申し子、密告……ではなく報告する
あたしはカウンターに設置された手持ち型の空話具を手に取った。近衛団執務室……一番っと……。
『はい、近衛団執務室です』
柔らかい声が応答した。エクレールが取ったらしい。
「正面玄関口です。お客様がいらしてます。レオナルド団長へご面会で、ウルダン男爵家のローゼリア様です」
『団長に伺いますので、ちょっと待ってください――――あ、すぐそちらへ向うとのことです』
「承知しました。そのように伝えます」
空話を終了させて、カウンターの向こう側に座るローゼリア嬢へ伝える。
「ただいま参りますので、あちらでお待ちください」
応接セットの方を手のひらで指し示すと、ローゼリア嬢は無言で立ち上がり移動した。
カウンターの下ではシュカが妙にすりついている。
「……シュカ、どうしたの」
(『……くさいのやなの……』)
ああ、香水ね。あたしは小さい声で「[消臭]」と唱えた。ついでに[浄化]もかけとこうかしら。
こんなの知れたらどんな騒ぎになるかわからないわよ。貴族のご令嬢に[消臭]とか……。ああ、怖い。
ひょいとシュカが膝に乗ってきて、お嬢様の方を見て毛を逆立てている。
どうしたんだろう。
すぐにレオナルド団長が現れた。
「ユウリ」
名前を呼ばれてほんのり笑いかけられるだけで、どうしたらいいか困ってしまう。あたしのバカ。業務に差し支えるわよ……。
「あっ……あの、あちらでウルダン男爵家ローゼリア様がお待ちです」
「わかった。ありがとう」
大きな背中を見送った。
カウンターにいると、離れた場所にある窓際の応接セットで二人が向かい合っているのが見える。
団長は背中しか見えないけど、あまり動きがない。
対して向かいのローゼリア嬢は笑顔に身振り手振りも派手で、なんというかこう……飛び込み営業か押し売りかみたいな気配をぷんぷんさせている。
(『レオしゃんのとこ行く』)
(「ええ? あの人の匂い嫌なんじゃないの? そろそろ交代だし、お話の邪魔しちゃだめよ」)
(『じゃましないの』)
本当かしら。でも、なんか毛が逆立ってていつもと違うから許しちゃったわ。
(「じゃ、お昼ごはん先に食べてるから。外にいるからね」)
(『わかったの!』)
シュカはものすごい速さで団長のところへ行き、膝の上に飛び乗っていた。
あとはシュカに任せよう。
昼番の衛士が来て、敬礼を受け答礼し交代した。
目線で(あれ、なにしてるんだ?)と語られたから、(さあ?)と首をすくめて返す。あたしだって知らないわよ。
帽子を外してあたしは一人、お昼の休憩に入った。
納品青を出て、納品ホールにある魔法鞄預かり具からバッグを取り出す。
この魔法鞄預かり具は本当に便利。
朝出勤する時に通る王宮口で預けたんだけど、ここからも取り出せるんだもの。わざわざロッカーへ取りに行ったりしなくていい。
納品金に立つリリーに「お疲れさま」と手を振って、納品口から外へ出た。
雨期を過ぎて、王都には本格的に夏が来た。カラリとした空気と青い空に目を細める。
すぐ近くにできた広い東屋では、何組かが食事をしたり休んだりしていた。
ちょっと暑くなってきたけど、やっぱり外で食べるの好きだわ。
空いているベンチに座り、テーブルへクロスを敷きグラスとお皿を出す。
シュカはいつ来るのかしらね。この後は巡回だから交代はないけど、遅れるわけにもいかないから先に食べちゃうわよ。
グラスの果実水を一口飲んで、タマゴサンドをつまんでいると、納品口からシュカが出てきた。うしろにレオナルド団長もいる。
あ、レオさん、唐揚げなんて食べるかしら……。
本当は醤油が欲しいところなんだけど、ないからニンニクとショウガに付け込んでスパイスを効かせた唐揚げなのよ。片栗粉もないから薄力粉のみの柔らかジューシーなやつ。
この世界は素揚げの料理はあるのに、衣を付けた揚げ物がないのよね。唐揚げもフライも美味しいのに。
シュカの分のオムレツと、レタスとキュウリをワインビネガーで和えたサラダを追加で出す。あとはタマゴサンド、トリハムサンド、ブロッコリーポテサラサンド。
『クー!』
「シュカ、お疲れさま。――――レオさんもお疲れさまです。よかったら食べていきませんか」
