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申し子、わかってしまった


「団長様! 警備報告書をお持ちしました!」


 前も思ったけど、悪ダヌキは言葉使いがおかしいわよね。

 これで伯爵家の子息なんてやっていけてるのかしら。


 エクレールがさっと立ち上がって報告書を受け取っている。


 っていうか、警備報告書? 今?!

 あたしが書類整理のお手伝いに来てた時は、みんな朝のうちに出しに来てたわよ。


「……ご苦労。遅かったが何かあったか?」


 さすが団長、こんなヤツにもちゃんと聞く。

 グライブン警備隊長はこちらをちらっと見ながら、答えた。


「はっ、慣れない時程で、書くのが時間かかってしまいました!」


 それで、朝の休憩回しも立哨もできなかったのか。

 まぁ、かなり大幅に変えたし、それで時間がかかったならちょっと悪かったかも……。

 今日の業務放棄は仕方ないかなと思っていたところ、エクレールが眉間にしわを寄せて口を開いた。


「おかしいですね。確か提出するだけの状態で机にあったはずですが」


「そんな他人の書いた報告書なぞ、信用できませんよ! マクディが書いたのでしょうが、あれは捨てて私がちゃんと書きました!」


 全然仕方ないじゃなかった!! すごいわよ! 予想の斜め上いくこと言ったわよ! ちょっとでも悪かったなんて思ったあたしの気持ち返してちょうだい!


 報告書って昨日の報告をまとめたもの。悪ダヌキ昨日いなかったじゃない、何がわかると言うの。


「それより、なんでそこの女はサボっているのでしょう? 早く持ち場に戻りなさい!」


 まぁね、確かに城内の巡回だけして庭までは回ってないわよ。けど、報告がある場合はそれ認められてるからね。

 お茶とお菓子は、あたしが出したわけでも出せって言ったわけでもないから!


 あたしは立ち上がって、着座するときに外した制帽を被った。


「私は報告に来ているだけですが」


「警備隊の報告であれば、警備隊長にするのが当たり前です! なぜここにいますか!」


 そこでグライブン警備隊長から、レオナルド団長へ視線を移し敬礼をした。


「ユウリ衛士報告します。本日朝、職務放棄した者一名有り。グライブン警備隊長が正面玄関立哨を放棄したため、リアデク衛士が対応。納品青立哨は一名で対応しました。報告以上です」


 団長はシュカを抱いたまま立って答礼した。腕にその緩みきった生き物がいると締まらないわね……。上げていた腕を下ろす。

 悪ダヌキは目を見開いてブルブルしていた。


「そんな話聞いてないですよ! なんで私が立哨などしなければならないですか! そんなものただの衛士がやっていればいいですよ!」


 エクレールは報告書を持ったまま厳しい目をした。珍しい。これは相当怒ってるわね。


「グライブン隊長。ですが、それは時程に組み込まれている以上、やらなければならない仕事です。仕上がっていた報告書をわざわざ書き直す時間があるなら、配置場所に就くべきでしょう」


「うるさいです、エクレール! 隊長である私に、何様ですか!」


「――――グライブン。エクレールの肩書わかるか」


「子爵家の息子ごときに肩書――――……お前……なぜ制服が黒なんです……?」


「――――警備報告書を書き直すよりもまず、お前は立哨するべきだったし、不在にしていた間の通達書を読むべきだった。なぜ謹慎処分になったのか、まだわからないらしいな?」


 団長の言葉に悪ダヌキはぐっと言葉に詰まったまま、憎々しげにエクレールとあたしを見た。

 さらに、レオナルド団長は続けた。


「グライブン・マダック。職務放棄により、警備隊長位を剥奪の上、一週間謹慎処分とする。下番まで通達書に目を通すように」


 おお! レオさん英断です! とうとう隊長クビだわ!!


「そ、それは……団長様……隊長位剥奪ということは副隊長ですか……」


「――――お前が言うところの『ただの衛士』に降格だ。――グライブン、俺はお前の家の伯爵という高い位があれば、高位の文官や来客から衛士たちを守れるだろうと期待していたんだ。守れないどころか、衛士たちを蔑むのであれば用はない」


 ……そうだ、前も思ったんだ。こういう上司なら、警備で働くのも悪くないんじゃないかって……。

 今もそう思った。

 ちゃんと、下で働くあたしたちを守ろうとしてくれる。

 こんな人なら付いていきたいと思うわよ。


 そして、わかってしまった。

 上司としてだけじゃないってわかってしまった。

 こんな時なのに、胸が変な音を立てるから…………!


 悪ダヌキはショックを受けた顔で、無言のまま近衛団執務室を出ていった。


「――エクレール、副隊長が決まるまで明日から隊長番に入ってくれるか。配置に就く時以外はここで執務にあたってくれ」


「了解です。明日からはマクディ隊長に戻るのですね」


 そういえば、元々はマクディ隊長だったって聞いたっけ。


「そうだな。長かったが、やっと元に戻せる。それもユウリが配置や時程を変えてくれたおかげだな」


 えっ、思いもしないところで流れ弾が。や、褒められてるんだけど! 油断していたというか!

