまた会える?)』


 白ニワトリはセッパというらしい。シュカが肩に乗ってきてそんなことを聞いてくる。お仲間に会えたのがよっぽどうれしかったのね。


「うん。今度このお兄さんがおごってくれるって。――――それじゃ、タグで連絡するわ。またね!」


 フユトとニワトリに軽く手を振って別れる。

 レオナルド団長のところへ行くと、不思議そうな顔をされた。


「もう、いいのか? 申し……同郷の者だろう? もしよければ昼食をいっしょにどうだ?」


「…………お邪魔になるだろうから今度改めてと言われました」


「気を使わせてしまったか」


 レオナルド団長はふっと笑った。


「それにしても、ユウリの歌が聞けるとはな。もう一人の申し子に感謝しないと」


 そう言われると恥ずかしいんですけど……。


「それなら、あたしもレオさんの歌が聞きたいです」


 お返しに言ってみたら、ぎょっとされた。


「俺の歌か?! たまにしかないユウリのお願いだから聞いてやりたいが――――軍歌でよければ今度な」


 ダメ元で言ってみただけなのに! 言ってみるものね。

 軍歌っていうのが国王陛下の獅子らしい。


「絶対ですよ? 楽しみにしてますからね?」


 腕をきゅっとつかんで念を押す。見上げると、団長は片手で口を覆って横を向いてしまったのだった。






次話『申し子、ブラブラする』

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