「これを見て断れる者はいないだろうな。お言葉に甘えていただこうか」
うれしそうな笑顔に、あたしもうれしくなった。
取り皿にいろいろサーブしていく。レオさんのは肉多めね。
「外で食べるのは気持ちがいいですね。休憩所が欲しいってわがまま聞いてくれてありがとうございます」
「いや、他からも要望は出ていたから、いい案をもらってよかった。通したのは陛下だ。気にせず活用するといい」
「はい」
向かいで美味しそうに食べる顔に、ちょっとだけ見惚れる。
「この鶏肉は面白い料理だな。サクッとして中は柔らかい。香りもいいし美味くてクセになる。エールに合いそうだ」
「唐揚げっていうんですよ。いろいろなもので作れます。魚も美味しいんです」
「そうか。今度は他のものでも食べてみたいものだな。ユウリの作るものは、本当にどれも美味い」
照れてしまうから、あたしも唐揚げを一つ口に入れた。スパイシーでジューシー。辛口のシードルが飲みたいわ。
さっきのお嬢さんとなんの話をしてたんだろうって気になってたのも、お腹が満たされて「まぁいいか」なんて思ったり。
『クー』
団長は鳴いたシュカを見て頭を撫でた。
「そうだ。先ほどのアレだがな、シュカが助けてくれたんだ」
「シュカが助けた?」
「ああ、あの令嬢との間に入って威嚇したんだぞ」
そう言って、カラリと笑う。
ええ、威嚇って! いいの?!
「失礼じゃありませんでした? 邪魔したんじゃないですか?」
「大丈夫だ。なんだかよくわからない話でな。近衛団に関係があるわけでもなさそうだったから、お引き取り願ったところでシュカが来た。助かった」
「それならよかったですけど」
よくわからない話ってなんだろう。あの営業トーク風なのは絶対に押し売りだと思ったんだけど。
「もう城には来ないように伝えたから、二度と来ないと思うがな」
そうですか。それならこちらも手間がかからず助かります。
ほっとして笑うと、レオナルド団長は少し赤い顔でつぶやいた。
「……玄関口に行く口実ができてよかったんだが……」
玄関口ホールの様子を見たかったのかしら。導入されたばかりの魔法鞄預かり具も気になるわよね。
たまには団長たちも巡回したらいいと思う。いろいろ見えることもあるし気分転換にもなるしね。
そんなのん気なことを思っていたんだけど――――。
青いドレスのその女性は次の日もまた次の日も来た。似たような明るい青色のドレスで。
『近衛団執務室だ』
今日、空話を取ったのはレオナルド団長だ。
「玄関口です。あの、昨日の方、またいらしてますけど……」
言った方も言われた方も困惑しきりだったけど、伝えないわけにはいかない。
『……わかった。すぐに行く』
そして営業トーク風の令嬢とほとんど動かないレオナルド団長のお芝居が、ホールの隅で繰り広げられる。
歓迎していない風だったけど――――団長が本当にどう思っているのかはわからない。
だからあたしは報告することにした。
密告とかじゃないわよ。報告。報連相は大事だからね?
夜、回復薬を受け取りに来たアルバート補佐へ、最近こんなことが起こってるんですけどと切り出した。
「――――ユウリ様、ウルダン男爵令嬢と仰いましたか? もしやローゼリア様ですか」
「あ、そうです。ご存じですか?」
「ええ……昔、学院で……。彼女は三つ下だったので顔見知り程度ですが」
「そうなんですね。じゃ、レオさんも知り合いだったんだ……」
「騎士科とは学び舎が違いましたからね。存じないかと……あっ。いや、そういえば、あの方は第二王子殿下の熱烈な信奉者でしたか……」
なんか楽しそうな話に転がったわよ。
聞けば、第二王子殿下を追い回しひんしゅくを買っていたらしい。
レオナルド団長は、殿下の学内での護衛だったそうだ。なので、顔は知っているかもしれないと。
「あの感じは絶対に営業……や、何か売り込みに来てる感じですよ」
「売り込み、ですか。――――まさか、ご自分を…………」
え、何? どういうこと?
一瞬鋭い表情をしたアルバート補佐は「いえ、なんでもありません。有益な情報をありがとうございます、ユウリ様」と笑顔を作った。
次話 『申し子、ほんのちょっと酔っぱらう』
 





