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* 近衛団の悩みの種

* 三人称視点です


 * * *



 魔素大暴風。これが今のレイザンブール国王近衛団における深刻な人不足の原因だった。


 王城自体にはもちろん被害はない。

 いくら強力な暴風が襲ったところで、壊れるようなやわな造りではないし、常日頃から整備隊の点検修理などもされている。


 近衛団内の被害も、飛んできた瓦礫(がれき)で近衛遠見(とおみ)隊の者が軽い怪我をしたくらいだった。


 それなのになぜかというと、近衛団員は基本的に貴族の子女のため、大きな損害を受けた実家の領地を立て直す手伝いをしたいと、数名が親元へ帰っていってしまったのが一つ。

 もう一つは、人的被害が大きかった国軍への転職が相次いだことだ。

 団員たちとともに、警備隊長、副団長、そして団長までもが、国軍へ行ってしまった。


 人、減り過ぎだろう!

 新たに近衛団長を任命された元護衛隊長レオナルド・ゴディアーニは、頭を抱えた。


 特別措置として、どの隊も巡回業務を減らし、必要な人数自体を少なくした。今後は団員を増やし元の状態に戻すのが最優先事案になる。

 そして少ない人数の中で各隊の体制を整えた。


 遠見隊は、見張り塔詰めと城壁上部通路の巡回を職務とするのだが、隊長・副隊長ともに残ってくれたのでそのまま変更なし。

 マルーニャ辺境伯の血族の獣人で、夜行性で夜目が利くという貴重な人材だ。残ってくれたのは幸いだった。


 護衛隊も、レオナルドが元々所属していて隊員を把握しているので問題なかった。

 元副隊長で学生時代からの友人と、ベテラン衛士の二人が副団長に就任した。

 護衛隊に所属する者は全員王立オレオール学院の騎士科を卒業しているため、団長と副団長は護衛隊の中から選ぶことになっているのだ。

 新しい護衛隊長には若手隊員、副隊長には女性隊員が就任した。

 女性を護衛することも多い護衛隊は、四割が女性隊員だ。女性副隊長も珍しくない。


 問題は警備だった。

 レオナルドは警備隊の仕事はしたことがなかった。

 警備の仕事も隊員の把握もしていないのに、適材適所な人事などできるはずもない。

 しかし普通に考えれば、抜けてしまった警備隊長の穴は、副隊長のマクディ・メッサを昇格させるということで埋められるはずだった。かなり若いが、目端が利くのを買われて副隊長に抜擢された男だ。

 新しい副隊長には伯爵家子息のグライブン・マダック。貴族を相手にする仕事のため、家柄の良さは時に武器になる。

 マクディが男爵家の子息なため、そのフォローもしてもらおうという目論みもあった。


 だが、これが上手くいかなかった。

 グライブンという男は家柄を振りかざし、隊長となったマクディの言うことを全く聞かなかったのだ。



 ◇



「団長ぉ~。もうあの人、手に負えません~」


 がっくりとマクディ警備隊長がうなだれている。

 これで何度目の泣き言報告だっただろうか。

 レオナルドは横に立つロックデール・パライズ副団長と目を合わせた。


「……マクディ警備隊長、やっぱり難しいか。俺の人事ミスだ、すまない。グライブンは一隊員に戻そう。誰か副隊長に抜擢できそうな者はいるか?」


「……大変言いづらいんですが、アレは一隊員の時から問題がありまして、大変仕事ができないんです……。偉い人には必要以上に媚びへつらい、下の者には尊大で、重要なことを見落とすし忘れるのに、余計なことばかりする。隊員ポストに就かせると同じ班の者が大変なんですよぅ……。副隊長ならポストに入れずお飾りで運用できると思ったのに、やたらはりきって問題起こしまくりというね……」


「そ、そうか……。警備隊は苦労してるな」


「そのようだなぁ。警備は人の出入りが激しいから新人教育も多いだろう。マクディには苦労をかけるな」


「そう、それなんです、副団長! アレが隊員ポストに入ると、さらに辞める人が増えるんです!」


「「ああ……」」


 人員が……ポストを埋めるだけの人数がいれば、グライブンを近衛団から他部署へ異動勧告だってできるのに……。

 三人は同時にため息をついた。


 マクディはがっくりとした頭をふと持ち上げて、こんなことを言い出した。


「もういっそ、アレを隊長にしちゃったらどうですかね? 警備室にくくりつけておけば被害が少ないんじゃないでしょうか?」


「……それでお前はいいのか?」


「ええ、どうせ上にいようが下にいようが、アレの尻ぬぐいするのは同じですからね」


 ハハハハ……とうつろな目で斜め上を見ながら笑う姿に、レオナルドは心の中でもう一度謝罪を入れ、気は進まないがグライブンを隊長にすることに決めた。


 隊長就任の際、グライブンには警備隊長というのは()()()()()()()()()のが大事な職務だと説き、有事の際にはすぐに団長か副団長に報告を入れるようにと言った。――本来ならそれぞれの隊長が判断し動くのだが。

 彼への指導に力を入れて、それでも駄目なら人が足りるようになった時点でグライブンに異動を勧告するしかない。


 これが、レオナルドが団長になってから半年、魔素大暴風から一年後の話だった。






 それから一年が経った。

 実家の領地が落ち着いて戻ってきた団員や、領地を立て直すことができず国に爵位を返上した元貴族の子女などが入団したため、人員数はだいぶ通常に近づいてきた。(近衛団に入れるのは、貴族の親族か国軍で五年間勤務した者に限るが、今回の災害で爵位を返上した()貴族とその子女に関しては、特別措置で入団が認められた)