 顔が熱くなる。


「あ、ありがとうございます……?」


 二人に苦笑されたわよ。

 なにはともあれ隊長は交代になった。拍子抜けするほどあっさりと悪ダヌキは降格となって、なんとなく変な感じがする。

 でもまぁ、これで少なくとも一週間は心の平穏を保てるはず。明日からはエクレール副団長候補が休憩回しにも来てくれるだろうしね。よかった。






 王城管理委員会の会議で手荷物検査の案が通り、魔法鞄預かり具が導入された。


 各部署へは二週間前から、持ち込み自由な魔法鞄についての危険性と、対処案を載せたお知らせで周知を進めていたので、実施まではすぐだった。


 ついでに、納品口の前には素敵な東屋が建てられた。王城と同じ石造りの柱に、木材のフラットな屋根。中にはベンチとテーブルが置かれている。かなり大きいから風雨の時も大丈夫そう。

 同じものが『(こぼ)()亭』の方にもできた。これで闇曜日と調和日の食べる場所不足もマシになるはずだ。


 青虎棟正面玄関口も、彫像などが置いてある広いホールだったが、置き物は撤去され、一角に魔法鞄預かり具が置かれた。他は応接セットとテーブルセットがいくつか置かれ、光が差し込む談話スペースとなっている。


 そして、警備隊が立哨していた場所へカウンターが設置され、受付場所が設けられた。ここで、来客として中へ入る人へ通行許可書を発行したり、各部署へ空話連絡することもできる。

 カウンターを挟んで両側に椅子が置かれたので、この場所は座哨する場となったけど、あたしにはずっと座ってるとか無理だわ。多分、ホール内巡回と、近くでの立哨が多くなりそう。

 けど、お客様に座って書き物していただけるのはよかったわ。


 満足しながら新しい受付のカウンターを撫でた。カウンターの下にはクッションが置いてあり、シュカが丸まっている。


 こちらの玄関口を通るのは高位文官が多いから、朝のピークは少し遅い。けれどもお昼も近くなってきて、そろそろ通る人もいなくなるなというころ。


 綺麗な女性が入ってきた。

 同じくらいか少し年上だろうか。はっきりとした目鼻立ちに輝く金髪を背中へ流している。ドレスは鮮やかな青色でその目立つ美貌には似合っていた。

 すごいドレス。お城にでも行くみたい。って、そういえばここお城だったわね。

 政務棟であるこちらでは見ない感じの人だ。


 そのまま中へ入って行こうとするので、声をかけた。


「こんにちは。魔法鞄は持ち込めませんので、お持ちのバッグが魔法鞄でしたらあちらでお預けいただけますか」


「……そんな話は聞いてませんわよ。これを預けてしまったら、お化粧が直せませんわ。冗談は結構ですわ。中に入ってよろしいですわよね?」


「いいえ、冗談ではございません。その先には空間魔法探知具がございます。ご来城のみなさまにお願いしております。恐れ入りますが、安全確保のため必要なものだけお持ちいただき、手荷物検査ののちお通りください」


「お化粧道具だけ手に持って入れですって?!」


 うーん……そうよね。来客で来た人には、通達は知らされないわよね。

 これはちょっと考えないとならない事案だわ。


「……ハンカチやスカーフなどお持ちでしたら、そちらでこのように包むのはいかがですか」


 そう言って持参のハンカチでお弁当包みのように実演して見せると、パンと手を払われた。


「そんな貧乏臭いことできませんわ!」


 あたしはひらりと舞い落ちたハンカチを拾い、ポケットに戻す。


「――――それは失礼いたしました。ご用件は、ご面会でしょうか?」


「そうですわよ」


「ご面会の方に、こちらから連絡いたしましょうか?」


「あら、そんなことができますの?」


「空話にてお伺いできます」


「それならそうと先に言えばいいのに、気の利かない……。ええ、それで結構ですわよ」


 うん、まぁ、あたしも聖人じゃないからね。この辺りで頭にきてるのよ。

 ただキレてないだけで。

 あなたが何も言わずに入ろうとするから声をかけたの。ちゃんと受付に来てくれたらそういうご案内だってしたわよ。


「……お客様のお名前を教えていただけますか」


 笑顔で受付のカウンターの椅子へ促す。


「ウルダン男爵家のローゼリアと申しますわ」


 ウルダン(男)ローゼリア様と、取り次ぎメモに書き込んで、次を尋ねる。


「お取次ぎする方の部署とお名前を教えていただけますか」


「近衛団のメルリアード男爵様へお願いしますわ」


 手が止まり、一瞬真顔になった。

 近衛団に女の人のお客さんが来たっておかしくないわよ。

 でも、メルリアード男爵って呼び方が気になる。普通職場に訪ねてきたら、そこでの肩書を言うわよね。なんだろう、なんか引っかかる。


 笑顔を作るのは表情筋だ。動揺してたって笑える。あたしはさっと顔を上げた。


「レオナルド・ゴディアーニ近衛団団長ですね。少々お待ちください」


 にっこりとそう言うと、青いドレスの美人はなぜか少しだけ嫌な顔をしたのだった。






 次話 『申し子、密告……ではなく報告する』

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