獅子団長、休日(?)の過ごし方 2
となりの個室にはルーパリニーニャとリリー、ユウリとシュカと『銀の鍋』の店主がいるらしい。
話を聞かないようにするのも気を遣うが、こちらの話題も考えないとならないぞ。男同士の遠慮のない会話というわけにはいかないじゃないか。
「――レオ、さっきマクディとも話していたんだがな、新しい副団長にエクレールはどうだ?」
「エクレールか。騎士科出てるんだったな?」
「ああ、騎士科卒で警備隊志望した変わり種だ。騎士科出てれば副団長になれるし、なんだかんだで今一番人数が揃ってるのが警備隊だしどうよ?」
「そうだな、検討してみよう。護衛隊からも推薦があれば出してもらうことになっているからな。警備隊はエクレールを抜いて大丈夫か?」
「配置を変えたので人数的には大丈夫ですけど、早番の要の一人なんで早番に負担がかかるかもしれませんね」
早番は少し年がいった衛士が多い。エクレールを抜くと新人ではない若い衛士が少なくなるということか。ユウリの負担が増えるのはかわいそうだ。
「そうだ。今日挨拶にきていた女性が入団したら……ユウリは退くということでいいのか?」
「やだ、団長ー。駄目に決まってるじゃないですかー。絶対に逃がしませんよ? 少なくとも新人が定着してくれるまでは引き止めますから」
マクディ、ふざけたような言い方の時から、目は笑ってなかったぞ。
だが、まぁそうだろうな。入団してもやめてしまう者も多い。ユウリも優しいし責任感が強いから、残ってはくれるだろうが、やりたいことだけやらせてあげられない申し訳なさが残る。
また次の女性の志望者なんて、いつになるかわからないだろうに。
ふとした間。
『駄目です! キール隊長は駄目! 私の王子様だから駄目!』
どうしたものか反応に困る言葉が降ってきた。思わず三人で目を合わせた。
この声はリリー衛士だな。そうか、キールが好きなのか。
うちの護衛隊長はとにかく人気がありすぎる。以前、俺に手紙を託した猛者もいた。
『……あ、ワタシもキール護衛隊長さん、知ってますよぅ。でも、綺麗すぎません? 美人過ぎてちょっと緊張しちゃうかも』
『アタシもああいう細いのより、ロックデール副団長みたいな男がいいな。やっぱ男はがっちりとして腕っぷしがよくないとな!』
不意に出た己の名前に、ロックデールがぎょっとなった。そしてその後、我慢してるようでいて、どうにもしまりのない顔をしている。
『ニーニャさーん、じゃぁ団長さんはどうです? がっちりと腕っぷしもいいですよぅ?』
ぶっ。
俺は飲んでいたワインを吹き出すところだった。
『んー、団長かぁ。男爵様、スカしててなぁ。副団長みたいな男の色気っていうか、野性味が足りないんだよな』
『ニーニャ衛士、それ以上にあの顔が怖いですよぅ! 体も大きくて怖いし、団長はないですよ~』
…………世を儚みたくなった。
今すぐにでも退団して領に帰ろうか……。
遠い目をして壁を見ていると、他の二人の気の毒そうな雰囲気が肌に刺さる。
リリーの追い打ちの言葉で完全に表情をなくしていると、
『そ、そんなことない! ……と思うけど……』
天使の声が聞こえた。
生きろと、神は仰るのか――――。
もう完全に聞き耳体制に入ってしまう。
『――そういうユーリはどういう男がいいんだ? マクディ副隊長と仲いいよな。エクレールともよくしゃべってるし』
『私が他の早番の人に聞いたのは~、国土事象局の長官補佐に口説かれてるとか~』
マクディもすっかりへらへらした笑顔をなくして、顔を赤くしている。
国土事象局の長官補佐? 口説かれているってどういうことだ。そんな話聞いてないんだが。
『……いやいや。補佐の人はよく知らないし挨拶程度よ? エクレールはまぁちょっと話するけどなんか恐れられてるし、マクディ副隊長は若いのに仕事できる人で割と好きだけど、弟みたいな?』
マクディは『割と好き』でパッと顔を輝かしたが、『弟みたい』で真顔になった。
『じゃ、誰がいいんだよ』『さぁさぁ、吐くがいいですぅ』等、責める言葉が続いた挙句、実力行使に出たらしい。
『……やめてやめてー! くすぐらないでーっ……!!』
息も絶え絶えな天使の……いや、ユウリの声が聞こえてきた。
『言う! 言います! レオさん……レオナルド団長で、お願いしますっ……』
――――――――!!
俺はとっさに口元を押さえて、横を向いた。
二人の顔を見れる気がしない。
なんとなく、にやにやした視線も感じるし、うらめしそうな視線も感じる。いやそれは、マクディ、お前が蒔いた種だぞ……。
「……ここは俺が出そう。マクディ、酒頼んでくるといい。俺の分は辛口の白ワインと炭酸水を頼む。つまみも好きなもの持ってこい」
「あぁ、俺はカリコリン種の赤で頼むなぁ」
「了解しました!」
俺が出すと言った途端に元気になった現金な部下を見送る。
残された三十路二人は、どちらともなく大きな息を吐いた。
すっかり飲んで食べて愚痴を言って、マクディは部屋へと戻っていった。
となりの部屋のお嬢様方も帰っていき、部屋は静かだ。
俺たちはゆっくりとグラスを傾ける。
「……で、レオはどうするんだ?」
「どうも何もないな」
「アレを聞いてもか?」
俺の名を呼んだ、声。
それがどういう意味合いなのかなど、男女の関係に疎い自分にわかるはずもなく。ただ一番親しい人の名を挙げたのだろうと思うのが、自然な気がした。そんな理由でも、選んでくれたのがうれしかった。
「――第一、王城に降臨した申し子を、連れ去るわけにはいかないだろう」
「俺は光の申し子伝説には詳しくないからな、そんなもんはクソくらえだ。お前はちゃんと申し子を見ているのか? 申し子がいれば王城は栄えるかもしれん。だが申し子はそれで幸せになれるのか? 言い伝えを守るのと、申し子が幸せになるのとどっちが大事なんだ?」
旧友の珍しく熱い言葉を黙って受け止めた。
胸の中の何かが音を立てて崩れたような気がした。
申し子の幸せ、か。
「申し子の自由にさせると、陛下が仰ったんだろ? それなら、お前に付いていきたいと、向こうに思わせればいいだけだ」
ニヤリと笑うロックデールに、苦笑を返す。
「……婚約破棄を二度もされている身には、荷が重い話だな」
「ま、『ついててあげなきゃ』でもいいんじゃねーの」
思わず二人で笑った。
それは少々情けなくはないか?
だが、ユウリにそれを言われるのも悪くないな……。などと、俺はしょうのないことを思い、最後のワインを飲み干した。
次話 『申し子、雨期の中で 1』