 もう少し人が増えれば休みが増やせるんだがな……。そんなことを思いながら、レオナルドが制服から楽な服に着替えていると来客があった。

 休みだった副団長ロックデールが、ワインボトル持参で訪ねてきていた。訪ねてきたと言っても同じ宿舎棟内からだが。


「領に帰るところだったかぁ? メルリアード男爵様」


 悪いとも思ってない顔でロックデールがそんなことを言う。


「いや、明日の朝に戻るから構わない」


 酒持参の友人をそのまま追い返すほど薄情じゃない。

 適当なつまみを出してレオナルドはワインを開けた。

 タグにはパリーニャ産のカリコリン種とある。渋みの強い赤ワインだ。


「……いやぁ、バタバタした二年だったなぁ、団長?」


 ロックデールがワイングラスを片手にニヤリと笑った。

 レオナルドも一口飲む。野性味のある香りと渋みが口に広がる。(ワイルドボア)の干し肉との相性がいい。


「世話をかけたな、副団長。警備隊の方はどうだ?」


 現在の副団長二名は、各隊の副隊長が休みの時に空いたポストへ就かせることもあった。いずれ団長になった時に、それぞれの隊を把握していれば楽だろう。


「そうよなぁ……新人が多い割には仕事は回っているようだな。俺も細かいところまで全部見えているわけではないが」


 そこでロックデールは一旦切った。

 人好きのする顔に若干の苦みが混ざる。


「……ただ、グライブンに関してはどうにもならん。まず、覚えることが苦手なのか忘れてしまうのか、新しい通達へ対応ができない。それだけなら隊長職は無理だが、根気よく教えていけば一隊員として働けるのだが、性格がなぁ……。指導されるのは気に入らないみたいで、副隊長ポストに入る者は副団長ですら自分の下になると思っているようだぞ」


 もう一人の副団長からの報告とだいたい同じだ。

 レオナルドにはひどい態度をとらないところが、なんとも狡賢(ずるがしこ)い。


「新人に対する態度も(ひど)いんだわ。そろそろ潮時かもしれんぞ? 隊員たちからも苦情がでている。特に新しい隊員たちから、なぜあの人が隊長なのか? とな」


「……まぁ、そうだろうな。もう少しがんばってほしかったが……」


「レオ、お前は優しいのがいいところだがな、これに関しては非のない隊員たちにしわ寄せがいっているのはわかるよな? 俺だったらとっくに異動の勧告してたぞ」


「俺は優しくはないよ。考えが甘いだけだ。でも、そうだな……。このまま適性に合わない近衛にいても、本人のためにならないだろう。合った職があればそっちの方が幸せだろうな」


「合う職ねぇ……高位文官のいる部署の書架番(下働き)とかいいんじゃないかぁ?」 


 高位文官じゃ文句も言えず、こき使われるだろう。

 近衛団は王の私兵だ。同じく王城内の王が雇っている係であれば、人員のやり取りは簡単なのだ。

 だが、下の者を(ないがし)ろにするようでは、城内の就くことができる係などは限られてしまうのも事実だった。

 それはもう自業自得としか言いようがない。


 仕事の話から始まり学生時代の友人の話や昔の話など、なんだかんだと話しながら、二人は何本目かのボトルを開けた。


「……人、入ってこないもんかな……警備の女性隊員足りてないよな?」


「全く足りてないな。出入り口にしても巡回にしても、女性隊員が必要な場所へ配置できてないのが現状だ。最低あと二人、できれば四人欲しいところだが……国内の人事もあらかた落ち着いてきたしなぁ。この先は少しずつしか増えんだろうよ」


「……光の申し子が来てくれたらいいのになぁ……」


「そんな伝説並みのことがホイホイ起こらんだろ。しかも女性で警備をやる光の申し子? ないない。普通の女性だって来ないのに、そんな存在いるわけない。お前は昔っから光の申し子の話好きだよな」


「どこかのギルドが保護したって話が出ているんだ。神が必要な場所へ遣わすっていうし、強く願えばここにも来てくれるかもしれないぞ……?」


 レオナルドの目がなんとなくすわっているような気がする。

 飲ませ過ぎたか、水でも用意してやるか。と、ロックデールは立ち上がった。


「……レオ、酔っぱらってんのかぁ? 水持ってきてやる」


「酔ってない……俺は素面(しらふ)で本気だ、デール!」


 そうは言ったものの、寝てしまいそうな怪しい目で神へ祈願を始めた。

 どう見ても酔っている。


「――神よ……どうぞこちらへ人を遣わしください……女性で警備ができて……しっかりしていて……料理上手で美人の……」


「嫁の条件かっ! 頭の中漏れてるぞ!」


 グラスを持ったままテーブルで突っ伏して寝てしまったレオナルドに、ロックデールは呆れた顔をした。

 ――俺たちも三十過ぎたし、そろそろ落ち着きたい気持ちもわからんでもないがなぁ……。

 特にこいつは婚約破棄とかいろいろあったしな。

 寝ぼけて怪我をしないように、グラスとボトルだけキッチンへ移動させる。

 こんなに酔っぱらうことは珍しい。全く、しょうがない。


「――ゆっくり寝ろ。じゃぁな」


 ロックデールは聞いてはいないだろう背中に声をかけ、不遇(ふぐう)の近衛団長の部屋を後にした。






 次話 『申し子、街へ行く』

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